" あなたは どんな悪魔になりたいの? "
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(現状最新作「アームヘッド:人限塔のハーヴェスト」メインとなります)
◆
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それは、意図したものだったのか、それとも偶然か。
すべてが狐に包まれたような空気を唐突に引き裂いたのは、先程のバカウオのソテーを追加注文した男性客だった。
「ずりいぞテメエら!ミアちゃん、俺にもそれやってくれよお!」
「あっテメエ!抜け駆けしようとしてんじゃねえぞ!ミアちゃん俺にも!」
「アンタらねえ!ふたり揃ってバカやってんじゃないよッ!」
「いでえ!いでえよおおおおお!」
「ぎゃははは!アイツ馬鹿でー!あっミアちゃん、オレおかわり!」
以前よりも明るい騒ぎに火が点いた空気の中で。
元の位置に戻った女店主が再び酒を煽り、くっくっと満足げに微笑んでいた。
それは、意図したものだったのか、それとも偶然か。
すべてが狐に包まれたような空気を唐突に引き裂いたのは、先程のバカウオのソテーを追加注文した男性客だった。
「ずりいぞテメエら!ミアちゃん、俺にもそれやってくれよお!」
「あっテメエ!抜け駆けしようとしてんじゃねえぞ!ミアちゃん俺にも!」
「アンタらねえ!ふたり揃ってバカやってんじゃないよッ!」
「いでえ!いでえよおおおおお!」
「ぎゃははは!アイツ馬鹿でー!あっミアちゃん、オレおかわり!」
以前よりも明るい騒ぎに火が点いた空気の中で。
元の位置に戻った女店主が再び酒を煽り、くっくっと満足げに微笑んでいた。
それすら読んでいたかのように、白く細い人差し指が静かに男の口に触れられ、縦一文字に封をした。
……静かに、という意味のジェスチャー以外の何物でもなかった。
「——来てくれて本当にありがとう。
でも、お店やほかのお客さんに迷惑かけるようなことは、駄目。
みんな、良い子だから——言うこと、聞けるよね?」
……ふわりとした、絹のように柔らかで。
なのに、僅かに香る麻痺毒のような一抹の香りを含んだ微笑みが、静かに三人の脳から呼吸を奪った。
甘く、悪い夢にでも酔ったような気分のまま。
男は満足に噛み砕くことも叶わずにチェリーを喉奥に飲み下し、静かに頷いた。
それすら読んでいたかのように、白く細い人差し指が静かに男の口に触れられ、縦一文字に封をした。
……静かに、という意味のジェスチャー以外の何物でもなかった。
「——来てくれて本当にありがとう。
でも、お店やほかのお客さんに迷惑かけるようなことは、駄目。
みんな、良い子だから——言うこと、聞けるよね?」
……ふわりとした、絹のように柔らかで。
なのに、僅かに香る麻痺毒のような一抹の香りを含んだ微笑みが、静かに三人の脳から呼吸を奪った。
甘く、悪い夢にでも酔ったような気分のまま。
男は満足に噛み砕くことも叶わずにチェリーを喉奥に飲み下し、静かに頷いた。
……三人組を静かに睨んでいた女店主が、一拍置いて『おばさま』が自分のことだと気付いた。
「おばさま」が微笑み、注文通りの品を三本と、ルビーチェリーの果実と、グラスも付けて持ち出すと、何も言わずにミアージュに手渡した。
ミアージュは笑顔で受け取ると三人組に向き直り、テーブルの上に置いて、まずは他の二人のグラスにベリー酒を注いだ。
そして最後に。
最も格上と思しき男のグラスに酒を注ぐと——
——まるで、さも当然のように。
悪戯めいた仕草でチェリーに軽くキスし、流れるように、それを男の口に放り込んだ。
周囲が、明らかにざわついた。
……三人組を静かに睨んでいた女店主が、一拍置いて『おばさま』が自分のことだと気付いた。
「おばさま」が微笑み、注文通りの品を三本と、ルビーチェリーの果実と、グラスも付けて持ち出すと、何も言わずにミアージュに手渡した。
ミアージュは笑顔で受け取ると三人組に向き直り、テーブルの上に置いて、まずは他の二人のグラスにベリー酒を注いだ。
そして最後に。
最も格上と思しき男のグラスに酒を注ぐと——
