夕霧
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夕霧
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閲覧用
好きな方がやっていることを知り、勢いで入れたので何もわかっていない。
私は昔からあまり知性というものとは縁がなく、頭が良かったことって、「優れた他人から手を引いてもらって歩いていたら、人並みにお勉強についていけた」くらいの経験しがないのだけれど、感受性が人より良かった時期があって、そのおかげで文学に触れた際に感受性の良さによって知り得た感情などがある。

学生の頃、「蹴りたい背中」という本が文学賞を取った。当時仲良くしていたグループで、その賞の話が話題に上がった。友人の一人が同時受賞した「蛇にピアス」を買うという話をしていたため、私もなんとなく、買ってみるかという気持ちで「蹴りたい背中」を買って読んだ。
August 7, 2025 at 5:12 PM
もちろん、まだまだずっと終わらせたくないと、そばにいたいと願い続ける人もたくさんいます。閉じた本を一緒に開いたり、また新しいページを増やして、本の巻数を重ねていくように。
物語はまだ続く────
February 10, 2024 at 3:16 AM
昔は自分への自信と信頼のなさから来るものだと、好きな人ほど鳥籠から離して逃がそうとしているのだと思っていたけど、私と和解してかなり上手く付き合えるようになってからも「もう大丈夫だね」と笑顔で別れられる自分に気づいた。
もう一つの可能性として飽き性だから私が相手を好きでいることに飽きてしまうのかとも思ったけど、それとは別に「ああ。エピローグを迎えた」とすとんと腑に落ちることもあったので。
February 10, 2024 at 3:15 AM
一緒に積み上げてきた思い出という名の本を、鍵付きの表装をして守り、丁重に鍵をかけて、ふとしたときに鍵を開けてページをめくるように大事に扱う。その人の今を亡霊のようにしがみつくのではなく、楽しい過去を懐かしむだけの行為。一生忘れないし、忘れられることもないと安心しているからこそ離れられる。
February 10, 2024 at 3:15 AM
しかし相手と潤滑な関係性を重ねていくと、ふとした時に「充分に満ち足りた」と「関係性の完了」を感じることがある。小説が一冊分書き終わるように区切りを感じたとき、相手に必要だった私の役割も、私に必要だった相手の役割も無事終えたと感じたとき、繋いでいた手をそっとほどいて、お互いの道に分かれていくように。
February 10, 2024 at 3:14 AM
相手が私のことをまだ好きでも嫌いでも無関心でも「私のことちゃんと忘れたか」と確認しに行くのは、魂がずんと重たくなって苦しいだけなのにやめられなくて、自分のコントロールが効かなくて恐ろしい。「傷つくことで安心し報酬を得る行為」なので。やめたいとずっと思っている。
February 10, 2024 at 3:14 AM
歪んだ愛は「忘れて欲しい」と言いながら、こちらからは粘着してしまうし
心からの愛は「ずっと記憶に残りたい」と思いながらある日あっさり姿を消すことがある
February 10, 2024 at 3:13 AM
ひそやかに好きを見つめられる場所がひとつ増えてとても嬉しい。
February 7, 2024 at 1:44 PM