#Di面
TAMRON 35-100mm F/2.8 Di III VXD
ワンルームスタジオならこれ一本で済むな
ピント面の解像度は従前の通りなので、GMに比べてボケがどれくらい匹敵するか見もの
February 17, 2026 at 1:49 PM
なんだか文句ばっかり言ってるなワイ...。実際のところ現在怒るようなことは全くなく、むしろBOSS DI-1を買うべきかどうかで悩んでいます。お前とにかくは判断が遅い、と天狗のお面をかぶったおじさんが脳内に直接語り掛けてくるんですが、いやだってちょっと贅沢じゃないですか。Hi-z端子が1つしかないから増設したいなんて。ベースとギターをつなぎ変えるときいちいちゲインも調節しないといけないし面倒くさいんですよ。ちょっとだけ弾いてギターに戻るなんてよくあるし。
February 1, 2026 at 4:33 PM
Don Cornell - Play Some Music For Broken Hearts(Basta Un Poco Di Musica)(1958/09)
シングル "Just One More Chance" のB面。
www.youtube.com/watch?v=Vfjo...
Play Some Music for Broken Hearts
YouTube video by Don Cornell - Topic
www.youtube.com
January 29, 2026 at 7:47 AM
1941(AC日本版)6面D区画道中 #ダブルプレイ お手本ショート動画をUPしました。
これまでに1P側は1回、2P側は2回コンティニューしておりますw
www.youtube.com/shorts/DI-CJ...
#1941 (AC版)6面D区画道中 #ダブルプレイ お手本 1941 Counter Attack [Arcade Ver.JP] Double Play Stage 6-D On The Way
YouTube video by Y.Y.Y Channel
www.youtube.com
January 16, 2026 at 8:21 AM
12/31分の日記。2025年を振り返って、趣味方面はかなり充実の年だった。今年書いた366本の日記を合計した質と量は、他のどの年をも上回るだろう。