——まるで、さも当然のように。
悪戯めいた仕草でチェリーに軽くキスし、流れるように、それを男の口に放り込んだ。
周囲が、明らかにざわついた。
……満面の笑みを浮かべ、三人の前に躍り出たミアージュの姿に、当の三人含めてその場の全員が思考停止した。
先程までの態度と違う、まるで旧知の仲かと思わんばかりの砕けた口ぶりが、彼女の喉から飛び出たのだから。
「……知り合いじゃないだろ、アレ。予想外の方向から殴って、主導権をぶんどった」
真意を察したキャラバンリーダーが、ナフカの横で静かに呟いた。
「うんとサービスしてあげなきゃ!三人ともこっち!ここ座って!」
三人の中で一番格上らしき男の手を躊躇なく取ると、ミアージュは店の隅にあるテーブルに連れていき、あれよあれよという間に全員を座らせた。
……満面の笑みを浮かべ、三人の前に躍り出たミアージュの姿に、当の三人含めてその場の全員が思考停止した。
先程までの態度と違う、まるで旧知の仲かと思わんばかりの砕けた口ぶりが、彼女の喉から飛び出たのだから。
「……知り合いじゃないだろ、アレ。予想外の方向から殴って、主導権をぶんどった」
真意を察したキャラバンリーダーが、ナフカの横で静かに呟いた。
「うんとサービスしてあげなきゃ!三人ともこっち!ここ座って!」
三人の中で一番格上らしき男の手を躊躇なく取ると、ミアージュは店の隅にあるテーブルに連れていき、あれよあれよという間に全員を座らせた。
「おーおー!あれが噂のかあ!中々の上玉じゃねえか!」
……突如としてナフカの声を遮る、品性があるとはお世辞にも言えない声音。
ナフカとキャラバンリーダーの男の顔が同時に凍結し、次に舌打ちし、更に声のあがった方向を見た。
そこには今しがた入店したばかりと思しき三人組の男がいた。すでに大分出来上がっているようで、三人とも顔が赤く、不快な熱気を放っていた。
……ナフカの顔が更に曇る。着込んでいるのはクライムスーツ。場合によっては荒事になる。
引き受ける、と決めたナフカが席を立つよりも先に動いたのは、当のミアージュだった。
「おーおー!あれが噂のかあ!中々の上玉じゃねえか!」
……突如としてナフカの声を遮る、品性があるとはお世辞にも言えない声音。
ナフカとキャラバンリーダーの男の顔が同時に凍結し、次に舌打ちし、更に声のあがった方向を見た。
そこには今しがた入店したばかりと思しき三人組の男がいた。すでに大分出来上がっているようで、三人とも顔が赤く、不快な熱気を放っていた。
……ナフカの顔が更に曇る。着込んでいるのはクライムスーツ。場合によっては荒事になる。
引き受ける、と決めたナフカが席を立つよりも先に動いたのは、当のミアージュだった。
「……俺はともかく、何故ミアージュまで?」
「見りゃあ解るだろ?クライマーなんてご身分、碌な金策になんかありつけん。オレ達を大手振って受け入れるようなトートは大方それが狙いだ。ま、需要と供給の話ってヤツだな。……だが」
男がちら、とミアージュのほうに目線をやった。
「一体どういうハットトリックをやらかしたか、あの子はああして店主に話を付けて、さもこのトートの生まれかのようにオレ達に良い酒を運んでいる……言葉にすれば余計に凄まじい。あの上手さは武器だよ。自覚があるかまでは知らんが」
「……俺はともかく、何故ミアージュまで?」
「見りゃあ解るだろ?クライマーなんてご身分、碌な金策になんかありつけん。オレ達を大手振って受け入れるようなトートは大方それが狙いだ。ま、需要と供給の話ってヤツだな。……だが」
男がちら、とミアージュのほうに目線をやった。
「一体どういうハットトリックをやらかしたか、あの子はああして店主に話を付けて、さもこのトートの生まれかのようにオレ達に良い酒を運んでいる……言葉にすれば余計に凄まじい。あの上手さは武器だよ。自覚があるかまでは知らんが」
「ああ。実はオレ、ちょっとしたキャラバンのリーダーやっててな。ここ最近は物資の調達でこのトートに滞在してるんだが……お前さん達ふたり、うちの団に来る気はないか?」
……笑顔で言い切った男に、ナフカが疑惑の極まった眼差しを返した。
