ミオマオ
banner
koson07.bsky.social
ミオマオ
@koson07.bsky.social
Reposted by ミオマオ
wiki:ティモール作戦 - ドナウ連邦建国史Wiki wiki.donauism.org/doku.php?id=...

現在執筆中。
wiki:ティモール作戦 - ドナウ連邦建国史Wiki
wiki.donauism.org
January 2, 2026 at 9:49 AM
Reposted by ミオマオ
【注目の映画!】
本日午前8:00からアマプラで公開スタートだそうな!
原題は「DER TIGER」なんだけど、邦題は「タンク」!になっちゃった😑
でも2時間近い大作で、T55改造の虎一もよく作り込んであって、往年のT34改造のツンのめり虎一とは雲泥の差。
これは必見!

watch.amazon.co.jp/detail?gti=a...
January 1, 2026 at 8:07 PM
Reposted by ミオマオ
松村弘『インパール作戦の回顧』p156より。
「柴田上等兵」が強烈なので、以前から記憶に残っているエピソードです。
January 1, 2026 at 8:46 AM
Reposted by ミオマオ
山内正文中将の後任として祭兵団長に着任した柴田夘一中将について、岡田菊三郎参謀長の証言。

「司令部はトンへ(注:インパール作戦失敗後の撤退途上の、チンドウィン河の渡河点)に到着して爆発的患者多発に面喰った。兵団長、参謀、副官、部長、部員、部附書記、勤務兵、伝令、当番悉く患者となった。衛兵も暗号班も然りだ。

兵団長は曩にカバウ河谷北方ではサンジャック方面から後退して来る松村部隊の患者を虚病と疑って終日路上で怒号難詰、一々直接検問して、『柴田上等兵』と言うあだ名を兵から奉られたりした元気さもどこへやら、マラリヤの高熱に苦しみ、『マラリヤとはこんなに苦しいものか』を病床に嘆ぜられた」
January 1, 2026 at 8:45 AM
Reposted by ミオマオ
(承前)そういえば、石原莞爾も東條英機のことを「東條上等兵」と呼んでいたと言われますが、東條の渾名としては、西浦進が書いていた「最も優秀な大尉参謀」というのが、個人的にはしっくり来るように思います。

(「大尉参謀」というのは、「陸大を出たばかりでまだ参謀業務に慣れていない、生硬で融通が利かない参謀」というくらいのニュアンスと理解)
January 1, 2026 at 8:46 AM
Reposted by ミオマオ
新年慶祝申し上げます。

2027年、アジアは意義深い一年を迎えました。人種を巡る最終的闘争とその決着が見据え、百年を先取して主体のための武装基地建設へ向け旗幟を高らかに掲げるこの年、アジア人種同胞は等しく東の空を仰ぎ、党と人種の必勝を願い誓っております。

偉大なる靖之の帝の遺志を継承し、主体主義で武装した思想と肉体をもって、さらなる勝利へと突き進みましょう。
December 31, 2025 at 3:59 PM
Reposted by ミオマオ
見どころ:
・ついに完結するティモール作戦
・史実よりも地味にきつそうなワウの戦い
・ドイツ軍の執拗な雷撃と遊撃空襲
・そしてはじまる英軍のスマトラ上陸
December 31, 2025 at 1:16 PM
Reposted by ミオマオ
wiki:大東亜戦争の年表 - ドナウ連邦建国史Wiki wiki.donauism.org/doku.php?id=...

1943年分を追加しました。
wiki:大東亜戦争の年表 - ドナウ連邦建国史Wiki
wiki.donauism.org
December 31, 2025 at 1:06 PM
Reposted by ミオマオ
九七艦攻
December 29, 2025 at 9:54 AM
Reposted by ミオマオ
防暑衣を着た帝国陸軍将校さん。色塗ったよ
December 29, 2025 at 8:25 AM
Reposted by ミオマオ
インパール作戦の烈兵団の生還将兵の手記を読んでいると、「作戦中、一度だけ日本軍の航空機が来て、敵を爆撃してくれた」といったような証言を見かけることがある。
これに対して、祭兵団に対する航空戦力の支援については、岡田菊三郎参謀長が以下のように証言している。

「兵団は明妙における空地作戦協定に基き、松村部隊の新攻撃の時期、地点と協力されたい時期、地点を詳しく報じたが、何等顧みられず、祭兵団正面には全作戦間只の一機も友軍飛行機は現出しなかった。兵団将兵が友軍機を空に仰いだのは作戦開始に際し渡河地点上に制空が行なわれた時だけだった」
(松村弘『インパール作戦の回顧』p76より)
December 29, 2025 at 12:08 AM
Reposted by ミオマオ
12月26日の写真
給油艦 早鞆
日付 1942年12月26日
場所 シンガポール・セレター軍港
撮影
状況 損傷修理中、後方右は北海丸・左はレークチャンプル(→朝嵐丸)

static.ow.ly/photos/origi...
December 26, 2025 at 3:07 AM
モケーレ・ムベンベ
カメルーン・コミューン、コンゴ・コミューン、ニゲリア等の阿州中央部の広大な熱帯雨林湖沼地帯に生息するとされるUMT。