が、問題はやはりキャリア面だ。勉強が全く進まず、この1年ほとんど成果が無いorz
plaza.rakuten.co.jp/gamer1013/di...
No.8481 - GAME FIELD:楽天ブログ
コーヒーで乾杯・w・ 今年も、最後の日記を書く時が来た。 タイトルの通り、これが8481日目の日記になる。 来年1/19に、GAMEFIELDは8500日目を迎えるというわけだ。 さて、この2025年。 趣味方面はかな
plaza.rakuten.co.jp
January 7, 2026 at 3:00 AM
“多くの国でシングル「Ob-La-Di, Ob-La-Da」のB面として収録されたことが、その認知度向上に間違いなく寄与しました。” / “ビートルズ - ★ビートルズを誰にでも分かりやすく解説するブログ★” (1 user) https://abbeyroad0310.hatenadiary.jp/entry/2025/12/26/220000
「While My Guitar Gently Weeps」~目についた言葉から作り始め何度も歌詞を書き換えた(554)
* 1 発表の時から次第に評価が変わった * (1)発表直後は評価が低かった * (2)次第に高く評価されるようになった * 2 「ザ・ビートルズ 100の偉大な楽曲」で10位に選出 * (1)ミック・ジャガーも認めた * (2)ポールも認めた * 3 作曲の経緯 * (1)両親のために購入した家で制作した * (2)本を開いたら「gently weeps」と書いてあった * 4 歌詞は何度も書き直された * (1)出典はコーツ・キニーの1849年作「Rain On The Roof」か * (2)アコースティック版 ### **1 発表の時から次第に評価が変わった** #### **(1)発表直後は評価が低かった** www.youtube.com 1968年11月にビートルズの「White Album」が最初にリリースされたとき、収録されたジョージ・ハリスンの作品は、ジョンとポールの楽曲に比べ、その重要性は二次的なものと見なされる運命にありました。1966年までのジョージの作曲は、プロデューサーのジョージ・マーティンやスタジオの他のバンドメンバーからほとんど評価されておらず、その真価に見合う注目をあまり受けていませんでした。 1967年から1968年初頭にかけて、ジョージが作曲した楽曲は5曲でしたが、その時点でリリースされたのは3曲のみでした。これらの楽曲は、主にインドの楽器を強調したものだったのです。悲しいことに、ジョンが「彼の曲はあまり良くなかったが、誰もそれを口に出したくなかった、しかし我々は皆、その曲に取り組んだ」と語ったのは、おそらくこの時期のことを指していたのでしょう。あの名曲が発表当初は評価が低かったとは意外です。 #### **(2)次第に高く評価されるようになった** しかし、ビートルズ最後の1年半で状況は一変しました。それは、誰も予想していなかった変化です。「White Album」発売直後の数か月間、新譜の傑作として注目を浴びたのはポールの「Ob-La-Di, Ob-La-Da」でした。実際、針が3曲後にジョージの作曲であるこの作品を再生し始めた時、おそらく多くの人はまたしてもレノン/マッカートニーの傑作だと思ったでしょう。 しかし数年が経つにつれ、このジョージによる予想外の傑作は広く評価されるようになりました。多くの国でシングル「Ob-La-Di, Ob-La-Da」のB面として収録されたことが、その認知度向上に間違いなく寄与しました。1973年までにこの曲は十分な知名度を獲得し、「White Album」収録曲の中で公式コンピレーション・アルバム「The Beatles/1967-1970」(通称「青盤」)に選ばれたわずか3曲の一つとなりました。 ### **2 「ザ・ビートルズ 100の偉大な楽曲」で10位に選出** #### **(1)ミック・ジャガーも認めた** 「ザ・ビートルズ 100の偉大な楽曲」を選出したローリング・ストーン誌 時が経つにつれ、この曲への称賛はほぼ伝説的な地位にまで高まりました。ローリング・ストーン誌の特別号「ザ・ビートルズ 100の偉大な楽曲」ではこの曲が10位に選出されました。ミック・ジャガーはこう語っています。「美しい、哀愁を帯びた曲だ。ギタリストにしか書けない。この曲が大好きだ」 デイヴィッド・クアンティックは2002年の著書「レボリューション:ザ・ビートルズ・ホワイト・アルバムの誕生」でこう記しています。「ジョージはこれまでにレコードでこれほど自信に満ちた歌声を披露したことはなく、これほど力強く感情的な楽曲に挑戦したこともなかった。『While My Guitar Gently Weeps』を創作する過程で、ジョージは意図せずして70年代ロックを発明したのだ」この最後の主張の真実性を裏付けるように、この曲はあらゆるクラシックロックラジオ局で絶対的な定番曲となりました。 #### **(2)ポールも認めた** ポールが2021年にHuluで公開したシリーズ「McCartney3,2,1」では、ジョージのソングライターとしての成長、特に「While My Guitar Gently Weeps」に関して驚きを語っています。「バスで出会ったあの小柄な少年、髪をクイッフ(1950年代のポンパドゥールとフラットトップ、そしてモヒカンを組み合わせたような髪型)にした小さなギタリストが、非常に賢い人物へと変わったんだ。僕が『魔法のような』と言う時、まさにそれを意味している。そうなる必要はなかったんだ。僕らは5年で解散して工場に戻ってもおかしくなかった…当時バンドが5年以上続くなんて考えられなかった…彼は偉大な一人になったんだ!」 ジョージ自身は謙虚にこう認めています。