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成人済のshipper / 🧠🪶ふたり固定/ リムブロお気兼ねなくです
▷ www.pixiv.net/users/101251330
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ふるいよしきちさんの『谷』とチェ🪚です
（2/2）
　……お前が母子家庭にどういう印象を持ってるか知らないけど俺は幸せだったぜ母ちゃん優しくてさ中の金魚が死んだら検挙だから私だよ！！俺人が握ったおにぎりとか無理なタイプじゃないすかジャカジャカジャン♪　ジャカジャカジャン♪…… 　ふたたび響きはじめたすでに馴染のその声は、さっきの沈黙の前よりさらに喧しく明瞭になっていた。近づいている。俺は膝をつき、手で土を払っていく。樹々の間を反響し、山中に響いていた声はいまや跪く俺の眼前から、すなわち土を掘り返す俺の指の隙間からただ俺に聞かせるためだけにべらべらと喋りつづけているようだった。 ……どうもお世話になってまーすピンチャンですピンチとチャンスで覚えてくださいどうもピンチャンです私だよどうもピンチャンです…… 　指先に触れた柔らかな感覚に手を止め、軍手を外し、素手で土を払っていく。穴の上から月明かりが差し込み、穴底に蹲る俺とついに露わになった骨を照らした。半年前に殺して埋めた元芸人の、元ピンチャンの、髙羽史彦だった男が、肉や内臓のすっかり腐り落ちた清らかな白骨死体となって空っぽの眼窩でこちらを見上げていた。罅の入った頭蓋骨の上を大きなムカデが這いずり、半開きの顎の奥へと音もなく消えていく。 　どうもピンチャンです 　俺は硬直したまま、朽ち果てた髙羽史彦の骨を目の端に捉えながら自分の指先が突っ込んだ先を凝視していた。骨の中の俺の指。骨になった髙羽の、骨の中の骨。轢かれたときに砕けたのか、無残に割れた髙羽の肋骨の奥に、頭蓋骨がもうひとつあった。髙羽の心臓があったはずの空洞にきちんと収まった白い髑髏。髙羽の白骨死体は自分の胸の奥に首だけの骨を抱え込み、俺の冷たい指はその二つ目の骨の顎の中に入り込んでいた。 　どうもピンチャンです　ピンチとチャンスで覚えてください 　声が囁くたびに指先に触れる、ぬるぬると蠢く濡れた感覚。舌だった。洗われたように白い髑髏の中に真っ赤な舌だけが朽ちずに残り、終わらない口上を穴底から響かせている。 　どうもピンチャンです　ピンチとチャンスで…… 　月を見ていた。 　気づけば俺は白骨死体の横に跪いたまま首をきつく仰け反らせ、口を大きく開けて穴底を照らす月を見上げていた。髑髏の舌に嬲られていた指はいつの間にか掲げ持っていたシャベルの柄を強く握り締め、だらだら溢れる唾液でその刃先を濡らしていた。舌にめり込む鈍い刃の冷たい泥と鉄臭さ。痛みは感じなかった。 　どうもピンチャンです　ピンチとチャンスで覚えてください 　息ができなかった。溢れる自分の血で溺れるようになりながら冷たい土の上をのたうち回る俺の耳に相変わらず呑気な間延びした声が届き、そして、 　いや、そういうんじゃない！　髙羽と羂索ね 　声がした。ずっと聞こえていたのとは全然違う、二人目の声。髙羽だった。ああそうだった、こうだったなと思って、それでやっと、俺がこれまで聞いていたのが髙羽の声ではなかったことに気が付いた。ピンチャンですって、あんなにしつこく言っていたのに。ピンチャンの髙羽史彦じゃなかったっけ？ 　水曜ひま？ 　いまぁ！？　もう始まってんだよ 　止まらない出血に喘ぎつつ掘り返した骨のほうへ目を向ければ、腐らない舌を持つあの髑髏は相変わらずぺらぺらと淀みなく舌を回しつづけ、そんな喧しい首を胸に隠し持っていた髙羽の白骨死体もまた、空っぽの骨の喉奥に血濡れた舌を得て、髑髏との掛け合いを調子よく始めている。捧げた覚えはなかったが、髙羽はさっき切断したばかりの俺の舌を髑髏の中におさめ、うまく使 いこなしているようだった。独り言からようやく賑やかな掛け合いとして完成する声を聞くうち、ああそうなんだ、と急に腑に落ちたようになる。ピンチャンって、本当はもとはこうだったのかもしれないな。ピンチャンの髙羽なのは多分そうで、でも髙羽だけのピンチャンじゃなくて、髙羽と羂索でピンチャンが正解で。なにせこんなにも噛み合って、白骨死体のくせにこんなにもいきいきと楽しそう。もう始まってんだよ、じゃねえんだよ。勝手に始めんな。俺の舌でさあ。 　ウンコ爆撃最強ォー！！ 　小学生の価値観をゴリ押しすんな！！ 　舌を失った口内は血で溢れ、息はまるで出来ないまま、ヒイヒイと笑い転げるような音が漏れるばかり。そればかりでなく、目の前の骨たちを恨めしく見つめつつも俺の口はどうしてか、笑いのかたちに緩んでいく。なぜって目の前の死者たちの漫才があんまり面白くって、楽しそうで。カタカタ骨の鳴る音といよいよ勢いづく漫才を耳にしながら、俺は冷たくなっていく体を穴底の冷たい地面に横たえた。見上げた夜空のてっぺんで光る真っ白な月がスポットライトのようで、閉じた瞼の裏に舞台の上、マイクスタンドを挟んで漫才するピンチャンふたりの正しい姿をたしかに見たような。そんな気がして、俺は穴底から血泥に汚れた手を掲げ、最後の力で精一杯打ち鳴らした。
September 28, 2025 at 8:54 AM
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# ピ百怪にするにもハロウィンにするにも時期外れなよくわからないモブと📍
ファミレスでも芸人時空でもなく、しめつかいゆうの後ピンでがんばっていた髙🪶が十数年後に轢き逃げされる話（1/2）
　深夜に山で何をしているかというと、埋めた死体を掘り返している。 　気温は低いが汗だくで、重たいシャベルをふるうたび背中と首筋に汗が伝い落ちる。軍手をした手で雑に拭い、ついでに耳を塞ぎたくなるのをなんとか堪えて、またシャベルを地面に突き立てる。 　登山道から外れた深い樹々の根本にうっかり轢き殺した男を埋めたのは半年ほど前のことで、はじめのうちは毎朝毎晩埋めた山の土地名を検索し、今日こそニュースになっていないか、死体が見つかっていやしないかとびくついていたものの、表示されるのは地元の観光協会の記事や大昔に更新の止まった個人ブログの日記くらいでつい油断した。最近じゃ月に一、二度調べるばかりになっていて、だから〈これ〉がいつからはじまったのか、正確なところはわからない。 ……金魚さん聞こえますかー？病院ですよー除細動！！君に決めた！！離れて！！飼い主さん練馬だって歩いて三十分くらいか私が勝ったらわたパチ生産再開ピンチとチャンスで覚えてください水曜ひま？そっかラブラドールか高杉晋作！！ばーかお前の父ちゃん目医者～…… 　鬱蒼とした山中に響き続ける支離滅裂でふざけたやかましい声。力任せにシャベルを突き立て、乱暴に土を払ってみても気休めにもならない。買い換えたばかりの車で道なき道へ分け入り、暗闇の中でタイヤが泥や小石を跳ね続けるあいだも遠く、小さく、罪悪感が生み出した幻聴にしてしまえなくもない程度ながら、やはり絶えず聞こえてはいたのだ。途切れることなく響くこの男の声。半年ぶりに引き返した山奥のその場所へ車を停め、ドアを開けてしまえばもう、気のせい にはとてもできそうになかった。トランクに積んだシャベルを掴み、一歩一歩足を進めるごとに声は大きく、明瞭になっていく。　 ……ジャカジャカジャン♪　ジャカジャカジャン♪ジャカジャカジャカジャカジャン♪いぇい！！ジャカジャカジャン♪ 　ざくっ！　と最初の一刀を入れた途端、声はまた一段と大きくなった。そこからはもう無心で、ひたすらシャベルをふるい続けている。掘り進めれば進めるほど、冷たい土を掻き分け、泥を払い、半年前に埋めた死体に近づけば近づくほど、声もまた近くなる。 　拡散されはじめた〈これ〉の発端は登山が趣味のアカウントからの投稿で、震える手で撮影された動画には真っ暗な遠い山奥から響く声が収められていた。雨音混じりの声はひどく不明瞭で、人の話し声なのは確かなようでも、実際何を言っているかはほとんど聞き取れない。途切れなく延々と続くそれは僧侶の念仏のようにも聞こえたが、それにしては抑揚が豊かすぎ、響きに神妙なところがまるでなく、遠くから聞いても騒々しく軽薄だった。それが先週木曜、俺が袋麺のお湯を沸かしながら検索をかけた夜にはもう、それなりに話題になっていた。 　別のキャンプ客がスマホで動画でも見ているだけだろうとか、登山客の落としたラジオかなにかだろうとか、ネット上では面白半分に茶化したり流されているようだったが俺は少しも笑えなかった。血の気が一気に失せて、そこからはもうずっと、埋めたあの夜直後のように気が暗く塞いで怖くて不安で、気が気じゃなかった。その山があの山であっただけなら、動画の声がもっと もっと不明瞭であったなら俺だってコメント欄にいる他のやつらと同じにへらへらと笑い飛ばせたはず。それくらい胡散臭く、真偽の疑わしい心霊動画だった。けれど俺の耳はどうしてか、その単語だけはしっかりと拾い上げたのだった。おそらくただ俺ひとりだけが正しく聞き取れたあの名前。あの日埋めた男がはるか昔、そう名乗っていたのを俺は知っていた。 ……どうもピンチャンです水曜ひま？お婆さん鬼退治に行ってきますハドロン！！はいアルコール測定するからねこの袋にはーってして待ってろ！！今助ける！！お世話になってまーす俺馬鹿だからよくわかんねぇけどよぉ仕方ない鬼ヶ島にキャンセルの電話しよう待って犬に団子ってあげていいんだっけ？どうもピンチャンです…… 　ずっとピンで芸人していたくせに、どうしてピンチャンなんて名乗っていたんだろう。子どものころはお笑い番組にもバラエティにも、いつも半裸のあんたがいたような気がしていたけれど。余計なお世ＷｉＦｉは一時期ＣＭになるくらい流行ったし、お笑い番組漬けだった冬休み明けにはみんなあんなたの真似をしたもんだけど。気付けばまるで見なくなって、俺だってすっかり忘れていたのに。なんだってこんなふうに、加害者と被害者として、掘った穴の底と縁とで再会したりするんだろう。どうして俺は最後にわざわざ、死体の財布を開いたりしてしまったんだろう。中身の寂しい財布の中の、死体となった男の免許証。血に濡れず皮膚も剥がれていないその顔を、その隣に記された名前を、大昔に聞いた「ピンチャンの髙羽史彦です！　名前だけでも覚えていってください」と張り上げていたあの声を、どうして覚えていたりしたんだろう……いや違う、 覚えていたからこそ動画を見た暇人たちが死体を見つける前にこうして対処できている……だけど本当は、もうシャベルなんか放り出してここから逃げてしまいたい。帰りたくて堪らない。どうしてこんな真夜中、埋めた死体をわざわざ掘り返したりしなきゃならないんだろう。二度とふざけた声なんか出せないよう燃やすか海に沈めるか、もっと念入りに轢き直すかしなければと強迫観念に駆られてここへ来たけれど、そんなのってやっぱり、おかしくないだろうか？　俺はただ人を殺して埋めただけなのに。やっぱり髙羽のことなんか忘れていたらよかった。そしたらごくごくありきたりの轢き逃げ犯として、普通にびくびく暮らしていられたはずなのに…… ……だっておじさん飲んでるもんね？じゃあいいや本当は桃太郎は桃を食べて若返ったお爺さんとお婆さんがセックスしてできたんじゃないかな嫌で～す我々は選ばなきゃいけない訳かジョンの飼い主の不安か猿と雉の命か元気じゃん私も嫌いなんだバカのフリしたバカはねじゃあいいや１０：０でお前が悪いだっておじさん飲んでるもんね１０：０でお前が悪い…… 　うる、せえ、なあ！ 　不安と恐怖と重労働に疲弊しきった体にふざけた声が苛立ちを煽り、めちゃめちゃに突き立てたシャベルの先端がガツ、と何か固いものを砕いた。途端、あれだけうるさかった声が止み、あたりは異様な静けさに包まれた。虫の声すらしない底のような静寂。夜の冷気と疲労に固く強張った手がさっきの衝撃にじんと痺れて、俺は放心したようになってシャベルを取り落とした。掘り返した土の上にシャベルがどさりと落ちる。
September 28, 2025 at 8:51 AM
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映画をみたモブ芸人仲間/ほししんいちさんですよ（2/2）
