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成人済のshipper / 🧠🪶ふたり固定/ リムブロお気兼ねなくです
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ふるいよしきちさんの『谷』とチェ🪚です
（2/2）
　……お前が母子家庭にどういう印象を持ってるか知らないけど俺は幸せだったぜ母ちゃん優しくてさ中の金魚が死んだら検挙だから私だよ！！俺人が握ったおにぎりとか無理なタイプじゃないすかジャカジャカジャン♪　ジャカジャカジャン♪…… 　ふたたび響きはじめたすでに馴染のその声は、さっきの沈黙の前よりさらに喧しく明瞭になっていた。近づいている。俺は膝をつき、手で土を払っていく。樹々の間を反響し、山中に響いていた声はいまや跪く俺の眼前から、すなわち土を掘り返す俺の指の隙間からただ俺に聞かせるためだけにべらべらと喋りつづけているようだった。 ……どうもお世話になってまーすピンチャンですピンチとチャンスで覚えてくださいどうもピンチャンです私だよどうもピンチャンです…… 　指先に触れた柔らかな感覚に手を止め、軍手を外し、素手で土を払っていく。穴の上から月明かりが差し込み、穴底に蹲る俺とついに露わになった骨を照らした。半年前に殺して埋めた元芸人の、元ピンチャンの、髙羽史彦だった男が、肉や内臓のすっかり腐り落ちた清らかな白骨死体となって空っぽの眼窩でこちらを見上げていた。罅の入った頭蓋骨の上を大きなムカデが這いずり、半開きの顎の奥へと音もなく消えていく。 　どうもピンチャンです 　俺は硬直したまま、朽ち果てた髙羽史彦の骨を目の端に捉えながら自分の指先が突っ込んだ先を凝視していた。骨の中の俺の指。骨になった髙羽の、骨の中の骨。轢かれたときに砕けたのか、無残に割れた髙羽の肋骨の奥に、頭蓋骨がもうひとつあった。髙羽の心臓があったはずの空洞にきちんと収まった白い髑髏。髙羽の白骨死体は自分の胸の奥に首だけの骨を抱え込み、俺の冷たい指はその二つ目の骨の顎の中に入り込んでいた。 　どうもピンチャンです　ピンチとチャンスで覚えてください 　声が囁くたびに指先に触れる、ぬるぬると蠢く濡れた感覚。舌だった。洗われたように白い髑髏の中に真っ赤な舌だけが朽ちずに残り、終わらない口上を穴底から響かせている。 　どうもピンチャンです　ピンチとチャンスで…… 　月を見ていた。 　気づけば俺は白骨死体の横に跪いたまま首をきつく仰け反らせ、口を大きく開けて穴底を照らす月を見上げていた。髑髏の舌に嬲られていた指はいつの間にか掲げ持っていたシャベルの柄を強く握り締め、だらだら溢れる唾液でその刃先を濡らしていた。舌にめり込む鈍い刃の冷たい泥と鉄臭さ。痛みは感じなかった。 　どうもピンチャンです　ピンチとチャンスで覚えてください 　息ができなかった。溢れる自分の血で溺れるようになりながら冷たい土の上をのたうち回る俺の耳に相変わらず呑気な間延びした声が届き、そして、 　いや、そういうんじゃない！　髙羽と羂索ね 　声がした。ずっと聞こえていたのとは全然違う、二人目の声。髙羽だった。ああそうだった、こうだったなと思って、それでやっと、俺がこれまで聞いていたのが髙羽の声ではなかったことに気が付いた。ピンチャンですって、あんなにしつこく言っていたのに。ピンチャンの髙羽史彦じゃなかったっけ？ 　水曜ひま？ 　いまぁ！？　もう始まってんだよ 　止まらない出血に喘ぎつつ掘り返した骨のほうへ目を向ければ、腐らない舌を持つあの髑髏は相変わらずぺらぺらと淀みなく舌を回しつづけ、そんな喧しい首を胸に隠し持っていた髙羽の白骨死体もまた、空っぽの骨の喉奥に血濡れた舌を得て、髑髏との掛け合いを調子よく始めている。捧げた覚えはなかったが、髙羽はさっき切断したばかりの俺の舌を髑髏の中におさめ、うまく使 いこなしているようだった。独り言からようやく賑やかな掛け合いとして完成する声を聞くうち、ああそうなんだ、と急に腑に落ちたようになる。ピンチャンって、本当はもとはこうだったのかもしれないな。ピンチャンの髙羽なのは多分そうで、でも髙羽だけのピンチャンじゃなくて、髙羽と羂索でピンチャンが正解で。