メモ
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@yumaonodera.bsky.social
本来、学力や収入というのは普通に生きていれば中央値に近づくはずなのである。

偏差値で言うと50、年収で言うと約400万だ。
これより下に位置していたら、無意識のうちに「負の努力」をしていないか疑ったほうがいい。

よく考えてみれば、「自分なんてこの程度…」と自分を過小に評価しているケースがある。
それは言ってしまえば自己防衛反応の一種だ。
しかし本当に幸せになりたいなら、その殻は打ち破らないといけない。

他者の手を借りるためにしてきた「負の努力」を自立して生きるための「正の努力」に転換すれば、何歳からでも人生は切り開ける。
November 16, 2025 at 3:18 AM
ここで挙げた"普通の人"は、実務が得意で人間関係の構築も得意である。
企業にとって使い勝手がよく、ゆえに社会に順応しやすい。

一方で"一部の人"は、実務よりも世界の仕組みを解き明かすことに関心がある。
浮世離れしているがゆえに社会に順応しづらい。
端的に言えば生きづらい人だ。

もしこうした特殊な性質に自覚があるならば、世間が推奨する"普通の生き方"を避けて自分なりの生き方を模索するしかない。

こういうタイプの人生は大抵、次の二択である。
すなわち、既存の階級社会の底で窮屈に生きるか、階級社会の枠組みを外れて世間とは異なる次元から世界の仕組みづくりに関与するかだ。
November 16, 2025 at 2:35 AM
仕事がつらいとか、人間関係がつらいとか、そういった外的要因であれば、環境を変えることで解決できる可能性が大いにある。
だから長い人生の中のほんの短い期間の経験だけで人生に見切りをつけてしまうのはもったいない。

一方で内的要因、つまり他の誰かの意図や周囲の環境によらず完全に自分自身の信念や価値観に基づく判断であれば、他者に迷惑をかけない限りにおいて自分の人生に見切りをつけるという判断もまた一つの選択肢ではないかと思う。
ただその場合においても、生活習慣の乱れからくるたんぱく質やセロトニンの不足が原因の可能性もあるので、自殺を思いついたとしてもまず落ち着いて体調を可能な限り整えるのが良い。
November 7, 2025 at 1:32 AM