「ぇ、何、なんで…何が起きてんですか…」
「まぁ痛い思いなんざさせねェけどな」
身体が急に素直になった。今まで生きてきた中で、こんなことなかったのに。先輩の爪が痛い。顔にかかる熱い吐息がくすぐったい。指先が甘くて悔しい。こんなにたくさんの感覚を肌に感じるのは初めてだった。
「気持ちいいってことだけ感じさせてやるからな。覚悟しろ」
嬉しそうな先輩に、後輩はがむしゃらに頷くしかできなかった。
「ぇ、何、なんで…何が起きてんですか…」
「まぁ痛い思いなんざさせねェけどな」
身体が急に素直になった。今まで生きてきた中で、こんなことなかったのに。先輩の爪が痛い。顔にかかる熱い吐息がくすぐったい。指先が甘くて悔しい。こんなにたくさんの感覚を肌に感じるのは初めてだった。
「気持ちいいってことだけ感じさせてやるからな。覚悟しろ」
嬉しそうな先輩に、後輩はがむしゃらに頷くしかできなかった。
「…ッ、あ」
「気持ちいいか」
「え?」
急な身体の反応に、後輩は混乱する。突然、先輩の手が変わった。
(変わったのはおれか!?)
腕を愛撫しながら、もう片方の手で後輩の頬の傷跡を撫でる。そんな先輩の動きに、びりびりと薄い肌が反応した。
「気持ちいいのか」
「…うそ、なんで」
初めての熱に、後輩が困惑しているのを先輩はあえて見逃した。
「…ッ、あ」
「気持ちいいか」
「え?」
急な身体の反応に、後輩は混乱する。突然、先輩の手が変わった。
(変わったのはおれか!?)
腕を愛撫しながら、もう片方の手で後輩の頬の傷跡を撫でる。そんな先輩の動きに、びりびりと薄い肌が反応した。
「気持ちいいのか」
「…うそ、なんで」
初めての熱に、後輩が困惑しているのを先輩はあえて見逃した。
「…へェ」
「先輩、顔、怖ぇです」
なぜか目を血走らせて先輩は怒っている。何がキーポイントだったのかわからない。後輩は怖くなって、掴まれたままの手を引こうとした。けれど離してもらえない。ますます強く握られて、引き寄せられる。強引に先輩の顔が近くなった。
「そんなあるかないかわからん前世におまえが振り回されてんのが気に入らねェ」
「ただのおれの勝手な解釈ですってば…」
「そもそもおまえの前世が悪ガキなわけねェだろ。どう考えても怪我しても奮闘するがんばりやさんじゃねェか。良い子だ。下げんじゃねえ」
「…へェ」
「先輩、顔、怖ぇです」
なぜか目を血走らせて先輩は怒っている。何がキーポイントだったのかわからない。後輩は怖くなって、掴まれたままの手を引こうとした。けれど離してもらえない。ますます強く握られて、引き寄せられる。強引に先輩の顔が近くなった。
「そんなあるかないかわからん前世におまえが振り回されてんのが気に入らねェ」
「ただのおれの勝手な解釈ですってば…」
「そもそもおまえの前世が悪ガキなわけねェだろ。どう考えても怪我しても奮闘するがんばりやさんじゃねェか。良い子だ。下げんじゃねえ」
「気がついたら、です」
「そんな昔からか」
「昔っていうか、前世のおれがすげぇわんぱくだったんじゃないすかね。怪我ばっかりしてた悪ガキを見かねて、カミサマが気を遣ってくれたとか。これで痛くないだろ安心して怪我しろ、ってとこじゃないかと思ってて」
「…はァ?」
「気がついたら、です」
「そんな昔からか」
