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こころの健康支援室 そらいろを主催しています。公認心理師、放課後児童支援員、米国NLPTM協会認定マスタープラクティショナー。そらいろの活動、心のこと、看板ねこのことなど。カウンセリングは病気や問題のある方だけのものではありません。日々の心のメンテナンスにカウンセリングを取り入れてみませんか?
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良いものを積み重ねた先に -https://sorairo-ss.com/home/yoimonowotsumikasanetasakini/
#心 #メンタル #公認心理師 #nlp #こころの健康支援室そらいろ
良いものを積み重ねた先に
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。お正月はいかがお過ごしでしたでしょうか。一年の最初の一週間はどんな日々でしたでしょうか。世界では日々さまざまな変化が起き、非常に残念なことに、心を騒がせる衝撃的な出来事も起こりますが、一人ひとりの足元の生活が安定していること、そうした人が一人でも増えていくことが、巡りめぐって国や世界といった大きな集団の安定にもつながるのではないかと思います。お正月休みが明け、今年最初の「いつもの」一週間。一日や、一週間をいくつも重ねて、一年が過ぎていきます。一日のうちに、一週間の中に、いつもの日常の中に、ご自身が安定や安心を実感できる瞬間をできるだけたくさん持つためには、何が必要でしょうか。何ができるでしょうか。ご自身の感覚に耳をすませていると、今、自分が何を欲しているのか、どんなことを心地よく感じるのか、どんなことを不快に感じているのか、キャッチできるようになってきます。自分が心地よく感じたこと、おいしいと思ったもの、うれしいと思ったこと、よかったと感じたこと、ゆったり落ち着いた心地になれたこと等、その瞬間に気づいて、覚えておいて、自分を心地よい状態にする体験、心地よい体験をしている瞬間を増やしていく。一日のうちに、一週間の中に、いつもの日常の中に、一つでも多く、自分の心が喜ぶ体験、落ち着く瞬間を作ってあげる。もし、そう意識して一年を過ごしたら、今年の年末には、自分は何を感じているでしょうか。これまで過ごしてきた時間と、どんな風に違っているでしょうか。まだ始まったばかりの2026年.たくさんの良い体験、良い瞬間が積み重なりますように。あらあらかしこ
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January 8, 2026 at 3:02 AM
2026
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。あけましておめでとうございます。いつもは木曜日のお昼にブログを更新しておりますが、せっかくなので元旦のうちに、新年のご挨拶を申し上げます。旧年中のあたたかいご支援に厚くお礼を申し上げるとともに、本年も変わらぬご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。一年の計は元旦にあり。新しい年のはじまりには、「計」と言うほど明確で具体的なものではなくても、今年はどんな年になるんだろうとか、こんな年にしていけたらいいなというような、なんとなくのイメージのようなものは、つい考えてしまうものかもしれません。まだはじまって半日もたっていない2026年、この先一年を思い浮かべたら、どんなことが思い浮かぶでしょうか。明確な目標でも、漠然としたイメージでも、今心にあるものは指針になります。全方位から北の方を指す方位磁石のように、まだまっさらなこの先の時間をどんな風に形作るのか、その大まかな方向性は、今の自分の中に思い浮かぶ目標やイメージに寄るのです。降りかかる出来事は選べませんが、自分で選べる範疇のことについては、そもそも選択肢として想像もできないものを選ぶことはできません。2026年、何を体験し、どんな風に過ごしたいでしょうか。新しい一年が、健康で、福多い一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。かしこ
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January 1, 2026 at 1:03 AM
本年も皆さまからのあたたかいご愛顧・ご支援をたまわり、本当にありがとうございました!
どうぞ皆さま、あたたかく、よい年越しをお迎えくださいませ。

年越しのご挨拶 -https://sorairo-ss.com/home/toshikoshinogoaisatsu/
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年越しのご挨拶
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。2025年も残すところ半日。本年も皆さまからのあたたかいご愛顧・ご支援をたまわり、本当にありがとうございました!どうぞ皆さま、あたたかく、よい年越しをお迎えくださいませ。あらあらかしこ
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December 31, 2025 at 3:06 AM


こんにちは。こころの健康支援室…
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。1月17日に冬土用に入り、2月3日の立春に向けて、暦の雑節では季節の変わり目のタイミングです。東京では、統計開始以降最も早く、花粉の飛散が確認されたそうです。大寒を過ぎたばかりですが、早くも春の気配は近づいてきているようです。花粉症をお持ちの方は、早めの対策で備えたいですね。仕事初めから約2週間が過ぎ、休み明けの忙しさもひと段落ついたという方も多いのではないでしょうか。「忙」という字が「心を亡くす」と書くように、忙しい時は「余裕」「余白」「余力」といった、あらゆる面での「ゆとり」が犠牲になります。「余」という字が誤解を招くかもしれませんが、忙しい時に犠牲となる「余裕」「余白」「余力」というのは、実際には「余っている」というわけではなりません。本来であれば、他の物事のためのものであった時間であり、労力であり、精神的な余裕であったもので、忙しさに費やされた分のしわ寄せはなかなかに避けがたいものです。「余裕がない」で検索すると、「焦り」「イライラ」「周りが見えなくなる」「切羽詰まった」「限界状態の」といったワードが並びます。「余裕」は、穏やかで落ち着いた状態には欠かせないコンディションであり、決して「過剰」であったり、「無駄に残って」いて、「忙しい」に費やされても大丈夫なものではないのです。近年、さまざまな領域で、「余裕」「余白」「余力」「余剰」といったものが、「無駄」とみなされることが増えました。何か「意味のあること」で予定を埋め、経歴を埋め、無駄を排除し、もっともらしい言説で生活の端々から少しずつ余剰が削り取られ、そうしているうちに心の余裕も少しずつその幅を狭めて、さまざまな場面で余裕のなさがもたらすものが表面化してきています。心の余裕、心の余白。生活の余裕、生活の余力。時間の余裕、時間の余白、等々。そうした「余」の部分が、新しい可能性、さまざまな選択肢、広い視野、そして思いやりを担保する土壌となるのでしょう。生活の中で、さまざまな「余」が侵されている、脅かされていると感じることがもしあれば、ご自身のゆとりを守るために、しっかりと境界線を引いてあげてください。もちろん、できる時もあれば、できない時もあるでしょう。しかし、自分自身に必要な「余」を守る、守りたいんだという姿勢を自分自身に示すことは、決して無駄なことではありません。自分を育むために必要な「余」を、大切に守ってあげてください。あらあらかしこ
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December 27, 2025 at 11:30 PM
そらいろメルマガバックナンバー ’21 Dec vol.1
