ルール→マナー/共にとりくみたいこと
みんな→あなた
内容というより自分のスタンスとして以前使っていた言葉は→の言葉に言い換えた。
それでもまだまだ見えてない。
生徒が学ぶことを自分のペースで学べる環境をゆるやかに作っていきたい。
ルール→マナー/共にとりくみたいこと
みんな→あなた
内容というより自分のスタンスとして以前使っていた言葉は→の言葉に言い換えた。
それでもまだまだ見えてない。
生徒が学ぶことを自分のペースで学べる環境をゆるやかに作っていきたい。
中高ということや、僕自身の価値観の変化もあるので、「正しさ」に重きを置き過ぎるのは一旦保留しようと思う。そこは、日々の関わりの中で緩やかに。全体の意識は頭の隅には置きつつ、個を、日常を大事にするそんなスタートにしよう。
中高ということや、僕自身の価値観の変化もあるので、「正しさ」に重きを置き過ぎるのは一旦保留しようと思う。そこは、日々の関わりの中で緩やかに。全体の意識は頭の隅には置きつつ、個を、日常を大事にするそんなスタートにしよう。
でもプラッキング直後は、早くゲージから出してとずっと吠えてた甘えん坊ですw
でもプラッキング直後は、早くゲージから出してとずっと吠えてた甘えん坊ですw
note.com/haru_yk_16/n...
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esse-sense.com/articles/42
esse-sense.com/articles/42
ケアの視点で国民国家を捉える。今の自分の関心の界隈にあるテーマ。
傷に触れ、記憶に触れられる──文学、身体、情動
登壇:
佐喜真彩(立教大学ほか非常勤講師)
魏韻典(総合文化研究科博士後期課程)
村上 克尚(東京大学総合文化研究科)
🗓️12月21日(土)15:00-17:30
💜一般公開・対面のみ・要事前申込
「国民国家の歴史を語る集合的記憶からこぼれ落ちる言葉、身体の痛み、温かい涙の手触りは、ときに文学の言葉に宿ります。
私たちに眼差される他者には、私たちを見つめ返す視線があります。その目の奥には、語られない記憶や痛みが内包されていることを、小説はときに私たちに教えてくれます。」
wix.to/YivNsvG
ケアの視点で国民国家を捉える。今の自分の関心の界隈にあるテーマ。
キャロル・ギリガンが初めて提唱し、政治学、社会学、倫理学、臨床医学の研究者たちが受け継いできた「ケアの倫理」を文学研究者の立場から考察する。「ネガティヴ・ケーパビリティ」「カイロス的時間」「多孔的な自己」を鍵概念に「ジェンダー」「セクシュアリティ」「人種の多様性」というテーマを切り込んでいく。
〈近代社会 にとって、あるいは資本主義社会にとって、「ケアの倫理」が"異質"だからこそ、今の 行き詰まった社会の状況を変えていく原動力になると信じている。〉
キャロル・ギリガンが初めて提唱し、政治学、社会学、倫理学、臨床医学の研究者たちが受け継いできた「ケアの倫理」を文学研究者の立場から考察する。「ネガティヴ・ケーパビリティ」「カイロス的時間」「多孔的な自己」を鍵概念に「ジェンダー」「セクシュアリティ」「人種の多様性」というテーマを切り込んでいく。
〈近代社会 にとって、あるいは資本主義社会にとって、「ケアの倫理」が"異質"だからこそ、今の 行き詰まった社会の状況を変えていく原動力になると信じている。〉
通勤読書。評判通り新書にしてはヘビーで内容が濃くて通勤読書に向かなかった。『もうひとつの声で』をきちんと読んでからはキャロル・ギリガンのことは全く評価できなくなったし、「ケアする民主主義」方面の主張もお題目という感じにしか思えないんだけれど、エヴァ・キティ的なケア労働(再生産労働)に基づくロールズ批判なんかはアナーキズムやリバタリアニズムと同じくらいには政治・国家の正当性を掘り崩すことのできる思想だと思う。それと同じく、それ自体を規範として採用するというよりかは、極論と対比させること現行規範への理解を深めたり反省したりするのに役立つ感じか
通勤読書。評判通り新書にしてはヘビーで内容が濃くて通勤読書に向かなかった。『もうひとつの声で』をきちんと読んでからはキャロル・ギリガンのことは全く評価できなくなったし、「ケアする民主主義」方面の主張もお題目という感じにしか思えないんだけれど、エヴァ・キティ的なケア労働(再生産労働)に基づくロールズ批判なんかはアナーキズムやリバタリアニズムと同じくらいには政治・国家の正当性を掘り崩すことのできる思想だと思う。それと同じく、それ自体を規範として採用するというよりかは、極論と対比させること現行規範への理解を深めたり反省したりするのに役立つ感じか