アニメ 声優 社会学、社会哲学、生命倫理学が好きでそれに関する呟いています。
アイコンは声優の梓来有未さんのサイン(本人きらの許可済み)
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日本のサブカル史やサブカル社会論が忘却されていることを感じた。 note.com/saki_reset/n...
日本のサブカル史やサブカル社会論が忘却されていることを感じた。 note.com/saki_reset/n...
編集部や構成部はよく通したな。
学部卒であるはずのアカデミック・スキルが新聞社では何一つ活用でにないのはなんでだろうか?
mainichi.jp/articles/202...
編集部や構成部はよく通したな。
学部卒であるはずのアカデミック・スキルが新聞社では何一つ活用でにないのはなんでだろうか?
mainichi.jp/articles/202...
無数の個別性の事象が可視化されつつあり、その個別性の事象が闘争しあっているのがXでの「ジェンダー学論争」に繋がっており、結局相対主義化してしまい、有耶無耶化してしまう。
こうした、経験主義の課題を分かりきったうえで、既存の学術知や普遍性の中に組み込む作業が必要であるが、今や個別性で殴りあったり、有耶無耶に相対化しあっている。
が、それでもやっぱりジェンダー論が許せないという人がいるんだね。
多角的な視点から物事を考えるうえでは、とても有用だと思う。一人の人間の視野にはどうしても限りがあり、それは研究者であろうとも同じ。もちろん、それを広げるためには、ジェンダーだけでなく、階層や地域、宗教、人種、民族等々に関する視点もあったほうが良いのだけれども。
無数の個別性の事象が可視化されつつあり、その個別性の事象が闘争しあっているのがXでの「ジェンダー学論争」に繋がっており、結局相対主義化してしまい、有耶無耶化してしまう。
こうした、経験主義の課題を分かりきったうえで、既存の学術知や普遍性の中に組み込む作業が必要であるが、今や個別性で殴りあったり、有耶無耶に相対化しあっている。
制度や手続きに強くならないと権利の主体性になることが難しく、個人の能力と社会構造の両方の変革が必要だが、それを実現するのは難しいですね。
news.yahoo.co.jp/articles/a9b...
制度や手続きに強くならないと権利の主体性になることが難しく、個人の能力と社会構造の両方の変革が必要だが、それを実現するのは難しいですね。
news.yahoo.co.jp/articles/a9b...