こんにちは。 こころの健康支援室 そらいろのmirineです。 今月もメルマガのバックナンバーをご紹介したいと思います。 もし最新のメルマガにご興味をお持ちいただけましたら、下記URLからご登録いただければさいわいです↓↓ 本日は2021年12月配信のメルマガバックナンバーをご紹介いたします↓↓ 去年せっせと年越しの準備をしたのが少し前のことのように感じられるのに、もう今年の年越しの時期…。歳を重ねるごとに、一年がますますあっという間に過ぎるように感じられるのは、きっと私だけではないと思います。体感としてはあっという間に感じる一年ですが、あらためてふり返ると、何があったか、何をしたのか、思い出そうとするまですっかり忘れてしまっていることも意外とあるものです。新しい一年を新たな気持ちでスタートするためにも、今年のうちにこの一年の棚卸しをしてみてはいかがでしょうか。印象的な出来事や、達成したこと、できなかったこと、大変だったこと、とてもうれしかったこと、等々、思い出した順に紙に書き出していきましょう。もちろん、時系列に整理してもかまいません。自分がそれらの出来事について感じたことや思ったこともいっしょに書いていきます。今年あったよかったことは来年以降のリソースに、今年満足いかなかったことは来年以降の望みにつながります。もし、ネガティブなことばかり思い出してしまうようでしたら、よかったこと、うれしかったこと、がんばったこと縛りで書き出してみましょう。いいこと探しは、心にポジティブな影響を与えてくれるものに対するアンテナの感度を上げてくれます。来年に向けて、小さないいことも敏感にキャッチできるように、心のアンテナを鍛えることができます。いつも変わり映えのしない毎日だったようで、一年の間にはそれなりにいろんなことがあるものです。よかったこともそうでなかったことも経験値として積み重ねて、新しい一年も望む在り方に向かって進んでいきたいですね。
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December 25, 2025 at 3:01 AM
「今」を視界に入れる
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。12月も半ばに入り、毎日いっそう慌ただしく、気忙しくなっているかもしれません。もうすぐ終わる、もうすぐはじまる。でも、まだ終わってない、まだはじまっていない。一年の締めくくりまであと少し。慌ただしさに流されてしまわず、どうかご自身を大切にお過ごしください。一年の切り替わり、年度の切り替わりのように、「この時に確かに来ることが決まっていること」が迫ってくると、つい目線は先へ先へと向きがちになるかもしれません。この時期は特に、仕事でもお休みとお休み明けを考えた動き方が求められ、家庭でも年越しのための準備に奔走していたりと、どうしても先を見て過ごすことが増えてきます。「先々のために」できること、やらなければならないことの優先順位が高くなると、どうしても「今」が後回しになりがちです。大変な時ほど折々に立ち止まって、未来の自分を助けようとばかりして、今の自分を犠牲にしすぎてしまっていないか、自分に問いかける機会を作ってあげてください。この先のため、ここを超えたら楽になる、そのために今がんばっていることは、未来の自分には大きな助けになるかもしれません。しかし、もし今の自分が、本当に疲れていて、本当にしんどくて、本当に嫌で、細く小さいけれど心にずっと響く悲鳴を上げているとしたら。助けるべきは、未来の自分よりも、今の自分の方かもしれません。「未来」は、まだきていない、いつかの「今」です。目線が今より先の未来ばかり見ていると、いつも「今」が視界に入らなくなってしまいます。それでも、人が体験できるのは、未来でなく、過去でなく、「今」だけなのです。先々のために必要なこと、大切なことをする。でも、そのために、「今」の自分をないがしろにはしない。今、私が必要としていること、よろこぶこともする。もしかしたら、難しく感じられるかもしれません。しかし、「今の自分」をちゃんと視界に入れてあげる習慣がつくと、忙しい中でも、今の自分に必要なもの、欲しているものを取り入れた動き方ができるようになっていきます。もうすぐ終わる、もうすぐはじまる。でも、まだ終わってない、まだはじまっていない。ここには、「今」しかない。もし慌ただしさに流されそうになっていたら、「今」のあなたの望んでいることを、すくいあげてあげてください。あらあらかしこ
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December 18, 2025 at 3:07 AM
いいよ、もういいよ
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。12月に入り、季節もしっかり冬に移行したようです。今年も残り半月と少し。健康に気をつけて、大切にお過ごしください。クリスマスまであと二週間、年明けまではあと三週間を切りました。残り少ない2025年、どんな風に過ごしたいでしょうか。一年の締めくくりに、この一年がんばってきた自分に、何か一つ許すとしたら、どんなことが思い浮かぶでしょうか。自分に、「いいよ」と言ってあげるとしたら。自分に、「もういいよ」と言ってあげるとしたら。一番最初に、どんなことが思い浮かぶでしょうか。したいことが思い浮かぶでしょうか。我慢していたことが思い浮かぶでしょうか。自分に課していた何かが思い浮かぶでしょうか。抑えていたこと、縛りつけていたこと、自分を不自由にしていたこと。日常の中のごく小さなことまで含めると、もしかしたら、自覚していたよりもすごくたくさん自分を押さえつけている場面があったと、ハッとされる方もいらっしゃるかもしれません。この一年で、もしくは、これまでの人生で、自分に「いいよ」と許してあげられたことはどれだけ思い浮かぶでしょうか。自分の内に湧き上がる、何かをしたいという欲求、こう在りたいという希求を、湧いてきたその時に、そのまま「いいよ」と認めてあげる。後回しにしたり、否定したりしないで、そのままを「どうぞ」と許してあげる。ずっと我慢してきたことを、「もういいよ」と許してあげる。ある人にとっては、とても簡単なことかもしれませんし、ある人にとっては、とても難しいことかもしれません。自分に、「いいよ」と言ってあげるとしたら。自分に、「もういいよ」と言ってあげるとしたら。まっさきに思い浮かんだそれを、もしできるなら、本当に「いいよ」と言って、自分に許してあげてください。もし、今はまだ自分にそれを許してあげることはできなくても、自分の中にそれを望んでいる自分がいることを、どうか否定しないで、認めてあげてください。もし、「いいよ」と言えたとしたら、自分はどんな気持ちになるでしょうか。もし、「もういいよ」と言ってあげられたとしたら、自分はどんな気持ちになるでしょうか。2025年を締めくくるその前に、ほんの小さな一つでも、心のままの自分である体験をご自身にプレゼントするとしたら。ご自身の心にどんなことが浮かんでくるか、問いかけてみてください。あらあらかしこ
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December 11, 2025 at 3:01 AM
もういくつ寝ると
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。今年もいよいよ12月がはじまりました。一年最後の一ヶ月は、クリスマスに年末年始と、大きなイベントが続きます。楽しみもあるけれど、なんだか慌ただしい、そんな時期ですね。体調管理に気をつけて、楽しく過ごしたいですね。クリスマスは、日本でもすっかり定番のイベントですが、アドベントカレンダーはご存知ない方もいらっしゃるかもしれません。アドベントとは、キリストの誕生日であるクリスマスを待ち望み、準備する期間のことで、アドベントカレンダーは、12月1日から24日まで、日めくりのようにクリスマスまでの期間をカウントダウンするアイテムです。アドベントカレンダーには、日ごとに違うアイテムがしのばせてあり、クリスマスまでの間一日ずつ開けて、クリスマスの日まで楽しむことができます。お菓子やおもちゃが定番ですが、現代では女性向けにコスメのアドベントカレンダー等も販売されるようになりました。クリスマスを楽しむアイテムとして、毎年アドベントカレンダーを取り入れてる方もいらっしゃるかもしれません。12月は、いろいろなところでカウントダウンがついて回ります。クリスマスまで、お休みまで、年明けまで、あと何日と指折り数えるタイミングは誰にでもありそうです。終わり良ければ全て良し。