器をなくした友人の要が、僕のなかで懸命に命を紡いでいる。
耳を塞いで蹲っていても、事実はなにも変わってはくれない。
お前は逃げないよ、とさも当たり前のように告げた彼の声がどこからか聞こえたような気がした。
器をなくした友人の要が、僕のなかで懸命に命を紡いでいる。
耳を塞いで蹲っていても、事実はなにも変わってはくれない。
お前は逃げないよ、とさも当たり前のように告げた彼の声がどこからか聞こえたような気がした。
代わり映えのない並木道を歩きながら、例えば移植されたのが眼球であれば、まだ見ぬ景色をかつての友人に見せてあげられたかもしれないなどと配慮のない考えを抱くこともあった。自分のなかに友人が生きてると思えば、馬鹿な考えは浮かんでも実行なんて出来るはずがない。
ようやくその傷みと共存できるようになったある日、僕は『なつきさん』に手紙を書いた。三日三晩かけて何度も書き直したものを僕のなかに生きるなつきさんに届くように音読して、そして、あまりの意味のなさに嗤いながら破り捨てた。
代わり映えのない並木道を歩きながら、例えば移植されたのが眼球であれば、まだ見ぬ景色をかつての友人に見せてあげられたかもしれないなどと配慮のない考えを抱くこともあった。自分のなかに友人が生きてると思えば、馬鹿な考えは浮かんでも実行なんて出来るはずがない。
ようやくその傷みと共存できるようになったある日、僕は『なつきさん』に手紙を書いた。三日三晩かけて何度も書き直したものを僕のなかに生きるなつきさんに届くように音読して、そして、あまりの意味のなさに嗤いながら破り捨てた。
痙攣を繰り返し腕のなかで急速に冷えていく身体を掻き抱きながら、どうか次の世があれば穏やかに笑い合えたらと願ったはずだった。
ああ、本当に今世の僕は大馬鹿野郎で、おめでたい頭をしている。当たり前に、次も会えるのだと過信していた。お前は生きろと強引に突き放された手が、こんなかたちで繋ぎ直されるとは思っていなかった。
どうやら手術は成功したらしい。確かに音が聞こえそうなほどに心臓が激しく脈打っても息苦しさは感じないし、呼吸が止まってしまいそうなくらいの激痛も襲ってはこない。
けれど、生きるために酸素を取り込んで、鼓動の存在を確かめるたび心は引き攣るように傷んだ。
痙攣を繰り返し腕のなかで急速に冷えていく身体を掻き抱きながら、どうか次の世があれば穏やかに笑い合えたらと願ったはずだった。
ああ、本当に今世の僕は大馬鹿野郎で、おめでたい頭をしている。当たり前に、次も会えるのだと過信していた。お前は生きろと強引に突き放された手が、こんなかたちで繋ぎ直されるとは思っていなかった。
どうやら手術は成功したらしい。確かに音が聞こえそうなほどに心臓が激しく脈打っても息苦しさは感じないし、呼吸が止まってしまいそうなくらいの激痛も襲ってはこない。
けれど、生きるために酸素を取り込んで、鼓動の存在を確かめるたび心は引き攣るように傷んだ。
手を繋ぐことも、声を聞くことも、顔を見ることも叶わなかった。
ありがとうを告げることさえ、さようならを手向けることさえ、何もできなかった。
──ともだちに、なりたかった。
「出て、きて……っ! 出てきてください!! お願いだから……!!」
胸の上、心の臓がある場所を力任せに叩く。今更『それ』を取り出したってなんの意味もない。もう器はない。もうなつきさんはこの世にはいない。そうだ、なつきさんはもういない。こんなことしたって、こんな形で命の消費期限を伸ばされたってなんの意味もないのに。
「これが、あんたを守れなかった僕への罰なんですか……」
手を繋ぐことも、声を聞くことも、顔を見ることも叶わなかった。
ありがとうを告げることさえ、さようならを手向けることさえ、何もできなかった。
──ともだちに、なりたかった。
「出て、きて……っ! 出てきてください!! お願いだから……!!」
胸の上、心の臓がある場所を力任せに叩く。今更『それ』を取り出したってなんの意味もない。もう器はない。もうなつきさんはこの世にはいない。そうだ、なつきさんはもういない。こんなことしたって、こんな形で命の消費期限を伸ばされたってなんの意味もないのに。
「これが、あんたを守れなかった僕への罰なんですか……」
「わぁっ! このクッキー猫ちゃんの形してる! もしかしてすばるが作ったの?」
「おう。可愛い可愛い妹の友達が遊びに来るってんでつい腕に力が入っちまった」
「か、可愛い妹……えへへ」
「すっっごく可愛い! 私も今度なにか作ってすばるにあげるねっ。べあとりすちゃんにも!」
「ぺとらが俺に? 今から物凄く楽しみだわ、期待してるぜ」
「えへへ! やったぁ! すばる、だーいすきっ」
「べ、べてぃーも大好きかしら!」
「わぁっ! このクッキー猫ちゃんの形してる! もしかしてすばるが作ったの?」
「おう。可愛い可愛い妹の友達が遊びに来るってんでつい腕に力が入っちまった」
「か、可愛い妹……えへへ」
「すっっごく可愛い! 私も今度なにか作ってすばるにあげるねっ。べあとりすちゃんにも!」
「ぺとらが俺に? 今から物凄く楽しみだわ、期待してるぜ」
「えへへ! やったぁ! すばる、だーいすきっ」
「べ、べてぃーも大好きかしら!」
人間とはもともと関わる気がないし、歌うとき以外には水面にも出ないから二つ目の契約は難なくこなせる。
深海に沈んでいれさえすれば、孤独を感じる以外にはなんの問題もなかった。