「この曲はなかなか良いと分かっていたよ」 ### **3 作曲の経緯** #### **(1)両親のために購入した家で制作した** ジョージが両親のためにアプルトン・ソーン村に購入した家 「White Album」50周年記念「スーパーデラックス」版付属の書籍で引用されているように、ジョージはこの曲は「イングランド北部のウォリントンにある母の家で書いた」と語っています。「セブンオークス」と名付けられた平屋は、ウォリントン郊外のアプルトン・ソーン村に位置し、ビートルズとして名声を得た後、リヴァプールでの生活が耐え難くなったジョージが1965年に両親のために購入しました。彼はビートルズと共にインドから帰国後まもなく両親を訪ね、この1968年4月か5月の滞在中に「While My Guitar Gently Weeps」の大部分を書き上げたようです。 インド滞在中、同行者ドノヴァンがジョンに特定のフィンガーピッキング奏法を教えたことは知られており、この技法は後に「Dear Prudence」や「Julia」などの楽曲で使用されました。ジョージもこの新技法を習得したようで、1968年7月に試みた「While My Guitar Gently Weeps」のアコースティック版初期レコーディングに時折その痕跡が窺えます。 #### **(2)本を開いたら「gently weeps」と書いてあった** この曲の歌詞について、ジョージはこう説明しています。「『易経―変化の書』という本を手にしていたんだ。西洋では偶然を単なる出来事として捉える-たまたまここに座っていて風が髪をなびかせる、といった具合にね。しかし東洋の概念では、起こることは全て必然であり、偶然など存在しない-起きる小さな出来事の一つ一つに意味があるんだ…」 「この考えはイングランド北部の実家に帰省した時に頭に浮かんだ。どんな本を開いても最初に目に入った言葉で曲を書くことに決めた-その瞬間、その時に相応しいものになるだろうから。**私は無作為に本を手に取り、開いた-『gently weeps』という文字が目に入った-本を閉じ、曲を作り始めた。** 最終的にレコーディングする前に歌詞の一部は変更された」前述の「White Album」本でジョージはこう詳述しています。「『While My Guitar Gently Weeps』は、あらゆるものがその瞬間に存在する意味を持つという理論に基づいた単純な習作だった」 運命がジョージを導いたのか、それとも彼がそれを手繰り寄せたのかはわかりません。しかし、名曲とは得てして偶然誕生するものなのです。 ### **4 歌詞は何度も書き直された** #### **(1)出典はコーツ・キニーの1849年作「Rain On The Roof」か** コーツ・キニーの「Rain On The Roof」 その日ジョージが棚から無造作に手に取った本について、ローリング・ストーン誌の「ザ・ビートルズ100の偉大な楽曲」は次のように記載しています。「出典はコーツ・キニーの1849年作『Rain On The Roof』かもしれない。この詩には『憂いを帯びた闇が/雨の涙でそっと泣く』という一節がある」コーツ・キニーはアメリカの弁護士、ジャーナリストであり、オハイオ州の上院議員という様々な経歴を持つ詩人でもありました。 歌詞は1968年5月28日、ジョージがサリー州イーシャーの自宅で最初のデモをレコーディングした時点でほぼ完成していました。しかし、その後も歌詞は変更を重ねられていきました。この時点での1番3行目は「自らが蒔いた種は刈り取るべき苦難」でしたが、間もなく削除されました。最終節も異なり「荒れ狂う苦難と憎しみを眺めながら…ここに座っているだけなのに、ただ年老いていくだけだ」というものでした。 ジョージのオリジナル歌詞シートには他にも様々な差異が確認できます。この段階では曲のタイトルは「Whilst My Guitar Gently Weeps」であった可能性が高かったのです。 ①最初のブリッジの終わり 「誰が君を操ったのか、どうやって目隠しをしたのか、私にはわからない」という表現で締めくくられていました。 ②第二節 「空を見上げれば曇り始めている」で始まり、節の後半には「なぜ君の葉巻は燃え続けるのか不思議に思う」という行がありました。 ③最終節 当初「周囲にはびこる権力を見つめ…世界で激化する戦争を思う」という構想でした。 こうしてみると、歌詞が当初の構想から相当大きく変更されたことがわかります。 #### **(2)アコースティック版** www.youtube.com 1968年6月25日までに、EMIスタジオでレコーディングされたアコースティック版では、最初の詩の歌詞がリリース版で知られる形に変更されました。すなわち「床を見れば掃除が必要だとわかる」という表現で、同じ心情をより説教臭くない口調で伝えています。最終節の最初の行もここで変更され、「舞台袖から君が演じる芝居を眺める」となり、メッセージの非難めいたニュアンスも幾分和らぎました。 1969年10月のBBCインタヴューでジョージはこの比喩を再確認しています。「俺がやってることはビートルズのジョージ役を演じているだけさ。みんなそれぞれの役を演じているんだ。世界は舞台で、人々は役者だ。シェイクスピアがそう言った…そして彼は正しい」 次回は、エリック・クラプトンのレコーディングへの参加と最終的な完成までの過程を詳しく解説します。彼のギターがどのように曲に魂を吹き込み、ビートルズらしさを完成させたのかを探ります。 (参照文献)ビートルズ・ミュージック・ヒストリー (続く) この記事を気に入っていただけたら、下のボタンのクリックをお願いします。 にほんブログ村 下の「読者になる」ボタンをクリックしていただくと、新着記事をお届けできます。
abbeyroad0310.hatenadiary.jp
December 26, 2025 at 8:19 PM
Di、レースの中でただ1人ずっとヘルメットつけてるの偉い
やっぱプロのシ"ょッ🌳ーは違う 安全面にも気を使っていますね
November 26, 2025 at 12:13 PM
今日の話題、トロントで食べたケーキをまとめる。

