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※『三山 千日』もしくは『刻斗.』の創作物(イラスト、文、画像、雑貨)は全文もしくは一部の無断転載、無断使用、生成AIの学習、盗作を固くお断りします。
※『混沌から星屑を拾う』は上記URLとbluesky、タイッツー以外では公開しておりません。
短篇集『混沌から星屑を拾う』 ncode.syosetu.com/n5779je/
本日更新しました。
『恋と甘味』真冬と恋と不思議な話を7本収録 ncode.syosetu.com/n5779je/86
短篇集『混沌から星屑を拾う』 ncode.syosetu.com/n5779je/
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『恋と甘味』真冬と恋と不思議な話を7本収録 ncode.syosetu.com/n5779je/86
雪が飽きずに舞う銀世界。
草木も眠る深夜にこっそりと家を出る。
空には月も星もない。
雪は町を覆い、誰に侵されることなく鎮座し、粛々と風鳴り以外の音を呑み続けていた。
僕は庭の南天の実を一枝分毟り、赤を一粒ずつ落としながら、最寄りの辻へ向かう。
辿り着いた辻の中央、縦横の道の交点にして凍風が交わる場所。
ふいに無音になり、真上から視線を感じた。
仰ぐ先、頭の真上に、人頭ほどの巨大な白椿がこちらを凝視している。正確には、手中の赤い実を。
求められている。だからその場に実を捧げた。
明日はきっと、この町の椿が余すことなく赤に成り、長く降り続けた雪も止むだろう。
雪が飽きずに舞う銀世界。
草木も眠る深夜にこっそりと家を出る。
空には月も星もない。
雪は町を覆い、誰に侵されることなく鎮座し、粛々と風鳴り以外の音を呑み続けていた。
僕は庭の南天の実を一枝分毟り、赤を一粒ずつ落としながら、最寄りの辻へ向かう。
辿り着いた辻の中央、縦横の道の交点にして凍風が交わる場所。
ふいに無音になり、真上から視線を感じた。
仰ぐ先、頭の真上に、人頭ほどの巨大な白椿がこちらを凝視している。正確には、手中の赤い実を。
求められている。だからその場に実を捧げた。
明日はきっと、この町の椿が余すことなく赤に成り、長く降り続けた雪も止むだろう。
昼食後、「作ってみたの」と言い添えて、ドーナツを貰った。
てのひらサイズなのに、持つとズシリと重くて、質量の違和感に一瞬だけ戸惑う。
荒野に転がる岩のような、冒険心を擽る武骨なフォルム。
キツネ色の生地の上に分厚く載る、マットな色味のチョコレート。
触れた指をじとりと濡らす油。
割ると感じる確かな手応えと、みっちりと詰まった玉子色の生地は沖縄ドーナツを思い起こさせる。
可愛さよりも腹持ちを優先させたのかな。朝と昼を食べ損ねた日のおやつ用かと勘繰らずにはいられない、ヘビーなそれを、食後のデザートに出してくれた貴方のために、自分には別腹があるのだと即席の暗示を掛けた。
昼食後、「作ってみたの」と言い添えて、ドーナツを貰った。
てのひらサイズなのに、持つとズシリと重くて、質量の違和感に一瞬だけ戸惑う。
荒野に転がる岩のような、冒険心を擽る武骨なフォルム。
キツネ色の生地の上に分厚く載る、マットな色味のチョコレート。
触れた指をじとりと濡らす油。
割ると感じる確かな手応えと、みっちりと詰まった玉子色の生地は沖縄ドーナツを思い起こさせる。
可愛さよりも腹持ちを優先させたのかな。朝と昼を食べ損ねた日のおやつ用かと勘繰らずにはいられない、ヘビーなそれを、食後のデザートに出してくれた貴方のために、自分には別腹があるのだと即席の暗示を掛けた。
