#2024年映画ベスト
⑴ #ビクトル・エリセ 「瞳をとじて」
⑵ #ギヨーム・ブラック 「宝島」「リンダとイリナ」
⑶ #黒沢清 「chime」
⑷ #ホン・サンス 「スユチョン」
⑸ #ホナス・トルエバ 「ジ・アザー・ウェイ・アラウンド」
⑹ #ラウラ・シタレラ 「トレンケ・ラウケン」
⑺ #マルティカ・ラミレス・エスコバル 「レオノールの脳内ヒプナゴジア(半覚醒)」
⑻ #アルベルト・セラ 「孤独の午後」
⑼ #ティム・バートン 「ビートルジュース ビートルジュース」
⑽ #スカンダル・コプティ 「ハッピー・ホリデーズ」
自宅の庭でのギター、バーカス、コーラスと(家族でもある)5人編成でのライブの模様。MCはほとんどなく、次々と曲を披露していく。楽しそうな笑顔、昼から次第にくれていく光のなか、ジルがギターを弾く模様もよく見れて、(スペイン語やボブ・マーリーの曲なども)ただただ心地いい。
最後のコロナ禍でも、聴いてもらうために、との言葉は感動的。
自宅の庭でのギター、バーカス、コーラスと(家族でもある)5人編成でのライブの模様。MCはほとんどなく、次々と曲を披露していく。楽しそうな笑顔、昼から次第にくれていく光のなか、ジルがギターを弾く模様もよく見れて、(スペイン語やボブ・マーリーの曲なども)ただただ心地いい。
最後のコロナ禍でも、聴いてもらうために、との言葉は感動的。
妊娠がわかったフレンは、しかし夫にその事実を告げられないでいる。その理由は、彼女を取り巻く環境、ハラスメントなんてなんとも思っていない上司、夫の言葉の端々にある無神経な言葉、おそらくガスライティング的に忍従を刷り込んできた母の存在、そしてこの世界そのものをめぐる不安(経済や権力のあり方、洪水やマイクロプラスチックなどの環境をめぐる諸情報)などから徐々にわかってくる。
妊娠がわかったフレンは、しかし夫にその事実を告げられないでいる。その理由は、彼女を取り巻く環境、ハラスメントなんてなんとも思っていない上司、夫の言葉の端々にある無神経な言葉、おそらくガスライティング的に忍従を刷り込んできた母の存在、そしてこの世界そのものをめぐる不安(経済や権力のあり方、洪水やマイクロプラスチックなどの環境をめぐる諸情報)などから徐々にわかってくる。
全ての異世界もののアニメは煉獄を描いているのだ、という定義の映画でもあり、許してはならない存在を(自分含め)許せるか、という物語であり(他方で救われたい私の物語でもある)。
平和を語る女性天皇を期待する(私たちを守る母の誕生を待つ)映画でもあり、そんな存在を守る(自衛隊?)を巡る映画でもある。決して整合性を感じさせる映画ではないが、その噛み合わなさも含めて細田監督の欲望なのだろうなぁと考える。そこがこの映画のユニークさになっていると思う。
全ての異世界もののアニメは煉獄を描いているのだ、という定義の映画でもあり、許してはならない存在を(自分含め)許せるか、という物語であり(他方で救われたい私の物語でもある)。
平和を語る女性天皇を期待する(私たちを守る母の誕生を待つ)映画でもあり、そんな存在を守る(自衛隊?)を巡る映画でもある。決して整合性を感じさせる映画ではないが、その噛み合わなさも含めて細田監督の欲望なのだろうなぁと考える。そこがこの映画のユニークさになっていると思う。
アミールは恐らくイランという国を生きやすく生きられる青年ではない。恋人も新天地に去っている。しかし同じくイランを決して生きやすくは生きていない、ゲイなのだろう同居する男性二人、恐らく政治的な理由で筆を断たれた足に移動を制限する発信機をつけられた文筆家などと、限られた中でも寄り添って生きている。
アミールは恐らくイランという国を生きやすく生きられる青年ではない。恋人も新天地に去っている。しかし同じくイランを決して生きやすくは生きていない、ゲイなのだろう同居する男性二人、恐らく政治的な理由で筆を断たれた足に移動を制限する発信機をつけられた文筆家などと、限られた中でも寄り添って生きている。
イザベル・ユペールはなんとも怪しげなフランス語教師で、実際、いろいろ馬脚も現れている気もするのだけど、他方、どこまでも堂々と揺らぎなく振る舞うから、これはこれで良いのだろうし、そもそもイザベル・ユペールがそこにいるってだけで何だか説得されてしまうのだから、皆、お金を払ってまた会おうと思うこと自体にも納得してしまう。とはいえ息子の恋人がかなり年上の謎の女性と知った母親としては、いかにユペールといえど認め難いところはあるのだろう、不在の中で息子にいろいろ詰め寄るが、いくらでもマッコリを呑み、酔うこともなく狂ったようにリコーダーを吹き、
