きゃべころ
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レイチュリ(1/2) #新書ページメーカー https://sscard.monokakitools.net/shinsho.php
印刷された本の本文の体裁で画像化されたテキストです。付記に「@cabbage_cro2」と記載されています。 以下は本文の内容です。 　今朝は空気がしっとりしていた。 　レイシオは窓を開け、ツンと冷たく湿った風を胸いっぱいに吸い込んだ。 　ほんのりと土の匂いがするのは、昨夜降り続いた雨が地面をまだ濡らしているからだ。 　雨上がり特有の匂いは、どこか温かくて落ち着きをくれる。レイシオは雨上がりの朝の空気が存外気に入っていた。 　空にはもう雲ひとつない。今日は晴れるだろう。 「んん…………おはよぉれいしお……さむいよ」 　もぞりと布団が動いた。視線を動かすと、朝に弱い恋人が布団をかき集めている所だった。 「ああ、おはよう。よく眠れたか？」 「うぅん、まだ……」 　布団にくるまって二度寝に入ろうとしている姿に自然と笑みが零れる。 　アベンチュリンがレイシオの家に泊まりに来るようになって、もう何度目だろうか。両手両足の指では数え切れないほどだ。泊まりに来て最初の数回、アベンチュリンはレイシオが目覚める前に起きて、朝支度まで終えていた。 　そんな彼だったが、回数を重ねる毎にそれが崩れていった。同じ時間に目を覚ますようになり、そのうちレイシオよりも遅く起きるようになり。そして、今ではすっかり二度寝が当たり前になっている。 　寒さに眉を寄せる愛おしい恋人の髪をさらりと撫でると、もっとと強請るように頭を押し付けて くる。甘え上手な彼は「アベンチュリン」とは違う、もうひとつの顔だ。 　その名前を呼びたくて、レイシオは口を開く。開いて、何も声に出せずに閉じて、自嘲気味に唇が歪んだ。 　――レイシオはまだ、その青年の名前を聞けないでいる。 ―――――― 「故郷の雨上がりも好きだったけど、こっちの雨上がりも好きだな」 　レイシオが用意した珈琲を飲みながら、アベンチュリンは呟いた。 「ツガンニヤの雨上がりは、景色がぼやけるんだ。こっちは逆にはっきりしている気がする」 「ああ、日が昇ると急激に気温が高くなるからだろう。水分が一気に蒸発するから、蒸気でぼやけて見えるんだ」 「へぇ、あれって蒸気だったんだ。確かに、ここよりずっと乾くのが早かったよ」 　彼の視線は窓の外を向いている。そこから見える、小さな植物園だねとアベンチュリンが楽しそうに話していた庭は、レイシオもお気に入りの場所だ。 「好きだったな……白い膜が張ったみたいで綺麗でね。それに寒いから、おね……姉とくっついてぼーっと眺めてた」 　雨の日は、昔のことを思い出す。いつだったかアベンチュリンはレイシオにそう言った。幸せな思い出も、辛かった記憶も、雨の日はごちゃごちゃになってアベンチュリンの頭の中を掻き乱す。 　だから雨の日、彼は必ずといっていいほどこの家に来る。そうするようにレイシオが仕向けた。同じ布団で熱を分かちあって、共に朝を迎えると、穏やかな気持ちで目覚めることが出来るのだと、アベンチュリンが照れくさそうに笑った日を、レイシオは生涯忘れないだろう。 　そして、アベンチュリンはこうやって記憶を辿るようになった。ぽつぽつと、ひとりごとのようなそれは、彼がずっと大切に心の奥底に仕舞っていた宝物たちだ。 「レイシオは、棘のある緑の実を食べたことある？あれは何だったんだろう。雨の次の日に食べられるおやつでね、見た目はサボテンなんだけど、サボテンよりずーっと甘いんだ。姉さんはサボテンだよって言ってたけど、違うと思うんだよね」 　幼いアベンチュリンが果実を前に首を傾げる姿を想像して、レイシオはくすりと笑った。 「ツガンニヤに生息するサボテンは水分を吸収すると糖度が増す。見た目もすこし膨らんで食感も変わるから、確かに別のものに感じるかもしれないな」 「……ふ、あは。あれって本当にサボテンだったんだ。僕、それで喧嘩したのに」
November 22, 2025 at 4:23 AM