月ヶ瀬悠次郎
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月ヶ瀬悠次郎
@yujirotsukigase.bsky.social
1983年生まれ。関西学院大学文学部中退。舞台演出家・デザイナー。芸術文化を街づくり(経済・産業)と包括的に考える市民団体「ひめじ芸術文化創造会議」の代表を務める。また「宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会(略称・スーパーサンガ)」幹事。
何かを表現して共感を得ることを求めながら、同時に極力否定されないことを重要視しているので、例えば「このラーメン美味しいね」という表現も「あんまり美味しくないよ」という否定を受ける可能性を含んでいる。「味があるね」といえばほぼ間違いなく「そうだね」と肯定されるだろう。

それでも薄味のラーメンなら「味しないよ」と否定される可能性があるので、それを避けるために2030年頃の若者は「これはラーメンです」と言うのだろうか。
そうなると「This is a pen, isn’t it?」「Yes, it is.」みたいな、社会で一度も耳にしたことのない教科書の例文が役立つ時代がやってくるのかもしれない。
March 22, 2024 at 1:25 PM
政治に対する態度にもいえることだが、多くの「子ども」にとって責任とは自分が果たすということよりも相手に負わせることに専らの感心が寄せられているのではないか。

政治や社会というのは、何かしらの責任を負って誰かに施すことではなく、いつまでも何かをしてもらうことであり続けているようだ。

一体どうしてこれで社会が改善され、人々が幸福になれることがあるだろうか。人が未来に希望を抱けるだろうか。

それにしても残念なことに、私の手は彼らの襟首を掴むには短すぎるようだ。
February 16, 2024 at 1:07 PM
一昔前は、CSRといって「企業の社会的責任」が重要視されていたが、現代では単にSR(社会的責任)という事が増えた。つまり、社会全体に対する責任を負って道徳的に生きることが個人にも求められる時代だ。

しかし、そうであるにも関わらず、私の周りでは多くの人々が(もはや子どもとは呼べないような年齢になっても尚)子どもの理屈で生きているように見える。

これはどういうことだろう。
February 16, 2024 at 1:07 PM
14歳でこれを読んで以来、私は"The Catcher in the Rye"として生きることを自分に求めてきた。

どんなに馬鹿げて見えたとしても、たとえ生命を救ってやった相手から誤解されて疎まれたとしても、彼らが崖から転落死しないように捕まえて連れ戻すのが私の仕事だ。
February 16, 2024 at 1:07 PM
そんなときに僕は、どっかから、さっととび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。一日じゅう、それだけをやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてることは知ってるけどさ。
『ライ麦畑でつかまえて』J・D・サリンジャー(野崎孝 訳)
February 16, 2024 at 1:06 PM
「自分のために作るか、誰かのために作るか」ということでもありますね。
February 12, 2024 at 3:28 PM
地味に困ってる。

とりあえず、Amazonぽちった。届く頃に、旧おたまがひょっこり予定。
February 12, 2024 at 9:16 AM
プロフ変更の反映にちょっと時間かかることがあるみたいですね
February 7, 2024 at 8:18 AM