雪山とか入道雲を想起させる、こんもりとした真っ白なメレンゲが載った、涙が出るほど酸っぱいレモンカードと甘いあまいカスタード。
泣くのを必死に堪えて買ったレモンタルトに、とびきり丁寧に淹れた紅茶を添えて、一人ぽっちの台所で食べた。
初夏の、真正直で遠慮のない陽が差す南側の窓を眺めながら、ほんのちょっぴり一口ずつのレモンタルトの欠片を口に入れる。
あまりに酸っぱくて、鼻の奥がツンと痛い。
ほのかな苦味が舌を虐める。
とびきり甘いカスタードが口内をじんわりと慰め、レモンの青さが余韻で残った。
紅茶を口に含むとき、頬を涙が伝ったのをレモンのせいにして、すべて終わったことにする。
雪山とか入道雲を想起させる、こんもりとした真っ白なメレンゲが載った、涙が出るほど酸っぱいレモンカードと甘いあまいカスタード。
泣くのを必死に堪えて買ったレモンタルトに、とびきり丁寧に淹れた紅茶を添えて、一人ぽっちの台所で食べた。
初夏の、真正直で遠慮のない陽が差す南側の窓を眺めながら、ほんのちょっぴり一口ずつのレモンタルトの欠片を口に入れる。
あまりに酸っぱくて、鼻の奥がツンと痛い。
ほのかな苦味が舌を虐める。
とびきり甘いカスタードが口内をじんわりと慰め、レモンの青さが余韻で残った。
紅茶を口に含むとき、頬を涙が伝ったのをレモンのせいにして、すべて終わったことにする。
君に恋をしてから、真っ赤でとびきり甘酸っぱいベリータルトを無性に食べたくなることが増えた。
人混みの中にいた君が、私に気付いてくれたとき。
一人、物思いに耽っていた君が、私に気付いて微笑んだとき。
私のよりも骨張って、厚くて少し硬い手に触れられたとき。
初めて名前で呼ばれたとき。
困ってる私の所に、走って駆け寄り、誰よりも心配してくれたとき。
私だけに見せてくれているであろう君の一面に、ドキドキして、堪らなく嬉しくて、胸がきゅうっと苦しくて、わあっと叫びたくなる衝動を抑えたいときに、目にも舌にも鼻にも刺激的なベリータルトがうってつけなんだ。
だから、ねえ、一緒に食べよ。
君に恋をしてから、真っ赤でとびきり甘酸っぱいベリータルトを無性に食べたくなることが増えた。
人混みの中にいた君が、私に気付いてくれたとき。
一人、物思いに耽っていた君が、私に気付いて微笑んだとき。
私のよりも骨張って、厚くて少し硬い手に触れられたとき。
初めて名前で呼ばれたとき。
困ってる私の所に、走って駆け寄り、誰よりも心配してくれたとき。
私だけに見せてくれているであろう君の一面に、ドキドキして、堪らなく嬉しくて、胸がきゅうっと苦しくて、わあっと叫びたくなる衝動を抑えたいときに、目にも舌にも鼻にも刺激的なベリータルトがうってつけなんだ。
だから、ねえ、一緒に食べよ。
短篇集『混沌から星屑を拾う』 ncode.syosetu.com/n5779je/
(月曜日だけど)本日更新しました。
『カラスとモヤシ』
極寒ネタと窓際族の話詰め合わせ
ncode.syosetu.com/n5779je/85/
短篇集『混沌から星屑を拾う』 ncode.syosetu.com/n5779je/
(月曜日だけど)本日更新しました。
『カラスとモヤシ』
極寒ネタと窓際族の話詰め合わせ
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朝から吹雪くような寒い日。
脱衣所も浴室も凍えるくらいに寒くて、服を脱いだら浴室に飛び込み、藁にも縋る思いでお湯を被り、忙しなく全身を洗ってから浴槽に沈む。
水温四一度。体温ならば高熱だけど、浸かる分には極楽だ。
ちゃぷりちゃぷりと波立つお湯に、肩も首も顎も鼻先までも埋め、うっとりと瞼を閉じる。
どうして、寒い日の布団の中と浴槽の中は、時間があっという間に流れるのだろうね。
