草稿を投稿する予定は未定
※ここに投稿されている内容はすべてフィクションです
年に数度とはいえ、この環境に耐えうる装備が必要
床下機器も露出させず、かなり早期から機器箱に収納されている
台車の金属コイルばねにエリゴばねを採用する理由がこれ
副次的に振動や共振の減衰に貢献している
初期には軸ばねだけではなく枕ばねにも採用されているが、後に車体指示方式がスイングハンガー方式の台車にはベローズ型空気ばねに更新され、それ以外にはダイアフラム型空気ばねが採用されている
年に数度とはいえ、この環境に耐えうる装備が必要
床下機器も露出させず、かなり早期から機器箱に収納されている
台車の金属コイルばねにエリゴばねを採用する理由がこれ
副次的に振動や共振の減衰に貢献している
初期には軸ばねだけではなく枕ばねにも採用されているが、後に車体指示方式がスイングハンガー方式の台車にはベローズ型空気ばねに更新され、それ以外にはダイアフラム型空気ばねが採用されている
以前のデータを飛ばしてしまったのでInkscapeで作り直し始める
まずは1960年代初頭に製造された非冷房時代の構体から
冷房車の場合は風道設置の関係で車体高は100mm高くなり、側扉も1,800mmから1,850mmになる
以降2003年の「通勤・近郊電車の標準仕様ガイドライン」に基づいた車両製造まで原則として絵の寸法に準拠
側窓の寸法は870mm*870mmで、側扉間は3,500mm、側扉は1,300mm
車側灯は方向幕非設置時はこの位置、方向幕設置時は側窓と側窓の間に移動させるかも?
(とりあえずシンメトリにデザインしたい)
以前のデータを飛ばしてしまったのでInkscapeで作り直し始める
まずは1960年代初頭に製造された非冷房時代の構体から
冷房車の場合は風道設置の関係で車体高は100mm高くなり、側扉も1,800mmから1,850mmになる
以降2003年の「通勤・近郊電車の標準仕様ガイドライン」に基づいた車両製造まで原則として絵の寸法に準拠
側窓の寸法は870mm*870mmで、側扉間は3,500mm、側扉は1,300mm
車側灯は方向幕非設置時はこの位置、方向幕設置時は側窓と側窓の間に移動させるかも?
(とりあえずシンメトリにデザインしたい)
先日別の所で引用として
x.com/hankyu_ex/st...
を挙げたので改めて
戦時統合から1972年3月31日まで:黒詰襟・金色5つ釦・官帽
1972年4月1日から2000年12月31日まで:アッシュグレーのシングルジャケット・金色3つ釦・えんじ色ネクタイ・ケピ帽
2001年1月1日から現在:チャコールグレーのシングルジャケット・金色3つ釦・えんじ色ネクタイ・ケピ帽
100周年でのリニューアルはなかった
先日別の所で引用として
x.com/hankyu_ex/st...
を挙げたので改めて
戦時統合から1972年3月31日まで:黒詰襟・金色5つ釦・官帽
1972年4月1日から2000年12月31日まで:アッシュグレーのシングルジャケット・金色3つ釦・えんじ色ネクタイ・ケピ帽
2001年1月1日から現在:チャコールグレーのシングルジャケット・金色3つ釦・えんじ色ネクタイ・ケピ帽
100周年でのリニューアルはなかった
※図示の車両限界は新京阪車輛構造図集による
いずれも一般車(通勤車両)の寸法であり、特急車は高さが低くなる
全長:20,000mm
全幅:2,850mm
全高:4,200 mm(パンタ畳み高さ)/4,100 mm(空調上面)
車体高:3,650 mm(屋根上面)
車体長:19,500mm
床面高:1,200mm
構体高:2.650mm
構体床高:200mm
連結器高:880mm
*乗降場定規:1,067mm(新京阪車輛構造図集による)
※図示の車両限界は新京阪車輛構造図集による
いずれも一般車(通勤車両)の寸法であり、特急車は高さが低くなる
全長:20,000mm
全幅:2,850mm
全高:4,200 mm(パンタ畳み高さ)/4,100 mm(空調上面)
車体高:3,650 mm(屋根上面)
車体長:19,500mm
床面高:1,200mm
構体高:2.650mm
構体床高:200mm
連結器高:880mm
*乗降場定規:1,067mm(新京阪車輛構造図集による)
御堂筋線・谷町線・堺筋線の深度がわかった(ただし裏付けとなる一次資料が見つからないため要調査)ので、天神橋駅周辺の路線の位置関係をこれで決定とする。
西急梅田は深度約18m、御堂筋線梅田は深度約12m
西急天神橋は本線ホームが深度約12m、千里線ホームが深度約6m
西急梅田は2面4線、天神橋は本線が2面3線のち4面3線、千里線は2面2線
御堂筋線・谷町線・堺筋線の深度がわかった(ただし裏付けとなる一次資料が見つからないため要調査)ので、天神橋駅周辺の路線の位置関係をこれで決定とする。
西急梅田は深度約18m、御堂筋線梅田は深度約12m
西急天神橋は本線ホームが深度約12m、千里線ホームが深度約6m
西急梅田は2面4線、天神橋は本線が2面3線のち4面3線、千里線は2面2線
※12/22の県活での雑談中
「おそらく京阪神間のみで滋賀県内は堤」
1943.05.10に、鉄道省監督局の斡旋により、株主である宇治電興業(旧宇治川電気)の管理下にあった近江鉄道は旧西急(1943.04.01に新京阪が名急を吸収合併して発足)の傘下に入る。
これは名急発起人に林 安繁と山崎 主計が名を連ねていたことも一因である。
ただ、堤 康次郎の箱根土地が近江鉄道に興味を示していたことは、当時から旧西急も把握していた。
※12/22の県活での雑談中
「おそらく京阪神間のみで滋賀県内は堤」
1943.05.10に、鉄道省監督局の斡旋により、株主である宇治電興業(旧宇治川電気)の管理下にあった近江鉄道は旧西急(1943.04.01に新京阪が名急を吸収合併して発足)の傘下に入る。
これは名急発起人に林 安繁と山崎 主計が名を連ねていたことも一因である。
ただ、堤 康次郎の箱根土地が近江鉄道に興味を示していたことは、当時から旧西急も把握していた。