「会って間もない俺達のような奴らに白羽の矢とは、随分と人材不足と見える」
「謙遜のしすぎだな、それとも爪を隠すのは下手なタイプか?お前さんの装備、言っちゃあなんだが然程高級というわけでもないだろ。それなのによく使い込まれている。つまりやり手だ」
「……そういうお前も、別に爪隠しが巧い訳ではなさそうだな」
「ああ。実はオレ、ちょっとしたキャラバンのリーダーやっててな。ここ最近は物資の調達でこのトートに滞在してるんだが……お前さん達ふたり、うちの団に来る気はないか?」
……笑顔で言い切った男に、ナフカが疑惑の極まった眼差しを返した。
「会って間もない俺達のような奴らに白羽の矢とは、随分と人材不足と見える」
「謙遜のしすぎだな、それとも爪を隠すのは下手なタイプか?お前さんの装備、言っちゃあなんだが然程高級というわけでもないだろ。それなのによく使い込まれている。つまりやり手だ」
「……そういうお前も、別に爪隠しが巧い訳ではなさそうだな」
銀髪の男が椅子に座り直し、姿勢を崩して頬杖をついた。
ナフカの警戒が深まる。男は少しおどけるような口調で切り出した。
「お前さん、あのミアージュって子のツレだろ?」
……唐突な指摘に、ナフカがまるで刺すような眼差しで男を見据えた。
「やっぱりな!他の連中は揃ってミアージュちゃんにお熱なのに、お前さんだけひとりでつまらなさそうにしてたから、ついこう……カンが、な?」
勝手に納得した男の表情が、先程までのように破顔した。
「……それがどうした」
「別に掻っ攫おうって話じゃない。ただ、提案があってな」
銀髪の男が椅子に座り直し、姿勢を崩して頬杖をついた。
ナフカの警戒が深まる。男は少しおどけるような口調で切り出した。
「お前さん、あのミアージュって子のツレだろ?」
……唐突な指摘に、ナフカがまるで刺すような眼差しで男を見据えた。
「やっぱりな!他の連中は揃ってミアージュちゃんにお熱なのに、お前さんだけひとりでつまらなさそうにしてたから、ついこう……カンが、な?」
勝手に納得した男の表情が、先程までのように破顔した。
「……それがどうした」
「別に掻っ攫おうって話じゃない。ただ、提案があってな」
青年が着込んでいるのは、間違いなくクライムスーツだった。
それもかなり上等なタイプで、かつ各所に傷跡や補修の痕跡がある——つまり、金で良い装備を整えただけの素人ではないことが、一目で解った。
「隣、いいか?」
青年が微笑む。しかし、その表情に押しの強い人懐っこさはあれど、決して威圧感はない。ナフカは相手から目を逸らさず、無言で自身の隣の椅子を引いた。
「ありがとうな!何か奢らせて——」
「俺に何の用だ、クライマー」
ナフカが直球に勝負に出た。青年は少し面食らったあと、静かにメニューに伸ばした手を下ろし、溜息をひとつついた。
青年が着込んでいるのは、間違いなくクライムスーツだった。
それもかなり上等なタイプで、かつ各所に傷跡や補修の痕跡がある——つまり、金で良い装備を整えただけの素人ではないことが、一目で解った。
「隣、いいか?」
青年が微笑む。しかし、その表情に押しの強い人懐っこさはあれど、決して威圧感はない。ナフカは相手から目を逸らさず、無言で自身の隣の椅子を引いた。
「ありがとうな!何か奢らせて——」
「俺に何の用だ、クライマー」
ナフカが直球に勝負に出た。青年は少し面食らったあと、静かにメニューに伸ばした手を下ろし、溜息をひとつついた。
最初、ナフカはそれを聞き間違いだと認識した。
何しろ、その軽妙な挨拶は場の中心にいるミアージュに向けられたものではなく、あろうことかナフカ自身に対してのものだったからだ。
……無言で目線を横にやる。
そこに立っていたのは、少しだけ酔いが回りつつも前後不覚の様子は全くなく、しかし片手にはドリンクをしっかり携えた、ひとりの青年だった。
髪は銀がかった灰色。瞳は空色で、こちらから見て右側の目元には小さなタトゥーが入れてあった。
最初、ナフカはそれを聞き間違いだと認識した。
何しろ、その軽妙な挨拶は場の中心にいるミアージュに向けられたものではなく、あろうことかナフカ自身に対してのものだったからだ。