幸せというものは、得てしてまたたく間に過ぎねばならないようになっているのかな。
お湯から上がった濡れた肌は、極寒地獄に放られたように凍えちまうよ。
入浴は極楽か地獄か、迷うくらいの寒暖差が恨めしい。
朝から吹雪くような寒い日。
脱衣所も浴室も凍えるくらいに寒くて、服を脱いだら浴室に飛び込み、藁にも縋る思いでお湯を被り、忙しなく全身を洗ってから浴槽に沈む。
水温四一度。体温ならば高熱だけど、浸かる分には極楽だ。
ちゃぷりちゃぷりと波立つお湯に、肩も首も顎も鼻先までも埋め、うっとりと瞼を閉じる。
どうして、寒い日の布団の中と浴槽の中は、時間があっという間に流れるのだろうね。
幸せというものは、得てしてまたたく間に過ぎねばならないようになっているのかな。
お湯から上がった濡れた肌は、極寒地獄に放られたように凍えちまうよ。
入浴は極楽か地獄か、迷うくらいの寒暖差が恨めしい。
短篇集『混沌から星屑を拾う』
300字~9千字程度のジャンル様々な短篇小説を収録しています(BLも一部あり)
ncode.syosetu.com/n5779je/
長編小説『ひとりじゃなくふたり』
生真面目で不器用な『兄貴』と人懐っこくて料理好きな『弟』の、クソ親父の死から始まるなりたて『兄弟』の日常譚
ncode.syosetu.com/n6529ik/
短篇集『混沌から星屑を拾う』
300字~9千字程度のジャンル様々な短篇小説を収録しています(BLも一部あり)
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長編小説『ひとりじゃなくふたり』
生真面目で不器用な『兄貴』と人懐っこくて料理好きな『弟』の、クソ親父の死から始まるなりたて『兄弟』の日常譚
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些細なことから厄介なことまでこなす器用な人かと思えば、ある瞬間にふっと糸が切れたように動きを止めたり、誰もいない所で蹲って泣いている君。
「もっと、わたしとか他人に甘えていいんじゃない?」
物置と化した屋上のドアの脇、目を赤くして体育坐りをしている君の隣に坐り、なるべく重くならないように意識して言えば、グズリと鼻を鳴らして、口を尖らす。
「わかんないんだ」
「なにがよ」
「甘え方とか頼り方」
「それで一人で頑張ってたの?」
「はい」
バツが悪そうに頷く君を見て、不器用な部分を知れたことに、ちょっぴり優越感を覚えたりして。君の甘える先に立候補してもいいかなってくらいにはね。
些細なことから厄介なことまでこなす器用な人かと思えば、ある瞬間にふっと糸が切れたように動きを止めたり、誰もいない所で蹲って泣いている君。
「もっと、わたしとか他人に甘えていいんじゃない?」
物置と化した屋上のドアの脇、目を赤くして体育坐りをしている君の隣に坐り、なるべく重くならないように意識して言えば、グズリと鼻を鳴らして、口を尖らす。
「わかんないんだ」
「なにがよ」
「甘え方とか頼り方」
「それで一人で頑張ってたの?」
「はい」
バツが悪そうに頷く君を見て、不器用な部分を知れたことに、ちょっぴり優越感を覚えたりして。君の甘える先に立候補してもいいかなってくらいにはね。
あなたがほしい
ずっと待っていた言葉だったので、自分は喜んで頷いた。
それから心臓の鍵を開けて、喉元からおへそまで一気にジッパーを下げる。白い肋と真っ黒な腹の中が曝け出された。
あなたは最初、慌てて手で口を覆い、真っ青な顔をして震えていたけれど、恐る恐る自分の中を見て、その大きな差目を見開く。
「きれい。ガーネットの塊がやわらかく光ってる」
肋の奥に潜む自分の心臓は、あなたの視線を受けて更に光を強くした。
この光はあなたが灯したものだ。
