犬鍋屋たかの
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犬鍋屋たかの
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考槃在陸、玩世不恭。
予嘗為女妄言之、女以妄聽之。
まぁそのうえで、股座を拭くティッシュみたいなエンタメにごりっごりの思想信条主義主張ねじ込んで客を全力で蹴り上げるのなら、それはそれでまた作家自身の「プレイ」スタイルだと思うのだw
January 6, 2026 at 7:31 PM
もちろん、自分の中で熟考錬成して磨き上げた「作品」として出した方が攻撃力が高まる主張、というのはあって(まさにチャップリンの『独裁者』がソレなわけだ)、作者がそういう意図で「言いたいことは作品で表現する」というスタンスを取るのは、作家の主義信条としてカッコいいし尊敬はする。

しかしその一方で、”だから”言いたいことは作品に込めて発信べきであって、さらに個人的思想は発信しないのがすべての”お行儀良い”クリエイターのマナーなんですよ☆とする逆説は、カスハラする客が「俺は神様だろ?」とほざくのに似た欺瞞だとも思うんだよな。

公共の場で何を言ってなにを言わないか含めて、作家自身が「作品」だよ。
January 6, 2026 at 7:13 PM
Reposted by 犬鍋屋たかの
「作品に言いたいことを込める」、そりゃうまくいったら作品外で何か言うより巨大な射程と深度を獲得できるから(例:チャップリン『独裁者』)、才能あるクリエイターはどんどんやったらいいけど、たとえ成功例であっても、大抵は何重ものメタファーや間接表現に頼ることになって(例:『キャシアン・アンドー』の虐殺反対や『ウィキッド』の差別反対)、ある種の読み解きスキルも必要になるし、気付かない人は全然気づかないのよね。フィクションの縛りはやはりデカイ。
なので、なにか具体的なリアタイの社会問題に対する反対とか懸念は、よほど特殊な条件でも揃わない限り、普通に一個人が現実的な言葉で発信したほうが手っ取り早いと思うぞ
January 6, 2026 at 8:13 AM
Reposted by 犬鍋屋たかの
謎の人「伝えたいことは、作品で伝えろ!」
80年代子ども向けコミック「わかった」

キャプテン・アメリカ「許せない、パナマ侵攻で国際法を破っておいて…今度はでっちあげの"麻薬戦争"で再び法を破るとは! なぜラテンアメリカに手を出すんだ!もう十分、アメリカは彼らを搾取してきたのに!」
bsky.app/profile/joeg...
Literally a publication for eight-year olds 40 years ago
January 6, 2026 at 8:30 AM
Reposted by 犬鍋屋たかの
伝えたいことを作品内で全部言ったチャップリンの『独裁者』は名作だが、クリエイターが「戦争反対」と言おうとするたびにいちいち『独裁者』を撮って6分も演説していられないということを、「伝えたいことは作品で伝えろ」派の人は時々思い出すべきだ
January 6, 2026 at 7:57 AM
Reposted by 犬鍋屋たかの
Reposted by 犬鍋屋たかの
私は、同じ人物でも脚本家によってキャラクターは違うし、場合によっては同じ脚本家の描く同じ人物でも同じキャラクターにはならないと思っていて、たとえば同じ三谷幸喜の書く秀吉でも『清須会議』と『真田丸』の秀吉は別キャラクターだと思ってるし、同じ竹中直人の演じる秀吉でも『秀吉』と『軍師官兵衛』は別人だと思ってるので、正統続編!って言われると「そうか〜〜???」ってなるめんどくさいファンなので、たぶんあの、リンゴ農家しかわからないリンゴ神経衰弱みたいな話をしている自覚はある。
January 4, 2026 at 3:56 PM
タノシイヨーラクダヨー(少なくとも、オリジナルでは無限の選択肢で迷うストーリーラインは先に確定しているので…w)
January 4, 2026 at 12:26 PM
そうなんですよねー。
ただコミカライズって「原作をどの程度アレンジして、漫画表現としてはっちゃけられるか(許されるか)」の按配がけっこう難しくて、慣れないと原作に遠慮しちゃってただひたすら地の文を追って描き起こすだけになりがちなんですよね。(経験談w)

原作踏まえつつ「俺はこの作品をこう読んだぜ! おまえもこっち来て一緒に読めやぁ!」って居直りながらキャラと物語をぶん回す匙加減て、体で覚えてくしかないので、漫画ってつくづく体育会系的仕事…
January 4, 2026 at 12:09 PM
なお、なろうやカクヨムに投稿されるアマチュア作品については、もともと二次創作みたいな「お約束」「内輪受け」を前提として書かれている場合がほとんどだろうから、それがバズって商業書籍化した場合、どうやって「二次創作的な要素」を薄めて「内輪の外」にもリーチさせる品質に持ってゆくか、みたいな部分がおそらく編集者が腐心するところで、それは自分も最初の連載時に担当さんによく言われたなぁ、ということも思い出した。
(マンガの場合は、「〈単行本が〉売れるためには掲載誌の読者層以外にも刺さるものを描く必要があるよぉ」という意味合いで)
January 4, 2026 at 12:00 PM
くだんの友人作家さんとの会話でも「(原作設定考察・行間深掘り系の)二次創作得意だから、コミカライズもある意味『原作公認(公式)二次創作』みたいなものだから自分向きの仕事だよねぇガハハ!……と思っていた時期が私にも一瞬ありました。コミカライズむずかしいいいい!!!」という結論でオチているくらいには、悩ましい命題だよねぇ。どっとはらい
January 4, 2026 at 11:52 AM
これ、たとえば二次創作だと、「学園パロ」「遊郭パロ」「看病」「季節イベント」「カップリング捏造」みたいなお題がわかりやすくて、原作問わず無限にn版煎じ生まれてそのキャラファンには無限においしいけど「知らない作品の知らないキャラ」で同じことされても何の魅力も感じない現象に通じるのが、「テンプレ描写なぞっただけで世界観・キャラクターの内面をきちんと掘り下げされないまま進むコミカライズ」がくそつまらないってことなんだろうなぁと。

いや、もちろん原作自体は面白いからこそ商業コミカライズされるわけなので、どう料理するかってぇ描き手の話ではある_(:3 」∠ )_
January 4, 2026 at 11:46 AM
これ、最近コミカライズ連載を始めた友人作家さんと話してたことではあるんだけど、二次創作は初めに「原作キャラの魅力」は自明にあって、その良さをファン同士でキャッキャと共有する&布教する者なのに対し、コミカライズは同様に「キャラの魅力を布教するもの」という点は同じでありながら、読み手は「原作読んでない≒初見さん」相手に「ゼロから原作の魅力を説明する」必要がある。
つまり二次創作にはある「自明の諒解」を描き手と読者が共有してないところに最大の違いがあるけど、同人的手法に慣れてると描く方はそこを見落としがちで、ゆえにコアな原作ファン以外の層には魅力のわからんクソテンプレとか言われる()
January 4, 2026 at 11:38 AM
フォロワ―全員「しってた」
January 4, 2026 at 11:15 AM