豊国神社は十日えびすで賑わっていた。餅まきで昼間にけが人が出たらしく、人が集まる争奪戦ならそうなるだろうなと。
鳥喜多本店の親子丼はとろける旨さだった。流石名店と言われるだけある。
豊国神社は十日えびすで賑わっていた。餅まきで昼間にけが人が出たらしく、人が集まる争奪戦ならそうなるだろうなと。
鳥喜多本店の親子丼はとろける旨さだった。流石名店と言われるだけある。
秀吉出世の城。婚姻による軍事同盟も不動のものではなく、状況で崩れることもある。翻弄されたお市の方が哀れである。
長浜城を建てるのに浅井長政が竹生島に預けた木材が使われたが、秀吉が建てた長浜城は徳川氏の手で破却された。すぐ裏が琵琶湖で有事の補給物資は舟運で持ってくる予定だった?
秀吉出世の城。婚姻による軍事同盟も不動のものではなく、状況で崩れることもある。翻弄されたお市の方が哀れである。
長浜城を建てるのに浅井長政が竹生島に預けた木材が使われたが、秀吉が建てた長浜城は徳川氏の手で破却された。すぐ裏が琵琶湖で有事の補給物資は舟運で持ってくる予定だった?
現存する最古の駅舎。明治15年に5番目に開通した鉄道路線。当時は駅舎のすぐ側に船が接続していた。
琵琶湖の魚を生きたまま運ぶ活魚車 車輪の回転で水槽のポンプを動かしていた。停車中は手動。
蒸気機関車は20トンの水を100kmで使い切る。空になる前に駅で補充した。
現存する最古の駅舎。明治15年に5番目に開通した鉄道路線。当時は駅舎のすぐ側に船が接続していた。
琵琶湖の魚を生きたまま運ぶ活魚車 車輪の回転で水槽のポンプを動かしていた。停車中は手動。
蒸気機関車は20トンの水を100kmで使い切る。空になる前に駅で補充した。
元はさっき行った奧の州にあったが、大洪水で流されてこの地に遷座した。不動堂があいていたので併せてお参りした。
元はさっき行った奧の州にあったが、大洪水で流されてこの地に遷座した。不動堂があいていたので併せてお参りした。
2年ぶりの再訪。神社跡地の石碑もそのままあった。ちょうどハクチョウの群れが羽を休めに来ていた。
2年ぶりの再訪。神社跡地の石碑もそのままあった。ちょうどハクチョウの群れが羽を休めに来ていた。
左は竹生島。この湖底にはまだ多くの土器が眠っていて、今も調査中だという。湖岸には野鳥観察の方々が大きいカメラを置いて列を作っていた。
左は竹生島。この湖底にはまだ多くの土器が眠っていて、今も調査中だという。湖岸には野鳥観察の方々が大きいカメラを置いて列を作っていた。
琵琶湖の畔のここ尾上地区は漁師の町で、網に土器が引っかかっているのを持ち帰ったり、お寺に預けるなどしていた。それをお寺の長男である小江慶雄氏が保存・研究を始めた。水中考古学の論文多数。
葛籠尾崎周辺は透明度が高いが、潮の流れのせいか死体が腐らない等の話もあり漁師の方たちが気味悪がって近づかない場所だった。
ここに展示している土器、丸木舟は全てこの周辺から出土した本物。
琵琶湖の湖底遺跡68カ所のほとんどは浅い場所にあるが、ここは水深70メートル近い場所にある。また割れず完全な形で出土しているのが特徴。出土した土器は縄文時代早期から古墳時代後期までと非常に長い。↓
琵琶湖の畔のここ尾上地区は漁師の町で、網に土器が引っかかっているのを持ち帰ったり、お寺に預けるなどしていた。それをお寺の長男である小江慶雄氏が保存・研究を始めた。水中考古学の論文多数。
葛籠尾崎周辺は透明度が高いが、潮の流れのせいか死体が腐らない等の話もあり漁師の方たちが気味悪がって近づかない場所だった。
ここに展示している土器、丸木舟は全てこの周辺から出土した本物。
琵琶湖の湖底遺跡68カ所のほとんどは浅い場所にあるが、ここは水深70メートル近い場所にある。また割れず完全な形で出土しているのが特徴。出土した土器は縄文時代早期から古墳時代後期までと非常に長い。↓
正月休みはまぁ、うん
正月休みはまぁ、うん
>展覧会は大阪中之島美術館で8月21日から9月27日まで。
実物が来日するのはこれが最後になるかもしれないそうな。行かねば
>展覧会は大阪中之島美術館で8月21日から9月27日まで。
実物が来日するのはこれが最後になるかもしれないそうな。行かねば
昨年10月に閉幕した大阪・関西万博でウクライナの経済副大臣として同国のパビリオンを担当したテチャーナ・ベレジュナ副首相が、昨年出産した娘に「オーサカ」と名付けていたことが分かった。ベレジュナ氏が自身のフェイスブック上で明かした。ベレジュナ氏は2025年を振り返りながら、「私はオーサカの母、副首相、文化相になった」と書き込み「今の大切な気持ちは感謝だ」と記した。
昨年10月に閉幕した大阪・関西万博でウクライナの経済副大臣として同国のパビリオンを担当したテチャーナ・ベレジュナ副首相が、昨年出産した娘に「オーサカ」と名付けていたことが分かった。ベレジュナ氏が自身のフェイスブック上で明かした。ベレジュナ氏は2025年を振り返りながら、「私はオーサカの母、副首相、文化相になった」と書き込み「今の大切な気持ちは感謝だ」と記した。