茉莉花
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matsurika.bsky.social
茉莉花
@matsurika.bsky.social
「きみの望むことはなんだって叶えたい。きみのわがままを聞きたいんだ」
「いちばん欲しいものが手に入らないのならすべては塵芥同然よ。ほかにはなんにもいらないわ」
「いちばん欲しいものは、何?」
「あなたからの信頼」
「……きみは何も悪くないんだ。何も……これはぼくの問題なんだ」
「問題を分かち合おうと思ってもらえないことが、信頼されてないってことでなくて? ……ああごめんなさい、違うの、責めたいんじゃないの。わたしはわたしで……あなたが正直者だって確認して、勝手にうれしくなってたの……」
November 18, 2025 at 2:17 PM
これより語るは昔々……昼が未来より暗く、空は死者の国より高い、まだ何も知らないほんのこどもだった頃の話――
November 4, 2025 at 9:46 AM
これより語るは昔々……夜が絶望より暗く、月は彼の死に顔より白い、まだ何も知らないほんのこどもだった頃の話――
November 4, 2025 at 9:43 AM
「前の夫が余所の女の香水のにおいを移されて帰ってきたとき、わたし、そんなに傷つかなかったの。期待も、妻としての矜持もなかったのね。言われるがまま嫁いで……言われるがまま過ごして……その、夜のことだって怖かったし、あんな思いをしなくて済むならそれでいいとさえ思ったの。でも……でも、あなたが帰ってきて、甘い香水のにおいがして……心がざわざわして……なんだか苦しくて……そう思うのに、そう思えることが嬉しかったの。わたしは、わたしをこんなふうに変えてくれたひとの妻に……夫の帰りが待ち遠しい妻になれたんだって。だから、よかったの。……よかったの」
October 14, 2025 at 2:12 PM
あのね、死者の国に持っていける荷物はトランクひとつ分なのよ。あのひとの形見は指輪があるし、あなたの刺繍したハンカチと、お気に入りの茶葉をいくつか、それから本も数冊入れましょう。ちいさなトランクだけど、まだこんなに空いてるわ。だからね、わたしはここに、あなたの抱えきれない苦しみを入れて持ってゆきたいの。わたしはもう眠るから、その間に詰め込んで、鍵を掛けておいて頂戴ね。そうしたら、トランクは棺と一緒に埋めてくれたらいいわ。これが、わたしがあなたにかける最後の魔法。どうか心から信じてね。この魔法の名前は、大丈夫。大丈夫の魔法よ。
October 6, 2025 at 2:20 PM
「ナイトキャップなんか嗜んでおとなぶるからいけないのよ。あなたみたいなひと、子守唄でじゅうぶん」
「……いつから、そう思っていた?」
「……そうね、あなたと出会って、一年と経たないうちからかしら」
「あの頃こんな指摘を受けたら、きみを好きになれたかな」
「……」
「それでも必ずと言いたくなるわたしがいるよ。そいつに歌ってやってくれないか。こいつはたぶん、死ぬまでいるから」
「よくってよ……あなた」
October 3, 2025 at 10:52 AM
「知らなかったことをなぜ詫びるの? 偶然で構わないのよ。あなたがわたしの傷痕をなでるのに、あなたがわたしを知っている必要なんかないの。たまたますれ違いざまに手が当たっただけでも、まったく充分だわ。わたしはただあなたが好きなだけで、あなたに何もかも慰撫してほしいわけじゃないの」
「……さみしくないか、それは」
「さみしいって、わたし? あなた?」
「……ぼくだ……」
September 30, 2025 at 10:23 AM
「英雄なんかじゃなくてよかった! わたしだけの棺の中で静かに眠ってくれていたならほかには何もいらなかったの! あなたはどう? あなたのことなんかろくすっぽ知らない連中に褒めそやされるのと、わたしの胸で腐り果てるのと、どっちがよかった? ……そうよね……あなたは、パーティとか、お茶会とか、だいすきだものね……そうね……」
September 12, 2025 at 10:55 AM
「おかあさま……」
ぞっとした。背骨が氷柱になったのかと錯覚するほど。
戦場での死の間際、男たちは母を呼んだ。未婚の男は特に。自分に呼ぶ母がいなくとも、それがどんなにか悲しいかは、わかるつもりだった。
