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人間じゃない（he/they）gender queer. pan. No future. R.I.P. 主にTwitterに棲息 @btin_
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◇ 書評「Polyphonyを聴く──存在の証明へ向けて」◇
　ユスイ（ @zane1li.bsky.social @suisou.me ）制作のZINE「Polyphony」に書評を寄せました。「複数で生きる」声を集めた章立てをほどき、異性愛規範や恋愛伴侶規範などを補助線に編みなおしを試みました。
　恋愛ではない親密性に関心がある人、一対一の排他的な関係性の規範が息苦しい人、けれどポリアモリーにも馴染めない人、江國香織『きらきらひかる』が好きな人、独りを愛する人、地方という「周縁」で生き延びる人——そうした人々へとへ宛てた、存在の明かりとなる一冊です。
#文学フリマ東京41
ユスイ『Polyphony vol.1 複数で生きる』（虹色ホログラム装丁、表紙中央には星3つが浮かぶ黒い背景の中、中央の女性を両脇から2人の男性が囲むように抱き合う線画イラストが描かれている）と江國香織『きらきらひかる』（青紫水彩デザイン）が白い布の上に並ぶ写真。 書評画像1 灰田条「Polyphonyを聴く──存在の証明へ向けて」 　本書が冠する「Polyphony／多声性」とは、複数の声と意識が、互いに溶け合うことなく共存する状態を意味します。哲学研究者のビークマンによると、この概念を音楽理論から文学に転用したミハイル・バフチンは、「すべての声は等しく価値を持ち、等しく正当である」（私訳）と考えていました。彼にとって社会とは、ひとつの支配的な声が世界の意味を決定し、他の声を沈黙させるような固定的秩序ではなく、無数の声が響き合い、ときに拮抗しながら生成されるひらかれた場として捉えられていたのです。 　しかしバフチンが見出した多声的な生成の場であるはずの実社会には、社会の枠組みの歪みによって沈黙を強いられ、構造的に聞かれづらい声があります。本書に収められた〈複数で生きる〉人々の声も、そのような声のひとつです。 　本書の「枠をほどく」（著：水槽）は、一対一の関係を前提とする世界のなかで、語り手とパートナーのあいだに言葉が届かなくなる瞬間を描く。パートナーの彼女が別の女性に惹かれていくという出来事は、愛の多寡や誠実の問題ではなく、むしろ「互いに唯一の関係でなければならない」という社会的想像力との衝突こそが問題の核心にある。 　そうした一対一の排他的な関係性を前提とする想像力は、恋愛を中心に据えた社会制度や文化的物語とも密接に結びついている。婚姻へゆきつく男女の恋愛関係を「普通」とみなす異性愛規範は、セクシュアル・マイノリティを制度的・文化的に排除してきた。さらに、それは恋愛や婚姻を人間関係の中心・最上位に価値づける恋愛伴侶規範（注1）と共謀し、友情やその他のケア関係、自発的に孤独を引き受ける生き方を劣位に置くことで、われわれの関係性や想像力を一対一の排他的な形式へと囲い込んでしまう。 　けれどそこからすり抜けて、複数人で、大勢で生／性を言祝ぎたい。「広い野原でピクニック」（著：道）は、異性にみえる関係と親密な友人同士の関係のあいだで異なる社会的な保障の差を批判しつつ、風通しのよい野原に集う交歓のよろこびへとわれわれをいざなう。「楽しいこと、うれしいことは、何十人とだって分かち合いたい。嫌なことや悲しいことは二、三人とだけ。憤るべきことは、何百人、何千人、何億人と！」 　集いの場へ他者を「우리」（ウリ≒私たち）と呼び入れるとき、そこには日本語と朝鮮語を非対称に位置づけてきた植民地主義の記憶が折り重なる（著：いつか「우리」）。「우리」は単に「私たち」と訳すことができない。そこには、日本語の「私たち」が前提とする“均質な共同体”から排除され、かつて奪われた声が残響している。そうした歴史性を引き受ける「우리」という筆者の呼びかけは、日本語の「私たち」が見落としてきた関係の非対称性をあらわにし、異なる者同士がいかにして共に生きうるか、その条件を読者に問い返す。 書評画像2 　そうした植民地的記憶の痕跡としての翻訳不可能性は、他者と生きることに避けがたく伴う痛みと緊張を思い起こさせる。江國香織『きらきらひかる』における〈名づけえない共同体〉にもまた別の、性や健常性の規範との緊張が、関係を生きる困難として現れている。 　アルコール依存症を抱える笑子、ゲイの紺、睦月の3人による名づけられない共同体を描いた『きらきらひかる』批評は、刊行当時の時代背景を反映した差別的なあらすじの更新を試みる意欲的な対談である（注2）。