「心臓に名前を書いて。それで自分はあなたのものです」
あなたの指が肋の隙を通り、心臓に触れる。
指先が心臓に触れる、この高揚感。
あなたがほしい
ずっと待っていた言葉だったので、自分は喜んで頷いた。
それから心臓の鍵を開けて、喉元からおへそまで一気にジッパーを下げる。白い肋と真っ黒な腹の中が曝け出された。
あなたは最初、慌てて手で口を覆い、真っ青な顔をして震えていたけれど、恐る恐る自分の中を見て、その大きな差目を見開く。
「きれい。ガーネットの塊がやわらかく光ってる」
肋の奥に潜む自分の心臓は、あなたの視線を受けて更に光を強くした。
この光はあなたが灯したものだ。
「心臓に名前を書いて。それで自分はあなたのものです」
あなたの指が肋の隙を通り、心臓に触れる。
指先が心臓に触れる、この高揚感。
一段と寒さが厳しくなった頃、バッテリーの減りの早さに首を傾げ、半月すると一日の充電回数が増えた。
それからひと月しない内に、画面の一部に小さな白いモヤがかかり、画面の不具合とバッテリーの膨張のどちらだろうと疑う。
ある夜、スマホを覗いたら、画面が赤茶に染まっていて、死相のようだと戦慄した。
画面の焼き付きは一晩で解消したけれど、バッテリーは何をせずとも減っていき、別れは秒読みと悟る。
バッテリーを交換しても無駄と観念したのは、電源を入れ直す度にリカバリーモードになるから。
初期化が終わって画面に現れた「ようこそ」の字は心停止の警報音のよう。
一段と寒さが厳しくなった頃、バッテリーの減りの早さに首を傾げ、半月すると一日の充電回数が増えた。
それからひと月しない内に、画面の一部に小さな白いモヤがかかり、画面の不具合とバッテリーの膨張のどちらだろうと疑う。
ある夜、スマホを覗いたら、画面が赤茶に染まっていて、死相のようだと戦慄した。
画面の焼き付きは一晩で解消したけれど、バッテリーは何をせずとも減っていき、別れは秒読みと悟る。
バッテリーを交換しても無駄と観念したのは、電源を入れ直す度にリカバリーモードになるから。
初期化が終わって画面に現れた「ようこそ」の字は心停止の警報音のよう。
深夜。救急車を横目に併設の駐車場から早足で病院へ。
警備員以外に人気のない暗い空間。
僅かな明かりを頼りに辿々しく進む心細さ。
リノリウムが反射する白い照明、床を踏む音のなんて薄ら寒い。
廊下を曲がった先、処置室の前の長椅子に身内の姿。
「遅れてごめん」
小声なのに、消毒薬臭い閑散とした空間にやけに響き、慌てて口を塞ぐ。
今、何が起きているのかわからないけれど、大変なことが秒読みで待ち受けている予感がした。
事が起きてからずっと不安。
そんな、終わりのはじまりを体験してから一年が経とうとしている今、ふと思い出したのは、機械仕掛けの相棒に引導を渡すと決めたからだった。
深夜。救急車を横目に併設の駐車場から早足で病院へ。
警備員以外に人気のない暗い空間。
僅かな明かりを頼りに辿々しく進む心細さ。
リノリウムが反射する白い照明、床を踏む音のなんて薄ら寒い。
廊下を曲がった先、処置室の前の長椅子に身内の姿。
「遅れてごめん」
小声なのに、消毒薬臭い閑散とした空間にやけに響き、慌てて口を塞ぐ。
今、何が起きているのかわからないけれど、大変なことが秒読みで待ち受けている予感がした。
事が起きてからずっと不安。
そんな、終わりのはじまりを体験してから一年が経とうとしている今、ふと思い出したのは、機械仕掛けの相棒に引導を渡すと決めたからだった。
陰気で野暮ったく、吹けば飛びそうな、ともすれば、この黴臭い調書の墓場を巣にしそうな印象の客が訪ねてきた……と思えば、新人だった。しかもエリート組。
こんな、容疑者を逃がしちまいそうな腐りかけのモヤシみたいなのを配属して、人事は何考えてんだ?