(まぁその孤独が……厄介、なんだけど)
日に日に、心に影が落ちていく。寂しいと、誰かに寄り添って欲しいと、じくじくと心が膿んでいく。ここにあるのは握りしめた黒石に宿る魔女の意思だけだ。それだけが自分自身を確かめられる存在だった。
誰とも話さず、誰とも関わらず、独りで聴かれもしない歌を歌う。
人間とはもともと関わる気がないし、歌うとき以外には水面にも出ないから二つ目の契約は難なくこなせる。
深海に沈んでいれさえすれば、孤独を感じる以外にはなんの問題もなかった。
(まぁその孤独が……厄介、なんだけど)
日に日に、心に影が落ちていく。寂しいと、誰かに寄り添って欲しいと、じくじくと心が膿んでいく。ここにあるのは握りしめた黒石に宿る魔女の意思だけだ。それだけが自分自身を確かめられる存在だった。
誰とも話さず、誰とも関わらず、独りで聴かれもしない歌を歌う。
この契約を守っている限り、人間に絶対に見つからない特殊な結界で護られた深海で仲間たちは穏やかに暮らせる。二度と会うことは、叶わないけれど。
毎夜、特定の時間になると胸から下げた黒い水晶体が発光し合図を送ってくる。その石は魔女の意思を媒介にするものであり、魔女の分身体のようなものでもあった。俺の動向は常に魔女に監視されており、つまり契約違反は許されない。
この契約を守っている限り、人間に絶対に見つからない特殊な結界で護られた深海で仲間たちは穏やかに暮らせる。二度と会うことは、叶わないけれど。
毎夜、特定の時間になると胸から下げた黒い水晶体が発光し合図を送ってくる。その石は魔女の意思を媒介にするものであり、魔女の分身体のようなものでもあった。俺の動向は常に魔女に監視されており、つまり契約違反は許されない。
(このままずっと目が覚めなかったら……死んだことになんのかな……)
何をしても朽ちることのないこの身体は、所謂そういう契約で与えられたものだ。
永遠を生きるなんて苦行以外の何物でもないけれど、そうすることによって確かに守れるものがあったから俺は魔女の言う条件をそのまま呑んでやった。
魔女は俺の即答に些か驚いたみたいだったけれど、揶揄うように笑ったあとは何も言わなくなった。
(このままずっと目が覚めなかったら……死んだことになんのかな……)
何をしても朽ちることのないこの身体は、所謂そういう契約で与えられたものだ。
永遠を生きるなんて苦行以外の何物でもないけれど、そうすることによって確かに守れるものがあったから俺は魔女の言う条件をそのまま呑んでやった。
魔女は俺の即答に些か驚いたみたいだったけれど、揶揄うように笑ったあとは何も言わなくなった。
何年も、何十年も、百年を超えても、あの日に見たみんなの笑顔と泣き叫ぶ声だけを無意味に与えられた永遠の命とともに抱えてきた。──けれど。
(もう……誰の顔も、思い出せない……声も……俺を呼ぶ、声も……)
泣いたって、なんの気晴らしにもならないことは学習済みだ。それでもたまにこうして泣きたくなるときがある。それは決まって、独りであることを心が再確認して凍える日だ。
(……寒い、すごく)
水中で生きる種族が凍えるなんて馬鹿な話があるかと、誰もが嗤うだろう。事実、人魚の皮膚は冷たさや寒さを感じることはない。だがこの虚無感を言い表すとすれば『寒い』だ。
何年も、何十年も、百年を超えても、あの日に見たみんなの笑顔と泣き叫ぶ声だけを無意味に与えられた永遠の命とともに抱えてきた。──けれど。
(もう……誰の顔も、思い出せない……声も……俺を呼ぶ、声も……)
泣いたって、なんの気晴らしにもならないことは学習済みだ。それでもたまにこうして泣きたくなるときがある。それは決まって、独りであることを心が再確認して凍える日だ。
(……寒い、すごく)
水中で生きる種族が凍えるなんて馬鹿な話があるかと、誰もが嗤うだろう。事実、人魚の皮膚は冷たさや寒さを感じることはない。だがこの虚無感を言い表すとすれば『寒い』だ。
波の音が耳障りになってしまったのは、いつからだったっけ。
聞きすぎて飽きたのか、それとも明確な何かがあって嫌悪するようになったのかは長い時を生きすぎて自分でもわからない。
けれども、まぁ。水面に上がらなければ、その耳障りな音を聞くことも、別の種族の誰かと目が合うことも、役立ずなこの身体が期待されてしまうこともないのだし。自由と言えば、自由なんだろう。そう思えば、きっと。
「──」
いなくなってしまった、仲間たちの名前を呼ぶ。
それは決して音にはならない、泡だけの名詞。
いつの間にか泡沫に溶けてしまった大切なものを抱きしめて、今日もひとり──そう、独りで海底の安寧を守る。その役目を、
波の音が耳障りになってしまったのは、いつからだったっけ。
聞きすぎて飽きたのか、それとも明確な何かがあって嫌悪するようになったのかは長い時を生きすぎて自分でもわからない。
けれども、まぁ。水面に上がらなければ、その耳障りな音を聞くことも、別の種族の誰かと目が合うことも、役立ずなこの身体が期待されてしまうこともないのだし。自由と言えば、自由なんだろう。そう思えば、きっと。
「──」
いなくなってしまった、仲間たちの名前を呼ぶ。
それは決して音にはならない、泡だけの名詞。
いつの間にか泡沫に溶けてしまった大切なものを抱きしめて、今日もひとり──そう、独りで海底の安寧を守る。その役目を、