「あるよ。ひとりにはひとり分。力が。」
なんか聞いたことある言葉だと思って検索をかけたら、勝手に出てくるAIがラッパーのECDの言葉だと言っていて、確かにECDのツイートでそれがあったと思い出す。ECDの「レイシスト」を聴く。今までよく聴いてなかったけど、ハンセン病について言っている。ハンセン病を検索して、国立ハンセン病資料館のサイトを読む。エックスを開いて、鍵垢で「もううんざりだよ」と「レイシスト」のリンクを共有する。エックスをスクロールする。
「あるよ。ひとりにはひとり分。力が。」
なんか聞いたことある言葉だと思って検索をかけたら、勝手に出てくるAIがラッパーのECDの言葉だと言っていて、確かにECDのツイートでそれがあったと思い出す。ECDの「レイシスト」を聴く。今までよく聴いてなかったけど、ハンセン病について言っている。ハンセン病を検索して、国立ハンセン病資料館のサイトを読む。エックスを開いて、鍵垢で「もううんざりだよ」と「レイシスト」のリンクを共有する。エックスをスクロールする。
湯たんぽのお湯を沸かしながらパソコンを開き、今日東進で復習した共通テストの問題の解答を確認する。そこで思考が受験化学のことにスライドして、福井大学の過去問でわからなかったところが鎌田の有機化学に載っていることを発見。母に就寝の挨拶をして消灯し、スマホを取り出す。なんとなく、「今の状態ではいけない」と
湯たんぽのお湯を沸かしながらパソコンを開き、今日東進で復習した共通テストの問題の解答を確認する。そこで思考が受験化学のことにスライドして、福井大学の過去問でわからなかったところが鎌田の有機化学に載っていることを発見。母に就寝の挨拶をして消灯し、スマホを取り出す。なんとなく、「今の状態ではいけない」と
太宰短編の主人公である女性も、たいていクズ男の夫を憎まずにしょうがないねと愛する。クズ男に限らず、男性と対立せずやっていく融和的で献身的な女性はひとつの理想とみなされる。対立ではなく融和を、というレトリックは、自分がされたことに対して自分自身をも傍観者=加担者にしてしまう。自己と一緒に、社会的に弱い立場の置かれた同胞を見捨てていくような自己犠牲が美徳になっている。マジでよくない。
太宰短編の主人公である女性も、たいていクズ男の夫を憎まずにしょうがないねと愛する。クズ男に限らず、男性と対立せずやっていく融和的で献身的な女性はひとつの理想とみなされる。対立ではなく融和を、というレトリックは、自分がされたことに対して自分自身をも傍観者=加担者にしてしまう。自己と一緒に、社会的に弱い立場の置かれた同胞を見捨てていくような自己犠牲が美徳になっている。マジでよくない。
)。世界を動かす原理がグローバルに、マクロになっていくのだとしたら、私たちの視点もミクロとマクロを架橋するように持たなければいけないはずだが、それぞれが断絶し並列されてしまっている?(わからなくなってきた、)
)。世界を動かす原理がグローバルに、マクロになっていくのだとしたら、私たちの視点もミクロとマクロを架橋するように持たなければいけないはずだが、それぞれが断絶し並列されてしまっている?(わからなくなってきた、)