ホールで食べるのは年に3回くらい。この頻度だとお気に入りをループするだけになるのが悩ましいが、健康面を考えるとこれくらいが限度だ
plaza.rakuten.co.jp/gamer1013/di...
トロントで食べたケーキ9選 - GAME FIELD:楽天ブログ
今日の話題、トロントで食べたケーキをまとめる。 トロントに来てから、年に3回ほどホールケーキを食べている。 新たな楽しみのひとつになった気がする。 いつも1個を3日くらいかけて食べる。 年に3回程度だ
plaza.rakuten.co.jp
November 22, 2025 at 3:18 AM
先週末の異変が起因となり今日は近くの温泉に浸かるのです

夕食は外食にする予定

なので遅ればせながら朝食の豆のフリッタータ🥚
November 15, 2025 at 6:56 AM
魚は健康に良いのでしょうか?考えてみてください。魚は平和、幸福、学習、仕事、果物、音楽など、様々な面で良い影響を与えます。

(Azụ ọ dị mma maka ahụike gị? Chee nnọọ echiche banyere ya. Azụ dị mma maka udo, obi ụtọ, mmụta, ọrụ, mkpụrụ osisi, egwu na ihe ndị ọzọ.)
October 17, 2025 at 3:28 AM
魚を食べると健康に良いのでしょうか?もう一度考えてみてください。魚は平和、幸福、教育、仕事、果物、音楽など、様々な面で良い影響を与えます。