調書詰めのキャビネットの隅を凝視する新人の、あまりにも頼りない気配に眉を顰めて思い直す。
……だから、この墓場に追いやったってわけか。どいつもこいつもご愁傷様。
棒飴を齧りながらため息を漏らすと、新人が分厚くて"中身の薄い"調書を手にやってきた。
「この怪異が関わったと思しき現場に行ってきます」
新人は墓場から心霊スポット巡りをするらしい。
陰気で野暮ったく、吹けば飛びそうな、ともすれば、この黴臭い調書の墓場を巣にしそうな印象の客が訪ねてきた……と思えば、新人だった。しかもエリート組。
こんな、容疑者を逃がしちまいそうな腐りかけのモヤシみたいなのを配属して、人事は何考えてんだ?
調書詰めのキャビネットの隅を凝視する新人の、あまりにも頼りない気配に眉を顰めて思い直す。
……だから、この墓場に追いやったってわけか。どいつもこいつもご愁傷様。
棒飴を齧りながらため息を漏らすと、新人が分厚くて"中身の薄い"調書を手にやってきた。
「この怪異が関わったと思しき現場に行ってきます」
新人は墓場から心霊スポット巡りをするらしい。
スマホを2,3年おきに換える人ってどうやってこんな面倒なスマホ選びをしてるんでしょうね?偉いなあ
スマホを2,3年おきに換える人ってどうやってこんな面倒なスマホ選びをしてるんでしょうね?偉いなあ
短編集『混沌から星屑を拾う』
ncode.syosetu.com/n5779je/
1/30、当作品にご感想をいただきました。
既になろうを退会なされた方らしく、直接の返信ができないので、メインで作品紹介をしているこちらにてお礼をさせてください。
たくさんのお話をお読みいただいた上に、ご感想まで頂戴し、感謝の限りです。当作品の感想をなろうでいただいたのも初めてだったこともあり、本当に嬉しかったです。
食事に纏わる話は書く側も読まれる方も楽しめるようですね。坦々とした日常に潜む怪奇、不穏もまた然り。楽しんでいただけたようで何よりです。また、いつでも読みにいらしてくださいませ。
短編集『混沌から星屑を拾う』
ncode.syosetu.com/n5779je/
1/30、当作品にご感想をいただきました。
既になろうを退会なされた方らしく、直接の返信ができないので、メインで作品紹介をしているこちらにてお礼をさせてください。
たくさんのお話をお読みいただいた上に、ご感想まで頂戴し、感謝の限りです。当作品の感想をなろうでいただいたのも初めてだったこともあり、本当に嬉しかったです。
食事に纏わる話は書く側も読まれる方も楽しめるようですね。坦々とした日常に潜む怪奇、不穏もまた然り。楽しんでいただけたようで何よりです。また、いつでも読みにいらしてくださいませ。
髪もスーツもネクタイも靴も、上から下まで真っ黒で、藪睨みの眼も真っ黒。
真夏の影が立ち上がったか、鴉の化身か、死神か。
まだ肌寒い春の午前中、陽光届かぬ鉄筋コンクリート地下二階で、初めて貴方を見たとき、私はとんでもない部署に配属されたものだとおののいた。
仏頂面の貴方は、壁を埋め、部署の半分を占める、埃臭い捜査調書の山に向かいながら、こちらに向くことなく問う。
「で、あんたはこの調書のどれから抜け出した亡霊で、どんな謎をこの地下二階の墓穴からほじくり返そうとしてるわけ?」
刑事の成れの果ては、奈落の底より暗い目で、気怠げにこちらに向いた。
髪もスーツもネクタイも靴も、上から下まで真っ黒で、藪睨みの眼も真っ黒。
真夏の影が立ち上がったか、鴉の化身か、死神か。
まだ肌寒い春の午前中、陽光届かぬ鉄筋コンクリート地下二階で、初めて貴方を見たとき、私はとんでもない部署に配属されたものだとおののいた。
仏頂面の貴方は、壁を埋め、部署の半分を占める、埃臭い捜査調書の山に向かいながら、こちらに向くことなく問う。
