今、窓が開く鉄道車両といっても一段下降のフリーストップ式が大半を占めていて、窓戸錠付きの2段窓など10年後には博物館に行かないと体験できなくなるでしょうから、こういった操作面を記録することは重要だと思います。欲を言えば窓戸錠を実際に指で操作している写真があるとなお良かったかと思います。
今、窓が開く鉄道車両といっても一段下降のフリーストップ式が大半を占めていて、窓戸錠付きの2段窓など10年後には博物館に行かないと体験できなくなるでしょうから、こういった操作面を記録することは重要だと思います。欲を言えば窓戸錠を実際に指で操作している写真があるとなお良かったかと思います。
9000系の1~2次車は登場当初形式区分が異なっていたのですが、それが目に見えて分かる貴重な証拠なので。(デハ9200形と表記されているのに自重が31.8tであることに注目)
9000系の1~2次車は登場当初形式区分が異なっていたのですが、それが目に見えて分かる貴重な証拠なので。(デハ9200形と表記されているのに自重が31.8tであることに注目)
乙号車は駿遠電気20形としての写真も残されているので、「静岡でとまる電車を蒲田まで引いて来て」はさすがに誇張した表現だと思いますが、ともかく駿遠電気での使用実績は皆無で事実上の新車購入と言えること、丙号車も乙号車と同時に搬入されていた可能性が高いこと(雪ヶ谷延伸までは塩漬け?)が読み取れます。
乙号車は駿遠電気20形としての写真も残されているので、「静岡でとまる電車を蒲田まで引いて来て」はさすがに誇張した表現だと思いますが、ともかく駿遠電気での使用実績は皆無で事実上の新車購入と言えること、丙号車も乙号車と同時に搬入されていた可能性が高いこと(雪ヶ谷延伸までは塩漬け?)が読み取れます。
画像は『The American Railroad Passenger Car Part2』の p.580 掲載の図面で、ボールドウィン社が1860年に製造したシカゴ向け車両。
画像は『The American Railroad Passenger Car Part2』の p.580 掲載の図面で、ボールドウィン社が1860年に製造したシカゴ向け車両。
ゲームの話だけでなく『絶望先生』の話題も多い。久米田先生の糸色望の呼び方が意外。
作品作りに関する話では週刊漫画とゲーム制作の対比がおもしろい。
「引き算の美学」、足し算に比べて引き算が評価されないの、クリエイターだけでなく世間全般そうですよね。問題が起こる度に増えてゆく注意事項に溢れた世界。足さない勇気がもっと評価されてほしい。
先生の御尊影もたくさん掲載されていて大満足。
ゲームの話だけでなく『絶望先生』の話題も多い。久米田先生の糸色望の呼び方が意外。
作品作りに関する話では週刊漫画とゲーム制作の対比がおもしろい。
「引き算の美学」、足し算に比べて引き算が評価されないの、クリエイターだけでなく世間全般そうですよね。問題が起こる度に増えてゆく注意事項に溢れた世界。足さない勇気がもっと評価されてほしい。
先生の御尊影もたくさん掲載されていて大満足。
例えば玉川電気鉄道の電動客車9~12号の廃車日は1937(昭和12)年4月7日ではなく同23日となっている。
自分は認可は実際に認可が行われた日を基準に考えるが、届出は鉄道会社側の視点で提出日を基準にしていて、私の知る限り他の車歴ファンもそのケースが多いと思うのだけれど、いずれにせよその辺の定義は冒頭でしっかり但し書きしておく必要性を感じた。
例えば玉川電気鉄道の電動客車9~12号の廃車日は1937(昭和12)年4月7日ではなく同23日となっている。
自分は認可は実際に認可が行われた日を基準に考えるが、届出は鉄道会社側の視点で提出日を基準にしていて、私の知る限り他の車歴ファンもそのケースが多いと思うのだけれど、いずれにせよその辺の定義は冒頭でしっかり但し書きしておく必要性を感じた。