「昔っていうか、前世のおれがすげぇわんぱくだったんじゃないすかね。怪我ばっかりしてた悪ガキを見かねて、カミサマが気を遣ってくれたとか。これで痛くないだろ安心して怪我しろ、ってとこじゃないかと思ってて」
「…はァ?」
(これは、ちょっと、安心するかもしれない)
ぐっすり快眠してしまってから、もしかして絆されているのでは…?と気付く後輩。
(これは、ちょっと、安心するかもしれない)
ぐっすり快眠してしまってから、もしかして絆されているのでは…?と気付く後輩。
仕事中、身体が近ければ約束事のように耳を撫でられる。うっかり背後を取られれば頸に息が吹きかけられる。般若の顔で睨んでも、先輩は「気持ち良くなかったか」としれっとしている。
「セクハラです」
「人をヘタクソ呼ばわりすんのかテメェ」
仕事中、身体が近ければ約束事のように耳を撫でられる。うっかり背後を取られれば頸に息が吹きかけられる。般若の顔で睨んでも、先輩は「気持ち良くなかったか」としれっとしている。
「セクハラです」
「人をヘタクソ呼ばわりすんのかテメェ」
「…不感症かよ」
「そんな大袈裟な」
「どの程度だ。肩たたきされてもわかんねェくらいか」
「んー…もうちょい」
「マッサージされても気持ち良くないぐらいか」
「……へへ」
「もしかして」
「正解」
たちません、と朗らかな笑顔で答える後輩に、先輩は頭を抱えた。
「…不感症かよ」
「そんな大袈裟な」
「どの程度だ。肩たたきされてもわかんねェくらいか」
「んー…もうちょい」
「マッサージされても気持ち良くないぐらいか」
「……へへ」
「もしかして」
「正解」
たちません、と朗らかな笑顔で答える後輩に、先輩は頭を抱えた。
「…兄ちゃんは、何者?」
「さてねェ。ただの長生きした蛇さ。巳神様なんかじゃねぇ。でもそれはおまえの兄貴もそうだな」
「うん…兄貴も、神様なんかじゃない」
いつも通り、優しく笑う蛇の兄ちゃん。
「えらいな。げんゃ。みんな神様じゃねェ、間違えるんだ。だから自分で考えろ。…愛してるぜ」
そうしていなくなった真っ白な蛇と、残された兄弟が手を繋ぐ話。
「…兄ちゃんは、何者?」
「さてねェ。ただの長生きした蛇さ。巳神様なんかじゃねぇ。でもそれはおまえの兄貴もそうだな」
「うん…兄貴も、神様なんかじゃない」
いつも通り、優しく笑う蛇の兄ちゃん。
「えらいな。げんゃ。みんな神様じゃねェ、間違えるんだ。だから自分で考えろ。…愛してるぜ」
そうしていなくなった真っ白な蛇と、残された兄弟が手を繋ぐ話。
「じゃあどうして辛く当たった?ニンゲンってぇのはわかんねぇ生き物だな」
蛇の兄の腕の中、弟は、自分を抱きしめるその力が徐々に強くなっていることに気がついていた。
そうして、こちらを強い視線で射抜く兄も、昔から変わらない、弟を心配する瞳だ。
どちらも同じ、兄の顔をしていた。
「どっちが本当の兄ちゃん…?」
低い空に、鴉が甲高く鳴いている。
…蛇の兄ちゃんは、一度だって自分を神様だと言ったっけ?
「じゃあどうして辛く当たった?ニンゲンってぇのはわかんねぇ生き物だな」
蛇の兄の腕の中、弟は、自分を抱きしめるその力が徐々に強くなっていることに気がついていた。
そうして、こちらを強い視線で射抜く兄も、昔から変わらない、弟を心配する瞳だ。
どちらも同じ、兄の顔をしていた。
「どっちが本当の兄ちゃん…?」
低い空に、鴉が甲高く鳴いている。
…蛇の兄ちゃんは、一度だって自分を神様だと言ったっけ?
