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ワ　太刀出　20↑
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あると思う。 「バカ、一時だ一時」 「え、昼……じゃなくて夜？　あー、そういや先輩たち今晩飲み行くって言ってたっけ」 　どうりで静かだと思った、と夢から覚めたように周囲を見回すのを見て、太刀川もそっと得心する。不夜城と謳われる開発室の連中が誰も残っていないのは珍しかった。 「お前は行かなかったのか？」 「あー、そういえばなんか誘われた……？　気もするけど、今やってる作業ちょうどいいとこだったから。なんかあった時対応できる人間いた方がいいだろうし。え、てか太刀川さんこそ、なんでいんの？」 「俺も仕事、のあと人足りてないっぽかったから代打で任務入ってた。今日は大量だろうって迅が言ってたからな」 「うわ、本部長代理の歓迎なんて今日の近界民は贅沢すねー」 「忍田さんには内緒な」 　遠征の引率やら国内出張やらで忙しくしている本部長に代わって、最近は太刀川が本部長の代理を務めることが多い。太刀川に事務処理の多い本部長の代理など務まるのかと、普段の彼を知る人間には不安視されていたものだったが、これで案外上手くこなしていた。忍田との大きな違いは、自分にはできないことを早々に他人に振ることのできる割り切りの良さだった。おかげで、現役隊員の実践の場を奪うなという師匠からの厳命を破って現場に繰り出すくらいには余裕もある。実際、太刀川が現場に出れば隊員が獲物を奪われる確率は高いけれど、一方で彼の戦い方から学ぶと ころも多いと好意的に受け取られていた。 「太刀川さんが来るとむしろ隊員の士気は上がるんだよね」と今や隊長を務める緑川が笑っていたのを出水は思い出す。 「内緒はいいですけど、おれに何か用でした？」 「用ってな……恋人に会いに来るのに理由が必要か？」 「いや、そんなこと言うタイプじゃないでしょ」 　やめてくださいよ、と流しつつ、そう言われれば出水だって悪い気はしないのだろう。太刀川と言葉か交わすうちに、限界まで高められていた集中力が徐々に解され、それと同時に表情筋が緩んだのか僅かに笑みが浮かぶようになった。 「言うタイプだっつの。お前、十年近く俺といるのに、そんなことも知らなかったのか」 　十年はちょっと盛り過ぎかもしれないが、その数字以上に自分たちは濃密に、出会ってからの年月を過ごしたと言っても良いのは確かだった。自分の家族よりも友人よりも深く――それこそ生死を共にするような時間を過ごしたのは事実で、その帰結が今の関係なのだ。それなのに、用がなければ恋人に会いに来ない薄情な人間のように言われるのは心外だった。けれど、 「残念ながら、『恋人』の太刀川さん知ったのはここ最近なんで」 　そう返されれば、太刀川はぐっと黙るしかない。 「人間性の話だろ。そんな変わんねぇよ」 　苦し紛れに言えば、本気で追及したいわけでもなかったらしい出水は「へぇ」と納得したのかしていないのか分からないような相槌を打って、持っていた紙の束を放るように机へ置いた。そうして安っぽいゲーミングチェアをくるりと回して 太刀川に向き合うと、出し抜けに「太刀川さん、溜まってるんでしょ」と言って、それから「本番はちょっと、無理だけど、口でしましょうか？」とどこで覚えたのか、下品なジェスチャー付きで何でもないことのように続けた。 「はぁ？　なんだ急に」 　声が上擦ったのは、出水の指摘もあながち間違いではなかったからだ。溜まっているのは本当だった。何しろ互いにずっと仕事が詰まっていたし、ここ最近会うことさえできなかったのだ。けれど、そのために会いに来たのだと思われるのは業腹だった。 　正直に言えば、出水がこんなふうに自分を誘うことは珍しくはない。恋人として付き合うようになってから身体を繋げた回数はそれほど多くはないけれど、彼はいつも投げ出すみたいに太刀川に身体を預けてみせる。 　生意気な年下の部下であった少年が、やがて青年になって自分の直属の部下ではなくなって、そうしてようやく恋人という関係になった。それでも部下だったときのように、いやそれよりもずっと、出水は従順に太刀川に添おうとしてくる。 （お前、そんな奴じゃなかっただろ） 　口をついて出ようとするその言葉を、太刀川は既に何度か飲み込んでいた。 　隊の一員としての出水は、太刀川隊の勝利のための従順な駒であることを厭わなかったけれど、そこからはずれれば太刀川の言うことを大人しく聞く方が珍しかった気がする。少なくとも、こんなふうに自分の要求を先回りして進んで叶えようとすることはなかった。 　別にそんな出水が嫌なわけではない。小生意気 な出水だから好きになったわけではないし、自分に対して一心に身を捧げる相手が、可愛く思えないわけない。けれどやはりどこか違うと感じる。 「あー、いや……じゃあ頼むかな」 　たとえばこんなふうに太刀川が答えても、出水は不満に思うどころか、傷ついてみせるどころか、どこか満足げに笑うのだ。
December 7, 2025 at 1:39 PM