……無言で目線を横にやる。
そこに立っていたのは、少しだけ酔いが回りつつも前後不覚の様子は全くなく、しかし片手にはドリンクをしっかり携えた、ひとりの青年だった。
髪は銀がかった灰色。瞳は空色で、こちらから見て右側の目元には小さなタトゥーが入れてあった。
……すっかり出来上がってきた客の言葉に、ナフカの眉間の皺がいよいよ地獄の渓谷めいて深まる。
そう。今のこの繁盛と盛り上がりっぷりは、殆どが若くしてクライマーをしている女性というミアージュの物珍しさによるものらしかった。
おそらくは、あの店主あたりがわざと噂を流し、客寄せパンダにでもしたのだろう……と舌打ちが出かけるが、当のミアージュは全く気にしていない。
それどころか、上等とばかりに"お得意様"に向けてひらひらと手を振り、愛想を振りまいている。
……内心。
今まで見てきた彼女の印象とは、大分異なっていた。
……すっかり出来上がってきた客の言葉に、ナフカの眉間の皺がいよいよ地獄の渓谷めいて深まる。
そう。今のこの繁盛と盛り上がりっぷりは、殆どが若くしてクライマーをしている女性というミアージュの物珍しさによるものらしかった。
おそらくは、あの店主あたりがわざと噂を流し、客寄せパンダにでもしたのだろう……と舌打ちが出かけるが、当のミアージュは全く気にしていない。
それどころか、上等とばかりに"お得意様"に向けてひらひらと手を振り、愛想を振りまいている。
……内心。
今まで見てきた彼女の印象とは、大分異なっていた。
驚くべきは、街へ繰り出したミアージュが、路銀を稼ぐアテを見つけたという報告を持ってきたことだった。
ゆえに現場に来てみれば、酒場。周囲はすっかり盛り上がり、原因はまさにミアージュだった。
カウンター席で自らも酔いが回っている、妙な貫禄のある中年女性が店主であり、ミアージュを短期で雇い入れたという。
……流れ者であるクライマーに、まともな仕事など普通は凱旋されない。危険の伴う用心棒か、汚れ仕事が関の山だ。だというのに。
驚くべきは、街へ繰り出したミアージュが、路銀を稼ぐアテを見つけたという報告を持ってきたことだった。
ゆえに現場に来てみれば、酒場。周囲はすっかり盛り上がり、原因はまさにミアージュだった。
カウンター席で自らも酔いが回っている、妙な貫禄のある中年女性が店主であり、ミアージュを短期で雇い入れたという。
……流れ者であるクライマーに、まともな仕事など普通は凱旋されない。危険の伴う用心棒か、汚れ仕事が関の山だ。だというのに。
だが今この瞬間、その眼差しは困惑が極まった結果として、普段の倍ほど鋭角的になっていた。
……その視界に映るのは、彼の『主人』ことミアージュ。
だが、その姿は普段の防護服に包まれてはいない。
丁寧に縫い込まれた、上品さと温かみのある軽妙さを両立させた給仕服を着込み、忙しそうに飲料や軽食を銀色のトレーで運んでいた。
「おうい、ミアちゃん!こっちにバカウオのソテー追加で!」
「アタシはもう一杯おかわり!」
「はーい!」
飛び交う客の声に、ミアージュが元気に返事を返した。
だが今この瞬間、その眼差しは困惑が極まった結果として、普段の倍ほど鋭角的になっていた。
……その視界に映るのは、彼の『主人』ことミアージュ。
だが、その姿は普段の防護服に包まれてはいない。
丁寧に縫い込まれた、上品さと温かみのある軽妙さを両立させた給仕服を着込み、忙しそうに飲料や軽食を銀色のトレーで運んでいた。
「おうい、ミアちゃん!こっちにバカウオのソテー追加で!」
「アタシはもう一杯おかわり!」
「はーい!」
飛び交う客の声に、ミアージュが元気に返事を返した。
舞台演劇のワンシーンさながらに崩れ落ちるミアージュを抱えながら、ナフカは先程まで闇しか見えなかった彼方に目をやり、そして微笑んだ。
ミアージュの瞳も、咄嗟に同じ方向を見る。
……トートのゲートを指し示す街灯状の光が、辛うじて闇の中に小さい点としてその姿を表していた。
「見えたな」
「……うん。どんなトートだろうね?」
「さあな、想像も付かん」