に切り分けられたラバーの額から上・その下が、きちんきちんと分別されてふたつの山を築いていた。……散乱したこの部屋の中心で小さな机にかじりつき、一心不乱に〈夏油傑〉の額にカッターの刃を立てる髙羽のまるめた背中をおれはふと思い浮かべて、背中に冷たい水を流し込まれたような気がして立ちすくんだ。ゴミ屋敷といって差し支えないこの部屋や偏執的に切り刻まれた〈夏油傑〉の残骸より、想像の中の髙羽の姿にこそおれは「うっ」となってしまって、思わず口元を押さえたりした。どうかしてる。そう思った。だってそうだろ。〈夏油傑〉の頭を延々と割り続けて、いったい何がしたいんだ？ 　吐きそうな気分で一歩後ずさったところで〈べちゃり〉、なにかを踏んだ。 　足裏から伝わってくる濡れた嫌な感触にたまらず悲鳴をあげて足を浮かせると、ちょうど座布団に足を乗せたらしい。それがぐっしょり濡れていた。……うん、そう。おれも最初は、髙羽が垂れ流したんだと思ったよ。でも違った。糞尿の臭いはしなかったし、無色透明に見えた。それにそれは、机に向かって敷かれてた髙羽の尻の跡でぺしゃんこの座布団とはべつに、その向かいあたりに置かれていたものだった。一人暮らしのくせに座布団こんないらねえだろって、そんなどうでもいいことに腹を立てながら正体不明の粘液に濡れた靴下を脱いで丸めて、机の隅っこにとりあえず置かせてもらって、それからその場にしゃがみこんだ。座布団の脇には〈夏油傑〉の小さなぬいぐるみが、やっぱり額を横切るかたちにまっすぐ切り裂かれて転がっていた。ぬいぐるみもべったり濡れていて、というより、ぬいぐるみのほうが濡れていた。丸っこくデフォルメされた夏油傑の頭から無残にあふれ出た白い綿はじっとりと濡れそぼり、蛍光灯の光にてらてらと光っていた。おれはしゃがんだ姿勢のまま顔を上げ、振り返った。 　ぬいぐるみと座布団を濡らす液体はよく見れば床にまで広がり、伸びていて、のたうつような跡 を残しながら廊下のほうまでずっと続いているようだった。じっと目を凝らせば、ゴミの隙間から覗く廊下の板の間に、やや粘性のある液体の跡が鈍く光っているのがわかった。おれは立ち上がり、片足裸足のままゆっくりとそれを追った。〈夏油傑〉たちの無数の目がおれのことを見ているような気がしていた……雨漏りだとか、なにかを零したりしたような痕跡じゃないっていうのは、もうわかっていた。巨大なナメクジが這いずったようなその跡は明らかにゴミを避け、ぐねぐね方向転換しながら確かに目的をもって進んでいた。 　破れた〈夏油傑〉のぬいぐるみから溢れた〈なにか〉。 　それは小さな流しの下の戸棚の前で唐突に途切れていた。ああいやだなって、またそう思った。そのくせ手だけはなんでだか迷うこともなく戸棚の取っ手に伸びていて……そこでまた気付いた。戸棚の取っ手にはうっすら埃の積もったベタベタする手形がついていた。おれが触れようとしたのとほとんど同じ場所だったから、たぶん、髙羽もおれと同じようにしたんだろうってわかった。〈夏油傑〉のフィギュアを割り、ラバストを切り裂き、ぬいぐるみを破って、……そうしてそこから出てきた〈なにか〉を追いかけて、よたよたここまで這い出てきたであろう髙羽。その髙羽は今、ここにはいない。おれは髙羽の過去の行動に重ね合わせるように戸棚に手を掛けて、引き開けた。そこには。 　※※※ 　お巡りさん、見てください。ほらこれ、こっちですって。〈夏油傑〉のバラバラ人形もやばいけどそんなものよりこれ、ねえ、どうなってんすか？　どう考えてもおかしいでしょ。ひとんちのさ、 戸棚の中にさ、こんな……こんな……あれ？　え？　あー、そうそう、それですそれがこれ、週刊少年ジャンプで大好評連載中の呪術廻戦の主人公メンバーの一人の夏油傑で……いや学ランのも袈裟着てるやつも同じキャラです。読んだほうがいいですよ。今ならまだ映画もやってるし……え？　あッハイ、えーと、そうすね、ハイどうも、えー、そしたら、あの、ハイ、お疲れ様でした。 　※※※ 　戸棚の中身はべつに、なんてことはなかった。ごくごく当たり前で平凡な光景が広がっていただけ。 　脅かすなって？　やあ、だってあの部屋におれ、すげーびびらされたんだもん。ちょっとくらい共有させてよ。テンパって無意味にお巡りさんまで引っ張ってきちゃったし。まあ鍵が空けっぱなしなのはさすがに不用心だし、警察通して大家に連絡とって施錠してもらったりしたから、無駄にはなんなかったと思うけど。 　そう、だからオマエも、そんなふうに心配しなくていいよ。 　髙羽ならそのうち戻ってくるはず。向こうで元気にやってるよ。うん、そう。見たんだ。戸棚を開けたその向こうに、ごくごく当たり前に広がっていた真っ暗な星空。吸い込まれそうな宇宙空間のはるか遠くにのぞむ惑星と、そこにピカピカ光っていたジョナサンの看板。 　一緒に戸棚を覗いて、ええたしかに宇宙ですね？　だから？　と不審げな顔をしたお巡りさんが 「異常なし」と判断して帰ったあと、一人になってからもう一度覗き込んだ戸棚の奥。酸素のない無重力空間に勇気をだしてぐっと首を突き入れ、目を凝らして見れば、ファミレスの明るい窓際のボックス席でドリンクバーのジュース片手にストローを咥える髙羽の横顔がたしかに見えた。視力？　２．０。向かいの席に座る相方の顔は、ちょうど壁に隠れてわからなかった。でもまあ、二人とも楽しそうだったよ。 　え？　髙羽の相方は、だから、いたんだろ？　さっきオマエがそう言ったんじゃん？　ていうかおれたち、さっきから話ぜんぜん噛み合ってなくない？　 　でもまあいいか、べつに。 　こうやってずっと話していたらきっと、そのうちいつかは合ってきたりもするだろう。そうやってみんなの話が嚙み合って、重なって、みんなが元気で大丈夫になる頃には髙羽とその相方もネタ合わせを終え、こっち側に戻ってくることもあるんじゃないかって、そう思うよ。もちろん二人で。だって髙羽は、ピンチャンの髙羽なんだしさ。
August 31, 2025 at 2:58 PM
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#ピ百怪 映画をみたモブ芸人仲間/ほししんいちさんです（1/2）
　お巡りさん、呪術廻戦知ってます？　いやビッグコミックスピリッツではないです。ビッグコミックスピリッツしか読まないことあります？　週刊少年……いいや、いいです知らなくて。いいんですけど、要はこれ、全部それです。 　※※※ 　映画はどうだった？　そうそう、呪術廻戦の。特典は？　初回の？　いいなあ。おれはねえ、本編映像のプリントシール。歌姫大好き。映画よかったよな、笑えるとこたくさんあって。そんなことない？　泣けた？　うーん、それはあれ、それこそ髙羽も言ってたけどおれはよくわかんない。まあ感想は人それぞれだけど。でも髙羽にはちょっと反応に困ったな。なんかもう、落ち込んじゃって。うんそう、それが最後。だから先月？　もう先々月？　髙羽に会ったのはそれが最後で、最後に会って喋ったのがおれだったらしいって、あいつの家で警察にも話したけど。 　映画を観た直後だったんだと思う。 　髙羽もよく出てたあの劇場の近くに、そういや映画館があったから。おれらのネタを見に寄ってくれたんだろうなって、そう思ったよ。出番前におう久しぶりってちょっとだけ喋った。明らか泣いたんだなってわかる真っ赤な目ぇして、でも感動したっていうよか、なんかもう、顔色悪いくらいで。よかったすね、映像きれーでしたね、迫力もあって、すごくて、でも……でもやっぱ、おかしくないすかね？　なんて、そんなふうに言うんだよ。あんなふうになるべきじゃなかったって、最後の写真みたいに修学旅行や体育祭や文化祭ではしゃぐ普通の高校生でいさせてやるべきだった のにって、あんな結末じゃぜんぜん笑えない、ましてや親を……なんて。そんなの間違いだって。可哀想だって。そう、夏油傑のこと。……でも、わかんないよな。だって、そうなっただろ？ 　たしかにやばいとこまで落ち込んではいたけど、最後はあの村に同級生の五条悟も硝子も、実は生きてた灰原と七海も夜蛾センもみんな集まって、あのままだったら村人全員大量虐殺してた夏油傑を止めたじゃん。最後はみんな泣きながら抱き合って大団円のハッピーエンドで終わったよな、それでも時々光のない目で非術師のことを猿呼ばわりするのが危うくってちょっとウケるよなって話したら、はあ……って首傾げて、ぽかんとしてた。 　それで。そう、それで、おれらも出番あるしじゃあそろそろなって控室でたらなんでか髙羽も舞台袖までついてきて。イヤなんでだよ。ボケだと思ってツッコんでやったら、また変な顔をしてた。それが冗談でもなく本気みたいだったから、いやだから、オマエは今日出ないし、そもそも出れないだろ？　今日はコンビ漫才の板なんだから。ピンのオマエの枠なんてあるわけないだろ。そんなふうに当たり前のことを、ばかみたいに、噛んで含めるみたいに言ってやったら、黙った。もう、顔面蒼白て感じで。目も合わなかった。それきりなんにも言わず、ふらふら出て行った。わざわざスーツまで着てたから、手の込んだボケかなんかだと思ったんだけど。 　相方がいたはずって？　へえ、そうなんだ。一昨年のＣー１決勝……あれ、確かにいたような？　あれ。でもあいつ最後に解散してからはもうずっとピンじゃん。映画も内容が違う？　髙羽の言ってるほうが正しい？　修学旅行も体育祭も本編じゃなくてエンディングって……なにそれ。いやあ、エンディングがランダムって、そんなことある？　まあ映画の感想も捉え方も人それぞれだし……とにかくそれが髙羽を見た最後になった。 　変な様子だったから気にはなって、でも直接連絡するのもなんか、どうかなあと思って。おれだってそんな特別仲いいってわけじゃないし。ほらあいつって付き合いよさそうで実際ぜんぜんよくないじゃん、いつもべったりで。誰と。誰とって、誰だっけ。　 まあそれで、おれの知る限りの知り合いとか芸人仲間なんかに最近髙羽に会ったやついる？　って声かけたりして。メイトで見たとか、映画館の物販コーナーで見たとか、ちらほらそういう声は聞こえて。あと両手の袋いっぱいにアニメグッズ買い込んでるの見て、声かけづらかったとか。それでまあ元気そうなんだなって安心はしてたんだけど、そういう目撃談もしばらくしたらぜんぜん聞こえなくなってきて。やっと直接飲みに誘ってみたけどメッセージはいつまでも既読にならなくて、電話をかけたら電波の届かないところいるためお繋ぎできません、になった。 　家に行ったんだよ。 　前に住んでた部屋から髙羽のアパートが近くて、それをなんとなく覚えてて。部屋番号までは知らないから通りがかりにちらっと様子見するくらいのつもりで。だけどあいつ、今時集合ポストにも部屋にも律儀に表札だしてて。変わった苗字ってわけじゃないけど、Ｃ－１決勝出たやつが不用心だよな。ええ？　いや、決勝の話はさっきオマエがしたんだろ。 　鍵は開いていた。 　ドアノブを回しながらいやいや不用心すぎるだろって無理矢理笑って、やだなあって帰りたくなってた。嫌なものを見そうだなって、そんな予感がして。 　羽根だと思ったんだ、最初は。小学校のときなんかに鶏小屋の掃除したことない？　鶏から抜けた羽根が塊になって小屋じゅうに転がってんの、見たことない？　ドアを開けたとたん、そういう のがおれの足元から共用廊下にまで溢れて出てきた。うわあって思わず声をあげて、片足浮かせて、薄暗い部屋の中をそっと覗き込んだ。ひどかった。髙羽の六畳一間は玄関口からもう鶏小屋どころじゃない散らかりようで、ゴミで足の踏み場もないくらいだった。廊下から奥の部屋までどこまでも、プラスチックやシリコンの破片、破れた布きれなんかが散乱していた。 　髙羽、いるか？ 　そんなふうに声はかけてみたけど、人の気配はまるでなかった。おじゃましますってもう一度声をかけて、玄関口の壁のスイッチを押して電気をつけて、鍵のかかっていなかったドアを閉めた。蛍光灯の明かりに照らされた廊下を改めて見渡して……〈言葉を失う〉ってやつ、あれ、本当にそうなるんだな。実際に声も出ないけど、頭のほうも目の前のことに追いつかなくて真っ白になって。理解して、心底ぞっとした。ゴミだと思っていたのは全部、切り刻まれた人形だったんだ。羽根だと思ったのはぬいぐるみの裂け目から溢れた真っ白な綿で、靴を脱いで最初の一歩ですみに避けたのはまっぷたつに割られたアクスタの破片。その隣に転がっていた手のひらサイズのフィギュアを拾い上げれば、それも他の人形やぬいぐるみやアクスタと同じく、涼やかな目元の上をぱっくりと割られていた。長い黒髪を結いあげていたり下ろしていたり、学ランだったり袈裟だったり。髪型や装いはそれぞれ違っていても髙羽の部屋に散乱しているのは全部〈夏油傑〉だった。 　切り刻まれたフィギュアのパーツを足先で避けながら廊下を抜けると、奥の和室はもっと酷い状態だった。畳の上にも積み上げられたＤＶＤや雑誌の上、敷きっぱなしの煎餅布団にも、切り刻まれゴミとなり果てた大量の〈夏油傑〉が転がっていた。低い折り畳みのテーブルには袈裟姿の〈夏油傑〉のラバーマスコットがいくつも積まれていて、その隣にはカッターナイフと定規が置かれ、テーブルの表面に傷をつけないようだろう、新聞紙が敷かれていた。机の隅には定規を使い几帳面
