陣立ては万全、支度に申し分なし、士気もまた然り。扇に月を染め付けた幔幕は厳かに誇らかに、広げた陣図に配した駒に交わした軍議に聊かの憂いはなく。誰も彼もが此度の勝利を信じ交わした水盃を砕く其の一瞬、向けられた義弟の眼がゆっくりと細まる。然らばを告げる目顔を制し、勝利の宴をと先を約す
August 2, 2025 at 8:00 PM
陣立ては万全、支度に申し分なし、士気もまた然り。扇に月を染め付けた幔幕は厳かに誇らかに、広げた陣図に配した駒に交わした軍議に聊かの憂いはなく。誰も彼もが此度の勝利を信じ交わした水盃を砕く其の一瞬、向けられた義弟の眼がゆっくりと細まる。然らばを告げる目顔を制し、勝利の宴をと先を約す
去った夜に容を与えたらこうなるのかも知れないと、ただひとつ残された黒羽を取り上げる。重みも幽かな艶やかな文字通りの濡羽色は、夜闇のゆめまぼろしに実体を与える。彼我の区別なく溶けるくらやみに如何ほどの意味があろうか。ましてやあの無音に。然れども、そう、此の身には確かに熱が刻まれた。
August 2, 2025 at 7:43 PM
去った夜に容を与えたらこうなるのかも知れないと、ただひとつ残された黒羽を取り上げる。重みも幽かな艶やかな文字通りの濡羽色は、夜闇のゆめまぼろしに実体を与える。彼我の区別なく溶けるくらやみに如何ほどの意味があろうか。ましてやあの無音に。然れども、そう、此の身には確かに熱が刻まれた。
年の瀬に定番の旋律が不意と耳を掠める。浮き立つ煌めきに彩られた街に、知らずはしゃぐ心のまま傍らへと向けた見上げる面に慣れた巨躯は見つからない。ああそうかと思い直す胸に吹き付ける寒風は愛猫を抱いていても生半に和らがず、凍れる夜が頬を強張らせる。沁みる冬の寒さはあのひとがいないがゆえ
August 2, 2025 at 7:10 PM
年の瀬に定番の旋律が不意と耳を掠める。浮き立つ煌めきに彩られた街に、知らずはしゃぐ心のまま傍らへと向けた見上げる面に慣れた巨躯は見つからない。ああそうかと思い直す胸に吹き付ける寒風は愛猫を抱いていても生半に和らがず、凍れる夜が頬を強張らせる。沁みる冬の寒さはあのひとがいないがゆえ
じゃあな、と明かな声を残し虎縞模様の猫を連れた彼が去って行く。無音で見送る顔を不意に此方に向け、音のない溜息が盛大に吐き出される。つい先刻まで肉の薄い長身を抱き締めていた己が両手を示し、まだ解っていないらしいと、大げさな身振り。困った風を装って、されど緩んだ其の顔はどうしたものか
August 2, 2025 at 6:52 PM
じゃあな、と明かな声を残し虎縞模様の猫を連れた彼が去って行く。無音で見送る顔を不意に此方に向け、音のない溜息が盛大に吐き出される。つい先刻まで肉の薄い長身を抱き締めていた己が両手を示し、まだ解っていないらしいと、大げさな身振り。困った風を装って、されど緩んだ其の顔はどうしたものか
眠れぬ夜を明かした眼に、差し込む朝日は眩しすぎる。厭うように逃れるように褥の中、背を丸める。とろりと忍び寄る微睡みに鎖す視界で、潜めたつもりでまるで甲斐ない重い響きが、広綱殿、名を呼ばう。朝餉の支度ができたそうですよ。漂う温かいにおいが待ちきれないか、起床を促す義兄の腹が鳴った。
January 8, 2025 at 3:54 PM
眠れぬ夜を明かした眼に、差し込む朝日は眩しすぎる。厭うように逃れるように褥の中、背を丸める。とろりと忍び寄る微睡みに鎖す視界で、潜めたつもりでまるで甲斐ない重い響きが、広綱殿、名を呼ばう。朝餉の支度ができたそうですよ。漂う温かいにおいが待ちきれないか、起床を促す義兄の腹が鳴った。
真っ直ぐに駆け寄る肢体はひとつ手前で軽やかに飛び上がる。太ももの辺りに立てられた爪は痛い。抱き上げつつ隠していたおやつを取り出してやれば、虎縞模様の猫はぎらりと目を光らせる。素直な反応は飼い主譲りか。すっかり懐いたな。裏表のない明るい声音は誰のことやら、期待するだけの根拠はあった
