昭和8年2月の句には、「忌の明くる今日このごろの蕗の薹」という句があるが、関係あるだろうか。
立つ鴫を言吃して見送りぬ
烏瓜手がかりもなく残りけり
なんてのは追悼の感じがあっていい句だが、その前年のものだ。とみると、8年の1月に「病人の故人となるや羽子の春」というものがあった。その前には
大空の羽子赤く又青く又
という句があって、これもいい句だ。年代がごちゃまぜになっているので気づかなかった。
昭和8年2月の句には、「忌の明くる今日このごろの蕗の薹」という句があるが、関係あるだろうか。
立つ鴫を言吃して見送りぬ
烏瓜手がかりもなく残りけり
なんてのは追悼の感じがあっていい句だが、その前年のものだ。とみると、8年の1月に「病人の故人となるや羽子の春」というものがあった。その前には
大空の羽子赤く又青く又
という句があって、これもいい句だ。年代がごちゃまぜになっているので気づかなかった。
次は味噌汁、煮物などが作れれば、まあなんとかな克服となるが、どうだろう。パスタ、おにぎり、弁当は、しばらくまだ作れなさそう。思い出がトラウマにまだ近く、それに向き合いすぎるよりは、とりあえず生命にかかわるところは上手く逸らしながらやるしかない。
次は味噌汁、煮物などが作れれば、まあなんとかな克服となるが、どうだろう。パスタ、おにぎり、弁当は、しばらくまだ作れなさそう。思い出がトラウマにまだ近く、それに向き合いすぎるよりは、とりあえず生命にかかわるところは上手く逸らしながらやるしかない。