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あると思う。 「バカ、一時だ一時」 「え、昼……じゃなくて夜？　あー、そういや先輩たち今晩飲み行くって言ってたっけ」 　どうりで静かだと思った、と夢から覚めたように周囲を見回すのを見て、太刀川もそっと得心する。不夜城と謳われる開発室の連中が誰も残っていないのは珍しかった。 「お前は行かなかったのか？」 「あー、そういえばなんか誘われた……？　気もするけど、今やってる作業ちょうどいいとこだったから。なんかあった時対応できる人間いた方がいいだろうし。え、てか太刀川さんこそ、なんでいんの？」 「俺も仕事、のあと人足りてないっぽかったから代打で任務入ってた。今日は大量だろうって迅が言ってたからな」 「うわ、本部長代理の歓迎なんて今日の近界民は贅沢すねー」 「忍田さんには内緒な」 　遠征の引率やら国内出張やらで忙しくしている本部長に代わって、最近は太刀川が本部長の代理を務めることが多い。太刀川に事務処理の多い本部長の代理など務まるのかと、普段の彼を知る人間には不安視されていたものだったが、これで案外上手くこなしていた。忍田との大きな違いは、自分にはできないことを早々に他人に振ることのできる割り切りの良さだった。おかげで、現役隊員の実践の場を奪うなという師匠からの厳命を破って現場に繰り出すくらいには余裕もある。実際、太刀川が現場に出れば隊員が獲物を奪われる確率は高いけれど、一方で彼の戦い方から学ぶと ころも多いと好意的に受け取られていた。 「太刀川さんが来るとむしろ隊員の士気は上がるんだよね」と今や隊長を務める緑川が笑っていたのを出水は思い出す。 「内緒はいいですけど、おれに何か用でした？」 「用ってな……恋人に会いに来るのに理由が必要か？」 「いや、そんなこと言うタイプじゃないでしょ」 　やめてくださいよ、と流しつつ、そう言われれば出水だって悪い気はしないのだろう。太刀川と言葉か交わすうちに、限界まで高められていた集中力が徐々に解され、それと同時に表情筋が緩んだのか僅かに笑みが浮かぶようになった。 「言うタイプだっつの。お前、十年近く俺といるのに、そんなことも知らなかったのか」 　十年はちょっと盛り過ぎかもしれないが、その数字以上に自分たちは濃密に、出会ってからの年月を過ごしたと言っても良いのは確かだった。自分の家族よりも友人よりも深く――それこそ生死を共にするような時間を過ごしたのは事実で、その帰結が今の関係なのだ。それなのに、用がなければ恋人に会いに来ない薄情な人間のように言われるのは心外だった。けれど、 「残念ながら、『恋人』の太刀川さん知ったのはここ最近なんで」 　そう返されれば、太刀川はぐっと黙るしかない。 「人間性の話だろ。そんな変わんねぇよ」 　苦し紛れに言えば、本気で追及したいわけでもなかったらしい出水は「へぇ」と納得したのかしていないのか分からないような相槌を打って、持っていた紙の束を放るように机へ置いた。そうして安っぽいゲーミングチェアをくるりと回して 太刀川に向き合うと、出し抜けに「太刀川さん、溜まってるんでしょ」と言って、それから「本番はちょっと、無理だけど、口でしましょうか？」とどこで覚えたのか、下品なジェスチャー付きで何でもないことのように続けた。 「はぁ？　なんだ急に」 　声が上擦ったのは、出水の指摘もあながち間違いではなかったからだ。溜まっているのは本当だった。何しろ互いにずっと仕事が詰まっていたし、ここ最近会うことさえできなかったのだ。けれど、そのために会いに来たのだと思われるのは業腹だった。 　正直に言えば、出水がこんなふうに自分を誘うことは珍しくはない。恋人として付き合うようになってから身体を繋げた回数はそれほど多くはないけれど、彼はいつも投げ出すみたいに太刀川に身体を預けてみせる。 　生意気な年下の部下であった少年が、やがて青年になって自分の直属の部下ではなくなって、そうしてようやく恋人という関係になった。それでも部下だったときのように、いやそれよりもずっと、出水は従順に太刀川に添おうとしてくる。 （お前、そんな奴じゃなかっただろ） 　口をついて出ようとするその言葉を、太刀川は既に何度か飲み込んでいた。 　隊の一員としての出水は、太刀川隊の勝利のための従順な駒であることを厭わなかったけれど、そこからはずれれば太刀川の言うことを大人しく聞く方が珍しかった気がする。少なくとも、こんなふうに自分の要求を先回りして進んで叶えようとすることはなかった。 　別にそんな出水が嫌なわけではない。小生意気 な出水だから好きになったわけではないし、自分に対して一心に身を捧げる相手が、可愛く思えないわけない。けれどやはりどこか違うと感じる。 「あー、いや……じゃあ頼むかな」 　たとえばこんなふうに太刀川が答えても、出水は不満に思うどころか、傷ついてみせるどころか、どこか満足げに笑うのだ。
December 7, 2025 at 1:39 PM
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私は好きで書いてるんですが、似たような話ばかりだからまた似たようなこと書いてるって思われそうなので見なくて良いよって気持ちとでもせっかく書いたし好きな人には見てほしい気もするって気持ちがせめぎ合っている
January 23, 2025 at 8:49 AM