「で、あんたはこの調書のどれから抜け出した亡霊で、どんな謎をこの地下二階の墓穴からほじくり返そうとしてるわけ?」
刑事の成れの果ては、奈落の底より暗い目で、気怠げにこちらに向いた。
スマートフォンの小さな違和感に気付いた頃から着々と、だが月日にしてみればあっという間に、寿命が尽きようとするのは、人も物も同じらしい。
今になって思えば、前から小さな違和感はあった。
ブラウザの反応の鈍さ、表示の遅れ、バッテリーの減りの早さ。
画面の一部に白いモヤが浮いているなと思っていたら、中央が赤黒く染まったのには流石に怯えた。死ぬのはスマートフォンのバッテリーではなく、私なのかと、一瞬だけ変な汗が出たほどだ。
どうやら、バッテリーも本体も限界らしい。無理をさせた。
長く付き合ったものほど、別れは急に訪れるものだと、この一年で何度突きつけられたことか。
スマートフォンの小さな違和感に気付いた頃から着々と、だが月日にしてみればあっという間に、寿命が尽きようとするのは、人も物も同じらしい。
今になって思えば、前から小さな違和感はあった。
ブラウザの反応の鈍さ、表示の遅れ、バッテリーの減りの早さ。
画面の一部に白いモヤが浮いているなと思っていたら、中央が赤黒く染まったのには流石に怯えた。死ぬのはスマートフォンのバッテリーではなく、私なのかと、一瞬だけ変な汗が出たほどだ。
どうやら、バッテリーも本体も限界らしい。無理をさせた。
長く付き合ったものほど、別れは急に訪れるものだと、この一年で何度突きつけられたことか。
超寒い日に食べる、熱々ラーメン最高!
楽しみに取っておいた煮卵を一口で頬張り、スープを飲み、やっとこさお腹がポカポカになって、ウチ、上機嫌。
ほーっと、大満足の息を吐いていると、小さな吐息が聞こえた。向かいのキミだ。
スープから引き上げた麺をよく吹き冷まして口に入れ、何度かに分けて啜ってる。
(きれいに食べるなあ)
湯気で眼鏡が曇ってるのが気になったのか、麺を頬張りながら眼鏡を外して、胸ポケットにしまった。
麺を吹き冷ましてから啜るまでの伏し目と長い睫毛に見取れちゃう。
眼鏡のない、いつもとはちょっとだけ馴染みのないキミの顔を見られたから、冬のラーメンはやっぱり最高。
超寒い日に食べる、熱々ラーメン最高!
楽しみに取っておいた煮卵を一口で頬張り、スープを飲み、やっとこさお腹がポカポカになって、ウチ、上機嫌。
ほーっと、大満足の息を吐いていると、小さな吐息が聞こえた。向かいのキミだ。
スープから引き上げた麺をよく吹き冷まして口に入れ、何度かに分けて啜ってる。
(きれいに食べるなあ)
湯気で眼鏡が曇ってるのが気になったのか、麺を頬張りながら眼鏡を外して、胸ポケットにしまった。
麺を吹き冷ましてから啜るまでの伏し目と長い睫毛に見取れちゃう。
眼鏡のない、いつもとはちょっとだけ馴染みのないキミの顔を見られたから、冬のラーメンはやっぱり最高。
凍える日、あなたは自分を中華飯店に引きずり込んだ。
油のにおい、年季の入ったカウンター、テーブルも椅子もペタペタ。いつも傍目で通り過ぎていた店の中は興味深い。
「ウチ、ラーメン! キミは」
「自分それで」
あなたは座るなり献立を決めたものだから、反射的に答えてしまった。
寒い日のラーメンは、どうしてこんなに湯気が上がるのか。
予想される熱さに怯み、一掬いの麺を吹き冷ます間、向かいのあなたは豪快に麺を啜る。
大胆な一掬いが瞬く間に口内に吸い込まれていく。熱でうっすらと上気する顔、時折、髪を耳に掛ける仕草に惹かれる。
このひとはなんて、おいしそうにラーメンを食べるのだろう。
凍える日、あなたは自分を中華飯店に引きずり込んだ。
油のにおい、年季の入ったカウンター、テーブルも椅子もペタペタ。いつも傍目で通り過ぎていた店の中は興味深い。