一年の最後の一ヶ月、アドベントカレンダーのように、一日に一つ、ご自分に何か良いものをあげる、良いことをしてあげるようにしてみてはいかがでしょうか。美味しいものを食べる、大好きなことをする、普段は制限していることをその日だけOKにしてあげる、等々、大がかりなことでなくても、アドベントカレンダーに一つだけ入っているお菓子やおもちゃのように小さなことで十分ですので、一日に一つ、確かに自分をよろこばせる物事を意識して取り入れてみるのです。自分を楽しませるもの、自分をよろこばせるもの、自分をうれしくさせるもの。今できる、自分のためのこと。自分は、どんな体験をよろこぶでしょうか。どんな体験でしあわせを感じるでしょうか。少しだけ意識を巡らせて、今年最後の一ヶ月は、一日に一つ、自分に良い体験をプレゼントしながら、一日一日をカウントダウンしてみる。いつもの手帳に、スマホのカレンダーに、何をしたか記録しておくのもいいかもしれません。自分が、自分のために贈る、小さな「良いこと」。たとえばクリスマスまで、たとえば大晦日まで、カウントダウンしながら積もっていく。小さくても、自分が自分をしあわせにするために行動したという事実が重なっていくのです。一つひとつは大したことじゃないように思えても、小さくても自分のことを気にかける行動をする、それが毎日続くということは、自分の中に、自分を愛する習慣を育てていく大切な一歩となってくれます。何で、どんなことで、自分がよろこぶのか、しあわせを感じるのか、思い込んでいることではなく、行動し、体験しながら知っていくことが肝要なのです。今年最後の一ヶ月、アドベントカレンダーのように、小さな「良いこと」をご自身にプレゼントしながら、カウントダウンしてみてはいかがでしょうか。あらあらかしこ
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December 4, 2025 at 3:00 AM
そらいろメルマガバックナンバー ’21 Nov vol.1
こんにちは。 こころの健康支援室 そらいろのmirineです。 今月もメルマガのバックナンバーをご紹介したいと思います。 もし最新のメルマガにご興味をお持ちいただけましたら、下記URLからご登録いただければさいわいです↓↓ 本日は2021年11月配信のメルマガバックナンバーをご紹介いたします↓↓ 「問題」と聞くと、どんなイメージが浮かぶでしょうか?学校のテストや何かの試験が浮かぶでしょうか。厄介事を思い浮かべるでしょうか。デジタル大辞泉では、「問題」を以下のように定義しています。①解答を求める問い。試験などの問い。「数学の問題を解く」「入試問題」②批判・論争・研究などの対象となる事柄。解決すべき事柄。課題。「そんな提案は問題にならない」「経済問題」「食糧問題」③困った事柄。厄介な事件。「新たな問題が起きる」④世間が関心をよせているもの。話題。「問題の議員」頭を使うことであったり、頭を悩ますことであったり、「問題」の多くは考えることを要求するものであるようです。というより、頭を使う必要のある物事を「問題」と定義している、と考える方が正しいのかもしれません。問題は、解答や解決が導けるまで、頭を使って考えなければなりません。しかし、考えるという活動は意外とエネルギーを使うものです。考えることが多ければ多いほど、エネルギーの消耗は増えていきます。生じればエネルギーの消耗が確定するために、問題は困ったことや厄介なことと感じられるのかもしれません。時に人は厄介事から遠ざかりたくて、問題自体まるでないもののようにふるまってしまうこともあります。特に、問題解決にあたるエネルギーが不足していると、つい問題から目をそらしてしまいたくなるものです。もちろん、エネルギーが不足した状態で臨むよりも、一時的に問題を棚上げして、いったんエネルギーを蓄えてから臨む方が効率的なこともあります。しかし、厄介事を敬遠したい、距離をおきたいがために、問題自体を「ないもの」とし続けてしまうと、解決されることもないのです。問題は、「問題」となってはじめて解決できるようになる。人生は、日々、大小さまざまな問題の連続です。時に休憩し、時に目をそらすことがあっても、一つひとつ向き合って、解決していけるといいですね。
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November 27, 2025 at 5:17 AM
【わたしとであう】感覚を元に行動する
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。【わたしとであう】シリーズ、だいぶ間があいてしまいましたが、ご自身の感情や感覚に気づく機会は、以前より増えたでしょうか。感覚は反応なので、感覚をそのままキャッチできるようになると、「自分が感じていると思っていること」ではなく、自分が「本当に」感じていることが何なのか、分かるようになります。自分が本当に感じているものが分かると、感覚が訴えているものと、「自分が感じていると思っていること」の齟齬が、何から、どこから生じているのか、探ることもできるようになります。何より、自分が本当に感じているものが分かると、「本当に」自分を尊重すること、自分を大切にすることができるようになります。「自分が感じていると思っていること」をベースに自分を大切にしようとしても、本当に感じていることとずれているので、良かれと思って、自分を大切にしていると思ってしたことが、実際には自分をないがしろにしていたり、傷つけてしまっていることも、珍しいことではないからです。たとえば、無意識にでも、「自分はこんなことで怒るはずはない」とか、「こんなことでかなしむべきではない」と思っていると、実際にはとても怒っていたり、かなしんでいたとしても、実際の自分の感覚を否定して、自分を怒らせたりかなしませるような出来事を、意識の上では「いい成長の機会になった」とか、「自分のためになる体験だった」という風に受け止めてしまっているかもしれません。そして、意識の上では、自分のためになったと思っていると、自分に「良かれと思って」、そういう体験ができる機会を選択するようになるかもしれません。しかし、実際には、自分はそうした機会によって、怒りやかなしみといった、ケアされることのない傷つきの体験を重ねてしまうことになるのです。自分が今、本当に感じていることにアクセスできないと、どれだけ自分を尊重したいと思っても、大切にしようと思っても、自分を愛したいと思っても、的を射た行動につながらないのです。誤魔化さず、すり替えず、曲解せず、今この瞬間に自分が「本当に」感じていることを、そのまま感じる、受け止める。それがどれだけ難しいことか、自分の感覚をキャッチしようと練習を重ねれば重ねるほど、実感されているかもしれません。でも、少しずつでも、本当の自分の感覚をつかめるようになると、その感覚を頼りに、自分を本当に大切にするための行動を増やしていくことができるようになるのです。本当に自分がよろこぶこと、しあわせに感じること、快いと感じる瞬間を知ることができれば、そのために必要なものを自分のために選び、増やしていけばいいのです。本当に自分が嫌だと思うものがあれば、どうしたら自分の体験からそれを取り除いていけるのか、できる範囲で少しずつでも行動していくことができるのです。「こうあるべき」自分のためではなく、「こうありたい」自分のためでもなく、ただありのまま「全き自分」であるため、そうあれる選択をする、行動に移す。ただ、そのままの自分であること。一番シンプルで簡単なはずなのに、本当に、ひどく難しい。そもそも、今の自分の意識が「全き自分」に耐えられないことも少なくないのです。自分の感覚を、誰かや何かのために、誤魔化し、すり替え、曲解することをあたりまえにして生きてきて、「こうあるべき」や「こうありたい」が「全き自分」から離れていればいるほど、ありのままの自分をそう簡単には受け入れられない。「自分の感覚をありのままに受け止めている」と思っている、それがすでに、意識で受け入れられる範疇に曲げられたものかもしれないのです。それでも、自分の「本当」のところにアクセスしたいと、自分の感覚を見つめ続けて、その感覚に沿った選択と行動を積み重ねることが、「全き自分」に出会うためには必要なプロセスなのでしょう。新しい選択、新しい行動、新しい体験には、これまでとは違う反応(感覚)が必ずあります。今、自分が感じている感覚を注視し、キャッチする、それを元に、より自分を大切にする、しあわせにする選択を行動に移す。感覚を元に、自分を大切にするために行動する。大切にする、愛するは、能動的な行動を必要とする動詞です。「本当」の感覚に沿って、的を射た行動ができた時に感じること、体験することは、これまで見つけられなかった新しい自分を見つけることにもつながるでしょう。あらあらかしこ