August 31, 2025 at 2:56 PM
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#ピ百怪 （羂髙/芸人でもファミレスでもない/モブ視点）
　額を何針も縫う怪我だった。処置を終えたあとも息子は呆然とした様子で、はりつめたように見開いた目のふちにいつまでも涙を残していた。 　保育園の駐車場で躓いて、車止めのブロックに頭を打ちつけたのだという。救急車を呼ぶことも思いつかず、近くの大学病院へ自家用車で駆け込んだ夫は自分がついていながらと肩を落としていた。男の怪我は勲章、男の子なら喧嘩して成長するもんだ、と、そんなことを平生臆面もなく言う古いタイプの夫だが、包帯で顔の半分を覆われた息子を前にただ言葉を失っていた。 　混雑した救急外来の待合室はけれどとても静かで、時々流れる呼び出しのアナウンスのほかは、付き添い人たちの囁き声や控えめな咳払いが聞こえるだけだった。痛みどめが効いているのか息子は泣きもぐずりもしない。ただ傷が気になるようで、しきりに額の包帯に手をやっている。子どものやわらかな指が包帯を擦るかさかさとした小さな音が、ここでは妙に耳につく。さっき止めたときには大人しく頷いていたが、無意識に触れてしまうらしい。 「だめよ、さっき先生にも言われたでしょう」 　ひそひそと声をかけ、包帯の継ぎ目に触れる右手をそっと掬いとってやめさせる。息子が顔を上げ、涙に濡れた目でこちらをじっと見つめ返した。 「だって」 「だって？」 「だって……」 覗き込んだ顔は、不満というよりは不安そうで、どこか怯えているように見えた。だっておかあさん、あけてって言うんだもん…… 「あけてって、誰が？」 「はやくあけてって」 「だから誰が」 　話すうちから息子は額へ手を伸ばす。止めようとする私の手を振り払い、縫合したばかりの傷を包帯の上から掻きむしる。小さな爪が包帯の表面を裂いていった。 「いまあけるから……」 　包帯に血が赤く滲むのにはっとして、慌てて両手を掴んだ。華奢で小柄な息子からは想像もつかないような強い力に振りほどかれそうになるのを、こちらも必死になって押さえ込む。遅れて気づいた夫が驚きながらも暴れる背中を抱えこみ、ようやく息子は大人しくなった。力の抜けた息子の手が私の手の中からするりと落ちて、子どもの細い首とたよりない肩にほどけた包帯がするすると落ちてくる。白い額の傷口があらわになって、私は咄嗟に目を伏せた。 「もうやめて、そんなことしないで。あけちゃだめ」 　自分の声が震えているのがわかった。俯いたまま、膝のあたりに力なく投げ出された息子の腕ばかりを見つめながら、どうして自分がそんなふうにしているのかわからなかった。子どもの爪と指の間には血に染まった包帯の滓が詰まっていて、そこにぽたり、ぽたり、なにか透明な液体が伝い落ちてくる。それをただ、息を殺して見ていた。息子を抱えたままの夫が困惑したように、なあおまえたちはどうして、さっきからそんなおかしな言いかたばかりするんだ、と言った。傷は閉じて、治して、消すものなのに。「あけるな」なんて、まるで本来「あける」ためのものみたいに。 　私は項垂れたまま、息子の傷と縫い目を見ないように話しながら、だって、と必死になって繰り返す。どうしてこんな気持ちになるのかわからなかった。 「だって、先生がそう言ったんだもの……」 　掠れて潰れた私の声は、夫の「先生！」という呼び声にかき消された。振り返れば背後に、さっき息子を処置してくれた医者が立っていた。私たちの騒ぎに気付いた誰かが呼んでくれたのかもしれない。息子の暴れようを見ていたのか、医者は呆然とした顔でこちらを見つめ、立ち尽くしている。 「だって、」 　息子が言う。そうして夫の腕からするりと抜け出し、私の脇を通り過ぎて、医者のほうへ駆け寄っていく。元気よく振られる息子の手に、なにかが握られていることに私は気付く。息子の小さ な指に絡みつく、それは最前目の前の医者が息子の額の傷を縫い合わせた縫合糸のはずだ。息子が立ち止まり、医者を見上げる。その表情はこちらからは伺えない。医者は凍りついたような表情で息子を見下ろしている。息子が両手を掲げ、額へ触れて、そうしておそらく、〈開けた〉。 　息子の手によってこじ開けられたその中身を、意志を持ったその行動の先を、医者へ見せたのだろう。医者の目が見開かれ、ああ、と溜息のような声を漏らした。 「開けるな、なんて。そんなふうに言ったら余計に開けたくなるだけって、君なら知ってただろ？」 　だってさあ、この私だよ。 　大人びた口調はたしかに息子の声なのに、目の前の子どもの背中はもう、全然知らない人のようにしか見えなかった。医者がその場に力なく膝をついた。 「……そうだね。そうだったかも」 　そう言って太い眉を下げ、へらりと笑うのが、どうしてこんなにも許せないのかわからない。胸が潰れそうに苦しかった。息子は間違いなくそこにいるのに、我が子にはもう二度と会えないような取り返しのつかない喪失感に、私は立ち上がることすらできないでいる。
August 26, 2025 at 1:36 PM
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#ピ百怪 / 再掲・初出2024.8.9(8.8公開のものを短くしたもの)
羂髙の📍ラジオ
ピンチャンラジオの今夜のおたよりコーナーは夏休みということもあり子どもたちからの素朴な質問を募ったとのこと。ブースのテーブルには子どもらしい手書き文字やおれたちの似顔絵を添えたありがたくも微笑ましいハガキが溢れんばかりに積まれている。西や大きさ、筆跡もさまざまな文字たちに目を落とすと無邪気でかわいらしい大合唱が聞こえるようだった。俺はそれを一枚一枚手に取り読み上げていく。 『首を切ったらしにますか』 『首を切ったらしにますか』 『首を切ったらしにますか』 机いっぱいに広げられたハガキはみな一様にただそれだけを投げかけてくる。 おれは顔を上げる。 目の前の相方は自分の首を押さえるようにして「さあ、いい加減に答えなくちゃ」 と笑っている。
August 13, 2025 at 7:03 AM
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📍は死別した、と思ってた2024年夏に書いた元人魚の羂×3本・みさきさんの人魚再放送にヤッターーー！！なったのと、おつうはんのおまけで押しつけたりしたのが懐かしくて再掲しました　タグ使いまくってすいません
去年出した同人誌とおまけの小さい本を並べ、シルバニアの黒猫の赤ちゃんを添えたもの
August 13, 2025 at 6:46 AM
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元人魚の羂と弔問客の髙・羂髙(2/2)
　ああ、そうなんだよな。俺はずっと会いたかったんだ、お前に。 　そう言うと、羂索は「知ってたよ」と言って微笑んだ。そうだろうなと俺も思う。本当の顔も知らないまま、さよならも言えないまま、その死を悼むことも喪に服すこともできないまま、ただあれっきりずっと離れ離れでいても、羂索はそんな俺を知ってくれている気がしていた。それでも俺は羂索がそう言ってくれたことが嬉しかった。思うことをゆるされたみたいで。あと、もしかしたらこいつもだったかもと思えて。実際どうかは知らないし、教えてもらうことはなさそうだけど。 　それにこうして二人でいると、会いたかった時間さえはじめからなかったことのように感じられてくる。 　夢も現も終わりもはじまりもいっしょくたの虚実の境のない場所に、俺と羂索はずっと一緒にいた気がしている。もしそうならばそれは、俺一人だけの願いで叶えられたものじゃないだろう。そんなさみしいものなんかじゃなかったはずだ。共鳴し、共有し、果てしなく続いていくそこで、羂索はいつも本当の顔で笑っていたから。 　さて、と呟いて羂索が立ち上がる。 　棺の袈裟を払い落として蓋を開け、片足を突っ込もうとしたところで「げっ」と声を上げ「ちょっと髙羽、これその大叔母さんのだったりする？　私入りきらないんだけど」と剣呑な声で文句をつけてきた。あー、背ぇ高いもんねお前。 　さあどうしようかと俺が思案するのをよそに、羂索は仕方ないなあとぶつぶつ言いながら自分の首を取り外すと片腕で抱え持った。そうしてこちらを振り返り、空いた片手をこちらに差し出してくる。俺は呆気にとられてその白い手を無言で見返すしかない。黒ネクタイに黒スーツの、懐かし いその立ち姿。長い黒髪が棺の底にまで届いている。そういや喪服も漫才の正装もあんま変わりないよなあと、俺は今更そんなことに気付く。羂索の腕に抱えられた羂索の首が俺を見上げてにんまり笑い、そうしてあの時と同じ言葉で俺を誘う。 「……おう！」 　俺も正しく同じ答えを返して、そうして当たり前にその手を取った。なんだよお前、ここまでゆるしてくれるんだ？　それはちょっと、知らなかったかも。 　沸き起こる歓喜を噛みしめながら俺は棺の中に一緒に飛び込んで、そうして内側から蓋を引き寄せた。 　※※※ 　ぱたん。と、音を立てて正しく棺は閉じられて、あとは静寂。 　麦茶のグラスが置き去りにされたままの無人の式場にあらたに訪れる弔問客は永遠になく、弔い花だけが記憶の限り馥郁と咲き続けている。
August 13, 2025 at 6:39 AM
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#ピ百怪 / 再掲・初出2024.7.20
元人魚の羂と弔問客の髙・羂髙(1/2)
　夏の真昼だった。炎天下の田舎道を俺は延々と歩き続けている。 　昔のままの踏切を越えると、線路沿いにはのどかな畑地がどこまでも広がっている。遠くからかすかに波音と海の匂いがした。顔を上げているのも困難な眩しさに俯きがちになる視線の先、剥き出しの地面に俺の影が色濃く落ちている。見るともなしにそれを眺めながら手の平で首の汗を雑に拭った。真夏の太陽が首筋にじかに照りつけて眩暈がしそうだった。　 　 　葬式には向かない季節だなと、茹だりそうな頭でそんなことを考える。喪服はあまりにも暑苦しく、死体はすぐにでも傷んでしまう。生きていても死んでいても過酷で、わざわざ選んでこんな時期に葬式をするやつの気がしれない。そもそも死んだのは、正しく送るべきだったのは、こんな季節ではなかったはずなのに。 　それでも今ひらかれたのなら、どうしたって行かねばならない。 　瞬きに弾かれた汗が目蓋から頬へ伝い落ち、足元の影へ吸い込まれていく。それを眺めながら、あとは無心に脚を動かし続けた。 　家に近づくにつれ波音が近くなっていく。海からはむしろ離れたはずと眉を寄せ、俺は顔を上げた。瓦葺に反射する強い日差しに目を細め、古い日本家屋をようよう見上げると二階の窓が大きく開け放たれていて、その奥でまたぱしゃんと大きな水音がした。しばらく目を凝らしていたが、欄干の向こうの薄暗い部屋の様子はここからは何も窺がえない。ただ何か、しっかりと重量のあるものが盛大に水を撥ねる気配だけがしている。 　目蓋を閉じ、日差しに炙られたようになった目をしばらく休めてからまた歩きはじめる。遠い海 風に一瞬だけ汗が引いていく。鯨幕の端がゆったりと持ち上がり、音もなく垂れ下がった。 　※※※ 　ネクタイを締め直し、戸口に手をかけたところで内側から引き戸が開かれる。 「や、よく来たね」 　薄暗い三和土から出迎えた羂索はしばらくこちらをじっと見上げて「汗だくじゃん。暑苦しいなあ」と言ってわざとらしく嫌そうな顔をした。