「ウチ、ラーメン! キミは」
「自分それで」
あなたは座るなり献立を決めたものだから、反射的に答えてしまった。
寒い日のラーメンは、どうしてこんなに湯気が上がるのか。
予想される熱さに怯み、一掬いの麺を吹き冷ます間、向かいのあなたは豪快に麺を啜る。
大胆な一掬いが瞬く間に口内に吸い込まれていく。熱でうっすらと上気する顔、時折、髪を耳に掛ける仕草に惹かれる。
このひとはなんて、おいしそうにラーメンを食べるのだろう。
冬の、白波立つ、重く、凍えるような青の海面をあなたは飽くことなく眺める。
低く唸り、樹木も雲も横殴りで駆け抜ける、鋭く凍る海風が、あなたの髪を乱す。
常よりも白い肌、かじかんで赤らむあなたの鼻頭と頬を自分が直に温めてあげられたら、どんなにか幸せだろう。
臆病者の自分には、あなたに触れるなんて大それたことがいつまで経ってもできないんだ。
せめて、風除けくらいにはなろうと、それとなく風上に立てば、あなたがどこか怒ったような顔をして振り向いた。
「もっと傍に寄って」
「ウチはのうのうと守られるよりも、どんなこともキミと二人で感じたい」
あなたの眼差しは冬の海と風よりも強烈。
冬の、白波立つ、重く、凍えるような青の海面をあなたは飽くことなく眺める。
低く唸り、樹木も雲も横殴りで駆け抜ける、鋭く凍る海風が、あなたの髪を乱す。
常よりも白い肌、かじかんで赤らむあなたの鼻頭と頬を自分が直に温めてあげられたら、どんなにか幸せだろう。
臆病者の自分には、あなたに触れるなんて大それたことがいつまで経ってもできないんだ。
せめて、風除けくらいにはなろうと、それとなく風上に立てば、あなたがどこか怒ったような顔をして振り向いた。
「もっと傍に寄って」
「ウチはのうのうと守られるよりも、どんなこともキミと二人で感じたい」
あなたの眼差しは冬の海と風よりも強烈。
守られている側からわりとぞんざいな感じで紹介された神楽姫……様?……は特に気分を害した様子はなさそうだ。
「俺達は今から二手に分かれて校内の探索と澱の祓除、結界の構築を行う。それと並行して、お前には力の制御法を覚えてもらう」
「はあ」
祓い師の手伝いくらいしか経験ののない自分には、不安しかないがやるしかない。
「そんな不安そうな顔すんな。ようやく祓い師のスタートラインに立つ気になったお前でも使い物になるようにババア……神楽姫を呼んだんだからよ」
守護神、敬称どころかババア呼ばわりになってるんですが。いいの、こんなに不敬で。
守られている側からわりとぞんざいな感じで紹介された神楽姫……様?……は特に気分を害した様子はなさそうだ。
「俺達は今から二手に分かれて校内の探索と澱の祓除、結界の構築を行う。それと並行して、お前には力の制御法を覚えてもらう」
「はあ」
祓い師の手伝いくらいしか経験ののない自分には、不安しかないがやるしかない。
「そんな不安そうな顔すんな。ようやく祓い師のスタートラインに立つ気になったお前でも使い物になるようにババア……神楽姫を呼んだんだからよ」
守護神、敬称どころかババア呼ばわりになってるんですが。いいの、こんなに不敬で。
短篇集『混沌から星屑を拾う』 ncode.syosetu.com/n5779je/
ひょっこり紹介
『目覚め』 ncode.syosetu.com/n5779je/18
1本数分でさくっと読めるお話を7本収録
悟ったようでただ当たり前のことを思い出しただけ
短篇集『混沌から星屑を拾う』 ncode.syosetu.com/n5779je/
ひょっこり紹介
『目覚め』 ncode.syosetu.com/n5779je/18
1本数分でさくっと読めるお話を7本収録
悟ったようでただ当たり前のことを思い出しただけ