爆弾犯の娘/梶原阿貴
友達だった人/絹田みや
神の光/北山猛邦
本でした/又吉直樹ヨシタケシンスケ
実家暮らしが楽しい/中村雅奈
遠山/高浜虚子
もうひとつの街/ミハル・アイヴァス
目立った傷や汚れなし/児玉雨子
緑の我が家/小野不由美
ただいま装幀中/クラフト・エヴィング商會
グヤバノホリデー/panpanya
読まれる覚悟/桜庭一樹
猟奇の贄/牧野修
季刊日記 創刊号
夢詣/雨宮酔
喫茶店の水/qp
わからない/岸本佐知子
黄色い夜/宮内悠介
死のやわらかい/鳥さんの瞼
アクアリウムの夜/稲生平太郎
Room talk/岡尾美代子
シティガール未満/絶対に終電を逃さない女
爆弾犯の娘/梶原阿貴
友達だった人/絹田みや
神の光/北山猛邦
本でした/又吉直樹ヨシタケシンスケ
実家暮らしが楽しい/中村雅奈
遠山/高浜虚子
もうひとつの街/ミハル・アイヴァス
目立った傷や汚れなし/児玉雨子
緑の我が家/小野不由美
ただいま装幀中/クラフト・エヴィング商會
グヤバノホリデー/panpanya
読まれる覚悟/桜庭一樹
猟奇の贄/牧野修
季刊日記 創刊号
夢詣/雨宮酔
喫茶店の水/qp
わからない/岸本佐知子
黄色い夜/宮内悠介
死のやわらかい/鳥さんの瞼
アクアリウムの夜/稲生平太郎
Room talk/岡尾美代子
シティガール未満/絶対に終電を逃さない女
(作詞: 北山修、作曲: 杉田二郎、1970年)
楽曲としては魅力を感じないが、1つの時代を象徴するという意味では重要な楽曲だと思う。
歌い継がれなくていいから、後世に残ってほしいと願っている。
この楽曲はよく平和の歌とか反戦歌とか言われる。しかし自分にとってはそうではなくて、親(世代)との相互理解の回路を持たぬ者の孤独と怨恨の歌だ。
思春期・青春期の自分にとって「戦争を知らない」とは親(世代)とは全く異質の経験を積み重ねることに他ならなかったからだ。
youtu.be/gUX2qOl13AQ?...
(作詞: 北山修、作曲: 杉田二郎、1970年)
楽曲としては魅力を感じないが、1つの時代を象徴するという意味では重要な楽曲だと思う。
歌い継がれなくていいから、後世に残ってほしいと願っている。
この楽曲はよく平和の歌とか反戦歌とか言われる。しかし自分にとってはそうではなくて、親(世代)との相互理解の回路を持たぬ者の孤独と怨恨の歌だ。
思春期・青春期の自分にとって「戦争を知らない」とは親(世代)とは全く異質の経験を積み重ねることに他ならなかったからだ。
youtu.be/gUX2qOl13AQ?...
坂崎幸之助さんの番組で北山修さんをゲストに加藤和彦さんを語る。あの映画では見えなかったものが見えてくる。
坂崎幸之助さんの番組で北山修さんをゲストに加藤和彦さんを語る。あの映画では見えなかったものが見えてくる。
精神科医の親族が精神を病んだ時、親族の立場と医師の立場が重なり、かえってうまくいかない場合があることを理解した。
加藤和彦が病んだ時、北山修はどうしていたのかと思ったが、親友の北山修が担当医をしてしまってはダメなのだ。
精神科医の親族が精神を病んだ時、親族の立場と医師の立場が重なり、かえってうまくいかない場合があることを理解した。
加藤和彦が病んだ時、北山修はどうしていたのかと思ったが、親友の北山修が担当医をしてしまってはダメなのだ。
「解散おめでとう」と書いて叩かれてた人居たけれど、
あれ多分北山修さんのエッセイ読んだ人なのかもしれない。
バンドが大人気のピーク時にスパッと解散したんだよ。凄い人気の時だった。決めていた事とはいえ精神的に解散ダメージがあった時に
ふと「解散おめでとう」と言われて心がとても軽くなった、と書いておられた。
あれ読んだ人は 次に解散する人にはそう声かけてあげようと思っちゃうと思うんだ。
あれは愛を労りをもった言葉だった。
やはり読書しない層が
赤の他人で関係者外だってのに
勝手に責めてたようだね。
「解散おめでとう」と書いて叩かれてた人居たけれど、
あれ多分北山修さんのエッセイ読んだ人なのかもしれない。
バンドが大人気のピーク時にスパッと解散したんだよ。凄い人気の時だった。決めていた事とはいえ精神的に解散ダメージがあった時に
ふと「解散おめでとう」と言われて心がとても軽くなった、と書いておられた。
あれ読んだ人は 次に解散する人にはそう声かけてあげようと思っちゃうと思うんだ。
あれは愛を労りをもった言葉だった。
やはり読書しない層が
赤の他人で関係者外だってのに
勝手に責めてたようだね。
それが60年代末から70年代中期にかけてのこと。日本の歌でいうと、
由紀さおり『手紙』(1970/07/21)、尾崎紀世彦『また逢う日まで』(1971/03/05)、加藤和彦・北山修『あの素晴しい愛をもう一度』(1971/04/05)、堺正章『さらば恋人』(1971/05/01)、岡崎友紀『私は忘れない』(1972/10/05)、かぐや姫『22才の別れ』(1974/03/05)
あたりがそんなシチュエーションに符合するものだろう。
我慢が苦手でワガママな世代ゆえか、簡単にくっついたり離れたり、という印象があった。
それが60年代末から70年代中期にかけてのこと。日本の歌でいうと、
由紀さおり『手紙』(1970/07/21)、尾崎紀世彦『また逢う日まで』(1971/03/05)、加藤和彦・北山修『あの素晴しい愛をもう一度』(1971/04/05)、堺正章『さらば恋人』(1971/05/01)、岡崎友紀『私は忘れない』(1972/10/05)、かぐや姫『22才の別れ』(1974/03/05)
あたりがそんなシチュエーションに符合するものだろう。
我慢が苦手でワガママな世代ゆえか、簡単にくっついたり離れたり、という印象があった。
おおよそ知ってる話がほとんどではあったけど、やっぱり加藤和彦ってとんでもない傑物だったんだよなあという認識を新たにした。ラストにある曲を関わりのあったミュージシャンなどでレコーディングしてるんだけど、何と北山修も参加!この人もとんでもなくかっこいいよね。
おおよそ知ってる話がほとんどではあったけど、やっぱり加藤和彦ってとんでもない傑物だったんだよなあという認識を新たにした。ラストにある曲を関わりのあったミュージシャンなどでレコーディングしてるんだけど、何と北山修も参加!この人もとんでもなくかっこいいよね。