やがて「力=善」と、権力に都合よく偽装された正義が新しい倫理観となる。
その結果、非常識な言動や差別・排外主義は、批判されるどころか「過激で面白いコンテンツ」として消費され、公人まで躊躇なく加担する。
差別は日常となり、ヘイトクライムさえ正当化される。
選民思想や優生思想が支持され、障害者を含むマイノリティは排除対象となる。
社会福祉は「合理性」と自己責任論により公然と切り捨てられ、その延長線上にジェノサイドが姿を現す。
――ディストピアの完成だ
やがて「力=善」と、権力に都合よく偽装された正義が新しい倫理観となる。
その結果、非常識な言動や差別・排外主義は、批判されるどころか「過激で面白いコンテンツ」として消費され、公人まで躊躇なく加担する。
差別は日常となり、ヘイトクライムさえ正当化される。
選民思想や優生思想が支持され、障害者を含むマイノリティは排除対象となる。
社会福祉は「合理性」と自己責任論により公然と切り捨てられ、その延長線上にジェノサイドが姿を現す。
――ディストピアの完成だ
自分で選ぶことを恐れ、支配される事に安心感を覚える。
正しさより“空気”が大事で、愛国は思想ではなくマナーになる。
強者にはとことん甘く、弱者には厳しく「自己責任」を押しつける。
正直者は「偽善者」と笑われ、嘘つきは「現実的で賢い」と持てはやされる。
社会をまともにしようと声を上げれば、迷惑、非国民・日本人じゃないと罵られる。
こんな国で正気を保つのは、もう限界…精神が持たない。
自分で選ぶことを恐れ、支配される事に安心感を覚える。
正しさより“空気”が大事で、愛国は思想ではなくマナーになる。
強者にはとことん甘く、弱者には厳しく「自己責任」を押しつける。
正直者は「偽善者」と笑われ、嘘つきは「現実的で賢い」と持てはやされる。
社会をまともにしようと声を上げれば、迷惑、非国民・日本人じゃないと罵られる。
こんな国で正気を保つのは、もう限界…精神が持たない。
《平和や人権は「問題思想」にされ、極右だけが愛国と呼ばれた。市民は政治を避け、監視は弱まり、極論が居座った。
その間に生活は沈み国は痩せた。
国民が怠けたからではない。考える市民を遠ざけた政治が招いた必然だ》
政治と生活は切り離せない。
「今さえ自分さえ楽ならいい」
「面倒や争いには関わりたくない」
と遠ざかった結果、自分で首を締めていることにも気付けなくなった。
無関心は中立じゃない。
衰退と不公正を蔓延させた政権への加担だ。
そろそろ――
“楽な服従より面倒な自由”を選べる大人になれ。
《平和や人権は「問題思想」にされ、極右だけが愛国と呼ばれた。市民は政治を避け、監視は弱まり、極論が居座った。
その間に生活は沈み国は痩せた。
国民が怠けたからではない。考える市民を遠ざけた政治が招いた必然だ》
政治と生活は切り離せない。
「今さえ自分さえ楽ならいい」
「面倒や争いには関わりたくない」
と遠ざかった結果、自分で首を締めていることにも気付けなくなった。
無関心は中立じゃない。
衰退と不公正を蔓延させた政権への加担だ。
そろそろ――
“楽な服従より面倒な自由”を選べる大人になれ。
(式典での国歌斉唱及び起立拒否に対する反応を見て)
・憲法は国民を縛るルール
・国歌への態度は社会ルールで強制できる
・社会ルール > 人権・憲法
・社会ルール=法的強制力がある
・公務員は社会ルールに絶対服従
・不快・迷惑・失礼=犯罪