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November 20, 2025 at 3:01 AM
どんな意味や価値を付与するかは自分次第
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。2025年も、残り50日を切ったそうです。いつの頃からか、一年の過ぎる早さに毎年驚かされています。何かを成した実感のあるなしにかかわらず、誰もが、今年がはじまった時にはなかった約315日分の体験を、また新たに人生に積み上げてきました。今の時点で、今年はあなたにとって、どんな時間、体験を過ごした年だったでしょうか。残り50日未満を、どんな風に過ごしたいでしょうか。強く印象に残るインパクトの強い出来事、人生の節目と言えるような体験、特別に心に残る物事、そんなことが一つもなかったからといって、「何もなかった」わけでは、きっとないはずです。大きな何かがあった方も、特にこれといって特筆に値するようなことがなかったという方も、体験にどんな意味や価値を付与するかは、その人自身です。ある出来事を、人生の一大事と捉えるのも、成長の機会と捉えるのも、ただの一通過点と捉えるのも、その人の捉え方次第です。感情がジェットコースターのように大きく振れる一年を、それが結果的にはよかったという人も、ひどい一年だったと思う人もいれば、何事も起きない平穏な日常が続いた一年を、最高だったという人も、つまらない一年を過ごしたという人もいるでしょう。どんな出来事に遭い、どんな体験をし、どんな風に感じたとしても、一生の内の一年を費やしたことは変わりません。今年の残り50日未満、どんなことを感じる体験をして過ごしたいでしょうか。あと50日もせずにはじまる新しい一年を、どんなことを感じる体験をして過ごしたいでしょうか。自分の感覚が訴える、小さな「うれしい」、「しあわせ」、「嫌」、「不快」といった、感覚の微細な差異を丁寧にキャッチして、ご自身がよかったと思える体験を、一つでも多く増やしていけるといいですね。あらあらかしこ
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November 13, 2025 at 3:02 AM
ネガティブはアラート
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。今年も早11月。あと二ヶ月を切りました。明日には立冬を迎え、冬の訪れもすぐそこです。そろそろ、年越しをどんなあなたで迎えたいか、ご自身をふり返り、整えて、年越しを良いしめくくりとはじまりとしたいですね。生きていると、ネガティブな感情を刺激される出来事や物事に、もしかしたら数え切れないくらい遭遇しているかもしれません。身近な相手、いつもの場所、慣れない状況、新しい変化、どれをとっても、大なり小なり、ネガティブな感情を触発する何かがありそうです。「“いつも”私をイラつかせる」誰か、「“どうしても”変わらない」状況、「“結局”思い通りにならない」物事、等々。いつだって自分は気分良くしあわせでいたいのに、それを的確に邪魔するかのように起きてくるあれこれ。ネガティブな感情が触発される時、自分にこんな感情を味あわせたと、相手や状況を責めてしまうでしょうか。たとえば、嫌な思いをさせた人や物事を一つひとつ漏らさずに責めたとして、ネガティブな感情体験は人生から一掃されるでしょうか。もしかしたら、自分の周囲の人や物事を責めれば責めるほど、ネガティブな感情を触発する体験は、小さなものから大きなものまで、多種多様に増えるものかもしれません。なぜなら、意識の焦点が、自分にネガティブな感情を体験させる人や物事にぴったりと合ってしまっているからです。そして、それ以上に、自分の心に浮かび上がってくるネガティブな感情を、自分の外にある他者や何かのせいにしてばかりで、その感情が容易に触発される状態にある自分自身の内側にある問題と向き合おうとしていないからです。嫌だ、不快だと思う感情は、心地よい感情よりよほど自分の注意を引きつけます。ネガティブな感情は、自分の心の中に片づいていない何かがあることを知らせてくれるアラートなのです。できれば見たくないもの、触れたくない傷、こんな弱く醜い部分があるとは思いたくなかった側面というのは、どれだけネガティブな感情が知らせてくれたとしても、見ずに済むならそうしたいものです。今湧いてきたネガティブな感情を、今、物理的な目で見えている相手、物事、状況、問題のせいにしていれば、そこを見ないまま、禁域のままにしておける。「悪いのは外にある、外にあるものが良くなれば、自分はこんな感情を味わうこともない」でも、たとえ運良く外の状況が改善したり、合わない人と離れたり、変わってほしいと思った物事が変わったとしても、心の中の禁域のかたがつかないままであれば、また別の相手、また別の場所、また別の状況で、同じような感情を喚起させる体験が再現される。その感情がわいてくる原因は、外側の誰かや何かではなく、自分の中にあるからです。元々のきっかけが外からもたらされたものであっても、内側の感情が動くのであれば、その感情をどうするかは自分自身の問題です。その感情が知らせてくる、その感情とかかわりのある、自分の内側の「見たくない」領域に目を向けることができなければ、その感情を喚起するものは、人であれ物事であれ、生きている限り自分の周りから無くなることはないでしょう。自分が生きている間にどんな感情を体験したいか、それは他者や他の何かによって決まるのではなく、自分自身の選択によって決まるのです。自分以外を責め続けて、自分を不快にするネガティブな感情を喚起され続けるのか、自分の内側を少しずつでもできるだけクリアにし続けて、ネガティブな感情というアラートを一つずつ解除していくのか。どちらの大変さが、あなたにとって価値があるでしょうか。あらあらかしこ
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November 6, 2025 at 3:22 AM
「他者の視線」という自縛
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。10月も明日で終わりですね。明日のハロウィンには、イベント等のご予定がある方もいらっしゃるかもしれません。どうぞ、安全で楽しいハロウィンをお過ごしください。ハロウィン等、イベントで仮装をするのは、子どもはもちろん、大人にとっても心躍る体験かもしれません。いつもとは違う装い、いつもとは違う振る舞いは、いつもの自分では得られなかった体験をもたらしてくれます。ハロウィン等のイベントは、「自分」のままでは表に出すことができなかった側面を、「装う」ことで出しやすくしてくれる稀有な機会です。自分ではない誰か、自分ではない何かを装うこと、なりきる体験が楽しく、充実したものであればあるほど、もしかしたら普段の「自分」には、知らずしらずさまざまな制限を課しているのかもしれません。自分とは違う誰かを装うことで表に出せる態度、言葉、行動等があるとしたら、それは装わない自分にも潜在していた自分の一側面でもあります。自分らしくない、自分のキャラに合わない、そんな人だと思われたくない、等々、意識的にも無意識的にも、人は他者に囲まれた社会の中で、他者から「見られる」視点を内在化しています。実際にどう思われるか、言われるか、ということ以上に、『「他者からこう思われるだろう、言われるだろう」と想定している自分自身の思考』によって、自分自身の在り方に制限をかけているのです。自分じゃない誰かになってしたいことは、制限のある普段の自分ではできないけれど、自分の中に外に表出したい側面がある、ということかもしれません。装うことで、表出し、表現し、体験することができれば、それだけで十分昇華されるものもあるでしょう。しかし、他者の視点を意識して、自分で自分を制限する在り方は、もしかしたら普段の自分の在り方に息苦しさをもたらすこともあるかもしれません。「こうあるべき」を装う普段の自分と、その制限から一時的に逃れるために自分以外を装う自分と、どちらにしても、自分のまま自分自身の自然な態度、言葉、行動を表に出せていない点では変わりません。何かになりきり、装うことを楽しむのと同じくらい、「見られる」ことを気にせず、自分のまま自分であることを楽しむ体験を、自分にさせてあげることができるでしょうか。あらあらかしこ
