Xの方で呟くと危なそうなものはこっち
ブログとツイートの中間的に使おうと思う
つまり、エリートがすべての価値観の中心を作っていて、エリートを変えればすべてが変わるから、エリートだけを相手にしとけばいい、と思っていた訳だ。
それで大打撃を食らっている。別にトランプの台頭はそれだけでは説明できないし、それを一種の歴史主義的視点に陥っている可能性もある。
けれど、知識人層の信頼は確実に没落している。
つまり、エリートがすべての価値観の中心を作っていて、エリートを変えればすべてが変わるから、エリートだけを相手にしとけばいい、と思っていた訳だ。
それで大打撃を食らっている。別にトランプの台頭はそれだけでは説明できないし、それを一種の歴史主義的視点に陥っている可能性もある。
けれど、知識人層の信頼は確実に没落している。
すべてが溶接されきっている。理性で分離するってことは、つまり「内なるウルトラ精神集中により、新たなニュータイプへ生まれ変わる」ことを要求していて、非現実的。
そのために本来、昔は世間の価値観に理性的言説に叶うように文脈を接地し、社会変革を行っていた。それで、緻密な社会変化が訪れた。
それが分かってない人達は、政治権力を変えるだけで──つまり、価値観の中心部を変えるだけで
すべてが溶接されきっている。理性で分離するってことは、つまり「内なるウルトラ精神集中により、新たなニュータイプへ生まれ変わる」ことを要求していて、非現実的。
そのために本来、昔は世間の価値観に理性的言説に叶うように文脈を接地し、社会変革を行っていた。それで、緻密な社会変化が訪れた。
それが分かってない人達は、政治権力を変えるだけで──つまり、価値観の中心部を変えるだけで
あと、確かに理論的には作者はそこまで偉い訳でもない。みんな自分が凄いと思っているけど、ツールを作ったり、作品を流通させたり、売り出す名前も出されないし評価されない人もちゃんと凄い。それに創作はできないけど、ちゃんと文脈を作りながら評価する人も凄い。
そこは事実だろう。でも、いまの社会やコミュニティはそういう人たちは凄くないと思っている。
あと、確かに理論的には作者はそこまで偉い訳でもない。みんな自分が凄いと思っているけど、ツールを作ったり、作品を流通させたり、売り出す名前も出されないし評価されない人もちゃんと凄い。それに創作はできないけど、ちゃんと文脈を作りながら評価する人も凄い。
そこは事実だろう。でも、いまの社会やコミュニティはそういう人たちは凄くないと思っている。
よくここで芸術史の話が持ち出される事がある。例えば、写真の登場やコンセンプチュアル・アート、シミュレーショニズム、先住民族アート。
つまるところ、彼らは非常にシニカルで「自分が凄い作品を描いたからとか、めちゃくちゃ頑張って描いたとか、自分をちゃんと評価してくれているとか言っているが、そんな事はない」という態度を取っている。
確かにそうだ。作品の技術なんて、少し状況が変われば無意味になる。インディアンの工芸品はアートになっているが、アイヌの工芸品は工芸品に留まっている。こう言うのは、アイヌの工芸品をアートにする運動があったからだ。
よくここで芸術史の話が持ち出される事がある。例えば、写真の登場やコンセンプチュアル・アート、シミュレーショニズム、先住民族アート。
つまるところ、彼らは非常にシニカルで「自分が凄い作品を描いたからとか、めちゃくちゃ頑張って描いたとか、自分をちゃんと評価してくれているとか言っているが、そんな事はない」という態度を取っている。
確かにそうだ。作品の技術なんて、少し状況が変われば無意味になる。インディアンの工芸品はアートになっているが、アイヌの工芸品は工芸品に留まっている。こう言うのは、アイヌの工芸品をアートにする運動があったからだ。
子どもに「性的なことは一切教えない」し、「勝手に恋愛をしたら罰を加える」
そういう人が周りにもいただろう。しかし、これは「お家が厳しいから」と黙認されている。これは未来から見れば異常な習慣だ。
つまり、現状の「正しい子どものあり方」にも問題がある。
ただ、だからといって「性的なものをokにしよう」というのもおかしい。それは異端的行いだ。必要な社会慣習を変化をすっ飛ばしている。それは理性的には正しくても、少々カルト的だ。
子どもに「性的なことは一切教えない」し、「勝手に恋愛をしたら罰を加える」
そういう人が周りにもいただろう。しかし、これは「お家が厳しいから」と黙認されている。これは未来から見れば異常な習慣だ。
つまり、現状の「正しい子どものあり方」にも問題がある。
ただ、だからといって「性的なものをokにしよう」というのもおかしい。それは異端的行いだ。必要な社会慣習を変化をすっ飛ばしている。それは理性的には正しくても、少々カルト的だ。
だから、必然的に子どもの教育や子育てでは、「そういうキリスト教的理想像」に叶ったやり方が、重要な指標の一つになっている。
これは子どもを社会から守る役割を果たしてきたが、だが完全とはいいがたい。
それが性規範についてだ。
児童ポルノにしてもそうだが、基本的に注目されるのは、そういう理想的な子ども像を「汚す」行為だ。これも当然いけないが、しかし子どもに強烈に禁欲を迫り、それからの逸脱には罰を与える行為には目が向けられていない。
ある種のママさん方の処女趣味と言えるの
だから、必然的に子どもの教育や子育てでは、「そういうキリスト教的理想像」に叶ったやり方が、重要な指標の一つになっている。
これは子どもを社会から守る役割を果たしてきたが、だが完全とはいいがたい。