「あ、兄貴?なんで」
「何してんだ、そいつは何だ!戻ってこい!」
「え…」
「おいおい、いきなり現れてひでェじゃねえか。こいつは望んでここにいるんだぜ?」
「テメェはひっこんでろ!げんゃ!俺のところに戻ってこい!」
「げんゃ、行かないよな?兄ちゃんとずっと一緒だって言ってくれたもんなァ?」
「あ、兄ちゃん…?兄貴…?」
「げんゃ!そいつを信じるな!尻尾を見ろ!瞳を見ろ!そいつは俺じゃねェ!」
「今更ムダだぜ。おまえが弟を突き放した。可哀想になァ、こんなに兄ちゃんを慕ってくれてるってェのになぁ」
「あ、兄貴?なんで」
「何してんだ、そいつは何だ!戻ってこい!」
「え…」
「おいおい、いきなり現れてひでェじゃねえか。こいつは望んでここにいるんだぜ?」
「テメェはひっこんでろ!げんゃ!俺のところに戻ってこい!」
「げんゃ、行かないよな?兄ちゃんとずっと一緒だって言ってくれたもんなァ?」
「あ、兄ちゃん…?兄貴…?」
「げんゃ!そいつを信じるな!尻尾を見ろ!瞳を見ろ!そいつは俺じゃねェ!」
「今更ムダだぜ。おまえが弟を突き放した。可哀想になァ、こんなに兄ちゃんを慕ってくれてるってェのになぁ」
だけど、この温かさは本物で、偽物の兄だとわかっていても弟は離れがたくなり、夢中になっていった。
がんばったことを報告する相手はこの蛇の兄。辛い時に甘えるのもこの兄。本物の兄と同じ顔をして、弟が望むままに振る舞い甘やかしてくれる都合の良い兄が偽物だとはどうしても思えなくなってきた。
家に帰る時間がだんだんと遅くなり、部活のない日も帰ってこないことに、兄が気付かないわけがなかった。放課後、校門を出る弟の後をつけて山へと入っていく。そこで兄が見たものは、大きな蛇の尾を引きずった、兄によく似た男にしなだれかかる弟の姿だった。
だけど、この温かさは本物で、偽物の兄だとわかっていても弟は離れがたくなり、夢中になっていった。
がんばったことを報告する相手はこの蛇の兄。辛い時に甘えるのもこの兄。本物の兄と同じ顔をして、弟が望むままに振る舞い甘やかしてくれる都合の良い兄が偽物だとはどうしても思えなくなってきた。
家に帰る時間がだんだんと遅くなり、部活のない日も帰ってこないことに、兄が気付かないわけがなかった。放課後、校門を出る弟の後をつけて山へと入っていく。そこで兄が見たものは、大きな蛇の尾を引きずった、兄によく似た男にしなだれかかる弟の姿だった。
本当の兄は弟を見ればすぐに怒るから。どれだけ頑張っても認めてくれない。それどころか、もう弟のことは嫌いになったのかもしれない。
だから、蛇の神様に願った。昔の兄ちゃんのように愛してほしいと。
「おまえはこんなに甘えん坊でちゃんと世の中を渡っていけてんのかァ?」
「い、いつもはちゃんとやってるし…!」
「兄ちゃんにだっこされてねェとすぐにぐずぐず鼻水垂らす泣き虫がねェ」
「それは…!兄ちゃんの前だけだから」
本当の兄は弟を見ればすぐに怒るから。どれだけ頑張っても認めてくれない。それどころか、もう弟のことは嫌いになったのかもしれない。
だから、蛇の神様に願った。昔の兄ちゃんのように愛してほしいと。
「おまえはこんなに甘えん坊でちゃんと世の中を渡っていけてんのかァ?」
「い、いつもはちゃんとやってるし…!」
「兄ちゃんにだっこされてねェとすぐにぐずぐず鼻水垂らす泣き虫がねェ」
「それは…!兄ちゃんの前だけだから」
「げんゃが欲しい」
だから次男も同じように、「兄ちゃんが欲しい」って返すのだ。幸せの涙を流しながら。
「げんゃが欲しい」