文句が口をついて出そうになるのをこらえ、まずはともかくと「このたびはご愁傷様でした」と頭を下げたら盛大に噴き出された。 「なにそれ、相変わらず真面目だな。ていうか、君がそれを私に言うの？」 　首を傾げた俺に羂索が笑みを少し静かなものにして「君こそつらかっただろう」と言った。 　ご愁傷様でした。 　そう言うと、羂索は半端につっかけていたピンクのサンダルを放るようにして脱ぎ捨て、慣れた足取りで居間へ向かっていった。その背中を追いながら俺はぐるりと首を巡らせる。急ごしらえの葬儀場に人の気配は一切なかった。 「俺だけか」 「そりゃね」 　旧式の冷蔵庫を開けて二人分のグラスに麦茶を入れる。扇風機がゆるく風を掻きまわすだけの室内はそれでもひんやりとしていた。羂索の前に麦茶を置き、向かい合いに座って自分のぶんを一気に飲み干す。羂索は畳の上に直接胡坐をかいて、低いテーブルに頬杖をついてぼんやりとしている。 「そういや二階になんかいた気ぃするけど」 「ああ、それ私」 　むかし人魚だったことがあるって言ったでしょ、暑いからさっきまで上で涼んでた。羂索の返事に俺は曖昧に頷く。そんな話聞いたっけと思いながら、それでも最前見上げた暗い部屋の奥、鱗の鈍く光るのを見たような気がしはじめている。盥の内で大きく水を撥ねさす身の詰まった尾鰭と冷たい鱗。いつかの夏もどこかでそうやって暑さをしのいでいたはずの羂索の千年。……それを思い描きながらも、俺の目はどうしても羂索の背後のほうへ向かってしまう。羂索も気づいたらしい。「気になる？」と言って自分のもたれていた祭壇を振り返った。袈裟の掛けられた棺と部屋中に冷たい芳香を放つ白百合。遺影の顔の部分はひどくぼやけていて判然としない。羂索はいつの間にかいなり寿司をつまんでいる。 「ここって君の実家？」 「いや、ばあちゃんち」 　昔だし、このへんじゃみんな自宅で葬式したんだよな。言いながらああそうだった、と思い出す。ばあちゃんの時も俺はここで麦茶を飲んで、いなり寿司を食べたんだった。甘い油揚げを羂索と同じように口に含んで呑み込んで、葬式ってさ、とあとさき考えずに口を開いて話し始める。羂索は頷いてくれたのだか、ただもぐもぐしているだけなのかわからない顔で、とりあえずは聞いてくれるようだった。 「普段会えない親戚と顔あわせたりするじゃん。たいていは名前思い出すのも苦労するだけなんだけど、ひとりだけは違ってて。ばあちゃんの妹だったかなあ、大叔母さん。面白い人で、俺にも優しくて、好きだったな。だから子どもの頃は親戚が亡くなったりすると、悲しいとかよりおばちゃんに会えるのが嬉しいって思ったりして」 「サイコパスの発想じゃん」 　葬儀場での再会目的で人殺したりする話あったよね。羂索がけらけら放つ不謹慎な冗談に、俺は苦笑いで頷くしかない。人を殺したりはしないけど、でもきっとそういうことなんだろう。これは、この場所は、この時間はきっと、そういうこと。 「なあ羂索。俺も別に、こんなに大袈裟な葬儀じゃなくてもよかったんだけど」 「うん」 「さよならを言いたかったし、悼んで見送ってやりたかったし、会いたかったから」
August 13, 2025 at 6:36 AM
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元人魚の羂と髙・羂髙(2/2)
「いや、そうじゃなくて二十……いや三十秒……」 「は？」 　羂索が声をあげるのに、髙羽が気まずそうな顔をして「急にそんな壮大なこと言われても咄嗟に面白い返し思いつかねえって」と、言い訳をするように言った。というより言い訳そのものだろう。羂索にはそれがわかって、急に力の抜けるような気になった。……なにそれ？ 「あのさあ、これべつに大喜利とかじゃないんだけど」 「それはわかってるけど」 　わかってんのかよ、と羂索は呆れる。確かに髙羽はいたって真剣に、ごくごく真面目に羂索の問いかけに答えを返そうとしている。 「たった一枚きりで一回きりのマジのやつなら、間違いなくお前にウケる願いにしなきゃだろ」 「やっぱり気合いが大喜利のそれだよね」 　でもまあ、そうでなくちゃね。羂索は口にはせずに、ひっそりとそう思う。人魚の鱗一枚 を巡り、かつてはあまたの人々が血を流し、いくつかの国が滅びさえした。それにかけるのがやはりウケたいという願望ならば、髙羽だってそれに命がけになるべきだろう。そもそも命をかけた殺し合いの場で、こともあろうにお笑いでこの自分に向き合おうとした髙羽なのだから。……そう思って羂索はすこしだけ笑い、髙羽の前に差し出していた鱗を自分の手の中にぎゅっと握り込んだ。髙羽がぱちりと瞬くのに、羂索がにっこり微笑む。 「はい、時間切れ」 　※※※ 　夢と現実の間。羂索の呪いの暗い空間を、一頭の人魚が泳いでいる。 　なめらかな額と裸の乳房をむき出しにした人魚は長い黒髪を海藻のように浮遊させ、羂索の間近をぐるりと一周すると、暗い灰色の尾鰭をゆらめかせ音もなく一気に上昇した。墨を流し込んだような黒々とした空間に紫紺色の煌めきが走る。鈍い光の尾を目を細め見上げる羂索を、人魚は高いところから無表情に見下ろした。それから今度はゆるゆると羂索の周囲を遠巻きに巡るようにして、静かに下降していった。 　目を逸らすことなくじっと見つめてくる人魚と相対しながら、それがかつて自分が肉体を奪った相手だということに羂索は気付いていた。人らしい感情の読み取ることのできない、意志の疎通の絶望的な半人半獣のその目。けれどその実人魚はあらゆる海域の言語と歴史と 文化芸術、そして深い哲学をその肉に記憶させていた海の賢者だった。羂索はおかげで海底の世界史にも精通している。 「や、久しぶり」 　人魚は無言のまま羂索を見ているだけだったが、羂索のほうはまるで構わず「あれ、もしかして体のこと怒ってる？　でもあれからすぐに君たちは滅んだんだよ。寿命なんかそうは変わらないんじゃないかなあ。ああそれとも、鱗のこと？　勝手にどこの馬の骨ともわからない人間なんぞに下賜するんじゃないって？　もとは君の鱗だものね」と、のべつまくなしに喋り続けている。人魚は答えない。羂索が片手を広げ、そこに握り込んでいた鱗を人魚のほうへ掲げて見せた。 「でもほら、願いは保留にされたから今のところはまだ、この通り」 　芸人のくせして大喜利に自信がないんだって。そのせいで二度とない願望成就の機会を逃したんだ。仕様のないやつだよねえ。言いながら羂索が指先でそっと鱗を撫でるのに人魚がゆったりと瞬く。印象的な目蓋の動きを見つめて羂索は声を上げて笑った。 　発声や人の言葉を用いないコミュニケーションを交わしてでもいるのか、もしくは一人きりであろうと周囲に死体しかなかろうと嬉々としてお喋りを続けていられる羂索のいつもの独り言なのか、傍で見ている者がもし存在したとしても判別はできなかったであろう。羂索は相手がいようといなかろうと変わらず、いつもそれなりに楽しそうであったから。羂索は 今この時もそれは楽しげに、面白そうに、……けれどかつてないほど嬉しそうに、心底幸福そうに両手を広げてみせる。ばれちゃったか、そうとも嘘だよと、わざとらしく舌を出しながら。 「〈間違いなくウケたい。笑わせたい。笑ってほしい〉……他の何者でもない、ただこの私に」 　羂索がそう言った瞬間、鱗は火花のように弾けた。紫色のごくごく微細なかけらたちが鱗粉のごとくあたり一面へと撒かれていく。百年ぶりに元人魚たる羂索の肌に根付いた鱗は正しく役目を果たし、その身を散らすと、まじないの暗闇を夜明けの色合いに薄明るくしていった。 　きらきら光る髙羽の願いを浴びながら、羂索が哄笑の合間に「髙羽の願いなんかとっくに叶っちゃってるってわけ」と何故か誇らしげに言うのを人魚は相変わらず共感の一切ない目で眺めている。そうしてしばらくすると尾鰭を向け、罅の入ったまじないの果てのほうへ音もなく泳ぎ去っていった。羂索はいつまでも上機嫌のまま、きらきらしながら笑い続けている。
August 13, 2025 at 6:32 AM
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#ピ百怪 / 再掲・初出2024.7.18
元人魚の羂と髙・羂髙(1/2)
　髙羽が羂索の足からそれを剥がしたのはごく当たり前の小さな親切心からだった。羂索のくるぶしにゴミがついている。取ってやろう。それだけのつもりだった。 「痛、」 　羂索が小さく上げた声に髙羽は驚いて、自分の指先の〈ゴミ〉を見つめる。小さく薄っぺらで、触れると切っ先は鋭く硬い。ざらりとした片面の裏はなめらかで、灰がかった暗い乳白色に鈍く紫色の層が差している。端の方にはうっすら血が滲んでいた。羂索は不機嫌そうに「ちょっと、なにすんの」と言いながら自分の足を片手で押さえている。髙羽はぽかんとしながらも「悪い」と謝って、それから「え、ていうか何これ？」と指先のそれをまじまじと見つめた。羂索が目を細め、片方の眉をあげる。まだすこしだけ不満そうで、けれどちょっと面白がってもいるその表情に、髙羽は気付かない。 「髙羽それね、私が人魚だったときの鱗」 　時々、だいたい百年に一度くらい？　名残っていうか、間違って生えてくるんだよね。当然のような顔をして言う羂索に髙羽はまたお得意の創り話だろうと呆れかけ……羂索の踝に滲む血を見て真顔になった。今度こそマジのやつ……？　おそるおそる髙羽が問いかけるのに羂索が噴き出した。そうそう、これはマジ。羂索が頷いて、髙羽の手の中の鱗を指先です い、と抜き取った。 「海で生きるのも悪くないものだよ。今日なんかは特に、魚にうってつけの日だ」 「こんな日？」 「蒸し暑くって死にそうなのに扇風機しかない部屋で過ごすしかない今日みたいな休日のこと」 　それを知っててわざわざうちに押しかけてくるのもグダグダ文句言いながら居座るのもおまえじゃん、と髙羽は言い返しかけ、けれどそれについて髙羽の方は文句がなかったので口にせずに仕舞い込む。代わりに口にした「そんならどっか外行くか？」というもっともな提案に羂索がわざとらしく顔を顰める。 「嫌で～す。足痛いって言ったでしょ」 「ごめんて」 「それよりこれ、どうする？　君にあげようか」 　どうするって、と戸惑う髙羽の眼前に羂索は自分の鱗を差し出してみせる。肉は不老長寿の妙薬、灰は死者を蘇らせ、鱗はどんな願いも叶えるだろう。人魚に捨てる所なし。胡散臭い行商のような口上に髙羽の目がやや呆れたようなものになる。 「そのせいで乱獲されて人魚は絶滅したんだ。そんなことも知らないの？」 　避暑地を求めて私が人魚になったときだってそりゃもう大変だったんだよ、若狭の海で密猟者にうっかり取っ掴まったときはさすがに焦ったね。群れの人魚たちと、それからエイやアオリイカなんかといっしょくたに網にあげられて……羂索が気まぐれから人魚になったいきさつと、その後密猟者の体を手に入れるまでの話を髙羽は「嘘だあ」とふざけて大声をあげながら聞いていて、羂索はそれに「ほんとだってほんとほんと」と大嘘つきの顔でけらけら笑って頷いた。 「肉や灰はともかく私も鱗は欲しかったんだけど、結局手に入れ損ねたんだよね」 「持ってるじゃん」 「人魚には効かないよ。効果があるなら人魚が滅ぶわけないだろうしね。だからこれは元人魚の私にとってもただの老廃物ってだけ」 　そこで言葉を区切ると、羂索はじっと髙羽を見つめて「でも君には違う」と言った。 「どんな望みもたちまち叶う万能の秘薬に、君は何を願う？」 　君はいまや世界を手中におさめたと思っていい。なんでも言ってごらん。……羂索の問い かけを、髙羽はさっきまでの笑いと戸惑いの入り混じった何とも言えない顔つきで聞いている。羂索は「わかってなさそうだなあ」とおかしくなりながら口の中で笑いを噛み殺す。もし髙羽が世界滅亡を願えばこの世は一瞬で燃え尽くされ、富や権力を求めれば髙羽の想像をはるかに超えたあらゆるすべてが髙羽の前に積み上げられるだろう。それは超人の限界を超える。髙羽がウケると確信できないことも髙羽自身も他の誰もまるきり笑えやしないことも、どんな破滅も絶望も地獄も実現する。なぜならこれは、羂索の鱗なのだから。 「それ、いますぐ答えないと駄目？」 　髙羽がぎゅっと眉を寄せて言うのに、羂索はおや、と意外な気持ちで目を瞠る。自分で誘いをかけておきながら、羂索は髙羽がこうも真剣に受け止めるとはまるきり思っていなかった自分に気がついた。与太話として流されるか、もし本気で信じたとしても妙に潔癖なところのある髙羽のこと、願うことなどどうせたかが知れているだろう。お笑いについては自分の力でどうにかするとでも言いそうだよね、と。……それが、この顔。言葉にして口にすることさえ躊躇うような、深く思い悩み、縋るような切実な目で見上げてくるような、そんな願いを髙羽が抱えているなんて羂索は知らなかったし、思いもしなかった。興味を引かれるよりなぜだか不満で、羂索はぐっと低い声で「なにそれ。そんなに言い辛いこと？」と聞き返した。
