ベビーパウダー山崎
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ベビーパウダー山崎
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日常。家も金もありません。三食、石をかじってます。
10月2日。
『最後のドン・キホーテ』(KAAT神奈川芸術劇場)作演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ。
早く着きすぎたので劇場近くの海が広がる山下公園で、しばらくぼうっとしていた。その時間がなんか良かった。
三階席で観たが、角度が急で高所恐怖症の俺は怯えていた。
生ドラムから物語(演劇)が始まる、その切り口の格好良さに痺れた。
痴呆の主、ドン・キホーテ演じる大倉孝二のための舞台。俺はケラ氏の演劇を観続けているので、初期の『カラフルメリィでオハヨ』や『ウチハソバヤジャナイ』的な流れに満足。
個人的には家族が集まり、痛みや欲望を抉り合う翻訳劇のような中盤のくだりが好きだった。
December 3, 2025 at 6:44 AM
8月30日。
レイチェル・ランバート『時々、私は考える』を見る。なにかありそうで何も生まれない。汚れがない拗らせ。全然だめ。
夜に、東京ダイナマイトの『ダイナマニア2』をルミネtheよしもとで観てきた。昔から追いかけ、大好きな芸人。映像コント集(『タケちゃんの思わず笑ってしまいました』っぽい作り)でも十分楽しめたが、ラストに幕が開き、舞台での生コントは痺れた。最高でした。明日また生きるぞ!
August 31, 2025 at 2:15 PM
8月20日。
ろくでもない政治屋が、核武装を本気で訴えはじめたことへの怒りと、無知ゆえにあっさりと扇動されてしまう貧しき大衆への虚無感から、国立近代美術館で『記録をひらく 記憶をつむぐ』を観てきた。
ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ!
August 30, 2025 at 3:07 AM
8月8日。
高畑勲展。麻布台ヒルズ ギャラリー。
高畑勲の世界に空想妄想ファンタジーがあるとするならば、それさえも「人間」を描くためのプロセスでしかなく、突き詰めていけばいくほど画も思想もシンプルになるのが、行き着いた表現者の美しき哲学。
August 13, 2025 at 7:14 AM
8月1日。
ゴダール展。新宿 王城ビル。
歌舞伎町のど真ん中。会場の目の前は高級ソープ。どんよりした欲望の渦にゴダール。文化、高尚さとは。ソファに座ってエアコン風に揺れる布をぼうっと見ていた。ゴダールが引用した作品がただ流れている、ゴダールが撮った映画でもなく、この展示自体がゴダールの名を借りた「ゴダール的な何か」。肉体を失っても思想は生き続ける。
August 13, 2025 at 7:03 AM
6月26日。
電気グルーヴ ツアー“the”席指定。立川ステージガーデン。
ステージに立つ、(元)電気の三人を見ていたらノスタルジックな気持ちにもなった。長く電気を追いかけてきたが、ひとまず俺のなかでは完結した。帰りに久々にTシャツ買った。
August 13, 2025 at 6:50 AM
6月3日。
『ヒルマ・アフ・クリント展』。東京国立近代美術館。
とにかく絵がうまい。電波をキャッチし啓示を受け、狂えば狂うほどオリジナルな世界観が強固になっていくのが面白かった。すべての作品(表現)は表現者の人生、(キチガイ)思想あってこそ。
August 13, 2025 at 1:19 AM
5月13日。
大相撲 夏場所 三日目。両国国技館。
枡席から相撲レスラーを眺める日。好きな格闘技からの流れで相撲も真剣に観るようになった。
August 13, 2025 at 1:17 AM
5月3日。
石野卓球の地獄温泉EXPON 2025。LIQUIDROOM。
金がなくシャツは買えず、図録は買った。結構、混んでいた。音楽からの卓球ファンとラジオやサブカルからの卓球ファンで客層が二分している気がした。
August 13, 2025 at 1:16 AM
3月24日。
渋谷イメフォで『ミゼリコルディア』を見る。独創的な作家だと思うが、これだけ面白すぎると警戒してしまう。表現者の図々しさが見えてくる。アラン・ギロディは『湖の見知らぬ男』が飛び抜けて良い。
ギロディ特集のパンフにシナリオ(っぽい)のが載っていたので高いが買った。