「冷たいなあ、私の従者」
「『先が思いやられる』、という所感を咄嗟に飲み込んだ忠節を評価してから物を言え」
「ごめん」
舞台演劇のワンシーンさながらに崩れ落ちるミアージュを抱えながら、ナフカは先程まで闇しか見えなかった彼方に目をやり、そして微笑んだ。
ミアージュの瞳も、咄嗟に同じ方向を見る。
……トートのゲートを指し示す街灯状の光が、辛うじて闇の中に小さい点としてその姿を表していた。
「見えたな」
「……うん。どんなトートだろうね?」
「さあな、想像も付かん」
「冷たいなあ、私の従者」
「『先が思いやられる』、という所感を咄嗟に飲み込んだ忠節を評価してから物を言え」
「ごめん」
小脇に抱えたコートをナフカに押し付けるように返すと、錆の浮いた手すり状の柵に両肘をついた。
「……従者の献身を無碍にするとは、随分な主人だ」
「気持ちだけね。……本当に座るのは、なんか違うって思ったから」
「……少し解ってきたぞ。お前はなんというか……割と、勝手だな」
「へへ」
はにかむミアージュをしばらく見つめた後、ナフカはひとつ溜息をつくと、慣れた手つきでコートを羽織り直した。
「……ところで身勝手な俺の主人よ、ひとつ質問の許可をよこせ」
「なに?」
「足、痺れてたんだよな?」
「あ」
小脇に抱えたコートをナフカに押し付けるように返すと、錆の浮いた手すり状の柵に両肘をついた。
「……従者の献身を無碍にするとは、随分な主人だ」
「気持ちだけね。……本当に座るのは、なんか違うって思ったから」
「……少し解ってきたぞ。お前はなんというか……割と、勝手だな」
「へへ」
はにかむミアージュをしばらく見つめた後、ナフカはひとつ溜息をつくと、慣れた手つきでコートを羽織り直した。
「……ところで身勝手な俺の主人よ、ひとつ質問の許可をよこせ」
「なに?」
「足、痺れてたんだよな?」
「あ」
ナフカが腰を床面に戻さないまま、話題を変えるように切り出した。
「ブランクに車両の線路とはな……」
「今まではこういうの、無かったの?」
「少なくとも俺は見たことがない。そもそもブランク内は危険領域だ。このような設備を造れること自体が今までの常識と違う。……クライマーを見つけ次第、こうしてトート内へわざわざ保護してくれる、という制度も初だ」
「……それはつまり……クライマーに何かを期待してたり、とか?」
「おそらく。……それはそうと、中々良い読みだ。少しは板に付い……」
ナフカが満更でもなさそうに振り向き、再びその眉根をひそめた。
ナフカが腰を床面に戻さないまま、話題を変えるように切り出した。
「ブランクに車両の線路とはな……」
「今まではこういうの、無かったの?」
「少なくとも俺は見たことがない。そもそもブランク内は危険領域だ。このような設備を造れること自体が今までの常識と違う。……クライマーを見つけ次第、こうしてトート内へわざわざ保護してくれる、という制度も初だ」
「……それはつまり……クライマーに何かを期待してたり、とか?」
「おそらく。……それはそうと、中々良い読みだ。少しは板に付い……」
ナフカが満更でもなさそうに振り向き、再びその眉根をひそめた。
……驚いて顔を上げると、そこには勿論ナフカ。だがいつものコートがない。
殆ど同系統の色味のインナーと、その胸板を覆う軽装の防具が、今の彼の姿だった。
「下に敷け、少しはマシになるだろう……汚れが気になるというなら、知らん」
「嫌とかじゃなくて……これ、ナフカの……」
「その程度で破れるような代物なら、とっくの昔に使い捨てている」
……再びの大きな揺れ。
止まっていた思考が衝撃で戻る。ミアージュは静かに、折り畳まれたコートを受け取った。
……驚いて顔を上げると、そこには勿論ナフカ。だがいつものコートがない。
殆ど同系統の色味のインナーと、その胸板を覆う軽装の防具が、今の彼の姿だった。
「下に敷け、少しはマシになるだろう……汚れが気になるというなら、知らん」
「嫌とかじゃなくて……これ、ナフカの……」
「その程度で破れるような代物なら、とっくの昔に使い捨てている」
……再びの大きな揺れ。
