拠点は横浜です。
現在の西鉄貝塚線は、まだ宮地岳線として津屋崎まで通じていた頃。地下鉄の七隈線は開業したてでした。
(H17.11.13)
現在の西鉄貝塚線は、まだ宮地岳線として津屋崎まで通じていた頃。地下鉄の七隈線は開業したてでした。
(H17.11.13)
ちょうど10年前の撮影ですが、10年前を感じさせる要素はあまり無く・・・強いて言えば、表示切れしている行先が「大阪梅田」ではなく「梅田」であることか。
(H27.11.12)
ちょうど10年前の撮影ですが、10年前を感じさせる要素はあまり無く・・・強いて言えば、表示切れしている行先が「大阪梅田」ではなく「梅田」であることか。
(H27.11.12)
(平成27年)
(平成27年)
モビリティショーの会場でも記念ブースが設けられていて、55周年記念商品と同じカラーをまとった実物車両が展示されていました。
モビリティショーの会場でも記念ブースが設けられていて、55周年記念商品と同じカラーをまとった実物車両が展示されていました。
金曜日の午後、仕事を早めに切り上げて向かったのですが、それだけでは飽き足らず、翌土曜日にも行く結果となりました。
金曜日の午後、仕事を早めに切り上げて向かったのですが、それだけでは飽き足らず、翌土曜日にも行く結果となりました。
それだけに旅客交通が不便な立地で、自分がこの駅を発着する貨物列車を観察しに行く時は、バイクに頼っていました。最近は脇に羽沢横浜国大駅が開業したので、多少は訪問が便利になったと思います。
それだけに旅客交通が不便な立地で、自分がこの駅を発着する貨物列車を観察しに行く時は、バイクに頼っていました。最近は脇に羽沢横浜国大駅が開業したので、多少は訪問が便利になったと思います。
新型車キハ3710形が登場したばかり。入れ替わるように元国鉄のキハ11が引退するようで、昔の国鉄カラーに塗り戻されて最後の活躍をしていました。
(H7.11.5)
新型車キハ3710形が登場したばかり。入れ替わるように元国鉄のキハ11が引退するようで、昔の国鉄カラーに塗り戻されて最後の活躍をしていました。
(H7.11.5)
車両が一新されて当分安泰かと思っていたので、その後十年で廃止されることになるとは信じられませんでした。
(H7.11.5)
車両が一新されて当分安泰かと思っていたので、その後十年で廃止されることになるとは信じられませんでした。
(H7.11.5)
ひと頃、地下鉄の経路上を徒歩踏破してみようとし、それぞれの路線を何回かに分けて歩きました。
銀座線を手始めに、2年間で千代田線、日比谷線、南北線を踏破。そこで満足してしまい、それ以上は実行していませんが・・・
(日比谷線 中目黒~南千住 令和4年)
ひと頃、地下鉄の経路上を徒歩踏破してみようとし、それぞれの路線を何回かに分けて歩きました。
銀座線を手始めに、2年間で千代田線、日比谷線、南北線を踏破。そこで満足してしまい、それ以上は実行していませんが・・・
(日比谷線 中目黒~南千住 令和4年)
(東急池上・多摩川線7000系)
(東急池上・多摩川線7000系)
様々なジャンルの作品が一堂に会していて、改めてレゴブロックの可能性の広さを感じたのでした。
様々なジャンルの作品が一堂に会していて、改めてレゴブロックの可能性の広さを感じたのでした。
「鉄道模型趣味」誌連載当時から氏の記事は軽妙な文章、独特な着眼点の題材とイラストに魅了されてきましたが、改めて読んでも、ページをめくるごとにワクワクの連続です。
「鉄道模型趣味」誌連載当時から氏の記事は軽妙な文章、独特な着眼点の題材とイラストに魅了されてきましたが、改めて読んでも、ページをめくるごとにワクワクの連続です。
見慣れているような安心感と新しさのバランスが取れていて飽きの来ない、良い車両だと思います。
見慣れているような安心感と新しさのバランスが取れていて飽きの来ない、良い車両だと思います。
龍野の街が気になっていたので、姫路から姫新線のカッコいいディーゼルカーに乗って訪れました。城下に広がる伝統的建造物群保存地区がウリになっています。
龍野の街が気になっていたので、姫路から姫新線のカッコいいディーゼルカーに乗って訪れました。城下に広がる伝統的建造物群保存地区がウリになっています。
(平成19年)
(平成19年)
ニュータウン開発時に山野を切り開いて建造された高規格路線・・・そんな往時の雰囲気が感じられる区間で、ちょうど10年前に撮った写真です。
(H27.10.25)
ニュータウン開発時に山野を切り開いて建造された高規格路線・・・そんな往時の雰囲気が感じられる区間で、ちょうど10年前に撮った写真です。
(H27.10.25)
この時は秋田から新潟経由で首都圏へ向かう列車を、夜の酒田駅で観察、その後寝台特急あけぼので夜を明かし、朝の高崎操車場で同じ列車を再度観察しました。途中の新潟貨物ターミナルで解結を行い、つながっている貨車が少々変わっていました。
その列車に積載されていたタンクコンテナです。
(平成22年)
この時は秋田から新潟経由で首都圏へ向かう列車を、夜の酒田駅で観察、その後寝台特急あけぼので夜を明かし、朝の高崎操車場で同じ列車を再度観察しました。途中の新潟貨物ターミナルで解結を行い、つながっている貨車が少々変わっていました。
その列車に積載されていたタンクコンテナです。
(平成22年)
高松から列車の乗り継ぎで室戸方面へ。室戸岬を訪れ、ごめん・なはり線で高知方面へと抜けました。
(H17.10.22)
高松から列車の乗り継ぎで室戸方面へ。室戸岬を訪れ、ごめん・なはり線で高知方面へと抜けました。
(H17.10.22)
四国のJRや私鉄の各線を乗りつぶそうと順に訪れていた時期です。
左写真:岡山と高松を結ぶ快速マリンライナーは、現行の車両へ世代交代して間もない頃でした。
右写真:琴電では、かつて「動く電車の博物館」と言われていた頃の名残の吊掛電車がわずかに残っていました。
(H17.10.21)
四国のJRや私鉄の各線を乗りつぶそうと順に訪れていた時期です。
左写真:岡山と高松を結ぶ快速マリンライナーは、現行の車両へ世代交代して間もない頃でした。
右写真:琴電では、かつて「動く電車の博物館」と言われていた頃の名残の吊掛電車がわずかに残っていました。
(H17.10.21)
普段楽しんでいる鉄道模型はもとより、様々なジャンルの模型製品の展示を楽しむことができました。
普段楽しんでいる鉄道模型はもとより、様々なジャンルの模型製品の展示を楽しむことができました。