August 13, 2025 at 6:30 AM
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#ピ百怪 / 再掲・初出2024.7.15
元人魚の羂と八尾比丘尼
人魚として海底で生きるのもそう悪くはない経験だったと羂索は思い返す。 　日の光の一切届かぬ真の暗闇と深海の冷たい水圧。あれをもう一度と願うほどではないにせよ、こうも酷暑の続く年には魚であった数十年の感覚が自然と、心地よさとともに蘇る。 　その夏も大変な暑さだった。 　羂索は知人の比丘尼から聞いていた人魚のことを思い出し、半人半獣であっても〈上半分〉が人であれば自分が乗り移ることも可能なのでは、と思いついたのである。二度目の星漿体同化の阻止に失敗したばかりで、すこしばかりは傷心だったこともある。目的のためには発想の転換が必要であり、自分には気分転換が必要だと羂索は思った。バカンスに行きたい。この鬱陶しい蒸し暑さや蝉の鳴き声から逃れ、静かな水底で涼みながら次の計画をゆったり考えたりしてみたい。 「いいじゃありませんか。人魚は実在しますよ。あなた、なってみればいい」 　比丘尼はけらけらおかしそうに笑って羂索の思いつきを手を叩いて賛成してくれた。入定したばかりのひんやりした洞窟の奥で向き合いながら、羂索はそのとき三十代の女の体を乗っ取っていた。 「人魚の肉を食べたこの私が言うのです。生きた姿で会ったことはなくても、どこかの海にはきっといるはず」 　ああでもあなた、くれぐれも食べられないようにね。 ふざけてそんなことを言う、十代の娘にしかみえない彼女のその目だけが異様なほど老成しているのに羂索は気づいている。彼女と羂索はそう深い付き合いではなく、会うのもこれが数回というところであったが、付き合いの年月だけは長かった。羂索が彼女と初めて会ったのは三百年は前のことだった。 「とりあえず君の生まれ故郷にでも行ってみようかな。そうだ、うまくいったら君に人魚の小指か鱗のお裾分けをしてあげようか。もう八百年生きるか、それとも君の宿願を叶えるか」 「冗談」 　羂索の軽口に比丘尼は嫌そうな顔をして、いまいましげに手を振った。少女の顔をした彼女の、八百年近い人生にほとほと飽いて疲れたその表情。 「さよなら羂索」 「ああ、また」 　そんなふうに別れたものの、結局羂索と彼女はそれきりだった。羂索は持ち前の執念と努力とありあまる時間のために人魚を生け捕りにしその身を乗っ取ることに成功していたが、その身を彼女に分け与えることはなかった。彼女の言う通りそもそもが冗談であったし、人の身に移ってからは海底で練り直した計画を進めることに忙しくて思い出すことすらなかった。羂索がそういえば、とそのときのやりとりをふと思い出したのは陸に戻って百年ばかり経った夏のことで、その頃には人 魚の肉で不老長寿となっていた彼女は鱗を使うこともなく念願かなって死んでいた。 　羂索の術式のこと、人の肉体を転々としながら生き永らえている身の上のこと、もとは人の身でありながら果てない時間を生きるその、ひとたび油断すれば一気に魂の倦み腐っていきそうな感覚について共感しあえた数少ない相手を羂索はその夏失って、けれどそこで心底思い知ることとなった。羂索は思った。ああ私、べつに誰ともわかり合いたいわけではなかったな。 　たったひとりの種族として生きて滅んで、それでなんにも構わない。そこまではっきり意識したことはなかったけれど、どうやら自分はそうであるらしかった。頭に縫い目のある一頭の人魚として海底をゆらめきながら、絶えず感じていた強い違和感の正体にようやく思い至って羂索はすがすがしい気分であった。宇宙のような真っ暗闇な海底に寝そべり考えを巡らすのも、海水温度と水圧の異なる海を立派な尾鰭でゆうゆう上昇し回遊するのも悪くはなかったものの、常に仲間たちと群れて行動し、目の前の光景や水中の響きを共有しあってひとかたまりになって生きるのは、これは、どうやら私の運命ではないらしい。 　陸に負けないほどの楽しさや面白さがないではなかったものの、羂索の夢想はやはり陸の……というよりは陸の上にひしめき合う人間たちの生み出す呪いにこそ投影されるように思われた。羂索はそれについて誰かと共有したいという欲を持たなかった。自分の求める面白さを誰かと笑い合い、同じに楽しむことは己の目的のうちには含まれてはいないらしい。羂索はしみじみとおのれをそう理解した。考えるまでもないことであっても実感のこもった自己分析は貴重だ。羂索はただひとり自分自身だけを楽しませるために生きる。それで正しく充足できる。羂索とはそういう生きものだった。 塞がれた洞窟の前、祀られた比丘尼の碑を眩しげに見上げて羂索は笑っていた。真昼の空は青く高く澄んでいて、明るすぎる太陽が日向のすべてを地を這う生き物ごと容赦なく焼いていた。深海の冷たさを身に宿したままそこに佇む自分だけがあんまり異質で似合わず、いっそ冗談のようで、羂索はそんな自分がおかしくてならなかった。
August 13, 2025 at 6:24 AM
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#ピ百怪
羂をころすモブ（ラベルは原作程度の死に様）
　羂索を殺しました。ナイフで腹を突いたあと、いそいで引き抜いてから、怖くなってまた何度も何度も刺しました。羂索の腹から濡れた管がどっと溢れて、うめいて倒れてぐるんと白目を剥くのを見て、やっと逃げました。羂索はたしかに死んだと思います。わたしが羂索を殺しました。けれど、羂索を憎んで殺したい人間なんかいくらでもいたんです。あのときたまたまわたしにその機会が巡ってきたというだけで、そのはずで、それでもそれはまた、わたしの前に繰り返し差し出されました。 　毒を飲ませました。首を絞めました。包丁で心臓を貫きました。車で撥ね何往復も轢きました。冷凍車に閉じ込め、火をつけ燃やし、ビニール袋を被せて窒息させ、また刺し殺し、セメント漬けにして海に沈め、手足を切り落としヤク漬けにした犬に喰わせました。線路の縁に立つ背中を後ろから押して、電車に粉々にしてもらったこともあります（その日の遅延と遅刻については申し訳なく思います）。 　薬で眠りこんだ羂索を深く掘った穴に埋め、やわらかな土を両手で必死で押し固めながらわたしは無意識に「お願いだから……」と呟いていました。這いつくばり祈るような姿勢でお願い……お願いです……お願いだからもう……と、繰り返し懇願しました。わたしは疲れていて、限界でした。それでも羂索は必ず蘇り、わたしの前に平然と、そして隙だらけで現れ、わたしはそのたび新鮮な恐怖に突き動かされるのでした。 　その日は首を落としました。 　包丁で、二回に分けて、きちんとその頭を切り落として、どうか今度こそこのまま、と祈る気持ちで首を抱えていたら、また、いつものあの声がしました。 「羂索～どこ行った？　出番！」 　羂索の首が、わたしの腕の中でぱちりと目をひらきます。 　大きなピアスをしたその耳を慌ててふさいだけれどもう遅く、床に寝ていたはずの体がむくりと起き上がり、抵抗するわたしのから自分の首をゆうゆう奪いとりました。そうして手探りの両手が、千切れた血管をむき出しにした醜い断面に首を押しつけます。それでおしまい、羂索の復活は完了です。うらみがましい目で見上げるわたしに見向きもせず、羂索は寝違えた人のようにぐるぐる首を回しつつ、きれいに繋がった首にべったりこびりついた血を濡らしたペーパータオルで拭っています。いつもこうでした。羂索を殺す。羂索は死ぬ。苦痛にのたうちまわり、血を流し反吐を撒き散らせながらこと切れる。そうして、髙羽。あのいまいましい相方の髙羽が、羂索を呼ぶ。羂索！　……それで束の間の死刑はおしまい。髙羽に求められ、羂索はあっけなく蘇るのです。 　いつだか線路から飛んできた、爪の潰れて、ピンクの断面をさらしていた羂索の親指ひとつ。 　あれだってわたしは、手の中にきちんと隠しておいたのです。それでも足元に転がっていた羂索のスマホに髙羽からのメッセージ通知が光った瞬間、そいつは指紋のうずまきに沿ってびっし り生やした歯でこちらの手のひらに噛みつき、穴だらけにしました。 　そうしてたまらず振り払ったそのさき、すでに捏ね合され復活しつつあった羂索の体の一部にずるん、と戻ると〈了解サイゼね、またあとで〉と器用に返信をしたのでした。 　羂索の血で汚れた自分の手を見下ろしながら、どうしてこんなことになったのか考えてみましたが、わかりませんでした。 　わたしはもう羂索を殺してきたこと以外なにも思い出せません。どうやって羂索を殺したか、羂索はどんな顔で死んでいったか、どうやって羂索を処理し、隠蔽してきたか。頭の中にあるのはそればかりで、ほかのことはどうがんばっても、そんなものはもともとなかったみたいに思い出すことはできないのでした。 　そもそも〈わたし〉って、なんなんでしょう。もう自分の名前も思い出せません。ただ羂索を殺すためだけに存在しているのかもしれません。そのためだけに生みだされたのかもしれません。でも、誰に？ 　羂索が恐ろしい。殺さなければならない。この嫌悪や恐怖や衝動、強迫観念は、ほんとうは、誰のものだったんでしょうか。わたしは誰のそれを代行しているんでしょうか？　蘇るまえの羂索の苦痛は誰のための罰で、それは誰の罪悪感をいっとき軽減し、羂索をゆるし、羂索の存在を肯定し、求める大義名分として機能しているんでしょうか？ ------------------------------ 「ね、ほんとやばいよねえ」 　頭上から降ってきた羂索のたのしげな声。 　うきうきと、心底おかしがる口調に顔を上げればいつもの人を食ったようないけすかない顔。 　そうしてくたびれきったわたしの肩に軽く手を置き、「じゃお疲れ～」と言って部屋を出ていく背が、どうしても憎い。この憎しみだけはきっとわたし自身のもの、と信じようとするも難しく、そもそもそんなものを抱えていたいわけでもありませんでした。逃げ出したくて、解放されたい。それでも耐え難い憎悪と恐怖がわたしを満たして、それによってのみわたしは息をし、立ち上がれるようでした。 　誰かの罪の意識が完全に消えるまで、わたしはまた、羂索を殺します。
July 27, 2025 at 4:18 AM
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#ピ百怪
どっかにまだ残ってる243話の📍
「終わりたくねぇよ」「泣くな白けちまうだろ」 　こうして夢の舞台は閉じられた。 「どうもピンチャンです」「よろしくお願いしまーす」 　とうの昔に閉じられた〈夢の舞台〉はけれど、 「水曜ひま？」「どうもピンチャンです」 　閉じたまま繰り返され、 「星２．１」「とりあえず雉はクビだな」「行くぜ相方」 　声は反響し続ける。 「長生きしろよ」「せめて雑種」「どうもピンチャンです」「引っ越しの手伝いだった」夢の舞台の中で音はどこへ出ていくこともなく「ウンコ爆撃最強ォー！！」「どうもピンチャンです」「いくぜ相方」「そっかラブラドールか」反射に反射を重ね「勝手に始めんな」「どうもピンチャンです」「どうもピンチャンです」「どうもピンチャンです」「よろしくお願いしまーす」「終わりたくねぇよ」ただただ増殖していく。 　残響で満ち満ちていく舞台の中心には男がふたり。 　舞台の創造者とその相方は、機械仕掛けのように同じことを繰り返し続けている。 「いくぜ相方」「おう」「どうもピンチャンです」 　みずから生み出し、密閉保存し、そのくせいまだなにも知らずにいる創造者は「引っ越しの手伝いだった」「お世話になってまーす」「どうもピンチャンです」この繰り返しのなか飽きることもなくいつまでもご機嫌だ。 「水曜ひま？」「どうもピンチャンです」一方、すべてを理解しながら舞台に巻き込まれたきりの相方といえば「よろしくお願いしまーす」「どうもピンチャンです」「終わりたくねぇよ」「…………まだ？」 　吐き出されたのは夢の舞台にふさわしくない、疲れた声。 　けれどそれは何重にも重ねられた「ウンコ爆撃最強ォー！！」の反響にかき消され、諦念の溜息含め隣の神にもどこにも届くことはない。夢の舞台はいまなお続き、終わることはない。
