2000年からスタートした売文生活の中で、自分が担当したお仕事をメモっていきます!!!
思い出したものから、ちょこちょこと。
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このチラシは毎号、鳥山先生ではない作家さんがドラゴンボールのイラストとテキストを寄稿するコーナーがあり、それをいの一番に見られる楽しみがあった。
それ以外は扉ページと記事ページ。DVD BOXやゲームやフィギュアの最新情報をつつがなく構成してました。
この書籍と、いずれ紹介するゲームこそ、ドラゴンボール リバイバルブームの火付け役。
このチラシは毎号、鳥山先生ではない作家さんがドラゴンボールのイラストとテキストを寄稿するコーナーがあり、それをいの一番に見られる楽しみがあった。
それ以外は扉ページと記事ページ。DVD BOXやゲームやフィギュアの最新情報をつつがなく構成してました。
この書籍と、いずれ紹介するゲームこそ、ドラゴンボール リバイバルブームの火付け役。
第一報など初期は師匠が記事を担当。開発の方々が1000枚以上の場面写真を用意したのに師匠は3点しか使わず焦るプロデューサー。しかし大胆で迫力ある構成で読者人気が爆発し話題に。少年誌の誌面は情報量じゃない、構成だ。と強く印象に残った。
第一報など初期は師匠が記事を担当。開発の方々が1000枚以上の場面写真を用意したのに師匠は3点しか使わず焦るプロデューサー。しかし大胆で迫力ある構成で読者人気が爆発し話題に。少年誌の誌面は情報量じゃない、構成だ。と強く印象に残った。