なにせこんなにも噛み合って、白骨死体のくせにこんなにもいきいきと楽しそう。もう始まってんだよ、じゃねえんだよ。勝手に始めんな。俺の舌でさあ。 　ウンコ爆撃最強ォー！！ 　小学生の価値観をゴリ押しすんな！！ 　舌を失った口内は血で溢れ、息はまるで出来ないまま、ヒイヒイと笑い転げるような音が漏れるばかり。そればかりでなく、目の前の骨たちを恨めしく見つめつつも俺の口はどうしてか、笑いのかたちに緩んでいく。なぜって目の前の死者たちの漫才があんまり面白くって、楽しそうで。カタカタ骨の鳴る音といよいよ勢いづく漫才を耳にしながら、俺は冷たくなっていく体を穴底の冷たい地面に横たえた。見上げた夜空のてっぺんで光る真っ白な月がスポットライトのようで、閉じた瞼の裏に舞台の上、マイクスタンドを挟んで漫才するピンチャンふたりの正しい姿をたしかに見たような。そんな気がして、俺は穴底から血泥に汚れた手を掲げ、最後の力で精一杯打ち鳴らした。
September 28, 2025 at 8:54 AM
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すみません。ほししんいちさんではなく、こまつさきょうさんの『蟻の園』でした　訂正してお詫び申し上げます…
September 7, 2025 at 12:48 PM
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映画をみたモブ芸人仲間/ほししんいちさんですよ（2/2）
に切り分けられたラバーの額から上・その下が、きちんきちんと分別されてふたつの山を築いていた。……散乱したこの部屋の中心で小さな机にかじりつき、一心不乱に〈夏油傑〉の額にカッターの刃を立てる髙羽のまるめた背中をおれはふと思い浮かべて、背中に冷たい水を流し込まれたような気がして立ちすくんだ。ゴミ屋敷といって差し支えないこの部屋や偏執的に切り刻まれた〈夏油傑〉の残骸より、想像の中の髙羽の姿にこそおれは「うっ」となってしまって、思わず口元を押さえたりした。どうかしてる。そう思った。だってそうだろ。〈夏油傑〉の頭を延々と割り続けて、いったい何がしたいんだ？ 　吐きそうな気分で一歩後ずさったところで〈べちゃり〉、なにかを踏んだ。 　足裏から伝わってくる濡れた嫌な感触にたまらず悲鳴をあげて足を浮かせると、ちょうど座布団に足を乗せたらしい。それがぐっしょり濡れていた。……うん、そう。おれも最初は、髙羽が垂れ流したんだと思ったよ。でも違った。糞尿の臭いはしなかったし、無色透明に見えた。それにそれは、机に向かって敷かれてた髙羽の尻の跡でぺしゃんこの座布団とはべつに、その向かいあたりに置かれていたものだった。一人暮らしのくせに座布団こんないらねえだろって、そんなどうでもいいことに腹を立てながら正体不明の粘液に濡れた靴下を脱いで丸めて、机の隅っこにとりあえず置かせてもらって、それからその場にしゃがみこんだ。座布団の脇には〈夏油傑〉の小さなぬいぐるみが、やっぱり額を横切るかたちにまっすぐ切り裂かれて転がっていた。ぬいぐるみもべったり濡れていて、というより、ぬいぐるみのほうが濡れていた。丸っこくデフォルメされた夏油傑の頭から無残にあふれ出た白い綿はじっとりと濡れそぼり、蛍光灯の光にてらてらと光っていた。おれはしゃがんだ姿勢のまま顔を上げ、振り返った。 　ぬいぐるみと座布団を濡らす液体はよく見れば床にまで広がり、伸びていて、のたうつような跡 を残しながら廊下のほうまでずっと続いているようだった。じっと目を凝らせば、ゴミの隙間から覗く廊下の板の間に、やや粘性のある液体の跡が鈍く光っているのがわかった。おれは立ち上がり、片足裸足のままゆっくりとそれを追った。〈夏油傑〉たちの無数の目がおれのことを見ているような気がしていた……雨漏りだとか、なにかを零したりしたような痕跡じゃないっていうのは、もうわかっていた。巨大なナメクジが這いずったようなその跡は明らかにゴミを避け、ぐねぐね方向転換しながら確かに目的をもって進んでいた。 　破れた〈夏油傑〉のぬいぐるみから溢れた〈なにか〉。 　それは小さな流しの下の戸棚の前で唐突に途切れていた。