イザベル・ユペールはなんとも怪しげなフランス語教師で、実際、いろいろ馬脚も現れている気もするのだけど、他方、どこまでも堂々と揺らぎなく振る舞うから、これはこれで良いのだろうし、そもそもイザベル・ユペールがそこにいるってだけで何だか説得されてしまうのだから、皆、お金を払ってまた会おうと思うこと自体にも納得してしまう。とはいえ息子の恋人がかなり年上の謎の女性と知った母親としては、いかにユペールといえど認め難いところはあるのだろう、不在の中で息子にいろいろ詰め寄るが、いくらでもマッコリを呑み、酔うこともなく狂ったようにリコーダーを吹き、
トランスジェンダー女性当事者としては、様々なしんどさや今まで投げつけられてきたひどい言葉や行為を再体験することになってしまい、私は今日すごく調子が悪くなってしまって布団から出られない。
ゆえに手放しに当事者やその周りの人々に勧められない。
だけどとてもいい映画だったと思う。
当事者の目線を追体験するという意味でも、当事者でない人たちが沢山観に行ってくれるといいなと思う。
トランスジェンダー女性当事者としては、様々なしんどさや今まで投げつけられてきたひどい言葉や行為を再体験することになってしまい、私は今日すごく調子が悪くなってしまって布団から出られない。
ゆえに手放しに当事者やその周りの人々に勧められない。
だけどとてもいい映画だったと思う。
当事者の目線を追体験するという意味でも、当事者でない人たちが沢山観に行ってくれるといいなと思う。
寄せ集め擬似家族的なものに甘いきらいはあるし、上半身と下半身の連携アクションとかとても楽しいし、好きな映画でした。エル・ファニングは良いなぁ。存在が、どこか浮世離れした説得力を持っている。
寄せ集め擬似家族的なものに甘いきらいはあるし、上半身と下半身の連携アクションとかとても楽しいし、好きな映画でした。エル・ファニングは良いなぁ。存在が、どこか浮世離れした説得力を持っている。
貧困を安易にエンターテインメントにしない、むしろ俳優たちの体温とでもいうべきものに敏感な演出は好感度が高い。物語の構造上、少しまだるっこさを感じないと言えば嘘だが、それは丁寧さと裏腹でもあるのだろう。俳優陣は皆素晴らしいが、特に田邊和也が素晴らしかったと思う。彼の身体が、細い綾野剛との対比の中でアクションシーンの面白さを作っていく。 #2025年映画ベスト
貧困を安易にエンターテインメントにしない、むしろ俳優たちの体温とでもいうべきものに敏感な演出は好感度が高い。物語の構造上、少しまだるっこさを感じないと言えば嘘だが、それは丁寧さと裏腹でもあるのだろう。俳優陣は皆素晴らしいが、特に田邊和也が素晴らしかったと思う。彼の身体が、細い綾野剛との対比の中でアクションシーンの面白さを作っていく。 #2025年映画ベスト
ロン・ハワードは、映画という装置がどこかに転がるようにスムーズに進んでいく感触を与えると思うけど、その割には複雑にいろいろなものを巻き込んで平然としてもいるようなところもあって、力技なのか、それが映画というものということなのか、結局、時間とはそんなふうに流れるものってことなのか、その全部なのか、よくわからないのだけど、ともあれこれは恐ろしくゲンナリする方向に迷いなく進む話で、とてもゲンナリする。人は確かにこういうものだけど、だからってなぁ。まあ、でも、生き延びるのは大事。
ロン・ハワードは、映画という装置がどこかに転がるようにスムーズに進んでいく感触を与えると思うけど、その割には複雑にいろいろなものを巻き込んで平然としてもいるようなところもあって、力技なのか、それが映画というものということなのか、結局、時間とはそんなふうに流れるものってことなのか、その全部なのか、よくわからないのだけど、ともあれこれは恐ろしくゲンナリする方向に迷いなく進む話で、とてもゲンナリする。人は確かにこういうものだけど、だからってなぁ。まあ、でも、生き延びるのは大事。
「ネブラスカ」好きだなぁとか改めて思ったけれど、それよりもやたら刺さったのは突然差し込まれるスーサイド「Frankie Teardrop」で、わざわざジャケットまで映画で写しているし、大音量でスクリーンで流れてきて大分持っていかれる。あとメリーゴーランドでのキスシーンが素晴らしい。チャック・ベリーとかジョン・リー・フッカーとかを口にするオデッサ・ヤングが出ているシーンは全部良いと思った。ダイナーで忙しく働くシーンとかも。
「ネブラスカ」好きだなぁとか改めて思ったけれど、それよりもやたら刺さったのは突然差し込まれるスーサイド「Frankie Teardrop」で、わざわざジャケットまで映画で写しているし、大音量でスクリーンで流れてきて大分持っていかれる。あとメリーゴーランドでのキスシーンが素晴らしい。チャック・ベリーとかジョン・リー・フッカーとかを口にするオデッサ・ヤングが出ているシーンは全部良いと思った。ダイナーで忙しく働くシーンとかも。