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「ご無事で何よりです」
キリッと真顔で頷いた伊がおかしくて、とうとう空を仰いで笑い声を響かせる。伊のだいすきな、清々しい雑の笑顔。
「助けられたね。名前は?」
「いさくです」
「いさくくん、この恩はかならず」
そう言って立ち上がった雑は、ふ、と笑みを残して、人混みに紛れてしまった。いつの間にやらたくさんのひとが周りで動き回っていて、肩に毛布をかけられてやっと伊は現実に戻った。そして、ぼんやりとつぶやいた。
「連絡先、聞くの忘れた……」
「ご無事で何よりです」
キリッと真顔で頷いた伊がおかしくて、とうとう空を仰いで笑い声を響かせる。伊のだいすきな、清々しい雑の笑顔。
「助けられたね。名前は?」
「いさくです」
「いさくくん、この恩はかならず」
そう言って立ち上がった雑は、ふ、と笑みを残して、人混みに紛れてしまった。いつの間にやらたくさんのひとが周りで動き回っていて、肩に毛布をかけられてやっと伊は現実に戻った。そして、ぼんやりとつぶやいた。
「連絡先、聞くの忘れた……」
「うわぁああ!?!!!ごめんなさい!!!!」
雑はポカンとして手元を見ていた。
「……は……はは」
「雑さん……?」
「止まってる」
「?」
「爆弾、止まったみたい」
雑は伊を見、そしてもう一度爆弾を見下ろすと、とうとう耐えられないと腕で顔を覆って声もなく肩を揺らした。
「……あの大丈夫ですか?」
笑っているようだ。
「うわぁああ!?!!!ごめんなさい!!!!」
雑はポカンとして手元を見ていた。
「……は……はは」
「雑さん……?」
「止まってる」
「?」
「爆弾、止まったみたい」
雑は伊を見、そしてもう一度爆弾を見下ろすと、とうとう耐えられないと腕で顔を覆って声もなく肩を揺らした。
「……あの大丈夫ですか?」
笑っているようだ。
伊は全力で駆けた。そして『不運にも』足元に転がって来た養命酒のカメに躓いて、額を打ちながらハッとする。そらをがむしゃらに持ち上げると、雑の元へ駆け戻る。
「なんで戻って--」
驚愕に見開いた目。フルフェイスを外した顔は、やっぱりずっと会いたかった雑だった。
伊は全力で駆けた。そして『不運にも』足元に転がって来た養命酒のカメに躓いて、額を打ちながらハッとする。そらをがむしゃらに持ち上げると、雑の元へ駆け戻る。
「なんで戻って--」
驚愕に見開いた目。フルフェイスを外した顔は、やっぱりずっと会いたかった雑だった。
「じんざ。右足」
甲高い発砲音。間髪入れず男が膝から崩れ落ちた。どこから狙撃されたのかわからない。少なくとも伊には人影なんて少しも見つけられない。血溜まりにうずくまる男を一瞥すると、雑は伊の背中からバックパックを引き剥がした。
「あの馬鹿が言ったことが真実ならあと2分」
上から覗き込むと、液体の入ったボトルが二つ繋がっているのが見えた。
しゃがみ込んで見ようとする伊の首根っこを掴んで無理やり立たせると雑は出口を指差した。
「全力で駆けろ。私の仲間がいる」
「ざっとさんは?」
「いいから行け!」
雑がどこからかドライバーとニッパーを取り出した。
「じんざ。右足」
甲高い発砲音。間髪入れず男が膝から崩れ落ちた。どこから狙撃されたのかわからない。少なくとも伊には人影なんて少しも見つけられない。血溜まりにうずくまる男を一瞥すると、雑は伊の背中からバックパックを引き剥がした。
「あの馬鹿が言ったことが真実ならあと2分」
上から覗き込むと、液体の入ったボトルが二つ繋がっているのが見えた。
しゃがみ込んで見ようとする伊の首根っこを掴んで無理やり立たせると雑は出口を指差した。
「全力で駆けろ。私の仲間がいる」
「ざっとさんは?」
「いいから行け!」
雑がどこからかドライバーとニッパーを取り出した。
剥き出しの目には狂気がありありと浮かんでいる。
雑の銃口が動いた。
「どういうこと」
「無実が晴れてよかったです」
伊はニコニコと雑の側へ駆け寄った。
「警戒心どこに行ったの。私銃持ってるんだけど」
「ざっとさんは大丈夫って知ってますので。それより、聞いてください。あいつが持っているバックパック、僕のです」
「は?」
「あの人の横っ面を叩いて気絶させてしまって。寝かせるのに枕がわりに置いておいたのですが」
「じゃあ本物は」
「僕が背負ってます。大事そうでしたので床に置くのが申し訳なくて」
「……君の荷物、中身なに」
「養命酒です」