🇯🇵人権は国家や社会が許してやるもの
🇯🇵個人の自由はお目こぼし
人権より空気、法より道徳、個人より共同体という序列は近代憲法でなく江戸時代的身分秩序。
マナーを罪に変える感覚は封建の作法。時計が中世で止まっている。
法治よりお上と空気に支配される国…フロッピー並の骨董品だ。
(式典での国歌斉唱及び起立拒否に対する反応を見て)
・憲法は国民を縛るルール
・国歌への態度は社会ルールで強制できる
・社会ルール > 人権・憲法
・社会ルール=法的強制力がある
・公務員は社会ルールに絶対服従
・不快・迷惑・失礼=犯罪
🇯🇵人権は国家や社会が許してやるもの
🇯🇵個人の自由はお目こぼし
人権より空気、法より道徳、個人より共同体という序列は近代憲法でなく江戸時代的身分秩序。
マナーを罪に変える感覚は封建の作法。時計が中世で止まっている。
法治よりお上と空気に支配される国…フロッピー並の骨董品だ。
日本共産党の議員がどれほど現実的で筋の通った政策を提示しても、どれほど誠実な言動を重ねても「中共/危険思想」という雑音でかき消される。問題なのは、共産党かどうかではない。理想を語る者を、ラベル一枚で排除し、内容を見る前に嘲笑する社会の姿勢そのものだ。
日本共産党の議員がどれほど現実的で筋の通った政策を提示しても、どれほど誠実な言動を重ねても「中共/危険思想」という雑音でかき消される。問題なのは、共産党かどうかではない。理想を語る者を、ラベル一枚で排除し、内容を見る前に嘲笑する社会の姿勢そのものだ。
声を上げないことを「気高さ」と錯覚し、従順であることを「成熟」と誤認し、思考停止を「伝統」に仕立て上げる。
日本人は、こうした都合のいい言葉遊びが好きらしい。
だがそれは文化でも美徳でもない。
ただの自己満足ファンタジーだ。
都合の悪い批判を「反日」の一言で封じるのも、議論できない者の逃げ道にすぎない。
それは、権力に寄り添うことでしか自尊心を保てない人間である証拠だ。
腐敗した政治家を批判すれば「反日」政策の失敗を指摘すれば「日本から出ていけ」…その論理だと、聖徳太子も坂本龍馬も「日本を批判した反日」でアウトじゃんね?
国を愛するとは、国を神棚に置いて拝むことではない。
現実を直視し、欠陥を言語化し、よりマシな未来を求め続けることだ。
批判を敵視する国は衰退する。批判を許さない「愛国心」は、国を守るどころか腐らせる。
声を上げないことを「気高さ」と錯覚し、従順であることを「成熟」と誤認し、思考停止を「伝統」に仕立て上げる。
日本人は、こうした都合のいい言葉遊びが好きらしい。
だがそれは文化でも美徳でもない。
ただの自己満足ファンタジーだ。
都合の悪い批判を「反日」の一言で封じるのも、議論できない者の逃げ道にすぎない。
それは、権力に寄り添うことでしか自尊心を保てない人間である証拠だ。
腐敗した政治家を批判すれば「反日」政策の失敗を指摘すれば「日本から出ていけ」…その論理だと、聖徳太子も坂本龍馬も「日本を批判した反日」でアウトじゃんね?
国を愛するとは、国を神棚に置いて拝むことではない。
現実を直視し、欠陥を言語化し、よりマシな未来を求め続けることだ。
批判を敵視する国は衰退する。批判を許さない「愛国心」は、国を守るどころか腐らせる。
腐敗した政治家を批判すれば「反日」政策の失敗を指摘すれば「日本から出ていけ」…その論理だと、聖徳太子も坂本龍馬も「日本を批判した反日」でアウトじゃんね?