July 21, 2025 at 1:54 PM
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#ピ百怪
芸人時空のモブと📍気持ち羂髙・ラベルは原作程度(2/2)
雑音の奥から聴き馴染んだ声が流れ出す。 〈サブスクのタダ乗りはさあ、まあいいよ。いやよくねえけど！　ここだけの話ね、すんません。でも財布全然持ち歩かないのはないだろ〉 〈全然てことはないでしょせいぜい九分九厘てとこだよ〉 〈九分九厘は全然だろ、てか九分九厘ておじいちゃんかよ〉 〈タダ乗りはいいんだ〉 〈おじいちゃんはいいのかよ。だって同じドラマの話できるのは嬉しいじゃん〉 　ゆっくりと沈んでいく車から聞こえる平和なトーク。ラジオだと内輪ネタが多いらしい。独りよがりならぬコンビよがりな雑談を、死んだはずの相方と延々続ける男の声。昔と変わらずボケとの境目がまるでなくて真意の汲めない、だけどファンだからすこしはわかる。楽しくって機嫌のいいときの羂索の声のトーン。 　 　終わらないラジオに耳を澄ますあいだもどんどん傾いでいく車から、なにか小さく丸っこいものがころころと転がり落ちてくる。ダッシュボードの上に飾られていたらしい、古びて汚れた二つのその塊には見覚えがある。ああほんと、懐かしいな。二頭身の体にきちんと黒スーツを着せられたピンチャンのぬいぐるみ。歪んだ口と丸い目、額の縫い目。コンビだか らっていつもセットで持ち歩いていた。昼休憩にスマホを握りしめて、必死になって予約したんだよ。あなたもそうだった？ 〈でもさあ配信もラジオもいいけどやっぱ劇場が一番だよな。ウケてる客の顔は生のリアタイで見たいじゃん〉 〈ラジオでそれ言っちゃうんだ〉 　ふは、と思わず笑えば喉奥から血が溢れて息ができなくなる。内臓がぜんぶ流れ出していくような感じがして、真夏なのにとても寒かった。もう指先ひとつ動かせない。 〈でもいいよ。君がそう言うなら、そうしよう〉 　車はすでに岸から離れ、開かれた窓やドアから水が流れこみ車体は大きく傾いでいく。 　車内から溢れた気泡が水面を大きく沸き立たせ、車はついに沈みきって見えなくなった。……けれど、最後と思われた気泡は不思議といつまでも消えず、水面に弾けるあぶくはむしろ次第に増えていく。澱んだ貯水池の岸から沖まで、水面の端から端までぶくぶくと湧いては弾けるその泡沫は満員御礼の客席の笑い声のようだった。であればさっきの彼女も、それから自分も、水底のその席にこれから案内されるのかもしれない。 〈最後までありがとう、おやすみなさい！　お相手はピンチャンでした！〉 〈これからも私たちをどうぞよろしく〉 　届くはずのない声が耳元にはっきりと響いて、あとは静寂。もう星も見えず虫の音もだれの笑い声も聞こえなかった。 　世界の終わりみたいに真っ暗で静かで全部が閉じていく。それでも、あの二人だけはこれからもきっと、ずっと終わらず続くんだろう。そう思うと、どうしても嬉しくておかしくて、笑うのを止められなかった。
July 17, 2025 at 8:04 PM
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#ピ百怪
芸人時空のモブと📍気持ち羂髙・ラベルは原作程度(1/2)
　映画に影響されてリサイクルショップでラジオを買ってきた。普段手にしているスマホに比べると限られた用途のわりに重いし嵩張るし、スイッチなんかもバカでかくてレトロなオモチャみたいだ。それでも電池を入れてスイッチを押したらちゃんと人の声が聞こえる。周波数のダイヤルを回すと、指先の動きに合わせてＤＪの声や流行りの曲、明日の天気予報なんかがどんどん切り替わり、鮮明になったり遠ざかったりする。砂嵐の雑音の中に消えていく気象予報士の声と入れ替わりに、遠い電波を受信するのか外国のニュースや知らない言語のＣＭソングなんかが一瞬聞こえて、また遠くなる。だんだん面白くなってきてダイヤルをぐるぐる弄くるうち、その声が聞こえた。 〈……ザザ……ど……ザ……ピンチとチャンスで……〉 　えっ、と思わず声をあげ、手の中のラジオを取り落としそうになる。聞こえたのは大昔に解散したはずの芸人の声だった。慌ててダイヤルを戻す。勢いよく回していたのを今度は慎重に、そっと、激しい砂嵐の中にその声を探そうとするも、懐かしいその声はどこにも見つけられない。がっかりして肩を落とすもまだ諦められず、映画の見様見真似でアンテナを伸ばし、窓のほうへ向けてそろそろと動かしてみる。 〈……そ……じゃねえから！　髙羽と羂索ね〉 聞こえた！　 　荒い砂嵐からぽんと飛び出て聞こえたのは、やはり間違いなく、昔好きだった漫才コンビの片割、髙羽のツッコミだった。 〈今夜もはじまりましたラジオピンチャ……提供は……〉 〈ザー……今夜もよろ……く……ます～！……〉 　雑音は収まったかと思えば急に大きくなったりして、そのたび二人の会話は聞き取れなくなる。電波が安定しないらしい。もどかしさに立ち上がり、ラジオを抱えて部屋をうろうろするもかえって声は遠くなっていき、ついには砂嵐の中に沈み切ってしまう。たまらず上着を羽織って部屋の外へ飛び出した。 　ひとけもなければ街灯もほとんどない、真っ暗な田舎道にひとりラジオを手に立ち尽くし、金属のアンテナをひらけた星空に向ける。ザーザー虚しい砂嵐も、それを覆いつくさんばかりにわめく虫の声もどちらも苛立たしい。あてもなく一歩足を踏み出した瞬間、 〈それで昨日みたやつのタイトルだけわかんなくてさあ、吉沢亮みたいな感じの〉 〈みたいなって何だよ。映画？　今だと銭湯と歌舞伎の二択あるけど〉 　突然波の引いていくように遠ざかった雑音の向こうから、求めていた懐かしくゆるい会話が聞こえてきた。 〈じゃなくて最近王騎のお祭りあったじゃん〉 〈あーキングダム、面白いよね〉 〈そうそれ、ゾンビと戦うチュジフンが痛快で〉 〈お前また俺のアカウントでネットフリックスみてるだろ。吉沢亮出てねえよ〉 　……あー、そうそう、これこれ。こうだった。あの二人、ラジオなんてやってたんだ。 　にやにやしながらラジオを抱え持つ手にぎゅっと力を込める。そうして上着をかけ直し、また一歩、二歩、より雑音の取り除かれ、より声の鮮明に聞こえるほうへアンテナを向けて歩き出す。二人の声の調子、その温度、その表情を思い描けるくらいしっかり聞き取りたくて声のほうへ、大好きだったあの二人により近いほうへだんだん速度をあげて、しまいには走りだしながら向かっていく。笑いながら息を切らしながら、めちゃめちゃに走り続けながら、それでもどっかで違和感は感じていて、でもおかしいくらいにおかしくて夢中で、ああそうだ、そういえば、と気がついたのは郵便局の角から一時停止もなく突っ込んできた自動車に真横から跳ね飛ばされてようやくだった。体が宙に浮く。星が近い。ラジオからどっと溢れる明るい笑い声。 そういえば。 　そういえば……髙羽って、とっくに死んだんじゃなかったっけ？ 　激しく地面に叩きつけられたあとも車は止まることも速度を緩めることもなく、こちらの片足をタイヤに巻き込んだまま細い通りの端まで容赦なく引きずっていく。悲鳴をあげることもできなかった。皮膚が削り取られていくおぞましい感覚が走るも一瞬のことで、すぐにもっと広大で凄まじい痛みでなにもわからなくなる。全身から聞いたことのない音が聞こえて、それからしばらくして、とても静かになる。いつのまにか虫の鳴き声が戻ってきていた。 　……髙羽が事故で急死して、そのあとすぐ羂索も失踪して、それでピンチャンって、実質解散みたいになったんじゃなかったっけ？ 　血と草いきれと澱んだ水の匂い。湿った雑草に体を埋もれさせながらゆっくりと瞬くと、自分の脚らしき肉の塊や粉々に砕けたラジオの残骸が地面いっぱいに散乱し、その向こうでバンパーの潰れた車が煙を吐きながら農業用貯水池に傾いていくのが見えた。開かれた運転席のドアからは爪の割れた白い腕が投げ出され、硬直した脚は今なおアクセルを踏み続けているらしい。エアバックに沈み込んだ顔に長い髪が絡みつき、束になった毛先から血が滴っていた。そしてその無言の運転席の奥、カーステレオの液晶がチカチカ光り、ザザ、と短い
July 17, 2025 at 8:02 PM
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ファミレスの📍がファイトクラブの話をする話をpixivにあげたけどあまりにうまくないし気に入らない(うまくなくても自分だけは好きなものもあるはある)のでフィンチャー特集だけみてってください
羂索「腫瘍ができたら天元と名付けよう」 羂で見たい映画仕草タグでのファイトクラブの羂索 洗面所。鏡の前で髭をあたる羂の隣でンターマンの衣装着るために乳首まわりの毛を剃っている高。 「これで乳首剃り落としたら労災になるかな？」と真面目な顔で訊かれて爆笑する絹。 羂で見たい映画仕草タグのセブンでの羂索 「俺がお前と相方にはなっても恋人になることを拒んでいるのはお前が千歳超えの呪詛師でデスゲームの主催者だからだと思ってるだろ？そうじゃない。お前の性格が最低だからだ」って高に振られ、腹いせにSNSに悪口を書き込みクソアプリを開発する羂 羂で見たい映画仕草のソーシャルネットワークの羂索 予測しろ。即興はよせ。対価に見合う戦いにだけ挑め...と暗殺者の心得を殺しのパートナーである高に説く羂。拷問の最中も「9号サイズの釘を3本打ち込んだ。中年で非喫煙者、体重は約80キロ...6～7分はもつね」と余裕の表情で話すも情報を吐く前に速攻死んでしまい、高に頭はたかれる。 羂で見たい映画仕草のザ・キラーの羂索
March 10, 2025 at 4:27 AM
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（8/8）
龍之介にとって男は生まれた初めて出会えた同好の士で、共犯者で、どれだけ手放しで褒めても足りないくらいの、尊敬してやまない殺人の師であり、明らかに異世界の、同じ時代に生きてすらもいないにも関わらず唯一言語を同じくとする同郷の存在だった。男は龍之介の話に言葉に「わかります」と頷き、「あなたは正しい」と言ってくれた、初めてで唯一の存在だった。だから、おれはあそこでわんわん泣いちゃってる可哀想なあの人が、青髭の旦那のことが、本当に大好きだなと龍之介はしみじみと思った。とらねこみたいに置いていかれたりしたらとても寂しい。そんなの考えただけで泣いてしまいそうだ。龍之介にとっては青髭こそが白いねこだった。 　けれどそれは、龍之介が偶然男を呼び出したからそう思うだけで、きっとおれなら誰だって同じように感じただろう、と龍之介は思っている。男が聖処女と呼んで憚らないあの子であろうと、男が恨みごとを言ってこき下ろす泣き黒子の美丈夫であろうと、もしくは暗躍するたくさんの影たち、力強く豪快な王様、言葉を奪われた甲冑の幽霊、その誰であってもおれはきっと心から愛した、と龍之介は思う。叶うのならばあらゆる「もしも」を試したい。誰と出会っても、その誰かが青髭のように自分を認めてはくれなくても、他の全員が自分を否定し、拒絶し忌み嫌ったとしてもおれはその相手を愛せる。何故ならそこにあらわれるはずの感情、出会って起こる事象のすべてをおれは美しいと思うし、楽しいから。それならば、楽しさと幸福が確実なものとして約束されているのならば、すべてを試してすべてを生きてそのすべての死を知りたいと思うのは当然のことだった。 　それでも今回は、本当にものすっごい大当たりだった、とは認めている。なんとなく呼び出して、たまたま来てくれたのが旦那でほんとにラッキーで、旦那っぽく言うなら僥倖ってヤツ、と龍之介は目を細め、それからふらりと立ち上がると「どしたの旦那ぁ～今度はなにが悲しいの？」と言い ながら、涙を落とし続ける男のほうへ大きな歩幅で、弾むように近づいていった。 　※※※ 　大事に作ってきたものも、大切で楽しい場所も全部壊されてしまった。 　