(Manghjà pesciu hè bonu per a salute ? Ripensateci. U pesciu hè bonu per a pace, a felicità, l'educazione, u travagliu, a frutta, a musica è assai di più.)
October 17, 2025 at 1:28 AM
本音の出る物語。Unaの別面も現れて興味深かった。
・"The" (ði) final frontier
・sɪvɪlaɪzeɪʃən
・Spockの人間らしさが目立つ演出が面白い。"Technically logical"
・Pikeうるさいw
・Vulcan装束+エプロン
・Romulanの戦争火種の手口がきたねえ
・Rogerひょいひょい遊びに来るの腹立つな
ストレンジ・ニュー・ワールド
SNW 3x08 - Four-and-a-Half Vulcans
#StarTrek #スタートレック #SNW_3
August 31, 2025 at 1:22 PM
Mobile01が「16-30mm F2.8 Di III VXD G2」のレビューを公開。歪曲収差や逆光耐性などを指摘しつつも、実用面ではFE 16-25mm F2.8 Gより優れる点も多いと言及。最強ではないが最も使用頻度が高くなるとのこと。
最強ではないが最も使用頻度が高くなる|16-30mm F/2.8 Di III VXD G2
Mobile01が「16-30mm F2.8 Di III VXD G2」のレビューを公開。歪曲収差や逆光耐性などを指摘しつつも、実用面ではFE 16-25mm F2.8 Gより優れる点も多いと言及。最強ではないが最も使用頻度が高くなるとのこと。
asobinet.com
August 3, 2025 at 3:00 AM
土「…それだけですか?」
雑「え?」
⛰️「く、糸且頭!」
土「そうですか。…すみません、私ちょっと期待してしまいました」
雑「…え?」
土「用が済んだのなら帰りますね。それでは」
雑「ああ、はい?」
⛰️「あ~もう!何で自分の事にはこうも鈍いんだか。お前のことだろ、昆!!」
雑「え、私…?ymd殿じゃなくて?」
⛰️「明らかにお前を見てただろうが!ほら、ぼけっとしてないで早くdi殿を追いかけろ!!」

その後⛰️さんに背中押されて土を追いかける雑さん。
.
.
.

本気の恋愛面ではポンコツな雑さんも可愛い(笑)
雑さんは狼隊出身だから、火薬は元より銃の扱いも名手だろうなと勝手に思ってます。
July 21, 2025 at 11:51 AM
朝まで二人でゆっくり出来る機会が多い訳ではないので、たまには腕枕などして彼氏面を満喫したいrktさん
vs
フリーの売れっ子プロの大切な商売道具に余計な負担をかけるようなことはダメ絶対!と譲らないdi先生

di先生の腕枕でイチャイチャ過ごすことで同意

※利土の妄想です
July 11, 2025 at 2:22 PM
雑さん、猫舌だったりするのかな。
土といつものタソ面が一緒に食事してきる時にまだ冷めてない饂飩食べて「あちっ…!」ってなってる雑さんに咄嗟に身体が動いて、
「貸してください。ちゃんとふーふーしないと駄目ですよ」
雑さんの器を取って代わりにふーふーする。
押高尊「「「ふーふー…」」」
山(無言で頷く子持ちの父)
土「あっ、すみません。良い子達やバイトの子守の癖が出ちゃってつい…!」
雑「…嫁にしよ」(di殿が優しい…)
山「心の声が漏れてますよ組頭」