伝承や目撃証言によれば、その大きさはカバとゾウの中間程度、体長は約5~10メートルとされ、ヘビのように長い首と尾を持つ四足動物である。足跡は直径30センチ以上の円形で、3本の爪痕が残ると伝えられている。

とくにカメルーン・コミューンのリクアラ地方では目撃談が多く、西部エペナ地区のテレ湖では、1959年頃にピグミー族が捕獲・食用とした結果、食中毒で死亡したという風聞が注目を集めた。これを契機に地域覇権国フラコミュの調査隊により複数の探査活動が行われている。
December 27, 2025 at 1:30 PM
Reposted by ミオマオ
鴨緑江、朝鮮半島の根っこを流れていたため「当時、日本最大の川だった」と『夢満載の大連航路あ・ら・か・る・と』に書かれていて、そういう解釈があった時代だよな~と改めて…
December 27, 2025 at 11:17 AM
Reposted by ミオマオ
Type 94 truck with a 75mm Type 41 gun on the back.
December 25, 2025 at 7:27 PM
Reposted by ミオマオ
日満連絡船の連絡図 リプへ続
December 26, 2025 at 11:16 AM
Reposted by ミオマオ
F-4EJ
December 25, 2025 at 10:23 AM
Reposted by ミオマオ
飯村穣中将が司令官を務めた第2方面軍は、蘭印の東半分と西部ニューギニアを作戦区域としていましたが、孫の飯村豊さんも駐インドネシア大使を務めているので、そういえば任地が被っていますね。
また、飯村豊さんが外務省官房長時代に、田中真紀子大臣の非理性的な指示に対して徹底抗戦したことは、開戦前に権力者の意向にノーを突き付ける形となった祖父と、なんとなく相通ずるものがあるようにも思われます。

仮にお孫さんが、自分自身と祖父の姿を重ね合わせていた面があったのだとしたら、祖父を侮辱されたらそりゃ怒るわな、とも思ったのですが、これは単なる頭の体操の話でしかありません。
December 24, 2025 at 12:15 PM
Reposted by ミオマオ
1日1ミリ。1941年8月。デトロイト近郊、ミシガン州ウォーレンのクライスラー戦車工場に並ぶ組立途中のM-3戦車。自動車製造のノウハウを生かした3レーンの生産ラインと天井の重量用ガントリークレーン。撮影は昨日に続き、アメリカ戦争情報局(OWI)カメラマンのアルフレッド・パーマー。

4×5インチの大判フィルムの情報量は圧倒的だ。35mmフィルムの写真が5000万画素(Ex.SONY α1)だとすると4×5フィルムはその13倍、6億5000万画素に相当する。
December 23, 2025 at 9:54 PM
Reposted by ミオマオ
December 15, 2025 at 1:17 PM
Reposted by ミオマオ
トランプ級戦艦(マジでbattleship)(”The most lethal surface combatant ever constructed.”(迫真))(大爆笑)(頭を抱える)
December 22, 2025 at 10:53 PM
Reposted by ミオマオ
砲兵といえば、ニューギニア戦線で敵の足止めに頑張った山砲があったんだけれど、撃った弾の数を報告したら、なにしろ全体として負け戦な中でのことだから、「嘘つくな」と怒られたという話が。
December 22, 2025 at 2:05 PM
蒙古国闘争化石(1971)
1963~1971年にかけて行われたポーランド共和国と蒙古国の亜欧共同
古生物調査により、ゴビ砂漠で発見・発掘された、プロトケラトプスとかの有名なヴェロキラプトルが組み合った状態の化石である。発見後まもなく大東亜統一戦争が勃発し、戦争初期の人民解放空軍の空襲や初実戦のR-11短距離弾道誘導弾による都市攻撃などの危機に晒されながらも、奇跡的に戦火を生き延びた。
現在、本化石は保存状態の良さと希少性から、蒙古国首都『シャル・バートル」において国宝として展示されている。
December 22, 2025 at 2:52 PM
Reposted by ミオマオ
大戦中、日本軍はニューギニア島の北岸をほぼ勢力圏に入れましたが、島の南岸については、昭和19年1月に第5師団の1個中隊がアガチ(地図は以下URL参照)まで進出したのが東端でしょうかね。
www.google.com/maps/place/%...
December 22, 2025 at 1:22 PM
Reposted by ミオマオ
ポッポーポポッポー・・・🐱(ドコドコドコ・・・
December 21, 2025 at 1:22 PM