また殺生石女体は初見だったので興味深く拝見しました。
また殺生石女体は初見だったので興味深く拝見しました。
またワキの欣哉先生がシテによって佇まいを変えるのがさすがだなという話を他人様としておりました。劇的な隅田川の時はもっと踏み込まれるというか。面白いですね
#観能備忘録
またワキの欣哉先生がシテによって佇まいを変えるのがさすがだなという話を他人様としておりました。劇的な隅田川の時はもっと踏み込まれるというか。面白いですね
#観能備忘録
子方の謡がある、あるいは子方の姿があるというのは分かりやすく母と子のすれ違いと別れを表すから、それはもう胸を打つ苦しさがあるのですが、いないとなると、シテと地謡の力量にかかるので、結構挑戦的な演出だと思いました
普通のシテにはできないだろうとも思います。
#観能備忘録
子方の謡がある、あるいは子方の姿があるというのは分かりやすく母と子のすれ違いと別れを表すから、それはもう胸を打つ苦しさがあるのですが、いないとなると、シテと地謡の力量にかかるので、結構挑戦的な演出だと思いました
普通のシテにはできないだろうとも思います。
#観能備忘録
シテの声の良さ型の良さを感じながら、気持ちはどこか違うところにいました。修行が足りない
仕舞も面白かったです
浦田先生の迫力の殺生石に、青木先生の美学を感じる江口☺️
九郎右衛門先生も江口を舞われた時にされていたあの型、名前は何だろうか
シテの声の良さ型の良さを感じながら、気持ちはどこか違うところにいました。修行が足りない
仕舞も面白かったです
浦田先生の迫力の殺生石に、青木先生の美学を感じる江口☺️
九郎右衛門先生も江口を舞われた時にされていたあの型、名前は何だろうか
九郎右衛門先生の世界は豊かだなぁ
そしてシテの語りは…物語を知っていても劇的で悲しく、胸を打つシテの謡に涙が出てしまいました。生き残ってしまった母親の悲しさと、どうにもならない無常さが溢れる謡だったなと思いました。
今回のツレの後白河法皇は傍観者であったので、シテに全てが集中していました
ツレを見送り、寂光院にのこるシテの姿が、舞台にはいるものの徐々に見えなくなるように感じて、シテの気迫なのかそういうものを観客は受け取ってるのだろうなと思いました。大原御幸、素晴らしかったです
九郎右衛門先生の世界は豊かだなぁ
そしてシテの語りは…物語を知っていても劇的で悲しく、胸を打つシテの謡に涙が出てしまいました。生き残ってしまった母親の悲しさと、どうにもならない無常さが溢れる謡だったなと思いました。
今回のツレの後白河法皇は傍観者であったので、シテに全てが集中していました
ツレを見送り、寂光院にのこるシテの姿が、舞台にはいるものの徐々に見えなくなるように感じて、シテの気迫なのかそういうものを観客は受け取ってるのだろうなと思いました。大原御幸、素晴らしかったです
ロンギの、橋掛でのシテの視点から広がる晩春から夏にかけての大原の景色の美しさ(光と共に影が語られる様)、シテの面も美しいので、まだお若い女院の、栄華の日々と侘しい暮らしの対比を感じるようでした。
続くクリサシクセの、女院の見た六道を語る場面、シテの微かな面遣いから、女院の苦しみが伝わってきました。ほんの少し顔を背けるように見える場面があって、女院の苦しみがあるのだろうと思いました
ロンギの、橋掛でのシテの視点から広がる晩春から夏にかけての大原の景色の美しさ(光と共に影が語られる様)、シテの面も美しいので、まだお若い女院の、栄華の日々と侘しい暮らしの対比を感じるようでした。
続くクリサシクセの、女院の見た六道を語る場面、シテの微かな面遣いから、女院の苦しみが伝わってきました。ほんの少し顔を背けるように見える場面があって、女院の苦しみがあるのだろうと思いました
ワキが念仏を唱えることによって、彼岸と此岸の差が際立つ悲しさがある
シテの感情がだんだんと高まってワキに迫る場面で、合掌されるとそこで世界が分たれる悲しさがある。
砧はいい曲だなとしみじみ思う
鹿の鳴き声、砧を打つ音が里に響く、福岡の片田舎だけれど、情景豊かな田舎の里の秋の風情が目に浮かぶ
#観能備忘録
ワキが念仏を唱えることによって、彼岸と此岸の差が際立つ悲しさがある
シテの感情がだんだんと高まってワキに迫る場面で、合掌されるとそこで世界が分たれる悲しさがある。
砧はいい曲だなとしみじみ思う
鹿の鳴き声、砧を打つ音が里に響く、福岡の片田舎だけれど、情景豊かな田舎の里の秋の風情が目に浮かぶ
#観能備忘録
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