January 7, 2025 at 3:46 PM
真っ直ぐに駆け寄る肢体はひとつ手前で軽やかに飛び上がる。太ももの辺りに立てられた爪は痛い。抱き上げつつ隠していたおやつを取り出してやれば、虎縞模様の猫はぎらりと目を光らせる。素直な反応は飼い主譲りか。すっかり懐いたな。裏表のない明るい声音は誰のことやら、期待するだけの根拠はあった
土器を満たす水は澄んでいる。掲げる手で上げる眼で呼ばれるように引かれるように視線は絡む。清水は喉を潤し干された盃は足下で砕ける。今や遅しの閧の声、旗指し物は色も取り取りに翻る。彼方に犇めく軍勢を想い、願いを口にする。武運を。異口同音、図らずも重なった響きが義弟の面に笑みを刷いた。
January 7, 2025 at 3:32 PM
土器を満たす水は澄んでいる。掲げる手で上げる眼で呼ばれるように引かれるように視線は絡む。清水は喉を潤し干された盃は足下で砕ける。今や遅しの閧の声、旗指し物は色も取り取りに翻る。彼方に犇めく軍勢を想い、願いを口にする。武運を。異口同音、図らずも重なった響きが義弟の面に笑みを刷いた。
大股の足で、一歩二歩。跳ねる軽さのまま冗談めいて其の手を握る。広くて肉厚の左手は苦しいくらいに温かい。どうしましたか。目線を下に尋ねてくる低い声になんでもないと頭を振って、繋いだこの手が離れなければ、そんな馬鹿なことを思う。遠回りしたい帰り道、そのこころはもう少しだけ胸のうちに。
January 6, 2025 at 3:45 PM
大股の足で、一歩二歩。跳ねる軽さのまま冗談めいて其の手を握る。広くて肉厚の左手は苦しいくらいに温かい。どうしましたか。目線を下に尋ねてくる低い声になんでもないと頭を振って、繋いだこの手が離れなければ、そんな馬鹿なことを思う。遠回りしたい帰り道、そのこころはもう少しだけ胸のうちに。
駆ける春風に緋毛氈が煽られる。小田原の桜を望む一席は風流ではあったが些か日が悪い。波立つ花弁を彼我の間に、老爺の趣向に付き合う彼が此方を仰ぎ見る。折角の野点だ、忍殿も同席させては。気安い提案に濃茶を啜る己が主はうむと頷く。名を呼ぶ声は甲高い。揺れる枝を見詰める苦笑に観念を覚えた。
November 24, 2024 at 3:57 PM
駆ける春風に緋毛氈が煽られる。小田原の桜を望む一席は風流ではあったが些か日が悪い。波立つ花弁を彼我の間に、老爺の趣向に付き合う彼が此方を仰ぎ見る。折角の野点だ、忍殿も同席させては。気安い提案に濃茶を啜る己が主はうむと頷く。名を呼ぶ声は甲高い。揺れる枝を見詰める苦笑に観念を覚えた。
November 19, 2024 at 1:47 PM
November 19, 2024 at 1:46 PM
此処にも居ない、何処にも居ない。気付けば現れる姿が見えないのは少しだけ調子が狂う。何時もの校舎裏へともう一度向ける足の先に、学帽から覗く茜を見つける。待て。響く静止に軽く振り返る横顔には霞のような微笑。追って来いと挑戦的に翻るしなやかな体躯に人波を掻き分けて、かくして鬼ごとは続く
November 18, 2024 at 3:51 PM
此処にも居ない、何処にも居ない。気付けば現れる姿が見えないのは少しだけ調子が狂う。何時もの校舎裏へともう一度向ける足の先に、学帽から覗く茜を見つける。待て。響く静止に軽く振り返る横顔には霞のような微笑。追って来いと挑戦的に翻るしなやかな体躯に人波を掻き分けて、かくして鬼ごとは続く
高い、高い空を背に、明かな笑まいは陽に滲む。棚引く青すら何れは空に飲まれてしまいそうで、不安の心地は音と成る。広綱殿。呼び声に応える眼差しは何処までも強かに現世に立つ。惑いを断つかの如く腕に飛び込む躰は重みが足りない。案じるくらいなら捕まえてくれと。一笑に伏す言葉こそがはかなく。