ああいやだなって、またそう思った。そのくせ手だけはなんでだか迷うこともなく戸棚の取っ手に伸びていて……そこでまた気付いた。戸棚の取っ手にはうっすら埃の積もったベタベタする手形がついていた。おれが触れようとしたのとほとんど同じ場所だったから、たぶん、髙羽もおれと同じようにしたんだろうってわかった。〈夏油傑〉のフィギュアを割り、ラバストを切り裂き、ぬいぐるみを破って、……そうしてそこから出てきた〈なにか〉を追いかけて、よたよたここまで這い出てきたであろう髙羽。その髙羽は今、ここにはいない。おれは髙羽の過去の行動に重ね合わせるように戸棚に手を掛けて、引き開けた。そこには。 　※※※ 　お巡りさん、見てください。ほらこれ、こっちですって。〈夏油傑〉のバラバラ人形もやばいけどそんなものよりこれ、ねえ、どうなってんすか？　どう考えてもおかしいでしょ。ひとんちのさ、 戸棚の中にさ、こんな……こんな……あれ？　え？　あー、そうそう、それですそれがこれ、週刊少年ジャンプで大好評連載中の呪術廻戦の主人公メンバーの一人の夏油傑で……いや学ランのも袈裟着てるやつも同じキャラです。読んだほうがいいですよ。今ならまだ映画もやってるし……え？　あッハイ、えーと、そうすね、ハイどうも、えー、そしたら、あの、ハイ、お疲れ様でした。 　※※※ 　戸棚の中身はべつに、なんてことはなかった。ごくごく当たり前で平凡な光景が広がっていただけ。 　脅かすなって？　やあ、だってあの部屋におれ、すげーびびらされたんだもん。ちょっとくらい共有させてよ。テンパって無意味にお巡りさんまで引っ張ってきちゃったし。まあ鍵が空けっぱなしなのはさすがに不用心だし、警察通して大家に連絡とって施錠してもらったりしたから、無駄にはなんなかったと思うけど。 　そう、だからオマエも、そんなふうに心配しなくていいよ。 　髙羽ならそのうち戻ってくるはず。向こうで元気にやってるよ。うん、そう。見たんだ。戸棚を開けたその向こうに、ごくごく当たり前に広がっていた真っ暗な星空。吸い込まれそうな宇宙空間のはるか遠くにのぞむ惑星と、そこにピカピカ光っていたジョナサンの看板。 　一緒に戸棚を覗いて、ええたしかに宇宙ですね？　だから？　と不審げな顔をしたお巡りさんが 「異常なし」と判断して帰ったあと、一人になってからもう一度覗き込んだ戸棚の奥。酸素のない無重力空間に勇気をだしてぐっと首を突き入れ、目を凝らして見れば、ファミレスの明るい窓際のボックス席でドリンクバーのジュース片手にストローを咥える髙羽の横顔がたしかに見えた。視力？　２．０。向かいの席に座る相方の顔は、ちょうど壁に隠れてわからなかった。でもまあ、二人とも楽しそうだったよ。 　え？　髙羽の相方は、だから、いたんだろ？　さっきオマエがそう言ったんじゃん？　ていうかおれたち、さっきから話ぜんぜん噛み合ってなくない？　 　でもまあいいか、べつに。 　こうやってずっと話していたらきっと、そのうちいつかは合ってきたりもするだろう。そうやってみんなの話が嚙み合って、重なって、みんなが元気で大丈夫になる頃には髙羽とその相方もネタ合わせを終え、こっち側に戻ってくることもあるんじゃないかって、そう思うよ。もちろん二人で。だって髙羽は、ピンチャンの髙羽なんだしさ。
August 31, 2025 at 2:58 PM
Reposted by hys
natsukiyasuda.bsky.social
ここがどんな場所なのか、過去記事もぜひご一読下さい。1942年、海底坑道が崩れ労働者183人が犠牲に。うち136人が朝鮮の人々だった。国策の犠牲になった人々に、日本政府は向き合っていない。

長生炭鉱水没事故―その遺骨は今も海の底に眠っている（2024/10/9追記）
d4p.world/12435/
長生炭鉱水没事故――その遺骨は今も海の底に眠っている（2024/10/9追記）　|　Dialogue for People（ダイアローグフォーピープル／D4P）
2024年10月9日に追記しました。 山口県宇部市、床波海岸。防潮堤を越え砂浜に降りると、コンクリートの柱のようなものが２本、海面に突き出ているのが見える。これは「ピーヤ」と呼ばれる排気・排水筒で、かつて...