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October 30, 2025 at 3:02 AM
自分を好きになれる方を選ぶ
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。10月も下旬に入り、少しずつ今年もしめくくりの時期が近づいてきている気配を、そこここで感じるようになってきました。まだ、だけど、もうあと少し先にある気配。どんな気持ちで、どんな状態で、年越しを迎えていたいか。そのために、一日一日を大切に重ねていきたいですね。あれをする自分。これをする自分。あれをしない自分。これをしない自分。大きなことから小さなことまで、人は一日のうちに無数の選択と行動を積み重ねています。あなたは、今の自分のことを好きでしょうか。選択の基準は、その時々でいろいろあるでしょう。その方が楽だから。その方が楽しいから。その方が得だから。その方が正しそうだから。特に明確な理由を自覚することもない、なんとなくの選択も多いかもしれません。それでも、選択の一つ一つ、行動の一つ一つが「自分」を形作っています。何を基準にして選んだことであっても、自分の選択に必ずついて回る軸が一つあります。それは、その選択をした自分は「好き」か「嫌い」か、という軸です。あらゆる選択も行動も、「自分」という存在の表現です。たとえ、選択の基準が損得や利害であっても、別の理由があったとしても、一つ一つの選択について、行動について、自分はそれを選んだ自分、選ばなかった自分、行動した自分、しなかった自分を、無意識のうちに好きになったり、嫌いになったりしているのです。もちろん、自分自身に対する好悪を自覚した上で、他の基準をもとに、好きじゃないと分かった選択をすることもあるでしょう。しかし、自分自身に対する好悪に影響があるとは思いもしていなかった選択に対しても、自覚もしないほんのわずかな差異で、その選択をした自分を好ましく感じたり、不快に感じたりしているのです。日常の中の小さな、「これをするか、しないか」「どれを選ぶか、選ばないか」。今日の仕事のお供に、コーヒーを選ぶか、紅茶を選ぶか。自分で淹れるか、買いに行くか。今洗濯物を片づけるか、後で片づけるか。残業して仕事を終わらせるか、明日やることにするか。どちらを選んでも、どれを選んでも「正解」はない、その時々の状況で、何を基準とするかで「最適な選択」はいくらでも変わる。そんな選択だからこそ、「今」自分が何を選ぶ方が自分を好きになれる感じがするのか、日常の中の小さな選択の前に、そう自分に問いかけるのは、大切なことなのかもしれません。小さな選択の一つ一つに、自分に対する好きへの重みと嫌いへの重みが付随している。頭では分からなくても、感覚には表れているそれをキャッチするためには、「好き」の感覚、「嫌い」の感覚に、意識を向ける練習が欠かせません。自分を好きだと感じられる選択を重ねて、自分を大切にしてあげてください。あらあらかしこ
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October 23, 2025 at 3:02 AM
秋空にさそわれて
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。まだ夏がしぶとく残っている地域と、冬がすぐそこまで来ているような地域と。夏は、程度の差こそあれ、どこも暑いという体験は同じでしたが、暑から寒へと移り変わる間の秋は、同じ秋でも場所によってまったく違った「秋」を過ごしているように感じます。それでも、夏の盛りより過ごしやすくなり、ようやく少し動こうかという気持ちがわいてきたという方も少なくないかもしれません。ご自身の体感を丁寧にキャッチして、短い秋を、無理なく楽しんでお過ごしください。かくいう私も、朝の気温がぐっと下がった日に、久しぶりに編み物欲がむくむくと頭をもたげ、糸と針を取り出して編み物の秋に勤しんでいます。編み図のあるショールに手を出す一方、適当な構想でヨガソックスに挑戦したりと、その時やりたいと思ったものに手を出しては、作りかけを増やしています。近年、編み物ブームが再来していて、SNSを見ていても、初心者が編んでみたとか、編み物をはじめて少しずつ上達していく動画、編み方紹介の投稿等も増えているようです。編み物は、ニットセラピーと呼ばれるほど、心身に良い効果があると考えられています。目や段の数を数え、記憶しながら、指先を使う作業をすることは、脳を刺激し、認知機能の低下を予防する「脳トレ」の効果が期待できるという話を聞いたことがある人もいらっしゃるのではないでしょうか。目の前の作業に集中し、リズミカルな動きをくり返すことは、マインドフルネスやフロー状態をもたらし、ストレスを低減し、心を安定させてくれます。一つの作品を自分の力で作り上げる体験は、自己効力感につながります。一見地味なように見えるかもしれませんが、編み物という活動には、心身両方を刺激し、癒やす、さまざまな効果があると考えられているのです。こうした効果は、編み物だけに限らず、他のさまざまな創作活動にも当てはまるところが多々あります。雑音や雑念を排し、空いたところを自己効力感で満たす。身体を使い、頭を使い、一つのことに集中するという体験は、心身の健康を大いに助けてくれるもののようです。編み物に限らず、時間を忘れるほど集中したり、没頭できること、やりたいと気持ちが向く活動が、何かあるでしょうか。暑さ寒さによるストレスなく、どんな活動もしやすい今の季節に、ご自身の心身を涵養する活動を楽しんでみてはいかがでしょうか。あらあらかしこ
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October 16, 2025 at 3:02 AM
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。今週末は三連休ですね。暑さも和らいで、いよいよ秋の行楽の本番。ご予定を入れている方もたくさんいらっしゃるかもしれません。健康に気をつけて、よい秋の日々をお過ごしくださいもう終わったと思ったこと。もう手放したと思ったこと。「またか…」と思うようなことが起きたり、あの時と同じような感情を刺激されることが起こることがあります。そうだとしたら、「終わった」と思っていたことは、本当に終わったのではなく、これ以上見たくないから、向き合いたくないから、「終わったことにした」こと、なのかもしれません。人の心の「見ないようにする」機能はとても優秀です。意識の上では、本当に自分に「ない」ものとしてしまうこともあります。けれど、本当はまだ「ある」こと、「済んでいない」ことを、それを引き受けている無意識の領域はよく知っています。「済んでいない」状態が、自分に歪みをもたらしていることも、よく知っています。もし、「済んでいない」ことが無意識にたくさんあると、自分だけど見たくない、見れないところがたくさんあるということです。意識で把握できる「自分」は、あちこち穴抜けなはずのに、それを問題ないと感じるのは歪めて見ているからです。見たくない、見れないところがあっても、「大丈夫」な自分でいるために。自分の弱いところ、じくじくと痛む傷、ドロドロに煮詰まった嫌なところ、深く暗い感情、「きれいで正しく問題のない自分」を損なうものたち。別に何十年と生きなくても、たったの数年生きただけでも、いくらか体験するものです。自分でも驚くくらい感情が大きく動くもの、過剰に反応してしまうもの、その奥には自分が無きものした「何か」があります。強い怒り、かなしみ、不安、恐怖、嫌悪、それらを掘り下げようとすると気持ち悪さや忌避感を覚える時、その奥には過去の「済んでいない」何かがあるはずです。たとえ「済んでいない」ものでも、見ないままでも大丈夫なものは表にあわられません。「またか…」や、感情を揺さぶられる体験が、今の自分にも起きたとしたら、それは「済んでいない」ものを「済」にする、本当に終わらせる機会が来たということです。見たくないと目を逸らし続けてきたものに目を向けるのは、実際、並大抵のことではありません。精神的にも身体的にも、大きくエネルギーを消耗しますし、自分だけでなく周りにも影響が及ぶこともあります。目を逸らし続けてきた期間が長ければ長いほど、目を向ける時に代償と感じるものは大きいかもしれません。それでも、「済んでいない」自分と、本当に「済」ませた自分では、まったく違うのです。宿題を終わらせないまま過ごした夏休みと、宿題をすべて終わらせた夏休みくらいには。見たくないからと、何が起きたとしても「済ませない」ままで過ごすことももちろん可能です。でも、本当に済んだ後の自分がどんな風であるのか、知ることはありません。無意識に引き受けてもらっていたものをすべて「済」にして、澄んだ自分と出会うことはあるのでしょうか。あらあらかしこ