November 18, 2024 at 3:38 PM
高い、高い空を背に、明かな笑まいは陽に滲む。棚引く青すら何れは空に飲まれてしまいそうで、不安の心地は音と成る。広綱殿。呼び声に応える眼差しは何処までも強かに現世に立つ。惑いを断つかの如く腕に飛び込む躰は重みが足りない。案じるくらいなら捕まえてくれと。一笑に伏す言葉こそがはかなく。
November 18, 2024 at 10:57 AM
November 18, 2024 at 10:56 AM
浄く在るべき幽さは俄の紊れに荒れ狂う。千々の波紋に筋交うは紅、凍ばれる大気を侵すは血煙。またひとつ、無念の呻き。斃れた獣を踏み付け踏み越え、具足の響きは十重二十重。長柄の直槍片手に毅然を装う頬が氷る。愛劫殺劫犯す苦痛も鎖す覚悟を愚か者の一手と断ずべきか、判らぬ己こそが愚者である。
November 16, 2024 at 6:22 PM
浄く在るべき幽さは俄の紊れに荒れ狂う。千々の波紋に筋交うは紅、凍ばれる大気を侵すは血煙。またひとつ、無念の呻き。斃れた獣を踏み付け踏み越え、具足の響きは十重二十重。長柄の直槍片手に毅然を装う頬が氷る。愛劫殺劫犯す苦痛も鎖す覚悟を愚か者の一手と断ずべきか、判らぬ己こそが愚者である。
山と積まれた照柿は義兄の手に収まれば可笑しいくらいにちいさく見えた。皮を剥けるほどの器用さはなく、小刀で不格好に割った一片は歪に尽きる。雫が垂れるほど熟れた果実を摘み汚れた指を寄せられる。食べごろですよと薦める面が見事なまでに朱を刷いていて、笑い飛ばす気にもなれず指ごと口に含む。
November 16, 2024 at 5:41 PM
山と積まれた照柿は義兄の手に収まれば可笑しいくらいにちいさく見えた。皮を剥けるほどの器用さはなく、小刀で不格好に割った一片は歪に尽きる。雫が垂れるほど熟れた果実を摘み汚れた指を寄せられる。食べごろですよと薦める面が見事なまでに朱を刷いていて、笑い飛ばす気にもなれず指ごと口に含む。
November 16, 2024 at 1:32 PM
November 16, 2024 at 1:32 PM
November 15, 2024 at 9:26 AM
November 15, 2024 at 9:25 AM
November 13, 2024 at 2:03 PM
November 13, 2024 at 2:02 PM
三寸三分の其の先に、届けと願ってしかし我が身は微動だにせず、残り火めいた紫電を纏うが鎧が痛い。銀光放つ六爪構える独眼竜、対峙するは白虎従う義弟の一槍。風に混じる血臭振り切り、常陸介殿は獲らせない、激する氷結が渦を巻く。青い雷光に奮い立つ胸には炎熱。届かせる、約し鬼は虎に並び立つ。
November 12, 2024 at 4:07 PM
三寸三分の其の先に、届けと願ってしかし我が身は微動だにせず、残り火めいた紫電を纏うが鎧が痛い。銀光放つ六爪構える独眼竜、対峙するは白虎従う義弟の一槍。風に混じる血臭振り切り、常陸介殿は獲らせない、激する氷結が渦を巻く。青い雷光に奮い立つ胸には炎熱。届かせる、約し鬼は虎に並び立つ。
虎縞模様の猫と其の飼い主、頼んでいた写真に紛れ込んでいた数葉は彼にしては珍しい被写体である。どんな風の吹き回しかと揶揄ったつもりが、学帽が特徴的な友人は得意げに一枚を示す。可愛いだろう、とそんな素振り。ご執心の噂は真だったか。こいつがこんな態度を見せる青い鉢巻の彼が少し気の毒だ。
November 12, 2024 at 3:26 PM
虎縞模様の猫と其の飼い主、頼んでいた写真に紛れ込んでいた数葉は彼にしては珍しい被写体である。どんな風の吹き回しかと揶揄ったつもりが、学帽が特徴的な友人は得意げに一枚を示す。可愛いだろう、とそんな素振り。ご執心の噂は真だったか。こいつがこんな態度を見せる青い鉢巻の彼が少し気の毒だ。