それが性規範についてだ。
児童ポルノにしてもそうだが、基本的に注目されるのは、そういう理想的な子ども像を「汚す」行為だ。これも当然いけないが、しかし子どもに強烈に禁欲を迫り、それからの逸脱には罰を与える行為には目が向けられていない。
ある種のママさん方の処女趣味と言えるの
みんなのよく知るユニセフだって、これもキリスト教者の強い働きかけがあったからできた。
だから、子どものそういう理想像が今でも支配的なのは当然の成り行きといえる。
今のロリコン(あるいは少女趣味……これは女性も入ることに『大』注意)の本家とされるルイス・キャロルは、その理想像に真っ向から針を刺した人物。彼はそういう理想的子ども像に反対していた。
だが、まさにそうした反対が市場での成功を生み出し、彼は大文学者になった。こういう反対として、学生運動全盛後のロリコンブームを理解すべき。当然、グロ・幻想要素もあるが。
みんなのよく知るユニセフだって、これもキリスト教者の強い働きかけがあったからできた。
だから、子どものそういう理想像が今でも支配的なのは当然の成り行きといえる。
今のロリコン(あるいは少女趣味……これは女性も入ることに『大』注意)の本家とされるルイス・キャロルは、その理想像に真っ向から針を刺した人物。彼はそういう理想的子ども像に反対していた。
だが、まさにそうした反対が市場での成功を生み出し、彼は大文学者になった。こういう反対として、学生運動全盛後のロリコンブームを理解すべき。当然、グロ・幻想要素もあるが。
後者はかなり厄介で、「あらやる性的なものやイデオロギーとは『無縁』の『純粋無垢』の子ども」というイメージによって、子どもと認識されるようになった。子どもという言葉自体はあったが、その扱いには差がある。
大昔では、もしも子どもと大人が溺れようとしている時は、真っ先に大人を助けるのが世間感覚として身についていたし、子どもは小さな大人として幼い時から働かされていた。
それを駄目だといったのが、マルティン・ルターで、彼はキリスト教のために人々の子どもを学校に通わせた。その後、社会主義者や多くの
後者はかなり厄介で、「あらやる性的なものやイデオロギーとは『無縁』の『純粋無垢』の子ども」というイメージによって、子どもと認識されるようになった。子どもという言葉自体はあったが、その扱いには差がある。
大昔では、もしも子どもと大人が溺れようとしている時は、真っ先に大人を助けるのが世間感覚として身についていたし、子どもは小さな大人として幼い時から働かされていた。
それを駄目だといったのが、マルティン・ルターで、彼はキリスト教のために人々の子どもを学校に通わせた。その後、社会主義者や多くの
議論をするための「動機」
議論を始めるための「疑問と主張」
それを裏付けたり再考するための「調査と分析」
そして公に訴えるための「法的議論と正式な文書作製」
実際に活動を達成するための「世間や議員への訴えかけや団体の組織」
これを一市民として完璧に達成するには不可能すぎる。だからこそ、その無理を自覚して行わいといけないが、無理に突進するから、「意見の硬直化=認知の歪み」や「内ゲバ」、「対立と訴訟合戦」に陥り、救済対象を無視し他者を加害する結果になる。
議論をするための「動機」
議論を始めるための「疑問と主張」
それを裏付けたり再考するための「調査と分析」
そして公に訴えるための「法的議論と正式な文書作製」
実際に活動を達成するための「世間や議員への訴えかけや団体の組織」
これを一市民として完璧に達成するには不可能すぎる。だからこそ、その無理を自覚して行わいといけないが、無理に突進するから、「意見の硬直化=認知の歪み」や「内ゲバ」、「対立と訴訟合戦」に陥り、救済対象を無視し他者を加害する結果になる。
多くの書籍の海賊版サイトに共通するが、日本語書籍はほとんど存在していない。
その構成要素は、流行の本や有名な理系の本、イラスト教本が殆どを占めてくる。
アップロード者については、理系は日本の理工系の学生で、イラスト教本などは、中国人がアップロードしているものと推測される。
また、いわゆる「批評系」の日本語の本があるが、これは中国本土の学生がアップロードしている事が多い。だいたいが大学図書館の日本語書籍を使っている。
多くの書籍の海賊版サイトに共通するが、日本語書籍はほとんど存在していない。
その構成要素は、流行の本や有名な理系の本、イラスト教本が殆どを占めてくる。
アップロード者については、理系は日本の理工系の学生で、イラスト教本などは、中国人がアップロードしているものと推測される。
また、いわゆる「批評系」の日本語の本があるが、これは中国本土の学生がアップロードしている事が多い。だいたいが大学図書館の日本語書籍を使っている。
それが、日本が太平洋戦争を始めたからだ、というのは話がズレすぎている。より確実な善悪が分かれているもの同士の、相互の事象が矛盾しすぎている。だから、こういう語りは「棄却」されないといけない。そして、そういう話し合いには参加しちゃいけない。
そもそも「歴史的事実」が「新たな善悪の判定」に加わる、この構造自体がダメで、それが融和に反している。
それが、日本が太平洋戦争を始めたからだ、というのは話がズレすぎている。より確実な善悪が分かれているもの同士の、相互の事象が矛盾しすぎている。だから、こういう語りは「棄却」されないといけない。そして、そういう話し合いには参加しちゃいけない。
そもそも「歴史的事実」が「新たな善悪の判定」に加わる、この構造自体がダメで、それが融和に反している。