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August 25, 2025 at 9:23 AM
hayashipping03.bsky.social
おもわず音柱になってしまう　原作キャラクターのたくさんいらっしゃる素敵なおうちにお迎えしてもらえたことも、そのみなさんと一緒に撮ってもらえたこともとても嬉しいです…ありがとうございます…
August 13, 2025 at 8:15 AM
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え〜〜んお優しすぎ！？！？便乗すみませんなのにそのように仰っていただけて救われてしまいます…🥲🤍そして私みさきさんの作品のお肉があの羂のあの部位ってところがさすがすぎて大好きなので、前ポストのお言葉もとても嬉しいです！ほんとに恐悦至極すぎる……ありがとうございます！😭😭
August 13, 2025 at 8:10 AM
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元人魚の羂と弔問客の髙・羂髙(2/2)
　ああ、そうなんだよな。俺はずっと会いたかったんだ、お前に。 　そう言うと、羂索は「知ってたよ」と言って微笑んだ。そうだろうなと俺も思う。本当の顔も知らないまま、さよならも言えないまま、その死を悼むことも喪に服すこともできないまま、ただあれっきりずっと離れ離れでいても、羂索はそんな俺を知ってくれている気がしていた。それでも俺は羂索がそう言ってくれたことが嬉しかった。思うことをゆるされたみたいで。あと、もしかしたらこいつもだったかもと思えて。実際どうかは知らないし、教えてもらうことはなさそうだけど。 　それにこうして二人でいると、会いたかった時間さえはじめからなかったことのように感じられてくる。 　夢も現も終わりもはじまりもいっしょくたの虚実の境のない場所に、俺と羂索はずっと一緒にいた気がしている。もしそうならばそれは、俺一人だけの願いで叶えられたものじゃないだろう。そんなさみしいものなんかじゃなかったはずだ。共鳴し、共有し、果てしなく続いていくそこで、羂索はいつも本当の顔で笑っていたから。 　さて、と呟いて羂索が立ち上がる。 　棺の袈裟を払い落として蓋を開け、片足を突っ込もうとしたところで「げっ」と声を上げ「ちょっと髙羽、これその大叔母さんのだったりする？　私入りきらないんだけど」と剣呑な声で文句をつけてきた。あー、背ぇ高いもんねお前。 　さあどうしようかと俺が思案するのをよそに、羂索は仕方ないなあとぶつぶつ言いながら自分の首を取り外すと片腕で抱え持った。そうしてこちらを振り返り、空いた片手をこちらに差し出してくる。俺は呆気にとられてその白い手を無言で見返すしかない。黒ネクタイに黒スーツの、懐かし いその立ち姿。長い黒髪が棺の底にまで届いている。そういや喪服も漫才の正装もあんま変わりないよなあと、俺は今更そんなことに気付く。羂索の腕に抱えられた羂索の首が俺を見上げてにんまり笑い、そうしてあの時と同じ言葉で俺を誘う。 「……おう！」 　俺も正しく同じ答えを返して、そうして当たり前にその手を取った。なんだよお前、ここまでゆるしてくれるんだ？　それはちょっと、知らなかったかも。 　沸き起こる歓喜を噛みしめながら俺は棺の中に一緒に飛び込んで、そうして内側から蓋を引き寄せた。 　※※※ 　ぱたん。と、音を立てて正しく棺は閉じられて、あとは静寂。 　麦茶のグラスが置き去りにされたままの無人の式場にあらたに訪れる弔問客は永遠になく、弔い花だけが記憶の限り馥郁と咲き続けている。
August 13, 2025 at 6:39 AM
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元人魚の羂と髙・羂髙(2/2)