(火傷の後遺症だったりすると切ない)
July 10, 2025 at 9:46 PM
先日のおし土、🐱耳尻尾の半🐱な土がオシ都さんに膝枕されて巧みな指先で喉を撫でられている図が頭から離れず…。
無骨な指に擽られるのがあまりに気持ち良くて恍惚としながらゴロゴロ喉を鳴らす土と、面に隠れているのを良いことに唇持ち上げてじっくり眺めては悦を感じている押さん。
(全く。こんなに無防備では、悪い狼に喰われてしまいますよ…di殿?)
July 2, 2025 at 11:19 AM
issforum.org/tribute/h-di... Owen Coté追悼集、読み応えがありました。Third Battleの正確さや潜水艦の脆弱さを指摘した新規性のような研究面もむろん勉強になりますが、やはり教育者としての描写が出色ですね。打ちひしがれた院生が先生の研究室に行き、一つ一つ疑問をほどいていって意気揚々と出てくるというの、本当によい
H-Diplo | RJISSF Tribute to the Scholarship and Legacy of Owen R. Coté, Jr.
6 June 2025 | PDF: https://issforum.org/to/jt3 | Website: rjissf.org | Twitter: @HDiplo Editor: Diane Labrosse Commissioning Editor: Jennifer Erickson Production Editor: Christopher Ball Pre…
issforum.org
June 17, 2025 at 2:03 AM
好いた相手を傷つけられて静かにキレる攻も良いけど、キレて誰にも手が付けられなくなった攻を鎮める受も大好きなので。
先日のおし土のキレた押さんを鎮める土も見たい。
上手く動いてくれない腕を必死に伸ばして、押さんの面を捲って口づける土。
「オシ都さん。私は大丈夫、この通り生きてます」
だから、戻ってきて下さい。
「…di殿」
「やっとこっちを向いてくれた」
ああ、いつもの押だ、と安堵した途端身体の力が抜けて押さんに身体を預けたまま意識を失う土と、腕の中に抱えた土の体温と心臓の音に触れて自我を取り戻す押さん。→
June 10, 2025 at 12:24 PM
一緒に奉納の舞を舞う押さんと土のおし土も見たい。
年に一度タソで行われる奉納祭で舞が奉納される予定だったんだけどトラブルで舞い手が舞えなくなってしまって、タソ🥷で唯一舞える押が代わりに舞うことに。
押はたまたまタソに滞在していた土の日頃の所作から、土もまた舞えると踏んで頼み込む。
「di殿も心得があるとお見受けして」
「そんな、私は…」
「引き受けて下されば、今度代わりに練り物を食べて差し上げましょう」
「!!喜んでやります」
(こんなに容易くて大丈夫だろうか、この人…)
ちょっと心配になる押さん
そんなこんなで、共に雑面して舞を奉納する二人
そして土の舞を見た殿に興味を持たれたりすると良い…
May 25, 2025 at 11:43 AM
ある日の恋仲雑土(だけどあまり雑土してない)

園に来ていた雑さんと6年が(土を巡って)揉めているのを見たエンチョ、タソ面と6年混合の親善試合を思いつく(即席混合チームを組んで協調性と統率力も試される)。
そして勝ったチームには豪華特典?として『それぞれ1日di先生と好きに過ごせる権利』が与えられる。→
May 5, 2025 at 2:38 PM
「次からは先ほどのような事はしないで下さい」
「…と、いいますと?」
「私のことなど、庇ったりしないで下さいと言ってます!」
かっとなって顔を上げる土を、けれど面の向こうから押の視線が貫く。
「これしきの怪我、我々にとってはかすり傷。狼狽えることなどありますまい」
「ですが、」
言い募る土は、それ以上を口には出せない。
それに、と押の言葉が覆い被さって、とん、と心臓の上に指が押し当てられたから。
「──私がしたことは、di殿がいつもされていることですよ」
だから、咎められる謂れははないのだと。→
April 20, 2025 at 11:55 AM
耳元で囁いて土の身体をこちら側へと引き寄せれば、抵抗の予想は外れて土はされるがまま押へ身体を預けてくる。
「あれから、時々。呼ばれているような気がして」
「…そうですか」
面が視界を遮っているために土の表情は見えないけれど、これで月の光もまた土には届かなくなる。
「では、これから満月の夜は私が共におりましょう」
「え…?」
「あれの代わりに、私がdi殿の名を呼んで差し上げます」
皎々とした月から、ようやく土の視線が押へと戻ってくる。
「…オシ都さんが」
「ええ、何度でも」
「それは…とても魅力的なお誘いですね」→
April 18, 2025 at 12:43 PM
おし土(グンシ後)

満月の夜、忍務帰りの押が木の上にいる土と遭遇する。
「di殿」
「オシ都さん。忍務ですか」
驚かせないよう声をかけたが気配で察していたのか、天を見上げていた土はこれと言った反応もなく短く返す。
「di殿は、こんなところで一人月見ですかな」
「ええ…まあ」
夜だというのに、眩いばかりの月明かり。
背中を向けている土が今一体どんな顔をしているのか、押からは見えない。
そんな土に音もなく近寄ると、己の面を外した押は後ろから手を回して土へと付ける。
「オシ都さん…?」
「見つめすぎるのも毒というもの」→
April 18, 2025 at 12:43 PM