今夜、彼女は自分を受け入れてくれた……と、感じていた。自分の人生に突如として与えられた包み込むような承認を、感慨深い混乱の中で噛み締めていた。
ところがどうだ。彼女はまどろみの中で母を呼ぶ。閨房こそ彼女にとって戦場だというのなら、そこに彼女を連れてきた自分はなんだ。まるで悪鬼だ。
闇夜に素肌がまぶしかった。その隣に潜り込むことは、とてもできなかった。
September 12, 2025 at 10:12 AM
「……怖いよ」
彼はときどき、怖いと口にする。男のひとが怖いなんて言うところを、わたしは彼以外に知らなかった。
「ときどききみがぼくの欲望を女の形にしたものに思える。ぼくにとって都合のいい女になる必要なんかないんだ。もっときみの思うように振る舞っていい。きみはいくらでもぼくを裏切っていいんだ」
彼は甘えているのだと思う。彼はたぶん、わたしが本当に裏切ったら死さえ選びかねないだろう。わたしがそう考えている時点で、わたしたちにイーヴンはありえなかった。
August 28, 2025 at 6:14 AM
「なぜきみはぼくにこんなにもやさしい? 誰もきみを愛さず、顧みず、誰もきみを見つけてやらなかったのに。なぜきみは当然のようにぼくを愛する? その方法を知っている?」
「わたしがまだ赤ん坊の頃……月のきれいな真夜中がいいわ。泣いているのにみんな眠っていて、でも泣く以外に何もできないでいるとき、あなたは夢を見ているの。夢の中であなたは赤ん坊の泣き声を聞いて、そちらに向かって走る。果たしてそこには赤ん坊がいて、あなたは乳もおしめも持たないけれど、そのてのひらで頭を撫でてやるの。せめてさみしくないように。その一夜の夢がわたしを生かして、あなたのところに還ってきたの。わたしはなんだかそんな気がするのよ」
August 18, 2025 at 9:59 AM
彼女があんまりぼくを好きだと示すものだから、なんだか自分が価値ある存在のような気がしていて、だからすっかり調子に乗っていたのだ。ぼくには価値があるのだと。その錯覚はあまりに儚く、呆気なく崩れ去った。……だというのに、彼女がまた笑うから。それを愛しいと思うから、足の裏に地面を感じる。ぼくはここにいる。ぼくは彼女が好きなんだ。だからここまで歩いてきたんだ。
July 1, 2025 at 10:32 AM
「きっと、わたしはあなたと茶飲み友達にならねばならなかったのだわ。くだらないお喋りをして、おいしいお茶を喫して、嫌なことを嫌だと言って慰めあう……そうしていれば、きっと何もかもが違ったのよ。たとえそれで何も変わらないのだとしても、きっと何もかもが……」
May 6, 2025 at 5:22 AM
未練。これは未練だ。未練とは過去から未来に放たれた矢だ。それを避けるすべはもはやなく、わたしは甘んじてそれを受けるほかない。しかし……しかしわたしは、この痛みを喜んでいた。あまつさえこの痛みでどうか殺してほしいと願っている。それが何より始末に負えないことだった。
April 21, 2025 at 10:11 AM
「……嫌だなんて、言わないでよ」
「たしかにそうね。つい言ってしまうこともあるだろうけれど……あまり言わないようにするわ。本当に嫌なときだけ」
「……じゃあ、次に嫌だと言われたら、ぼくのことはもう嫌になったってこと?」
「違うわ。違う。……たとえば、そうね、こどもが悪いことをしても、その子が悪い子になったわけではないでしょう? やったのが悪いことでも、その子はいい子よ。あなたのしたことがわたしにとって嫌なことでも、あなたはわたしの好きなひとよ。……あなたなら、悪い子になっても好きよ」
April 15, 2025 at 1:13 PM
「きみだけは……きみだけは、ぼくの人生で唯一、ぼく自身が選んだものだ。だがそれゆえにきみはぼくを選んでいない。ぼくはきみに選ばれていない。だからぼくは生涯をかけてきみに償いをしなければならない。……ぼくは何かおかしなことを言っているかい?」
February 25, 2025 at 10:28 AM
「きみが星に向かって飛ぶ鳥であることを疑ったことはない。きみはいつだってうつくしかった。ぼくはほんの一瞬だけ風切羽を撫でる風でよかった」
「……裏切りだ」
ぼくの声は情けなく震えていた。ようやっと絞り出した言葉は、なんというか……そう、告白して振られたやつが口にする「友達でいてくれる?」に似た響きだ。つまりどこまでもぼくの敗北!