池袋の映画館で青山真治監督の準備稿が読みたくて『BAUS』のパンフも買った。パンフで金がなくなり映画は見なかった。
March 25, 2025 at 2:35 PM
2月28日。
ジーン・ハックマンは俺が最も好きな役者だった。リンチもハックマンも死んだ。最近、表現(者)とはなにか、をとくに考える。作家や役者が死んでも作品は残る。作品が生きていれば表現者の魂は救われる、と信じている。
洒落た床屋で散髪をし、自宅に戻ると郵便受けに『映画史特別編 選ばれた瞬間』が届いていた。ゴダールも死んだ。
ハックマンもリンチもゴダールも見ずに、何となく『ヘンリー』を見返す。飯を食べるぐらいの感覚で次々と人を殺していく殺人鬼の日々。これぐらい「普通」な実録殺人鬼映画もそうない。ジョン・マクノートンは偉大。
February 28, 2025 at 9:14 PM
2月7日。
朝っぱらからシネロマン池袋で三本立て。
『緊縛縄調教 肉いじめ』。瀬々敬久シナリオ、橋口卓明監督。彫刻家を演じる佐野和宏が素敵。芸術家の苦悩、才能の嫉妬。その角度から定番の監禁SMを描くのは興味深かった。ラストは甘い。
『愛染恭子・壷飼育
じっくり味わう』。愛染恭子の性教育ドラマ。半分寝ながら見ていた。
『白昼の女狩り』曽根中生の飄々としながらもふと真顔になる表現が大好き。
February 7, 2025 at 3:20 PM
2月4日。
恵比寿ガーデンプレイス、朝飯を食べる安い店がまったくない。ファーストフードもファミレスもない。スタバだけがニ店舗もある。富裕層以外はお断り、貧乏人は野垂れ死に。気に食わないな。どうにか見つけたファミマでおにぎりだけを食べ、恵比寿映像祭の無料展示をまとめて観てきた。
小森はるか『春、阿賀の岸辺にて』がとにかく素晴らしかった。佐藤真の意思も引き継いでいるように見え、上映会の場面ではなんだか涙してしまった。
小森はるか、しっかりと対象と向き合い、もう一歩、踏み込む勇気もある。それは扱う問題も人物の過去もキャメラ(記録)と共に背負う「覚悟」があるということで、とても誠実な作家だと思った。
February 4, 2025 at 1:47 PM
1月21日。東池袋の一画、取り壊し予定の6棟を使った現代アート『150年』に行ってきた。
立ち入り禁止の崩れかかった空家建物をめちゃくちゃにしての現代アート。二階の窓に足場作って隣の家と出入りさせたりで迷路のよう。
アートというより俺はサブカル的な視点でしか接点がないような気もしたり、それと自宅が近いこともあって、主を失った空っぽな家が、かつての生活の匂いさえも利用されアートに陵辱されているような複雑な気持ちにもなった。
まあ、ただその「表現の傲慢さ」含めて体感して良かった。異様な空間に入り込んでしまったと、脳にビリビリきた。
January 21, 2025 at 2:05 PM
1月19日。映画でしか寄らない街渋谷で『サム・フリークス』。
リチャード・レスター『ザ・リッツ』、グレッグ・アラキ『カブーン!』の二本立て。どちらも90分前後、スクリーンで観ることが出来たのは貴重な体験。
レスターのハッテン場映画から、愛と憎しみと精液の臭いが充満するアラキ師匠へと陰茎バトンの受け渡しは完璧。
January 19, 2025 at 1:43 PM
1月15日。
両国国技館で大相撲を初観戦。マス席。巨人たちがぶつかり合い、倒し合う。その闘いを取り囲むようにして客たちが騒ぎ、拍手する。まじでジャパニーズコロッセオ。格闘技の現地観戦と同じような興奮があった。18時に終わるのも良い。帰りに池袋の蕎麦屋で夕飯。
January 15, 2025 at 1:18 PM
1月14日。
向こうの国で続編が公開されたらしいので『ザ・アウトロー』を今さら見る。ジェラルド・バトラーの暴力刑事もの。いまいち。
A24映画『A Different Man』も見る。初期チャーリー・カウフマンの焼き直しだが、面白く見た。エレファントマンな役者を飛び道具ではなく、その世界(物語)の魅力的なキャラクターとして誠実に描いていて、それだけでも芯がある作家だと思った。気を許すと、こういった尖った「表現者」が普通に現れているからアメリカ映画は侮れない。
January 15, 2025 at 1:12 PM
1月12日。東京都写真美術館で『現在地のまなざし. 日本の新進作家 vol.21』、『アレック・ソス 部屋についての部屋』を終了ギリギリで観てきた。