剥き出しの目には狂気がありありと浮かんでいる。
雑の銃口が動いた。
「どういうこと」
「無実が晴れてよかったです」
伊はニコニコと雑の側へ駆け寄った。
「警戒心どこに行ったの。私銃持ってるんだけど」
「ざっとさんは大丈夫って知ってますので。それより、聞いてください。あいつが持っているバックパック、僕のです」
「は?」
「あの人の横っ面を叩いて気絶させてしまって。寝かせるのに枕がわりに置いておいたのですが」
「じゃあ本物は」
「僕が背負ってます。大事そうでしたので床に置くのが申し訳なくて」
「……君の荷物、中身なに」
「養命酒です」
知らない、が喉にひっかかる。直感としか言いようのない確信。フルフェイスのヘルメット。がっしりとした体型の長身。そしてこの声。
「ざっ……と……さん?」
「よく調べているようだ」
顔は見えないが苦笑いを含んだ声。カチリ、と安全装置がはずれる。銃口は少しもずれないまま、ゆっくりと雑が近づく。
「手を挙げてゆっくり伏せなさい。これが脅しであるうち」
「あの!僕以外にもひとがいます!そこのベンチに--」
雑の死角になっていた。指差したさきは誰もいない。
「どうして」
中年はバックパックを大事そうに腹に抱えると、ちょうど伊が射線の邪魔になるような位置まで下がると叫んだ。
知らない、が喉にひっかかる。直感としか言いようのない確信。フルフェイスのヘルメット。がっしりとした体型の長身。そしてこの声。
「ざっ……と……さん?」
「よく調べているようだ」
顔は見えないが苦笑いを含んだ声。カチリ、と安全装置がはずれる。銃口は少しもずれないまま、ゆっくりと雑が近づく。
「手を挙げてゆっくり伏せなさい。これが脅しであるうち」
「あの!僕以外にもひとがいます!そこのベンチに--」
雑の死角になっていた。指差したさきは誰もいない。
「どうして」
中年はバックパックを大事そうに腹に抱えると、ちょうど伊が射線の邪魔になるような位置まで下がると叫んだ。
「あなたは?」
「くせものだよ。おまえにとってはね」
ふと男が片手にさげているのが拳銃だと気づいた。おお。ドラマで見るのと同じ形をしている。
「え……銃…?」
「抵抗せずに爆弾をわたしなさい」
「ばくだん」
「連続爆破魔が君のような若者だとは。黒鷲のプロファイリングもたまには大外れするらしい」
銃口が伊を捉える。
「ぼぼぼぼくまったく無関係です!」
「ここには犯人しかいない。そうなるよう誘導した」
「ひとちがいです勘違いです!僕はただひとをさがして」
「すいぶん熱烈な脅迫状ありがとう。お望みどおり私がこうして来たよ」
「あなたは?」
「くせものだよ。おまえにとってはね」
ふと男が片手にさげているのが拳銃だと気づいた。おお。ドラマで見るのと同じ形をしている。
「え……銃…?」
「抵抗せずに爆弾をわたしなさい」
「ばくだん」
「連続爆破魔が君のような若者だとは。黒鷲のプロファイリングもたまには大外れするらしい」
銃口が伊を捉える。
「ぼぼぼぼくまったく無関係です!」
「ここには犯人しかいない。そうなるよう誘導した」
「ひとちがいです勘違いです!僕はただひとをさがして」
「すいぶん熱烈な脅迫状ありがとう。お望みどおり私がこうして来たよ」
「やあ、こんばんは」
コンビニで会った知人への挨拶みたいな軽さだ。男が一歩、伊に踏み出す。日陰から出ても、男は全身が黒かった。それは見るものが見れば特殊急襲部隊の戦闘服だとわかるが、伊は特撮映画の、
「やあ、こんばんは」
コンビニで会った知人への挨拶みたいな軽さだ。男が一歩、伊に踏み出す。日陰から出ても、男は全身が黒かった。それは見るものが見れば特殊急襲部隊の戦闘服だとわかるが、伊は特撮映画の、
「だだだいじょうぶですか!?」
中肉中背の中年男性だった。あわてて介抱するもなにかが引っかかる。ストレッチで身体をねじっただけ。つまりこのひとは声もかけず伊の真後ろに忍んでいたということだ。
「だだだいじょうぶですか!?」
中肉中背の中年男性だった。あわてて介抱するもなにかが引っかかる。ストレッチで身体をねじっただけ。つまりこのひとは声もかけず伊の真後ろに忍んでいたということだ。
伊はこたつから這い出ると脱衣麻雀の残骸を拾い集めた。
「午後の授業には必ず出るから!」