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October 9, 2025 at 3:02 AM
そらいろメルマガバックナンバー ’21 Oct vol.1
こんにちは。 こころの健康支援室 そらいろのmirineです。 今月もメルマガのバックナンバーをご紹介したいと思います。 もし最新のメルマガにご興味をお持ちいただけましたら、下記URLからご登録いただければさいわいです↓↓ 本日は2021年10月配信のメルマガバックナンバーをご紹介いたします↓↓ 西日本を中心に残暑が続いていましたが、今週から少しずつ秋が深まっていくようです。涼しく気持ちのいい陽気の秋は、いろんなことに向いている季節でもあります。昔から、読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋等、「〇〇の秋」というフレーズがいろんなところで使われるくらい、秋の気候はどんな活動にも向く、快適で過ごしやすい時季のようです。コロナ禍が続き、生活の中にはまだまだ制限がありますが、心地よい秋の陽気を味方につけて、今年は自分なりの「〇〇の秋」を楽しんでみてはいかがでしょうか。これまでも好きだったことにより本腰を入れてみるのもいいですし、いつかやろうと思っていたことを始めてみたり、興味を持てそうなことを新しく探してみるのも楽しそうです。夢中になれること、楽しめること、没頭できること、達成感を感じられること、好奇心を満たすこと等の活動は、心の調子を整えるのに大きな助けとなってくれるものです。自分の心に滋養を与えてくれる「好き」を知り、増やしておくことは、心の不調を予防したり、ちょっとした不調から回復しやすくしてくれます。そうした「好き」がいろんなバリエーションでたくさんあると、コロナ禍のように制限があったとしても、ご自身の心の状態をメンテナンスしやすくなるのです。今年もオリンピックの影響で、残念ながら祝日のない10月になってしまいましたが、さいわい比較的過ごしやすい陽気が続いています。コロナ禍ということもあって、家でできる体験キットをサプライズで届けてくれる「おうちハック!」というサービスもあるそうです。こうしたサービスを利用して、新しいことを体験してみるのも面白そうです。心の栄養になる「好き」を広げて深めて、どうぞよい秋をお過ごしください。
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October 2, 2025 at 3:02 AM
「今」だけの
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。秋分を過ぎ、だいぶ日も短くなってまいりました。まだ夏の名残を感じつつ、一日ごとに早くなる日の入りには、着実に冬へと向かっている実感もある、まさに暑い季節と寒い季節の境目だなぁと感じます。9月も下旬、これからますます秋が深まっていきますね。寒暖差に気をつけて、ご自愛くださいませ。今年もあと少しで4分の3が終わります。年初に立てた目標や抱負は達成できたでしょうか。年初と今とで、何か変化はあったでしょうか。自覚があるかないかだけで、代わり映えのない毎日をくり返しているように思えて、実際にはまったく変わらずにいることはありません。おそらくきっと、どんな人も変わらないでいることはできません。外的環境の微細な変化に適応して変化していかないと、「同じ」と感じることもできないからです。変わらないように思えて、自分も周りも、ずっと変わり続けている。昔はまったく興味のなかったことが、今は好きなことになっていたり、あの時絶対無理だと思えたことが、今は何でもないことのように思えたり、逆に、若い頃かけらも怖いと思ったこともなかったけれど、時を経て己の無謀さに気づいたり。過去をよくふり返ってみれば、今の自分との差異が浮かんでくることでしょう。過去のどこかのタイミングとまったく同じ状況に今遭ったとしても、あの時の自分とまったく同じようには感じない、思わない。あの時の感じ方、あの体験は、あの時だけのもので、今の自分の感じるものも、今の自分の体験も、今だけのもので。たとえそれが同じ「自分」であったとしても、過去の自分にも、未来の自分にも、同じように体験することはできない、「今だけのもの」です。もう二度と、同じように体験することはできない「今」。私は、私に、どんな体験をさせてあげているでしょうか。「今」の体験を、いつかの私がふり返ってみた時に、どんな感慨を抱くでしょうか。先生の馴染みの喫茶店でご馳走してもらったブラックコーヒーのおいしさが一つも分からなかったあの時の自分が、コーヒーの味の違いを楽しんでいる今の自分を知ったら、どう思うのだろう。今、あの時の自分をふり返って広がる感覚があるように、きっと何年か先の未来で、今の自分をふり返って何かの感慨を覚える自分もいるのでしょう。変わりないように思えるくらい、稀有で貴重な、「何でもない今」を、どんな体験で生きたいでしょうか。あらあらかしこ
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September 25, 2025 at 3:01 AM
秋に備えて
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。今年は、シルバーウィークとまではいきませんでしたが、9月半ばの祝日からはいよいよ秋の行楽シーズンスタートという方も多かったのではないでしょうか。東京でも、9月の祝日近くで、秋祭りや花火大会等の催しがあるようです。夏の暑さがあまりに厳しかったので、過ごしやすい秋を楽しみたいですね。私は暑さが苦手で、どちらかといえば寒い方が得意なので、暑いというだけであらゆるやる気は削がれがちではあるのですが、今年の夏は特に、生きているだけでOKという気持ちで過ごしていました。あまりに暑さが厳しく、また長く続いたこともあって、今夏は体調を崩さずキープするだけでも大変だったという方も少なくないのではないでしょうか。特に、身体が慢性的に冷えているという方は、冷房を使わないとしんどいけれど、身体が冷えすぎるとそれはそれで不調につながるという、非常に難しく繊細な調整が必要だったかもしれません。さいわい、大きく体調を崩すことなく夏を過ごせたという方も、今年の夏の暑さには、自分で自覚しているよりも身体はダメージを受けているかもしれません。これから本格的に気温が下がって来る前に、ご自身の状態を一度丁寧に省みて、夏の暑さに疲れた心身を癒やし、秋冬に備えるために必要なケアを取り入れてあげてください。秋は、身体を冷やしすぎないこと、自律神経を整えること、胃腸を労ること、潤いを補給することを意識して、調子を整えることが肝要です。まだ暑さが残り、つい薄着をしてしまうかもしれませんが、朝晩の寒暖差が大きくなってくると、夏の意識のまま薄着をしていると、身体を冷やしすぎてしまいます。これから寒さに対応するため、身体はエネルギーを発散するよりも内に蓄え、体温をキープする態勢に変わっていきます。十分なエネルギーを作れるように胃腸の調子を整え、エネルギーが身体を適切に巡るように自律神経を整えることが、夏の疲れを癒やし、これからの季節に適応していく上で、大きな助けになります。空気が乾燥してくると、呼吸器に負担が大きくなるため、潤いを補給すると言われる、山芋や梨といった秋の養生の助けになる食材を取り入れるのもいいでしょう。感情は、身体の状態に大きく影響を受けます。人によっては、身体の不調として感じるよりも先に、疲労感や無気力、何かとイライラしたり、かなしくなったり等、メンタルの不調として表れることもあります。身体の調子が整い、元気であることは、心の健康にとっても大切な要因なのです。夏の暑さによるダメージを丁寧にケアして、涼やかな秋を楽しく過ごしたいですね。あらあらかしこ
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September 18, 2025 at 3:01 AM