国を愛するとは、国を神棚に置いて拝むことではない。
現実を直視し、欠陥を言語化し、よりマシな未来を求め続けることだ。
批判を敵視する国は衰退する。批判を許さない「愛国心」は、国を守るどころか腐らせる。
問題は本人以上に、そうした犯罪まがいの振る舞いに拍手喝采する大人がいることだ。
違法行為や侮辱が脚光を浴びる社会では、善悪の線は溶け、議論は消える。
拍手は簡単だが、後始末をするのはいつも社会(国民)だ。
政治は本来、地味で面倒で退屈な作業の積み重ねだ。
それをサーカスにした瞬間、観客(国民)は楽しむ側ではなく、ピエロに操られる側になる。
幼稚な言動を持て囃すことは、いずれ娯楽では済まされなくなる。
それは自分たちの未来を、犯罪的な振る舞いをする人物に委ねるようなものだから。
問題は本人以上に、そうした犯罪まがいの振る舞いに拍手喝采する大人がいることだ。
違法行為や侮辱が脚光を浴びる社会では、善悪の線は溶け、議論は消える。
拍手は簡単だが、後始末をするのはいつも社会(国民)だ。
政治は本来、地味で面倒で退屈な作業の積み重ねだ。
それをサーカスにした瞬間、観客(国民)は楽しむ側ではなく、ピエロに操られる側になる。
幼稚な言動を持て囃すことは、いずれ娯楽では済まされなくなる。
それは自分たちの未来を、犯罪的な振る舞いをする人物に委ねるようなものだから。
「上が決め下が従う」
「空気を読めば社会は回る」
という仕組みで実際にうまく回ってしまった。(国民は)反抗しなくても生き延びられた。その結果、政治が壊れても「まあ仕方ない/空気を悪くするより我慢しよう/自分が損しなければいい」という反応をするようになった(それしか出来なくなった)
日本人の「耐える才能」は美徳ではなく『従順の副作用』
空気を乱すより黙って従うことが「善」だと刷り込まれてきた社会。
普通ならとっくに政権が吹き飛んでいるレベルの失敗を、ここまで放置できるのは日本だけだ。
「我慢=美徳」
「和を乱すな」
という集団心理による悪習…
百害あって一利なし
「上が決め下が従う」
「空気を読めば社会は回る」
という仕組みで実際にうまく回ってしまった。(国民は)反抗しなくても生き延びられた。その結果、政治が壊れても「まあ仕方ない/空気を悪くするより我慢しよう/自分が損しなければいい」という反応をするようになった(それしか出来なくなった)
日本人の「耐える才能」は美徳ではなく『従順の副作用』
空気を乱すより黙って従うことが「善」だと刷り込まれてきた社会。
普通ならとっくに政権が吹き飛んでいるレベルの失敗を、ここまで放置できるのは日本だけだ。
「我慢=美徳」
「和を乱すな」
という集団心理による悪習…
百害あって一利なし
空気を乱すより黙って従うことが「善」だと刷り込まれてきた社会。
普通ならとっくに政権が吹き飛んでいるレベルの失敗を、ここまで放置できるのは日本だけだ。
「我慢=美徳」
「和を乱すな」
という集団心理による悪習…
百害あって一利なし
何十年も前からそうだった。特にド田舎は「建設企業⇔自民党議員」なんて皆知ってたでしょ?
いわゆる『公然の秘密』ってやつ。だから組織票なんてのもあるんじゃん?
で?今それを知ってメディアは何をしてくれるの?
x.com/mainichi/sta...
何十年も前からそうだった。特にド田舎は「建設企業⇔自民党議員」なんて皆知ってたでしょ?
いわゆる『公然の秘密』ってやつ。だから組織票なんてのもあるんじゃん?
で?今それを知ってメディアは何をしてくれるの?
x.com/mainichi/sta...
、それを直視する努力も他者を理解しようとする労力も放棄し、その代わりに「誰かを貶めることで楽になる道」があまりにも簡単に、社会的に許容され常態化している。
この状況に、強い危機感と嫌悪を感じる。
人類はなぜ、ここまで安易に“退化”を選ぶのか
、それを直視する努力も他者を理解しようとする労力も放棄し、その代わりに「誰かを貶めることで楽になる道」があまりにも簡単に、社会的に許容され常態化している。
この状況に、強い危機感と嫌悪を感じる。
人類はなぜ、ここまで安易に“退化”を選ぶのか
実際、母と妹と私と3人で台北に旅行した時、母と同年代の台湾人のと、うちの母が日本語で(!)話を始めて、その女性は台北生まれ台北育ちで、私たちが座ってた公園近くは日本の兵隊が陣取ってたが、日本の兵隊は威張り腐って横柄で、明らかに台湾の人たちを見下す態度で、地元民たちは皆、陰で日本人を嫌ってた、と言った。その方は「戦争終わって平和になって良かったよね」と戦中を生きたうちの母と手を取り合いうなづきあってた。