アレック・ソスは被写体の「視線」から物語を広げているようで、その視線によって体重が乗り、一枚の写真から重たさが伝わってくる。衝動の作家も好きだが、意図を持ち己の世界を創造していく作家も好き。
家に戻り『She Dies Tomorrow』を見る。死が伝播するホラー。素人っぽい、ぶっきらぼうな演出が逆に陰謀論カルトのPRビデオみたいに見えたりも。
January 13, 2025 at 11:56 AM
1月11日。豆乳鍋を作った。
真空ジェシカのギガラジオをまとめて聴きながら長々とウォーキング。不安からの逃避。歩きたくなる。
『ウィークエンド』を見る。女性を食い物にしてきたクズな男たちを一人ずつぶっ殺していくレイプリベンジもの。デタラメな破壊と暴力がいい塩梅だった。
January 12, 2025 at 3:19 AM
1/10。森美術館ルイーズ・ブルジョワ展に滑り込み。27年前に横浜美術館で見たルイーズ・ブルジョワの強烈なショック体験に比べると、どこか落ち着いて素直に受け入れてしまった。それは俺が歳を重ねたせいなのか、それとも、そもそもがある種「開かれた」作家だったのか。
家で『陪審員2番』をまた見てしまった。素晴らしい(おそらく)最後の監督作。社会的な正しさとか現代的な倫理観とか、外側はあくまでその時代の価値観でしかなく、作家が表現するうえで最も大切なことは、映画内での誠実さ、その作品(キャラクター)に対してどれだけ正直に描けるか。イーストウッド映画には大切な学びが常にある。
January 10, 2025 at 2:10 PM
12月28日。朝からシネロマン池袋で佐藤寿保『本番バイブ 折檻』を見る。佐藤寿保映画をコンプリートする(未見作を拾っていく)にはポルノ映画館に通うしかない。老人もオッサンも年末にポルノを浴びに来る人生。おそらく年が変わるとか何も関係がない人たち、信頼できる。
佐藤寿保、これだけSF的な映画を撮っている作家もいない。ブラウン管テレビ、モニターの使い方が世界一うまい。
夜に大学時代の友たちと忘年会。インフルエンザで欠席者も。老いた親の話、睡眠中は肩が冷える話、健康でいようと握手して別れる。
新宿はすごい混雑。外国人と悪い若者しかいない。
December 28, 2024 at 2:23 PM
12月26日。年末の挨拶やお礼の粗品を買いに行ったり、合間に原宿でスーパーミルクチャンコラボ展『スーパーミルクラウンジ』に行ってきたり。
自宅に戻り『Saltburn』。うんざりして放り投げていた映画、一応最後まで見ておくかと⋯。それにしても本作や『僕らの世界が交わるまで』とか、なんでこんなバカげた不快な映画を時間かけて俺は見ているんだと、なんかムカついてきたりも。
お腹の調子が悪い。
December 26, 2024 at 2:40 PM
12月22日。夜飯。レタスサラダと野菜汁。今日も金がない、お腹の調子も悪い。
日が暮れる前に家に戻り『M-1』を見ていた。真空ジェシカが二本とも最高だった。
まあ、お笑いも映画も短い人生の暇つぶし程度。金がないから映画をただ見ているし、漫才をぼんやりと眺めている。金があったらハワイでも行ってる。寒いし。
December 22, 2024 at 1:47 PM
12月21日。夜飯。またオリジン弁当、レタスサラダ、もやしナムル。とにかく金がない。
『スピーク・ノー・イーブル』を見る。オリジナル『胸騒ぎ』の嫌がらせ映画から、家族皆で力を合わせて生き残りましょうね、みたいなイイ話に変えられていた。リメイクを成功させるにはオリジナルをそのまま撮ること。ガス・ヴァン・サント『サイコ』が100点。
『キャドー湖の失踪』も見る。シャマラン製作ぽい、不思議な話。同じ場で時空が前後する、アニメの『君の名は』を何となく思い出したり。まあまあ。
ジェームズ・ガンの『スーパーマン』の予告が良かった。『空気階段』のラジオは長く聴いているが、最近はアフタートークの方が面白い。
December 21, 2024 at 3:00 PM
12月20日。昼飯。天丼てんや。
確認したいことがあって『マグノリア』を見直した。忘れていたが三時間もあった。エイミー・マンは色あせない。三十前後で、これだけの役者を使って群像劇を撮り切るポール・トーマス・アンダーソンが怖い。俺は無理。表現は年齢関係ないよなあと改めて思う。
だいぶ体調が回復してきた。金がないからネットで安い冬服を買う。オレンジ囚人服でも良いから国民服を支給してくれ。
December 20, 2024 at 3:27 PM