ぺけ子🦀
hokoodashi.bsky.social
ぺけ子🦀
@hokoodashi.bsky.social
雑押壁打ちアカ
ネタ置き場
『……なぜ来た』
 声には出さず、射抜くような眼光で押都が圧を放った。陣内は反射的に背筋を伸ばし、顔を伏せて唇だけで「すまん」と呟く。忍務を邪魔したことへの必死の謝罪を行う。山本が全力で気配を消す一方、雑渡は気色ばみ言った。
「素晴らしい……! 見たか陣内! 今日も一段と美しいな!」
「昆……。その、あまり期待しすぎるなよ。世の中には見えない方が平穏なこともあるんだ」
 山本が助言するものの、雑渡はどこ吹く風だ。山本は肩を落として、押都の嫌味をどうやり過ごそうか考えた。
February 3, 2026 at 5:04 AM
 暖簾を潜ればそこは別世界だった。人の賑わい、酒の匂い。店の中央の高台のような板間で、評判の湯女が舞っていた。
 雑渡の視線が釘付けになる。扇が空を切り、着物の裾が鮮やかに舞う。しかしその舞をひと目見た瞬間、山本の顔面から血の気が引いた。
(間違いない……あの構え、あの足運び。黒鷲隊の押都だ)
 先日タソガレドキ忍軍の陣屋で会った時、押都が「しばらく潜る」と言っていたのを山本は思い出した。まさかこんな所に居るとは思わず、目を瞑って天を仰いだ。
 潜入調査のために女装した押都は、緻密な美しさで客を魅了していた。その涼やかな双眸が客席の端に立つ二人を捉えた瞬間、わずかに細められる。
February 3, 2026 at 5:04 AM
「陣内だって一目見たら忘れられないよ。あの方の曲舞は扇を翻すたび風が香るようだった。凛として、涼やかなあの目元。なぁ、陣内。俺はあの方にこの命を預けてもいいとさえ思ってるんだ」
「……へえ、そりゃ重畳だな」
 山本は生返事を返しながら、嫌な予感に胃を掴まれる思いだった。雑渡が語る「理想の女子」の造形。しなやかな指先、隙のない立ち居振る舞い。それは、自分たちが最も知る男が得意とする特徴に酷似していた。
 雑渡の勢いを増した妄想を一方的に聞きながら、山本は歩く。道の角を曲がった先、二人は賑わいを見せる湯屋へと辿り着いた。
「さあ、着いたぞ。見てろよ陣内」
February 3, 2026 at 5:04 AM
時間をかけて唇が離れた。押都が雑渡の耳朶に、形のない熱を吹き込んだ。
「覚えておけ」
押都が静かに言った。
「まぐわいというものは何も同衾だけではない。情を交わし、心を許し、互いを求め合う。その全てが、交わりというものだ」
押都の言葉と同時に、どこかで襖が開くような音がした。
January 31, 2026 at 11:40 PM
押都の手が迷いなく雑渡の項に伸びた。布の隙間から指を滑り込ませる。指先が急所を辿った瞬間、雑渡が身動ぎをした。
「動くな」
押都が囁く。
「すぐに済む」
「こんな場所でなんて風情がない」
雑渡がふてくされたように言った。押都はのどの奥で笑う。
逃げ場のない空間。二人の間に、切迫した吐息だけが混じり合う。
雑渡が押都の頭巾を解く。押都の髪を梳き、耳裏をなぞり、やがて呼吸を奪うように唇が重なった。
雑渡は指先が痺れるような感覚に陥った。これが幻術や祠の怪異によるものなのか、それとも目の前の男の熱のせいなのか、判別がつかない。
January 31, 2026 at 11:40 PM
「……まぐわい……?」
雑渡は飲み込むように言葉を呟いた。生々しい響きが狭い箱の中に満ちる。
熟練の忍として、敵を欺くための術や知識は数多持っている。かつて師と仰ぎ、今は部下として立場を変えた押都とは何度か肌を合わせたことがあるものの、これほどまでに突拍子もない要求を突きつけられる事態は想定外だった。沈黙が重く、粘りつくように二人の間に落ちる
「このままこうしていても埒が明かん」
先に口を開いたのは押都だった。腰を浮かし、雑渡の身体に密着した。現状を打破するためには、馬鹿げた指示に従うしかないのだろう。
January 31, 2026 at 11:40 PM
「少し膝ついていい? 体勢が辛い」
「構わん。遠慮はするな」
他の目が無いため、押都の口調は砕けたものだった。押都の身体を気遣いながら、雑渡は姿勢を正して安楽を求めた。押都は雑渡が動きやすいよう、狭い中で膝を折り隙間を開ける。
押都の視線が天井を向いた。雑渡の頭の向こう側に浮かび上がった文字を捉えた瞬間、押都は雑面の下で目を細めた。

『まぐわいをしないと出られない部屋』

「……悪趣味な」