「いや、そうじゃなくて二十……いや三十秒……」 「は？」 　羂索が声をあげるのに、髙羽が気まずそうな顔をして「急にそんな壮大なこと言われても咄嗟に面白い返し思いつかねえって」と、言い訳をするように言った。というより言い訳そのものだろう。羂索にはそれがわかって、急に力の抜けるような気になった。……なにそれ？ 「あのさあ、これべつに大喜利とかじゃないんだけど」 「それはわかってるけど」 　わかってんのかよ、と羂索は呆れる。確かに髙羽はいたって真剣に、ごくごく真面目に羂索の問いかけに答えを返そうとしている。 「たった一枚きりで一回きりのマジのやつなら、間違いなくお前にウケる願いにしなきゃだろ」 「やっぱり気合いが大喜利のそれだよね」 　でもまあ、そうでなくちゃね。羂索は口にはせずに、ひっそりとそう思う。人魚の鱗一枚 を巡り、かつてはあまたの人々が血を流し、いくつかの国が滅びさえした。それにかけるのがやはりウケたいという願望ならば、髙羽だってそれに命がけになるべきだろう。そもそも命をかけた殺し合いの場で、こともあろうにお笑いでこの自分に向き合おうとした髙羽なのだから。……そう思って羂索はすこしだけ笑い、髙羽の前に差し出していた鱗を自分の手の中にぎゅっと握り込んだ。髙羽がぱちりと瞬くのに、羂索がにっこり微笑む。 「はい、時間切れ」 　※※※ 　夢と現実の間。羂索の呪いの暗い空間を、一頭の人魚が泳いでいる。 　なめらかな額と裸の乳房をむき出しにした人魚は長い黒髪を海藻のように浮遊させ、羂索の間近をぐるりと一周すると、暗い灰色の尾鰭をゆらめかせ音もなく一気に上昇した。墨を流し込んだような黒々とした空間に紫紺色の煌めきが走る。鈍い光の尾を目を細め見上げる羂索を、人魚は高いところから無表情に見下ろした。それから今度はゆるゆると羂索の周囲を遠巻きに巡るようにして、静かに下降していった。 　目を逸らすことなくじっと見つめてくる人魚と相対しながら、それがかつて自分が肉体を奪った相手だということに羂索は気付いていた。人らしい感情の読み取ることのできない、意志の疎通の絶望的な半人半獣のその目。けれどその実人魚はあらゆる海域の言語と歴史と 文化芸術、そして深い哲学をその肉に記憶させていた海の賢者だった。羂索はおかげで海底の世界史にも精通している。 「や、久しぶり」 　人魚は無言のまま羂索を見ているだけだったが、羂索のほうはまるで構わず「あれ、もしかして体のこと怒ってる？　でもあれからすぐに君たちは滅んだんだよ。寿命なんかそうは変わらないんじゃないかなあ。ああそれとも、鱗のこと？　勝手にどこの馬の骨ともわからない人間なんぞに下賜するんじゃないって？　もとは君の鱗だものね」と、のべつまくなしに喋り続けている。人魚は答えない。羂索が片手を広げ、そこに握り込んでいた鱗を人魚のほうへ掲げて見せた。 「でもほら、願いは保留にされたから今のところはまだ、この通り」 　芸人のくせして大喜利に自信がないんだって。そのせいで二度とない願望成就の機会を逃したんだ。仕様のないやつだよねえ。言いながら羂索が指先でそっと鱗を撫でるのに人魚がゆったりと瞬く。印象的な目蓋の動きを見つめて羂索は声を上げて笑った。 　発声や人の言葉を用いないコミュニケーションを交わしてでもいるのか、もしくは一人きりであろうと周囲に死体しかなかろうと嬉々としてお喋りを続けていられる羂索のいつもの独り言なのか、傍で見ている者がもし存在したとしても判別はできなかったであろう。羂索は相手がいようといなかろうと変わらず、いつもそれなりに楽しそうであったから。羂索は 今この時もそれは楽しげに、面白そうに、……けれどかつてないほど嬉しそうに、心底幸福そうに両手を広げてみせる。ばれちゃったか、そうとも嘘だよと、わざとらしく舌を出しながら。 「〈間違いなくウケたい。笑わせたい。笑ってほしい〉……他の何者でもない、ただこの私に」 　羂索がそう言った瞬間、鱗は火花のように弾けた。紫色のごくごく微細なかけらたちが鱗粉のごとくあたり一面へと撒かれていく。百年ぶりに元人魚たる羂索の肌に根付いた鱗は正しく役目を果たし、その身を散らすと、まじないの暗闇を夜明けの色合いに薄明るくしていった。 　きらきら光る髙羽の願いを浴びながら、羂索が哄笑の合間に「髙羽の願いなんかとっくに叶っちゃってるってわけ」と何故か誇らしげに言うのを人魚は相変わらず共感の一切ない目で眺めている。そうしてしばらくすると尾鰭を向け、罅の入ったまじないの果てのほうへ音もなく泳ぎ去っていった。羂索はいつまでも上機嫌のまま、きらきらしながら笑い続けている。
August 13, 2025 at 6:32 AM