みんぶー。
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さらにさらに補足。

公理系の例え話を用いるなら、例えば非ユークリッド幾何学を用いて家を建てることは理論的には可能です。可能ですが、おそらく想定外の出来事が相次ぎ、事故やトラブルを招く可能性が大でしょう。

(あるいはチューリング機械とは異なる原理の計算機で複雑な情報システムを作る例え話も考えられますね)

よく検証され、使い慣れた公理系を用いることが、コスト面でも安全面でも合理的と考えられます。

人権システムは戦後80年にわたり世界の複雑な問題に取り組み知恵を蓄え続けてきました。

この人類の知恵を無視するよりも、積極的に有効活用することが、私たち全員の福利の向上につながると考えています。
November 9, 2025 at 12:24 PM
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さらに補足。

一連のスレッドのキー・センテンスは自明だと思いますが、念のため強調しておきます。

「つまり人権という公理系を採用せずに国家を運営することは(理屈の上では)可能だが、それは重大な犯罪に至る可能性をもつ」

ここが大事なところなので、見落としのないようお願いします。

さらに念のため、以下のスレッドを引用します。スケールは違いますが、同じ領域の話です。
bsky.app/profile/akio...
本日放送の「虎に翼」92話では、高校生の森口美佐江(演じるのは片岡凜)が、「なぜ、悪い人からものを盗ってはいけないのか」「なぜ、自分のからだを好きなように使ってはいけないのか」「なぜ、人を殺してはいけないのか」「納得できる答を聞かせてくれますか?」と問いかけ、主人公の寅子は戸惑います。

ドラマのこの先の展開で、この問いかけに対する決着を見せてくれるものと期待しています。ここでは、現時点で思うところを記します。

「なぜ、悪を為してはいけないのか?」

このような問いかけはサブカルチャーでよく見る話題かもしれません。この問いについて考えた哲学者の中で、重要なのは18世紀のカントです。
November 9, 2025 at 11:49 AM
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補足続き:

ひとつ補足が必要なこととして、短文SNSでロジックを省略した書き方をしていることは、私の場合、よくあります。

例えば、今回の書き込みで「天賦人権説を採用しない」を「異なる公理系を採用している」と「読む」部分は、展開するとそれなりの文字数が必要だと思われますが、この投稿の想定読者にとっては自明と考え説明を省略しています。

このように自明なロジックを省略することは数学や物理の本では普通の書き方ですが、人文学や法学の分野ではそうではないようです。このあたり、説明スタイルに反省の余地はあるかもしれないとは思っております。
November 9, 2025 at 10:22 AM
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補足続き:

人権に関する本をかなり集めましたが、説明スタイルは論者により、少しずつ異なります。

人権の歴史を語る切り口も、例えばアメリカ人の論者と、中国人の論者では、重点をあてるポイントがはっきり違っていたりもします。

人権のアイデアは全地球的なものなのですから、異なる文化、宗教をもつ人々が合意できるアイデア——すなわち多元的なアイデアでなければならないことは自明です。

もちろん、法律や哲学や歴史や国際関係論などの分野の専門家からご指摘いただければ傾聴します。なるべく分かりやすく、伝わりやすく、かつなるべく間違っていない内容を心がけています。
November 9, 2025 at 9:56 AM
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補足:
さいきん、いろいろな異なる言い方で人権を説明する試みをしています。その根拠は、「人権とは多元的なアイデアである」ということです。

世界人権宣言に始まる国際人権法の体系に矛盾しない限りにおいて、人権にはいろいろな種類の説明スタイルがありえると考えています。

「人権とは多元的なアイデアである」という発想は、世界人権宣言の起草時点ですでにありました。キリスト教徒もイスラム教徒も仏教徒も無神論者も、マルクス・レーニン主義者も自由主義者も、儒教の論者もカント哲学の論者も功利主義の論者も合意でき、それぞれの世界観で解釈して同じ結論にたどり着く——人権とはそういう種類のものです。
November 9, 2025 at 9:36 AM
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訂正

幾何学を、ユークリッド幾何学という。

このような公理系に基づく幾何学を、ユークリッド幾何学という。
November 9, 2025 at 9:17 AM
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戦前の日本帝国、ナチス・ドイツ、イタリアのファシスト政権のように人権を採用しない国家は存在しうる。

しかしながら、現代の国際社会の基準では人権の否定は認められない。南アフリカが採ったアパルトヘイト政策は人権のアイデアの否定であるため、南アフリカは経済制裁を受け、オリンピック出場も許されず——そして30年が経ち、アパルトヘイト政策は撤廃された。

高市早苗ら自民党の一部勢力は、「私たちは天賦人権説を採用しない」と堂々と述べ、憲法改正を唱える。つまり国際社会が認める人権とは異なる公理系を国家運営に用いようとしている。この路線に未来はない。私たちは警戒を続ける必要がある。
November 9, 2025 at 9:16 AM
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私の個人的な意見では、人権とは「人は平等な尊厳と権利をもつ」という公理系の上に組み立てられた法と規範の体系だ。

この公理系を採用しない法と規範を考えることは、可能である。かつてのナチス党は、「劣等な人間と優等な人間がおり、劣等な人間は駆逐されるべきである」と考え、その政策を実行した。

第2次世界大戦後の国際社会は、このような考え方と行為は人道に対する犯罪であると認定した。その基準が、ジェノサイド条約やICC(国際刑事裁判所)、そして国際人権法の体系に引き継がれている。

つまり人権という公理系を採用せずに国家を運営することは可能だが、それは重大な犯罪に至る可能性をもつ。
(続く
November 9, 2025 at 9:09 AM
Reposted by みんぶー。
9.高市への期待感がそこはかとなく持続し、国会が混乱を極めるという前代未聞の政治状況が表れるかどうか。当面見所はそのあたり。

なお、高市の手元の原稿をスマイルと共に読み上げるスタイルは元来のもの。もともと安倍晋三の代弁者だったというスタイルから抜け出ていない。だが、その当事者感のなさが、権力と離れた「頑張る女性」を自然に演出しており、期待感につながっている点は踏まえた方がよい。
November 8, 2025 at 4:38 AM
Reposted by みんぶー。
8.高市政権は、国民の負担軽減は全体に消極的で、防衛予算の膨張が積極財政の根幹に来るだろう。ガソリン税撤廃以外に特に負担軽減が進まない中で、どう世論が反応するかが最大のポイントではないか。世論が野党を責めるか、自民を責めるか、政権を突き上げるか。それでも、通常国会とりわけ予算成立(年度内成立であることが条件だが)までは、政権そのものへの積極的な批判以上に、自民党への批判などが強くなるのではないか。
November 8, 2025 at 4:37 AM