「わたし」の在り処
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。9月に入り、厳しい残暑もほんの少し勢いをゆるめ、東京もようやく朝晩はひと息つけるような気温が戻ってきました。月曜日未明にあった皆既月食は、真夜中の天体ショーだったので、寝ていたという方も多いかもしれませんが、観月には良い夜だったのではないでしょうか。季節は秋へと移ろう気配はありつつも、まだまだ残暑は続くようです。暑さにも変化にも気をつけて、ご自愛くださいませ。【わたしとであう】シリーズ、続きがまとまらずお待たせしております。自分自身と向き合うというのは、「自分」を生きたい、「自分」を生きようと思うと避けては通れない営みであって、シリーズを更新できないでいる間も、個人的には日々の生活の中で気づくことも、動くものもないわけではありません。これまで【わたしとであう】シリーズでご紹介した内容も、日々の生活の中で気にかけ、実践し続けてみると、これまで気づかなかった自分に気づくタイミングがいくつも出てくると思います。ぜひ、続きをお待ちいただく間も、日々の生活の中で、ご自身に目を向け、意識を向け、注意を傾ける時間を持ち、関心を向けてあげてください。自分で思う「自分」。その中に、本当に純粋に「自分」だけのものというのは、どれくらいあるのでしょうか。人は、社会生活を営む生物です。生まれてから少なくとも数年、自分以外の他者による世話を受けないと生命を維持することもできないため、たとえば今どれだけ他とのかかわりを絶って生きていたとしても、誰もが最低限人生の最初期を死なずに生き延びるために、自分以外の存在に生かされた経験を有しています。万物に当てはまるかは別として、少なくとも、人間に限って言えば、「生きている」は、「生かされた/生かされている」と切り離すことはできません。自分と、自分以外すべてと、そのかかわりの中で生き、生かされる。「かかわり」があるとは、影響し合うということです。生きる、生かされる、影響を与える、影響を受ける。親と子、父と息子、母と娘、父と娘、母と息子、生まれ順、きょうだいの有無、家族の中での立ち位置、求められた役割、請け負った役割、生きて生かされる中で自然と身についた、身につけてきた「自分」。学校で、会社で、交友関係の中で、求められた役割、請け負った役割、そうした体験を通じて身についた、身につけてきた「自分」。ひとまとめに「自分」と言っても、かかわる人、いる場所、状況によって、さまざまな顔を持つ「自分」がいて、これまで培ってきた経験、身についた習慣によって、時と場に合わせた「自分」が自然と前にあらわれて、そのどれもが確かに「自分」として認識される。親である「自分」、子どもである「自分」、孫である「自分」、兄である「自分」、姉である「自分」、弟である「自分」、妹である「自分」、夫である「自分」、妻である「自分」、男である「自分」、女である「自分」、生徒である「自分」、先生である「自分」、上司である「自分」、部下である「自分」、友人である「自分」、先輩である「自分」、後輩である「自分」、隣人である「自分」、市民である「自分」、国民である「自分」、地球人である「自分」、等々。そうした「自分」もすべて、確かに自分自身ではあるけれど。たとえば、親でなく、子どもでなく、孫でもなく、兄でも姉でも弟でも妹でもなく、夫でも妻でもなく、男でも女でもなく、生徒でも先生でもなく、上司ででも部下でもなく、友人でも、先輩でも、後輩でも、隣人でも、市民でも、国民でも、地球人でもなく、ただ、自分自身だけである「自分」。それが、このたくさんの「自分」の中のどこかにいるのかと、考えたことはあるでしょうか。以前、InstagramのこころTipsのアカウントで、こんな投稿をアップしました。 これまで築いたきた 肩書を下ろし 立場を下ろし 所有を下ろし 功績を下ろし 関係を下ろし 自分から一つずつ下ろしていく 想像をするとどんな感じがするでしょうか すべてなくなって 頼りなくて心細くて不安な感じになるでしょうか 何もない、何も持たない、まっさらな「自分」 よく知っているはずの自分なのに そこにたどり着くのがこれほどに難しい 何もない、何も持たない自分に 向き合うことができるでしょうか まっさらな自分は 私をどんな目でみつめている でしょうか 他とのかかわりの中で培われ、身につけてきた「自分」は、自他の相互作用から影響を受けて育まれてきた側面です。そして、他とのかかわりの中で、意識しなくても他へ影響を与えたもの、影響を及ぼしたものの中に、「まっさらな自分」の側面があるのでしょう。自分が、「自分」であると思っているその中にある、ただ、自分自身だけである「自分」を、わたしは知っているでしょうか。わたしは、わたしに、「自分」に、出会えているでしょうか。あらあらかしこ
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September 11, 2025 at 3:00 AM
そらいろメルマガバックナンバー ’21 Sep vol.1
こんにちは。 こころの健康支援室 そらいろのmirineです。 今月もメルマガのバックナンバーをご紹介したいと思います。 もし最新のメルマガにご興味をお持ちいただけましたら、下記URLからご登録いただければさいわいです↓↓ 本日は2021年9月配信のメルマガバックナンバーをご紹介いたします↓↓ 9月に入ると、一年のしめくくりが射程に入ってきます。今年中にしておきたいこと、やらなければならないこと、できること、手を付けておきたいこと等、少しずつ的を絞りはじめる頃合いかもしれません。仕事や学業や生活に焦点を合わせていると、どうしても視点が近中期的になってしまいますが、近中期的な視野にも新しい一年が見え始めたこの時期に、意識して長期的な視点に立ってみると、近いところの見え方も少し変わってくるかもしれません。月一でセミナー・ワークショップを開催していた時に、毎年年の瀬にはタイムラインというワークを行っていました。新しい一年の目標や過ごし方を明確にするためのワークです。そして、そのタイムラインのワークを応用して、ライフタイムラインというワークを行ったことがあります。通常のタイムラインでは一年のスパンでの在り方を描いていきますが、ライフタイムラインでは人生、一生という長いスパンをイメージしてもらいました。自分の人生をどんな風に辿り、過ごしたいか、漠然としたものはあっても、なかなかあらたまって考えることはないのではないでしょうか。ライフタイムラインのワークでは、自分の人生という時間をどんな風に過ごしていきたいのかを、時間の許す限り詳細に丁寧にイメージしていただきました。何歳の頃にはこうなっていたいから、この頃にはこれをしてとかこの時の自分は、こういう状態で、こんな感覚で、こんな感情を感じているというように、節目節目で自分が感じるであろう感覚や感情、その時の情景まで、できる限りありありとリアリティをもってイメージしてもらい、一生というスパンのタイムラインを辿っていただきました。数ヶ月や一年、十年といった区切りでこの先のことを考えることはあっても、生まれてから死ぬまでを一つの流れとして、どんな人生をおくりたいかということをあらためて考える機会はあまりないと思います。タイムラインもライフタイムラインも、この先自分がどうなりたいか、どう在りたいかを明確にすることで、どんな「今」を積み重ねたいかを浮き彫りにしてくれます。「今」がいくつもいくつも積み重なって、唯一の自分の人生の形が作られていくのです。人生の終わりの視点から今の自分を眺める、そんなイメージをしてみるだけでも、今の自分が少し違って見えるかもしれません。
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September 4, 2025 at 3:00 AM
ぎゅっとして、ゆるめる