押都は馬鹿げた掲示を一蹴した。雑渡もまた頭上を仰ぎ見る。禍々しく灯る文字が、閉じ込められた二人を煽るように明滅した。
January 31, 2026 at 11:36 PM
天井は低く、膝を折らねば座ることすらままならない。四方の壁は、互いの吐息が跳ね返ってくるほどに近かった。
「……罠か?」
中途半端に腰を浮かせたまま、雑渡は壁を指で辿った。硬くつるりとした感触だけが指先に残った。
「周辺に他の者の気配は無かった。罠であると言うならば、ただの罠ではないな。幻術の類いかもしれん」
押都の声は、かつて雑渡に忍の基礎を叩き込んだ時と同じ、冷静な響きを帯びていた。押都が身じろぎするたびに、音もなく互いの忍装束が重なった。密やかな熱を持って雑渡の肌に侵食する。匂いすら消し去る忍の徹底ぶりが、かえって目の前の男の体温を鮮明に浮かび上がらせていた。
January 31, 2026 at 11:36 PM
近づくほどに違和感が膨れ上がる。祠を覆う苔は瑞々しく、まるで今この瞬間にここへ生えてきたかのような異様な生命力を放っていた。
扉の隙間から、夜の森には不釣り合いな甘く重苦しい花の匂いが漂い出す。
「一度この場を離れたほうが……」
押都が制止するよりも早く、祠の扉が音もなく僅かに開いた。その直後、隙間から爆発的な白光が溢れ出した。
網膜を焼き切らんとするほどに鋭く、一瞬で世界のすべてを飲み込んでいった。
気がつくと二人は木製の歪な箱の中にいた。あまりにも非現実的な状況に、閉じ込められていると認識するには多少の時間を必要とした。
January 31, 2026 at 11:36 PM
「どうした?」
立ち止まった雑渡を不審に思い、押都が声をかけた。
「……おかしい」
怪訝そうな表情で雑渡が言った。
「行きにこのような祠はなかったはずだ」
押都と雑渡は瞬時に周囲を警戒した。往路はこの道を通り、周囲の地形はすべて頭に叩き込んである。忍にとって、地形の誤認は死に直結する。見落とすはずがない。
「道を誤ったか?」
もしくは、何者かに誘導されたか。潜めた押都の声に雑渡が答えた。
「……いや。この道で間違いないが、」
一歩。雑渡が吸い寄せられるように祠へと歩み寄った。
January 31, 2026 at 11:36 PM
「昆、押都はお前の父が頼んだ兄弟子だ。記憶と姿は違うだろうが、間違いなくお前の知る押都だ」
「………」
訝しむように雑渡が押都を見た。短く縮んだ記憶を辿っているのだろう。納得いったような、納得いっていないような隻眼が押都を捉える。
「……押都。この通り記憶を失っている。今の昆は二十、もしくはそれよりも前の齢まで退行している。組頭であったこともさっぱりだ」
山本が額に手を当て呻いた。
記憶を失った雑渡の瞳は戸惑いを浮かべつつも、幼い気配が感じられた。
前途多難とは、まさにこの事を言うのだろう。
January 27, 2026 at 10:03 AM
「体の具合はどうだ?」
押都が言った。雑渡はすぐには答えず、「お前はどの押都だ?」と反対に押都に尋ねた。
普段であれば、このようなことを雑渡が言う筈がない。情を分け、背を預け、苦節を共にして生きてきた押都に対して言うなど、初めてのことだった。押都長烈の名が襲名制であることは、タソガレドキの忍であれば誰もが知ることである。現在の押都長烈であるのか、はたまた先代の押都長烈なのか、雑渡には見分けがついていない。
どういうことだと、押都は山本を見る。
January 27, 2026 at 10:02 AM
山本の視線を追って、押都は部屋の中をちらりと覗いた。板張りの上に引かれた敷布の上に、先程まで横になっていたであろう雑渡が起き上がっている。
出血もなく、意識もはっきりしている。特段変わった様子は見られなかった。
「落ち着いて聞いてほしい、」
声を潜めた山本の声にかぶさるようにして、室内の雑渡が声を上げた。
「陣内、そこに誰がいるの?」
山本は押都に目配せしたあと、諦めたように室内へと踏み入れた。押都も山本の後ろに続く。部屋に入った二人を、雑渡は不思議そうな顔で見ていた。探るような雑渡の視線に、押都の勘は異質さを訴えた。どこかが、おかしい。
January 27, 2026 at 10:01 AM
「かわいそうに。最初で最後をそれしか知らないんだから」
雑渡はそう返し、唇の端をわずかに上げた。笑みと呼ぶには乾きすぎているが、彼に残された礼儀だった。
「本当に手のかかる男だ」
押都は辺りを見回して言った。倒れた敵味方の顔が、等しく無言で並んでいる。
January 23, 2026 at 6:50 AM