止まっていた思考が衝撃で戻る。ミアージュは静かに、折り畳まれたコートを受け取った。
……ゴトゴトと、貨物のように揺られ、仄暗いブランクの中を運ばれている。
お世辞にも上等な造りとはいえない貨車の上。それが今、ふたりのいる場所。
貨車と言っても、大きな鉄の箱に車輪を付けたような上等な形式ではない。もっと簡素で、規模の大きいトロッコにすら近い。
ナフカは苦にしていない様子だが、ミラージュの方はといえば、尻の感覚が既に麻痺し、次の獲物めいて今度は太腿に鈍痛を伝えている有り様だった。
「……堪えるか?」
ナフカが唐突に、揺れも気にせず立ち上がった。その体幹は安定していて、まるで両足が床の下にまで根を張っているかのようだった。
……ゴトゴトと、貨物のように揺られ、仄暗いブランクの中を運ばれている。
お世辞にも上等な造りとはいえない貨車の上。それが今、ふたりのいる場所。
貨車と言っても、大きな鉄の箱に車輪を付けたような上等な形式ではない。もっと簡素で、規模の大きいトロッコにすら近い。
ナフカは苦にしていない様子だが、ミラージュの方はといえば、尻の感覚が既に麻痺し、次の獲物めいて今度は太腿に鈍痛を伝えている有り様だった。
「……堪えるか?」
ナフカが唐突に、揺れも気にせず立ち上がった。その体幹は安定していて、まるで両足が床の下にまで根を張っているかのようだった。
ミアージュの脳の奥で、ナフカの言葉が残響のように熱を帯びた。もう何度目かも数えていない。
そこに「この世すべての幸福」があると彼は言った。だが、率直な感想としては信じ難い。
だが、ミアージュはその常識に従うことに意図して反抗した。そも、自分が元いた世界のことを思えば、今の状況のほうが余程真実味がない。
何より、当のナフカが命を賭け、危険を犯し、その言葉を口にしている。
ならば「ありえない」で結論するのは、彼の求めるものに対する侮辱だ。
……何より。
そんな素っ頓狂な話を前に、胸の弾むような確かな期待を抱く自分がいた。
ミアージュの脳の奥で、ナフカの言葉が残響のように熱を帯びた。もう何度目かも数えていない。
そこに「この世すべての幸福」があると彼は言った。だが、率直な感想としては信じ難い。
だが、ミアージュはその常識に従うことに意図して反抗した。そも、自分が元いた世界のことを思えば、今の状況のほうが余程真実味がない。
何より、当のナフカが命を賭け、危険を犯し、その言葉を口にしている。
ならば「ありえない」で結論するのは、彼の求めるものに対する侮辱だ。
……何より。
そんな素っ頓狂な話を前に、胸の弾むような確かな期待を抱く自分がいた。
いつかの明日に、人類すべての《幸福》の夜明けを願いながら。
私は今日、この日の意識を静かに閉じる。
いつかの明日に、人類すべての《幸福》の夜明けを願いながら。
私は今日、この日の意識を静かに閉じる。
何しろ《最後の一体》を確保できるのは、今より更に数■年後である可能性が普通にある。
勿論確率の話であるし、それは明日である可能性もあるが、そんな都合の良い事態はおそらくないだろう。業腹だが、期待した可能性ほど何故かするりと掌を抜けるものである。
だが、それでも。内から自身を突き破らんばかりの高揚感は、堪え難いと言わざるを得ない。
——ようやくここまで漕ぎ着けた。
きっとここからが体感としては一番長くなるだろうが、これまでも中々だった。
あとたった一つ、祝福の棺が埋まるその日に。
豊穣の祭儀が幕を開け、すべての獣共は討ち滅ぼされる朝が来る。
何しろ《最後の一体》を確保できるのは、今より更に数■年後である可能性が普通にある。
勿論確率の話であるし、それは明日である可能性もあるが、そんな都合の良い事態はおそらくないだろう。業腹だが、期待した可能性ほど何故かするりと掌を抜けるものである。
だが、それでも。内から自身を突き破らんばかりの高揚感は、堪え難いと言わざるを得ない。
——ようやくここまで漕ぎ着けた。
きっとここからが体感としては一番長くなるだろうが、これまでも中々だった。
あとたった一つ、祝福の棺が埋まるその日に。
豊穣の祭儀が幕を開け、すべての獣共は討ち滅ぼされる朝が来る。