龍之介は瓦礫に腰かけたまま小さく鼻をすすって、憩いの場だった地下貯水槽の天井を見上げた。そこも大きく破壊されていて、鉄骨が剥きだしになったコンクリートの間からは広々と暮れかかる空が見えている。生ぬるい風が吹き込むと、たくさん泣いてしまったせいで濡れたままの頬がひりひりした。リュウノスケ、と呼ばれたほうへ顔を向けると、青髭が瓦礫の上でにこやかに微笑んでこちらを見つめている。龍之介にとっての白いねこ、最上のパートナー、共犯者で同好の士、殺人の師で、慟哭の深いあまりに気が触れて、ひとの話はあんまり聞いていられない、そうかと思えば龍之介の話に真摯に耳を傾けて感激し、笑ってくれて、大袈裟すぎるほど褒め称えて、そうして今は晴れやかに笑っている盟友が、今こそあなたのために、と言ってこちらに手を差し伸べている。 　さあもう行きましょうと誘う声はこれまでにないほど楽しげだった。龍之介は嬉しかった。旦那がおれの言葉を聞いてくれて、喜んでくれて、それで彼があんなふうに笑えるのならこんなに嬉しいことってない、と思った。 　とらねこと違って、龍之介は１００万回生きるのなら１００万回とも楽しく生きて、１００万匹の白いねことそれぞれ出会うことが出来ると思っている。いつだって満喫しきって生きられるはずの１００万回を全部経験したいと思いながら、けれど自分がとらねこではないことも龍之介には当 然わかっていた。持っているのは今あるこの命ひとつきり。１００万回以上の死を願っても、死んで目を閉じたら絵本の終わりのように、きっともう二度と目を覚ますことはない。その時の自分に、目蓋や眼球が残されていたならの話だが、と。 　龍之介は自分に訪れるのが老衰なんかじゃないだろうことだけはわかっていた。なにしろおれは、一応この冬木の地においては、悪魔らしいから。きっとそりゃもう残酷に、えげつなく、ぐっちゃぐちゃのどろどろにブチ殺されるだろう。それを思って龍之介はうふふ、と含み笑いをし、それでもそんな、自分に予想できてしまうような死に方ひとつきりならちょっと残念だなぁとも思っている。１００万分の１ならいいけれど、これひとつだけならばと、自分の手元にあるひとつきりの命についてまた思いを巡らせた。残りどれくらい残っているかもわからない時間と、どこかで何かを変えていたら、違っていたかもしれない、もっと引き延ばせて、もっと楽しめていたかもしれない１００万通りの人生と死について。 　それからにっこり笑うとまっすぐに立ち上がり、脚のほこりを払って大きく瓦礫を飛び越えていった。一歩、二歩、三歩目でどん、と勢いよく青髭の腰に抱きつき、差し伸べられた腕をとる。一瞬驚いた顔をした青髭はすぐに声をあげて笑い出し、龍之介の手を握り締め、踊るように強く引いた。瓦礫の上でふたりふざけて縺れ合いながら、龍之介は自分が少しも後悔していないのを不思議に思っていた。まだまだ知らないこと、知りたいことだらけなのに。知ることの叶わなかったこれじゃない可能性を惜しいと思う。本当は１００万回じゃきかないくらい知りたくてやりたいことだらけで、１００万回と言わず、もっと時間があればきっともっともっと楽しいこともあるに違い ないと、その確信は揺らがないのに。 　おっかしいよなぁ、と思いながら、それでも豹に憧れるりっぱなとらねこは白いねこと手に手を取り合って、１００万年ぶんくらい満たされた気持ちで、ひとつも迷わず死にに行った。
February 22, 2025 at 2:54 PM
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猫の日キャス龍えほんパロ・昔の再掲（4/8）
龍之介は冷たい工房の床に座り込んで絵本を読んでいた。さらってきた子どもの鞄から飛び出していたそれは幼いころに龍之介が姉に何度も読んでもらっていたもので、龍之介は懐かしさからいっぺんにその子を大好きになり、本棚にしてあげようと決めた。 　からだの小さなその子ではまるで材料が足りず、脆い骨はほろほろと崩れて龍之介は無力感に打ちひしがれたもののすぐに気を取り直し、剥がした皮をきれいに滑してブックカバーを作り、これには成功した。継ぎ接ぎだらけの、古い地図のような手触りのそれを絵本に重ね、龍之介はにこにこと上機嫌に微笑みながら絵本を朗読しはじめた。同室でセーハイ戦争とやらの動向に集中している青髭の邪魔をしないよう小さな声で、１００万年も死なない猫がいました……と、今も実家の蔵の奥でひんやり朽ち続けているはずの、姉の声を思い出しながら。 　１００万回も死んで、１００万回も生きたのです。 　りっぱなとらねこでした。 　龍之介はうっとりした声で「１００万回も死んで……！」と繰り返した。それってなんてすごい、楽しい、愉快なことだろう。龍之介はこのお話が大好きだった。水死に窒息死に老衰、犬に噛み殺され、戦争の矢に当たって死に、舞台の上で真っ二つに切断される。わからないから怖くて堪らない「死」を、このお話の中では何度も経験して、知ることが出来るのだ。そんなことが本当にできたなら、きっと自分だってこのとらねこのように怖いことなんかなんにもなくなり、落ち着き払ってＣＯＯＬに生きていけるに違いない。 　ページをめくるたびにあらわれる「死」は寓意として表現されただけの偽物ではあったけれど、 その多種多様さに龍之介は夢中になった。幼い龍之介は猫が野良猫になってしまう前に興奮しきって疲れ果て、目蓋を重たくさせてしまっていたので、その先に見る夢の中ではいつも自分こそが「りっぱなとらねこ」になり、お話では描かれなかった残りの死を堪能するのが常だった。なにしろ１００万回だ。いつか数えようとして諦めた砂利の数の１００倍、子どもの龍之介がどれだけ想像を巡らせてもとても追いつかない。夢の中で龍之介は高いところから飛び降り、何日も飲み食いせず、車の前に飛び出して、火を入れたオーブンの中に入ったり、ドライバーを臍に突き入れたりした。成長するにつれ、目覚めている間もそれについて思いを巡らすことの増えた龍之介は、人知れずそういったたぐいの、血腥く色鮮やかな想像の花をひとり際限なく大きく開かせつつあった。もう姉に絵本を読んでもらうこともなくなっていたから、とらねこになる夢とも疎遠になっていた。 　それでも結構覚えているもんだな、と龍之介は軽い驚きを覚えつつ、ぱらぱらとページをめくっては余白の端々に血のついた細い指で赤い指紋を増やしていった。王様も、泥棒も、マジシャンも小さな女の子も、みんなみんな懐かしい友人のように感じられる。１００万回生きた猫を誰しもが可愛がり、対してとらねこ自身はその誰ひとりとして少しも好きになることはなく退屈しきって生きるところには姉を手にかける前の自分を思い出し、アハハと声を上げて笑うと、ふてぶてしい猫の顔に親愛と共感の気持ちで触れた。おれみてぇ、と撫でられた猫の緑色の目が、赤茶色く汚れた。 　 　それから龍之介は、猫が野良猫になったところで絵本を閉じた。ここからあとはちょっと退屈でつまらなくなってしまうので、あんまり興味がない。１００万回生きたとらねこは白いねこに恋をして、愛を知り、たくさんの子ねこに囲まれて幸せに生きる。白いねこが死んだら大泣きして、自分も死んで、それから二度と生き返ることはない。 なんかこれって、なんていうか、ちょっとヘンキョーな価値観のお話だよねぇと、絵本にかけた死んだ子どもの肌に話しかけるように呟きながら、龍之介はごろんと床に寝転んだ。絵本を枕のように顔の下に敷き、ブックカバーをさらさらと撫でながら、あんな終わりかたじゃ、それまでの猫が生きてきた時間全部が間違いで、なかったことにされてるみたいじゃん、と思った。誰も愛さなかったから間違いで、そんなのは生きたことにならないから、終わりさえなかったことにされてまたやり直し。それをひたすら１００万回。誰を愛そうと、誰ひとり愛さなかろうと、それに間違いなんてあろうはずがないのに。どんな生だろうと龍之介にとっては等しく面白さの可能性を秘めたびっくり箱だった。そのすべてを開いてまわりたいと龍之介は思っていて、そこに見出す愉快さ美しさだけを信じている。だからこそ、そんな楽しげで綺麗なもので満ち満ちるこの世に観客がいないはずがなく、つまりはそれらを愛し、面白おかしく見ている神のような存在も、この世がそいつの悪質な愛情に満ち満ちていることも、龍之介はひとつも疑いはしないのだった。 　だから、おれがとらねこなら。 　と、龍之介は寝転がるうち重たくなってきた目蓋をとろとろ閉じかけながら、もし、もしも、と昔のように想像する。 　おれはきっと、誰しもを愛するだろう。王様も、泥棒も、老女も少女も、魔術師も。きっと誰と生きたって、おれはその相手こそ最上のパートナーだと思いなして歓迎し、そのときの自分の人生を最上のものと信じて、満足し切って死ぬだろう。おれがおれである限り、それが記念すべき第一回目の生だろうと五十三万回目だろうと、こんなに騒々しいパーティに参加できたことを幸福に思 わないはずがないだろう。そのとき出会う存在がみんな、そのときのおれの白いねこになる。失ったのなら声を枯らして泣いて悔やんで、けれど泣き疲れて死んでしまった暁にはまた生きたい。また生き返って、前のとは別の、それでもそのときのおれにとっての白いねことまた新しく出会いたい。この世界のほうが先に音を上げるまで、ただもうずっとずっと生きて生きて生き続けて同じだけ死にまくりたい……ほとんど夢うつつにそんなことを思う龍之介の耳に、何かが割れる音と男の悲鳴のような怒声、硬直した肉がバラバラ崩れていく音が届き、（おれの作ったサイドテーブルじゃありませんように）と思いながら、龍之介はぱっちりと目を開いた。 　身を起こせば、龍之介の今生における白いねこであるところの青髭の旦那が、髪を掻き毟ってなにかを嘆いている。いつものことだった。 　龍之介は自分の手の甲に浮き出た洒落た刺青のような紋様と魔法の腕輪を眺め、大きく伸びをし欠伸をしてから、のんびりと頬杖をつき、自分が呼び出した悪魔をつくづくと眺めた。悪魔にしては人らしいが、土気色の肌も奇妙な服装もホラー映画に出てくる怪物のような、猫背でやせぎすの大男。ぎょろりと飛び出た斜視の眼球も興奮して叫ぶ言葉も全部完全に狂っていて、そのくせ都合の悪いことは黙っているから龍之介はマスターのくせに聖杯についても令呪についてもなんにも知らず、実を言えばちょっとだけは除け者気分で、あとおれの話はあんま聞いてないよね、とはいつも思っている。不満に思う瞬間が一切ない訳ではなかったし、青髭が暴れたせいで珍しくうまくいっていたサイドテーブルはばらばらの肉の残骸となり果てていたけれど、それでも龍之介はひとり、うん、と頷く。そんでも全然、俺は旦那が好きだな。
February 22, 2025 at 2:52 PM
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（8/8）