だから次男も同じように、「兄ちゃんが欲しい」って返すのだ。幸せの涙を流しながら。
次男は嬉しくて嬉しくて、同じように「兄ちゃんが欲しい」って笑い返す。そうしたら、長男は次男の鼻をつまんで「泣き虫」って、また笑った。
次男は嬉しくて嬉しくて、同じように「兄ちゃんが欲しい」って笑い返す。そうしたら、長男は次男の鼻をつまんで「泣き虫」って、また笑った。
だけど本当は、ほんのちょっとだけ、自分も呼ばれたかった。「げんゃ兄ちゃんがほしい!」って言われたいな。少しだけ寂しく思う夜もあったり。
だけど本当は、ほんのちょっとだけ、自分も呼ばれたかった。「げんゃ兄ちゃんがほしい!」って言われたいな。少しだけ寂しく思う夜もあったり。
どれだけげゃが寂しがりか。どれだけ自分のことを愛してくれていたか。そして自分がどれだけげゃに執着していたか。
「とりあえずまた一年よろしく頼むぜ神様」
大人になったからできることも増えたんだとげゃに手を差し出す青年に、姿の変わらない辰の神はまた顔を赤くして笑った。
「悪いおとなの顔だ」
「悪くて結構。もう二度と手離す気はねぇからなァ」
この男には、神様のルールも通用しないらしい。そう覚悟して、げゃはさねみの手を取った。
どれだけげゃが寂しがりか。どれだけ自分のことを愛してくれていたか。そして自分がどれだけげゃに執着していたか。
「とりあえずまた一年よろしく頼むぜ神様」
大人になったからできることも増えたんだとげゃに手を差し出す青年に、姿の変わらない辰の神はまた顔を赤くして笑った。
「悪いおとなの顔だ」
「悪くて結構。もう二度と手離す気はねぇからなァ」
この男には、神様のルールも通用しないらしい。そう覚悟して、げゃはさねみの手を取った。
あの時の少年は立派な大人になっているだろうか。子供を連れて参拝にでも来てくれないだろうか。一目でもいい。顔が見たい。
参拝客の顔を見るために境内をのぞいたげゃは、見覚えのある白髪頭の青年と目があった。
さねみだ!
「……久しぶりだなァ。迎えに来たぜ」
あの時の少年は立派な大人になっているだろうか。子供を連れて参拝にでも来てくれないだろうか。一目でもいい。顔が見たい。
参拝客の顔を見るために境内をのぞいたげゃは、見覚えのある白髪頭の青年と目があった。
さねみだ!
「……久しぶりだなァ。迎えに来たぜ」
「今までありがとう」
さねみの額に祝福の口付けを施して、げゃの姿が消えていく。ふざけるな。そんなのさねみは許さない。
「なんだよそれ!また辰年になれば帰ってくるんだろ!?待ってるからな!俺は忘れねェぞ!絶対だ!」
でもげゃは知っていた。干支が一回りもすればさねみは大人になっている。子供の頃に遊んだ相手のことなんて忘れてしまうだろう。歳神にとっては瞬きのような一瞬でも、ヒトにとっての11年は長い。
「おれのことなんて忘れて、自分の人生を歩むんだ。結婚して子供も作って、幸せになって……さねみ」
「今までありがとう」
さねみの額に祝福の口付けを施して、げゃの姿が消えていく。ふざけるな。そんなのさねみは許さない。
「なんだよそれ!また辰年になれば帰ってくるんだろ!?待ってるからな!俺は忘れねェぞ!絶対だ!」
でもげゃは知っていた。干支が一回りもすればさねみは大人になっている。子供の頃に遊んだ相手のことなんて忘れてしまうだろう。歳神にとっては瞬きのような一瞬でも、ヒトにとっての11年は長い。
「おれのことなんて忘れて、自分の人生を歩むんだ。結婚して子供も作って、幸せになって……さねみ」
「どうしたァ?」
「ごめんな、さねみ。お別れだ」
「どうしたァ?」
「ごめんな、さねみ。お別れだ」