そう言い残して颯爽と街に繰り出した伊。文に「俺の部屋に置いて行くな持って帰れ」と待たされた養命酒のカメをバックパックで背負いながらこっちな気がする!と思いつくまま街をうろつく。信号待ちすればトラックが突っ込み、バスに乗ればバスジャックが起き、商店街を歩けば任侠沙汰に巻き込まれ。それでもなんやかんや無傷でしかも死人ゼロの奇跡の連発を実感しながらも、毎回人影に雑を探す。そうして会えないまま夕方、大学病院の屋上で「もしかして全部が夢だったんだろうか」と
伊はこたつから這い出ると脱衣麻雀の残骸を拾い集めた。
「午後の授業には必ず出るから!」
そう言い残して颯爽と街に繰り出した伊。文に「俺の部屋に置いて行くな持って帰れ」と待たされた養命酒のカメをバックパックで背負いながらこっちな気がする!と思いつくまま街をうろつく。信号待ちすればトラックが突っ込み、バスに乗ればバスジャックが起き、商店街を歩けば任侠沙汰に巻き込まれ。それでもなんやかんや無傷でしかも死人ゼロの奇跡の連発を実感しながらも、毎回人影に雑を探す。そうして会えないまま夕方、大学病院の屋上で「もしかして全部が夢だったんだろうか」と
「うわっ、うわ最悪!最悪だぁ!」
傍のコタツで寝落ちする留文長を叩き起こして
「今日だ!」
「あー…うるせぇぞ伊…お前が作った度数45の養命酒割りで全員二日酔いだっての……」と文
「雑さんに会う日!今日!」
「あ〜…幼稚園の頃からずっと言ってる運命の日ってやつか」
「留〜寝ないで聞いてくれよ!」
「肩を揺するな、吐くぞ……しかし会ったこともどこにいるかも知れねぇ奴を助けるんだ!って、話も聞き飽きたが、突然それが今日って言われてもなぁ」
「ほんとなんだよぉ」
「うわっ、うわ最悪!最悪だぁ!」
傍のコタツで寝落ちする留文長を叩き起こして
「今日だ!」
「あー…うるせぇぞ伊…お前が作った度数45の養命酒割りで全員二日酔いだっての……」と文
「雑さんに会う日!今日!」
「あ〜…幼稚園の頃からずっと言ってる運命の日ってやつか」
「留〜寝ないで聞いてくれよ!」
「肩を揺するな、吐くぞ……しかし会ったこともどこにいるかも知れねぇ奴を助けるんだ!って、話も聞き飽きたが、突然それが今日って言われてもなぁ」
「ほんとなんだよぉ」
「ああいえ、ぜんぽうじくんを疑っているわけではないんです。ただ少しどういう状態かもわからなかったものですから。朝早くにこんな大人数で押しかけてすみません」
伊がとりあえず中へどうぞ、と招き入れると、男は固辞した。
「いまはその分からず屋を引き取って失礼します。昆、行きますよ」
「……」
「昆」
きつめに呼ばれたハスキーもとい昆くんは、お利口にも伊のエコバッグを加えるととぼとぼとやってきた。最後、伊の横を通り過ぎる時、大きい体躯をすりつけるようにして。
「お礼はまた後日伺います」
「はぁ、どうぞお構いなく」
「ああいえ、ぜんぽうじくんを疑っているわけではないんです。ただ少しどういう状態かもわからなかったものですから。朝早くにこんな大人数で押しかけてすみません」
伊がとりあえず中へどうぞ、と招き入れると、男は固辞した。
「いまはその分からず屋を引き取って失礼します。昆、行きますよ」
「……」
「昆」
きつめに呼ばれたハスキーもとい昆くんは、お利口にも伊のエコバッグを加えるととぼとぼとやってきた。最後、伊の横を通り過ぎる時、大きい体躯をすりつけるようにして。
「お礼はまた後日伺います」
「はぁ、どうぞお構いなく」
「すみません、ここにうちのがいると思うのですが」
四十過ぎの温和そうな男だが、後ろの若い2人はいまにも殴り込んできそうな剣呑さがある。黒スーツなのも威圧感たっぷりだ。
「……どのようなご用件ですか?」
男は笑みのまま、扉の隙間を覗き込むと「昆!」と大きな声を出した。
するとこの二日間、一度も鳴かなかったハスキーが拗ねたように、犬がそんなことするわけないのだが、不貞腐れて、ヴァ、と吠えた。
「あれはうちのでして。車で移動中に逃げ出して探していたんです」
そこでハッとする。もしやイヌ泥棒と疑われていたのだろうか。あわてて伊は頭を下げる。
「すみません、ここにうちのがいると思うのですが」
四十過ぎの温和そうな男だが、後ろの若い2人はいまにも殴り込んできそうな剣呑さがある。黒スーツなのも威圧感たっぷりだ。
「……どのようなご用件ですか?」
男は笑みのまま、扉の隙間を覗き込むと「昆!」と大きな声を出した。
するとこの二日間、一度も鳴かなかったハスキーが拗ねたように、犬がそんなことするわけないのだが、不貞腐れて、ヴァ、と吠えた。
「あれはうちのでして。車で移動中に逃げ出して探していたんです」
そこでハッとする。もしやイヌ泥棒と疑われていたのだろうか。あわてて伊は頭を下げる。