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。8月もあと少し。すでに夏休みが終わり、新学期がはじまっている学校もあるようです。8月はどんな一ヶ月だったでしょうか。夏の疲れを癒やしつつ、9月を迎えたいですね。今年は、例年よりも早くから厳しい暑さが続いてきましたが、残暑も長く続く予報のようです。体感できる「夏の終わり」は、もしかしたらしばらく先かもしれませんが、暦の上ではすでに立秋が過ぎ、秋が来ています。「夏バテ」「夏の疲れ」「残暑バテ」「秋バテ」等、夏の終わりから秋のはじまりは、不調を感じる方が増えるタイミングでもあります。夏の間しのいできた暑さによる負荷で、自分で思っているよりも心身はダメージを蓄積しているかもしれません。特に今年は、各地で連日猛暑日を記録する、普段比較的暑さが厳しくない地域でも猛暑が長く続く等、暑さによるストレスが強い夏となりました。夏の間、無理を重ねてしまったという方はもちろん、しっかり養生して過ごしたという方でも、本格的に秋の気候に移り変わる前に、一度ご自身の心身の状態をしっかりと把握し、少しずつでも夏の疲れを癒やすように、ご自身をいたわってあげてはいかがでしょうか。「暑さ」は、心身に負担を及ぼすストレッサーの中でも、「物理的ストレッサー」に当たります。ストレッサーから刺激を受けると、心身はさまざまなストレス反応を生じます。ストレスに対する耐性も、ストレスに対してどんな反応が生じるかも、人によって異なりますし、同じ人でもその時々によって変わることもあります。時には、ストレスを自覚しないことが上手すぎて、自分はストレスフリーに生きていると思っていることもあります。しかし、今年の夏の暑さは、例年になく厳しく長いものだったので、いつもの夏は平気でも、今夏の暑さには多くの方が心身の負担を感じていらっしゃるかもしれません。いつもより疲れやすくないか、億劫に感じることが増えていないか、食事や睡眠はしっかりとれているか、昼夜逆転等、生活リズムが乱れていないか等、ご自身の調子や生活をあらためてふり返ってみてください。特に気づくことがないという方も、生活していてストレスがまったくないということは、おそらくありません。ストレスを受けると、そのストレスに気づいていなくても、ストレス反応として心身には歪みやこわばりが生じています。気づいた時に、意識的に身体にぎゅっと力を入れて脱力する筋弛緩法を試してみると、知らずしらずこわばっていたり、力が入っていたところをゆるませることができます。北海道医療センターの緩和ケアチームが紹介している、漸進性筋弛緩法のやり方のホームページをご紹介いたします。 筋を痛めたりしないように、力を入れる時は、最大力の70~80%程度を目安に入れてみてください。また、すべての部位をやらなくても、心身をゆるませ、リラックスしやすい状態に導くことができます。心身の緊張をゆるめ、余計な力を抜き、リラックスすると、身体の回復を担う副交感神経が優位になり、夏の疲れから回復しやすい状態になることができます。ぎゅっとして、心も身体もゆるめて、過ごしやすい秋を待ちたいですね。あらあらかしこ
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August 28, 2025 at 3:00 AM
「好き」は心を守る指針
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。幼少期の刷り込みもあるのか、8月の終わりが近づくと、暑さは変わらなくても、そろそろ夏も終わりという気分になります。秋は近いとはいえ、まだしばらく厳しい残暑は続くようです。体調管理をしっかりとして、夏の終わりを楽しみながら秋を待ちたいですね。以前、心の調子を崩した時に、活字を読むことが負担になっていた時期がありました。本を読むことが大好きだったのに、読みたいという気持ちが起きない、読もうとしても負担が大きくて読み続けられない。編み物や、小物やアクセサリーをハンドメイドすることも好きだったのに、何かを作りたいという気持ちがまったく起きない。少しずつ心のダメージを癒やし、心のエネルギーを蓄えて、ある時何かを編みたいと思い、実際にストールを一着完成まで編めた時、ようやくここまで回復できたと実感しました。その後、本も楽しんで読めるようになり、ここ最近は、没頭して読む体験もできるようになり、久しぶりに本を好きだった時の感覚が戻ってきたなと感じます。確かに好きで、嫌いになったわけではなくても、好きな活動を楽しむために必要な心のコンディションがあるようです。自分の好きなものを、どれだけ把握しているでしょうか。今、自分は好きなものを十分に楽しめる状態にあるでしょうか。心が穴の空いたバケツのような状態になっていると、どれだけ満たそうとがんばっても、むしろがんばっただけエネルギーが流れ出てしまいます。もし、よろこびと楽しみで自分を満たしてくれるはずの「好き」が負荷に感じられる時、心は自分で思うよりもずっとしんどい状態にあるということです。自分の「好き」に敏感であること、好きなものを楽しめる状態を維持すること。自分の心を守る上で、とても重要な指針となってくれます。自分の「好き」を知り、「好き」なことで心を満たす。自分の心がよろこぶ時間を、できるだけ多く作ってあげてください。あらあらかしこ
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August 21, 2025 at 3:00 AM
心持ち一つ
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。今週は、お盆休みをとられている方も多いかもしれません。安全第一、健康第一で、よい夏休みをお過ごしください。お休みになると、やりたいことがたくさんあって、休みが足りないと感じられるでしょうか。それとも、特別したいことも浮かばず、特に何をするでもなくお休みが終わってしまうでしょうか。お休みといえど、やらなければならないことがたくさんあって、やりたいことどころじゃない、ということもあるかもしれません。どんな風に過ごす一日も、人生の中の一日に変わりありません。しかし、その一日に対して自分がどんな印象、どんな感情を抱いたかによって、人生にどんな彩りが加わるかが変わります。とても楽しく、充実して過ごした、よい印象の一日は、心がうれしくなるあざやかな思い出となってくれるかもしれません。どんな過ごし方をしたとしても、せっかくのお休みを無駄に過ごしたと感じていたら、その一日はネガティブな体験の記憶の一つとなっているかもしれません。お休みといっても、すべてを自分のしたいこと、やりたいことで楽しく過ごせるとは限りません。家族がいれば、自分の希望より家族を優先しなければならないこともあるでしょう。自分一人の采配で過ごせるとしても、やりたいことに自分の心身のコンディションがついてきてくれるかはまた別の問題です。心身のコンディションは充実していても、やらなければならないことがたまっていたら、そちらを優先しなければならないこともあります。たとえ、自分の好きなことができたとしても、それを「させられている」「やらされている」と感じていたら、楽しいとは思えないかもしれません。客観的に見て、とても楽しく、お休みを満喫していると思う過ごし方をしていても、「仕方なく」「しょうがないから」という気持ちでいれば、本人の主観的な体験は、「楽しい」「満喫」というところからは遠いところにあるかもしれません。どんな風に過ごしたか、ではなく、どんな心持ちで過ごしたかが、一日の印象を形作るのです。「やらなきゃいけないから」「仕方ないから」「やらされている」、こうした思考は、自分の行動、自分の決断の理由を、自分以外の人や物事に求めています。自分の本意ではないことを選ばされた、させられた、という認識では、何をしたとしても、自分にとってよい体験にすることはとても難しいでしょう。たとえ仕方のなかったことでも、自分でそう決めたんだからと、選択や決断、行動の責任を自分で引き受けることで、体験を自分にとって価値あるものにすることはできるかもしれません。自分で選択し、自分で決め、自分でそうしたけど、そうするしかなかった、仕方なかった。そうするしかなく仕方なかったけど、自分で選択し、自分で決め、自分でそうした。どちらの方が、より良い時間、より良い体験を過ごせそうでしょうか。お休みだけでなく、人生を通して、どんな心持ちで過ごすか。どうぞ良いお盆休みをお過ごしください。あらあらかしこ
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August 14, 2025 at 3:00 AM
残暑厳しい立秋
こんにちは。こころの健康支援室 そらいろのmirineです。今日、8月7日は立秋です。新暦では秋に入りますが、旧暦ではまだ閏6月15日だそうです。今年は、梅雨時期から真夏の暑さがはじまり、すでに二ヶ月以上、ほぼ毎日真夏日超えの暑さが続いてい...
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August 7, 2025 at 3:49 AM