海面まで引き上げたりもした。あるいは羂索が中毒を起こした診療所の門前薬局で薬剤師をしていた髙羽が、専門外ながらもその小さな口に指を入れ、毒を吐き出させようと必死になったこともあった。もしくは血族争いの末に猫の消えた町の銀行員、母なし仔猫のあふれる港の女学生として、髙羽は何度も死に際の羂索に出会い、短い再会と別れに胸を痛め、誰からも惜しまれることのない羂索の死をただひとり心から悲しみ、羂索のために涙を落としていた。 　羂索もまた、繰り返す死の淵で必ず再会するかつての敵であり最初で最後の相方に見送られながら、いつだって死の瞬間にしか相手を思い出せないことを、やっと見つけたばかりでもう別れなければならないことを、その小さな心臓が破れて血の流れるのを感じるほどに憤り、悔やんでいた。 　生と死を無限に繰り返す奇妙な運命において、羂索は自分はそれなりにうまくやれているし、楽しんで生きてこれている、と思っていた。これは罰などではないと、そう信じようとしていた。けれど違うのだ。これは紛れもなく自分に科せられた罰なのだと、健やかに転生を繰り返す髙羽と再会するたび羂索はそれを思い知る。 　おそらくは最初のただ一度だけだった。 　わずかばかりとはいえふたりが共に過ごし……現実にはたかだか数十分のことであろうと、ふたりにとっては互いに一生分ほどの時間を共有したと感じられたのは、あの最初の出会いだけのことだったはずだ。 　目が回るほどに楽しくて、満たされて、それでもなお〈もっと〉を求めた。そんなのが許されないことくらい、こんなふうにいちいち思い知らせなくともわかっていると羂索は髙羽の腕の中で不 貞腐れ、八つ当たりで爪を立てる。神の陰湿さに比べれば私の千年なんてかわいいものではないか。髙羽は腕の痛みに悲鳴や文句を漏らしながらも羂索を抱きかかえたまま、その背や三角の耳や狭い額を、わずかな逢瀬を惜しむように撫で続けていた。 「また会えて嬉しいけど、会うとすぐさよならなんだよな」 　せめて忘れたくない、と髙羽が言う。 　ずっと寂しいのも、どうしたって物足りないのも、結局は変わらなくても、訳も分からないままそんなふうでいるより、お前が、ただ羂索が足りないんだってわかってたほうが、まだいいな。髙羽の目から涙がひとつ落ちて、羂索の鼻先を濡らす。 　 　羂索のために寂しいって思っていたい。それならまだ我慢できる。 　ほたほた降ってくる涙を羂索はじっと受け止め、それから髙羽の腕から身を伸ばすと、塩辛く濡れた唇を甘く噛んだ。本当はそんなことをするんじゃなく、そうだね、と言ってやりたかった。私も同じだよと髙羽に伝わる言葉でそう伝えて、撫でてもらうんじゃなく撫でてやりたかった。きっと髙羽はよろこぶだろうから。 　 　それでもそれは叶わない。羂索は猫で、髙羽は人で、それはこれから互いに何度死と転生を繰り返そうと変わらない。変えられないのなら、羂索はもういっそ反省し、改心してしまおうかと考えた。神にでもなんにでも地に額を擦りつけ許しを請い、それで変えられるものならいくらだって、かつての髙羽にも負けない美しい土下座を見せてやると挑戦的なことを思ったが、どうしたって自分のしてきたことへの罪悪感なんかはひとつも浮かんでこなかった。どうしたものかと途方に暮れ る羂索に気付かぬまま、髙羽がよいしょと羂索を抱え直す。そうして真正面から向き合うと、まだ涙で濡れながらも決意に満ちた目で羂索をまっすぐに見つめた。 「羂索。だから俺、次はお前と同じ猫に生まれてくる」 　 　なんでだよ。そうじゃないだろ。 　と、思わず口にするも、羂索のそのツッコミはにゃおんという可愛らしい鳴き声にしかならず、またその直後にいつだか羂索が実験体としていたぶった魂の生まれ変わりがカラスとなって羂索に襲い掛かり、すかさず応戦するも最初の一撃が致命傷となり髙羽の腕の中で絶命したため、羂索のそうじゃないだろ、はまるきり伝わらないままふたりはまた死に別れたのだった。 　※※※ 「髙羽さあ、あのさあ～……っ」 「え、なんで？　だめだった？」 　さて〈次〉である。 　髙羽の宣言通りふたりは猫と猫として、正確にはごく一般的なトラ猫と、百万回死んで百万回生きる化け黒猫として再会を果たした。 　羂索はこの状況に呆れ返っていたが、髙羽は自分が無自覚に行使した遠い昔の術式の結果にそれ なりに満足していて、それだけに羂索の文句に以前と変わらぬ丸い目をさらに丸くし、縞模様の尻尾をやや落ち着かなさげにゆらゆらさせていた。 「なんなのこれ。君は私とお笑いがしたいんじゃなかったわけ」 「いや、まあそれは勿論そうなんだけど」 　羂索の剣幕に髙羽はやや怯みながらも「お笑いもだけど俺、その前に羂索ともっと話がしたくって」と、迷いのない声でそう言った。 　髙羽のその返事に羂索は溜息をつき、けれどもう、それ以上文句はつけなかった。それは間違いではないし、髙羽のひとりよがりの願いでもない。なにより髙羽の術式の名残で叶うものがあり、そもそもこれまでだって神の悪意に対抗し得る髙羽の力によってふたりの再会が果たされていたのであれば、この次やそのまた次だって期待できそうで、であれば一度くらい、人のしがらみから離れた場所でいやというほど話し尽くすのも悪くはないだろう。 　羂索は内心のわくわくを口の中で噛み殺し、猫ながら憮然とした表情を保って「まあ、もうなっちゃったものは仕方がないしね。だけど次こそ最初の続きだよ」と念押しした。 「スーツで漫才にせよコスプレでコントにせよ、ふたり二本脚で舞台立てるようにしてよね」 「任せとけ相方！」 　こうして今生では四つ足の毛むくじゃら二匹は絡まり合うようにくっついて、にゃあにゃあ尽きぬお喋りを続けながら離れも別れも忘れもせずに、ずっと一緒に生きている。
February 22, 2025 at 2:38 PM
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猫の日羂髙えほんパロ・再々々々くらい再掲のやつ（4/8）
　百万回死んで百万回生きる猫として生まれた羂索は、自分の死の回数が二桁にさしかかるより前に輪廻転生のおおよそを理解した。賢しい黒猫であった。 　 　周囲の生きものたちが死後魂の気配はそのままに姿かたちを変え、また新たに生まれていることを、ただひとり転生ではなく蘇生を繰り返す時間の中で学んだのである。自分だけが世の理から外れていることについては不思議にこそ思えどその孤独を嘆くようなことはなく、なかなか都合のいいバグだとただ歓迎していた。試したいことやそのアイディアを尽きぬほど抱える羂索にしてみれば、死によってこれまでの学びや経験を失ってやり直すだなんてあまりに非効率的なこととしか思えなかったのである。 　他のどんな生きものたちともその生き方や時間を共有することなく、羂索はいつまでも繰り返し繰り返し羂索としてのみ生き続けた。それがどれだけ道理から外れていようと羂索にとってはそれしかなかったし、また自分の性にもあっているようだ、とも思っていた。そんなふうにして、羂索は百万回生きる黒猫としての生をそれなりに謳歌していた。 　羂索は輪廻転生を理解するためにさまざまな仮説を立て、それを検証し、法則を見つけ出していったが、それは輪廻の枠組みから外れ無限に生きる自分のような存在に託された責務だと考えていたため……とかでは全くなく、ただただ自身の興味と知的好奇心、つまりは〈面白そう〉というそのわくわくによるもので、その実験の一環として自分の腹におさめた鼠の魂の気配を死後も辿り、同じ魂をもった猫を見つけて番って喰い殺したあと、今度は人の子に転生していたそいつを愛くるしい仕草で岸へ誘い込んで溺れ死にさせたりしていた。 　羂索は面白さの追求のためには手段を選ばなかったし、はなから選ぶ気もなかった。百万回の生 死を繰り返すうちに生じた狂気や歪みなどではなく、羂索は生まれ落ちたその瞬間、実をいえばそれよりずっと前からそうした性根・性質・倫理観を持った元来の悪の化身、あらゆる不幸の元凶といってなんらさしつかえない、面白第一主義の黒き化け猫なのだった。 　黒猫の羂索が戦争好きの王の猫であったとき、羂索は戦場の流れ矢に貫かれて死んだ。船乗りの猫であったときは漁の最中海に沈み、村唯一の診療所の猫だったときには患者の取りこぼした劇薬の粉の飛んだ水を飲んで中毒死した。またときには、野良猫の生きかたを選ぶこともあった。 　羂索はある町ではボス猫を献身的に支える弟猫に近づき、実兄への劣等感と嫉妬心を巧みに刺激して兄弟間の確執と争いを煽り、クーデターを唆して新ボスに祭り上げると、途端に興味を失って、無力な傀儡の王を放ってその町を崩壊させたりした。 　またある港に流れ着いたときはたまたま健康なメス猫であったため、近隣一帯のオス猫と番ってたくさんの仔猫を産み落とし、それもすべて放っているうちに自分が捨てたかつてのみなし仔猫に復讐心から噛み殺され、無残な死を迎えたりもした。 　豪奢なベッドの上で天鵞絨の毛並のまま死ぬのも、ゴミ捨て場で濡れ雑巾のようになって死ぬのも、なにも変わりはしない。羂索はそう思っている。 　他の生きものたちと違い、どう生きてどう死のうと羂索にはまた次も同じ黒猫としての生があるだけだ。この世の仕組みと、それとは異なる自分の運命について理解を深めることは楽しかったが、知れば知るほど羂索は現実や未来に希望を失くしていった。 　罰かもしれない、と羂索は次第にそう思うようになっていた。自分は罰せられているのかもしれ ない。他人に勝手に命をかけられてしまったような感覚を羂索は覚えた。自分の運命は他人……おそらくは神のような存在の、その見えざる手の意地の悪い介入を受けているのではないかと。羂索が百万回死んで百万回生きる黒猫として生まれるその前、羂索は猫なんかよりずっと業の深い生きものだったのかもしれない。 　もしくは、と羂索はこうも考える。 　もしくはただ単純に、過去が洒落ているのかもしれない。そっちがいい、と羂索は尻尾をゆらめかせながらそう思う。どちらにせよ死ぬことはいつでもできる。であれば羂索は自分を楽しませるために行動するしかない。なにも変わらないのなら後者のほうがずっと愉快な考えだ。この世は皮肉とユーモアに満ちているべきである。羂索はそう考え、ともすれば脚を取られ絶望しそうになる底なしの退屈から目を逸らし、欲求を満たすべく欲求し続けた。 　そのときの羂索は、小学校を棲み処に選んだ野良猫の羂索であった。 　小さな人間たちの体温は羂索の好むものではないものの、その幼い心がときおり見せる残酷さや澄んだ悪意には心惹かれるものが少なくない。ひとまずは様子見、と羂索はその日、日当たりのいい渡り廊下を尻尾を立てて悠々と闊歩していた。 　正午の明るい陽光に真っ黒な毛並みを輝かせながら、羂索はしなやかな前脚で音もなくまっすぐにゆく。その歩みを止めないまま、羂索は自分の正面からこちらへ歩いてきた人間が羂索に気付き、ぎょっと脚を止めたのに不遜な目を向けた。それは大人の人間だった。驚いた表情で足元の黒猫を見つめる丸っこい目。羂索はそれに覚えがあった。これを知っている、と羂索は突如そう確信する。見つめ合う人と猫、かれらの背後で法外な時間がひといきに貫いて、ふたりの魂は一時、はるか遠 くへと引き戻された。 「……羂索？」 　男はそう言うとその場にしゃがみこみ、おずおずと羂索に手を伸ばす。羂索はそれをじっと見つめ、その指先が自分の毛並みに触れる寸前、くわ、と真っ赤な口を開いて相手を脅かした。うわっと声をあげ尻もちをついた男の腹に羂索はひらりと飛びこむ。そうして小さく優雅な前脚でその胸を押さえつけ、男の顎のあたりを小さく噛んだ。血の滲むことさえないそのやわらかな歯の感触に、男は悲鳴を引っ込め、代わりにその目に涙をじんわりと浮かべた。 「こんなん羂索だろお、絶対」 　そうして今生では小学校教師の髙羽はかつての相方をぎゅうぎゅう抱き締め、羂索は「こんなんってどういう意味？　ていうかギブギブ」と思いながら喉をごろごろ鳴らす。久々の再会に、羂索なりにはしゃいでいた。 　※※※ 　昔、髙羽はここではない場所、今ではない時間の中では羂索の敵として出会い、相方としてその死を悼んだことがある。それが最初で、そして最後にはならなかった。ふたりはそれからも何度も、必ず出会っていた。 　あるときは王の影武者として雇われていた髙羽が、みずからの膝の上で死んでいく羂索から矢を抜き、溢れる血をその手でいたましげに受けた。船乗りの猫だった羂索が溺れ死んだときは、その海で働く熟練の海女であった髙羽が水底に見つけた重たく濡れそぼった羂索を抱え、朝焼けに光る
February 22, 2025 at 2:36 PM
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ぬい買えなかった今の私には牧野さんの実直さ感じられる直筆サインだけがなぐさめよ
December 18, 2024 at 5:00 AM
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今年中にみれてよかった〜
December 12, 2024 at 1:09 PM
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先週の映画前ごはん・ジャワーン前のディグダと対外比前のピザトースト
December 9, 2024 at 4:45 AM
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短編のやつ
ファミレス厨房側の📍は〈完璧な漫才〉をオーダーされ、ああでもないこうでもないと侃侃諤諤延々意見を戦わせ、ついにこれぞと互いに認めたネタを披露しに客席へゆくと店はとっくに廃墟になっていて、あららと顔を見合わせたのち餓え死にした客の前で二人きり、完璧な漫才を楽しむ(完璧な鯛料理)
December 5, 2024 at 2:00 PM