『きらきらひかる』続編の「ケイトウの赤、やなぎの緑」評もまた、そこに孕まれたホモフォビアを批判しつつ、作中の関係性の変化を読み解いていく（注3）。愛しながらも批評する——その身振りは、みずからの似姿を見いだした稀有な物語を決して手放さず、再び作品と出逢いなおすための、痛みを伴う〈愛の倫理〉の実践と言えるだろう。 　そして、痛みを抱えながらも、決して他者を手放さない——この身振りは、関係のかたちを無限に変えてゆく想像力でもある。それは、ノン・モノガミーな、いかようにもありうるひらかれた可能性を受容する姿にも（著：aza「」）、あるいはひとりの孤独を引き受ける生き方にも見出される。音楽や物語を寄るべにして沖の方へ、より遠くのほうへ漕ぎ出して、交差する人々とただ過ぎ去ってゆく（著：hina「この舟で名前のない方へ」）。孤独とは、決して「不足」や「寂しい人」を意味する否定的なものではなく、そこにはみずからの中に「Polyphony／多声性」を涵養する内省の海が満ちている。 　社会的欠如、あるいは内的な充足——しかしそれはどちらも、孤独を意味づける価値体系の一部であることは変わりない。その枠組みをすり抜けて、「傷を愛せない」（著：ゆだね）は「ただ在るだけ」を希求する。愛はときに暴力の別の名となる。愛することにも愛されることにも疲れきり、筆者は愛を信じられない。だから「傷を愛せないわたしを、あなたを、愛してみたい。／傷を愛せないあなたを、わたしを、愛してみたい。」（宮地尚子『傷を愛せるか』p.227）。そのように傷を愛で受容することばすら、筆者のもとには届かない。「わたしはわたしのままで生き延びたかった。」しかし筆者は、愛が不在の言葉の中に、傷ついたままのわたしで生き延びる灯りを見いだす。 　愛が不在でも、生は続いていく。海の夜気のなかに、あるいはひらけた野原の向こうに、息づく傷ついた他者の気配を聴きとるとき、人は周縁でもなお、互いの存在を知らせ合いながら生き延びる可能性へとひらかれてゆく。企画者のふたりが、都市圏より先んじて地方の個人書店へと本書を届けたのは、生き延びるための資源が集中する都市／中心から周縁化された場所に住まう人々も、誰ひとり取り残さず、ともに生き延びたいと祈ったから。 　読者は本書を読むことを通して、聞かれてこなかった存在の目撃者となり、証言者となる。あなたの中に息づき始めた「Polyphony／多声性」に耳を澄ませるとき、誰の声が聞かれ、誰が沈黙を強いられているのか——その線引きを決める、不当な社会構造が浮かび上がる。そしてみずからの耳が、誰の声を聴き逃してきたかに気づくだろう。 　I witness you/me.（私はあなたを目撃し、私自身を見いだし、存在を証明する。） 　その生／性を、決してなかったことにはさせない。 ── 注釈 ・注1:異性愛規範、および恋愛伴侶規範（amatonomativity）の説明は、松浦優を参照。特に後者は、エリザベス・ブレイクで「性愛規範性」と訳されている（p.157）が、夜のそらと松浦（pp.126-127）の指摘に倣い、夜のそら提案の「恋愛伴侶規範」を借りている。 ・注2:ただし、「アル中」という表現を修正した意図についての説明が乏しい点には物足りなさが残る。 ・注3:「ケイトウの赤」の郎をマジョリティ／異性愛者とする見方（本書p.59）については、慎重な検討が必要である。作中で郎のセクシュアリティに言及する語りが、ちなみの一人称視点（「ケイトウの赤」p.258）によるものであることを踏まえれば、その叙述を郎自身の自認の根拠として直接的に読むことには留保が求められるだろう。 書評画像3 参考文献 エリザベス・ブレイク（著）／久保田裕之（監訳）／羽生有希・藤間公太・本多真隆・佐藤美和・松田和樹・阪井裕一郎（訳）『最小の結婚 結婚をめぐる法と道徳』白澤社、2019年 江國香織『きらきらひかる』新潮文庫、1991年 江國香織『ぬるい眠り』新潮文庫、2002年 松浦優『アセクシュアル アロマンティック入門 性的惹かれや恋愛感情を持たない人たち』集英社新書、2025年 宮地尚子『傷を愛せるか　増補新版』筑摩書房、2020年 夜のそら「恋愛伴侶規範（amatonormativity）とは」https://note.com/asexualnight/n/ndb5d61122c96（2025/10/17取得） ナタリー・ビークマン "Concepts: Polyphony." PIMDI, 2023 https://pimdi.lhi.is/polyphony-2/（2025/10/17取得）
November 21, 2025 at 8:36 AM