泣きたいな、と思った。こんな日くらい泣きたかった。
November 2, 2024 at 5:06 AM
ぴったり嵌るピースが永遠に失われたパズルを愛せるようになる老眼の進んだ日、ぼくはようやく彼のことを至極穏やかに思い出した。それはつまり、愛せるようになったということだ。愛していると受け入れられるようになったということだ。彼はとっくにこの世界からいなくなっていて、ぼくは単に間に合わなかったのか、だからこそようやくなのか、判ずることはできなかった。けれど、ねえ。ぼくは心のうちでそっと呼びかける。完璧でも純潔でもいられなくなったそのあとを、生きてきてよかったね。こんな日があるなら。こんな日が来るならさ。
October 18, 2024 at 9:26 AM
気まぐれのやさしさや必然性のない代用品がそれでも人生の慰めになった肌寒い夜、あなたと出会ったのはそんな夜だったのですよ。あなたにとってはなんでもない、季節さえ朧気なただの夜のことでしょうけれど、わたしにはあなたが月よりまぶしく見えるような、そんな夜だったのですよ……。
October 15, 2024 at 9:23 AM
「それは、それだけは、それだけはわたしのものなの……わたしのもの……ほかにはなんにもないの、それしかない……それ以外に、わたしは、この世界のどこにも、いないの……」
そんなことはない、とは言えなかった。言うべきだ、と「ぼくだけのぼく」が強く主張するのが聞こえた。しかし「ぼくのものではないぼく」は、彼女がさらけ出した「彼女」に寄り添うことを非難した。板挟みになって立ち尽くすぼくはもはや誰でも何でもなく、どこにもいなかった。
October 9, 2024 at 3:58 AM
「たしかにきみは……ぼくが最も焦がれ欲したものではない。だが……こんなことを言わせてどうしようっていうんだ。こんなことを言いたくないと思うくらいにはきみのことが大事なんだよ、こっちは……なんなんだきみは。何がしたい?」
「あなたの歴史と躊躇が見たくて。今はきみがいちばんだ、なんて言われていたら家出するところだったわ」
彼女のそういうところに自分は救われてきた。しかし、もし今よりずっと彼女のことを……そう、愛してしまったとしたら? そんな懸念が生まれたこと自体、考えられないことだった。ここが行き止まりでも構わないのに、遠くに何かが見える気がした。
July 7, 2024 at 7:26 AM
咄嗟に彼女を突き飛ばし、伸し掛かり、その細い首に手をかけ、力を込める寸前になって気がついた。自分は今、戦場と同じ感覚でいる。このままでは気が狂ってしまう。……その奥底にある感情は、恐怖だ。おれは彼女に脅威を感じていた。認めざるをえない。おれはこの細っこいお綺麗な女に恐怖している。……なぜ?
不意に思い浮かんだ言葉は愛だった。なるほど、なるほど……。女は笑っていた。仔犬のように? 赤子のように? ならどれほどよかったことか! 彼女は女神像のように笑っていた。知りもしない母のように。
June 12, 2024 at 8:40 AM
構わない永遠がほしいわけじゃないまぶたの裏に夢が欲しいだけ
June 5, 2024 at 7:15 AM
欠ける月くすむ真珠になら誓うぼくの愛などその程度だよ
June 5, 2024 at 7:15 AM
さようならさればさらばと重ねてもなぜか声にはならないバイバイ
April 24, 2024 at 12:32 PM