榊
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口を閉じた。あまりにも行き過ぎたら止めようとは思うが、もう少し放置したって罰は当たらないだろう。 「俺は……あいつが嫌がらないのをいいことにテレビ見る時はスミスを背もたれにしてるし……渋い顔しながら頑張ってピーマン食べようとしてるの見て可愛いなって言っちまったし……どっちかっつーとカッコいいって言われたいの知ってるのに……」 「いやそれはむしろ喜」 「あいつは俺の筋トレメニューにも付き合ってくれるのに俺はいまだにスパルガイザーとジャバンの見分けもつかない……自分が情けない……」 　テーブルに伏せたイサミの腕の下からじわじわと何かの液体が広がってくる。平均よりも発達した背筋が小刻みにひくひく震えていた。 「あーもう！　泣くな泣くな！　バカ！」 「えっ、イサミさん泣いてるんですか？！　すすすすみませんイサミさん、スミスさんがイサミさんに愛想尽かすなんて絶対あり得ないですから！　この話もうやめましょう！　ＮＡＳＡで何やってるのかの方考えましょう！」 ヒビキは項垂れたイサミと肩を組むように覆い被さった。通話の画面の中ではミユがわたわたと慌てている。ミユがもっと話せと煽ったわけでもないので謝る必要もないと言えばないのだが、目の前で大人がしくしく泣き始めれば慌てるのも無理はない。それが友達なら余計にだ。 「そーそー、なんか心当たりはないの？　あ、あれね、愛想尽かされた方の心当たりじゃないからね。あり得ないから。そっちじゃなくてＮＡＳＡの方。なんか言ってなかったの？」 「……心当たりなんて……」 　鼻声でイサミは答えた。イサミが泣くところなど、かつてのヒビキには想像もできなかったのだが、ブレイバーンが来てからはこんな姿ばかり見ている気がする。 　成人男性ひとりぶんの小さな山はやがて静止する。おそらく記憶を遡っているのだろう。イサミはなんだかんだ律儀な男だ。ミユも固唾を飲んでイサミを見守っている。 「……あ」 やがて、山の中からくぐもった声が聞こえた。 「何か思い出したんですか！？」 　ミユがカメラの向こうで身を乗り出し、ヒビキもイサミの顔を覗き込むように身を屈める。 「……二週間くらい前に」 　自分でも確信が持てないのだろう、曖昧な声色だった。記憶を探りながらであるためなのか、あるいは導き出される結論が信じ難いからか、イサミはことさらゆっくりと言葉を繋ぐ。 「二人でドキュメンタリーを観たんだ。……火星の探査船か何かについてだったか……それを観て……」 　ごくり、唾を飲み込んだのが自分だったからミユだったか、ヒビキにはわからない。 「宇宙って綺麗なんだなって。……いつか行ってみたいなって言った、かも」 「それです！」 　それだ！　と思わず口をついた自分の言葉はミユのそれと綺麗に重なった。 「いやあ、でも、そんなことでＮＡＳＡまで行くかね……」 　ほんの少しの疑念、あるいは常識や良識とでも呼ぶべきものが、ヒビキの口を借りてそんなことを言わせた。 「行く、でしょうね……」 　愚問だった。ルイス・スミスはやると決めたらやる男なのだ。それはきっと、イサミがいちばん分かっているに違いない。
November 14, 2025 at 12:34 PM
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「私は聞いてないなあ。ミユが知らないなら無いんじゃないの？　あんた相当買われてたでしょ」 「えへへ、それほどでも～」 　画面の中のミユは照れたように頭を掻く。 　実際、ミユの技術力は高く評価されていた。あのヴェルムヴィータとの戦いの後、イサミとスミス、それからルルに行われた聞き取り調査で、未来から精神だけを飛ばすなどという離れ業を可能にしたメカニックが未来のミユだと判明したからだ。現在から見ればそれはまだ存在しない未来の出来事だが、そのポテンシャルがミユにはあるのだという事実は上の人たちをざわめかせた。実際、ミユの記録してきたＴＳの整備レポートは、水準をはるかに上回る精度であったらしい。乗る側のヒビキたちからすれば、ミユの整備した烈華は乗りやすいという感覚しかなかったが、数値にしてみれば異常の域に片足を突っ込んでいたようだ。そうした実績も上に認められ、最近のミユは、ＴＳよりもデスドライヴスの置き土産に触っている時間の方が長くなっている。 「まあ、あんたの彼氏事情が事情だし、ひとりだけ何か知らされてるってことも あるかもしれないけど……」 　ヒビキは肩をすくめて声を抑えた。 「そっち関係なら、逆にイサミに話が行かない訳ないもんねえ」 「……ん」 　イサミは目を伏せたまま頷いた。――そう、結局のところ、問題はそこなのだとヒビキも、当然イサミもわかっている。 　イサミの恋人は、一度死にロボットに転生してまた死に今度は人間として帰ってくる、という非常に稀有な経歴を持っているため、あれでなかなか秘密の多い男だ。秘密にせざるを得ないことが多い、という意味でもあり、単純にそうした気質の男だという意味でもある。 　ただし、どんな機密もイサミは別のはずだった。元ＡＴＦ以外の上層部にもアオ・イサミとブレイバーン（つまりはルイス・スミスなのだが）はセットとして認識されている。それはやはり各地で嬉々としてイサミとの出会いやら飛翔やら融合やらを語って回ったブレイバーンのせいなのだが、おかげでスミスあるいはイサミが単独で呼び立てられ密室で強引に何かをされるような事態は今の所発生 していない。それがブレイバーンの狙いだったのか、それとも単に惚気を我慢できなかったのかは本機のみぞ知るところだが、ヒビキとしては後者だろうと思っている。 　怪我の功名にしろ計算された意図にしろ、現状二人に関することでどちらかに秘されることはほとんどない。だから、スミスがイサミに仔細を知らせず去ったというなら、よほどのっぴきならないことが起きているか、あるいはスミス自身の意思でイサミに知らせないと決めたということだ。 どちらにせよイサミにとって歓迎できるものではあるまい。 「それでー？　なんでそれが実家の話に繋がるわけ？」 　ひとまずヒビキはイサミの方から話を聞くことにした。スミスの心情なんかは想像しても分かる可能性の方が低そうだが、ひっそりとしょぼくれた顔をしている友人を慰めることならヒビキにもまだ勝ち目がありそうだ。 「いや……」 　イサミはまた曖昧な言葉を選んだ。珍しくテーブルに肘をつき、手のひらに顎を置くように俯く。尖らせた唇が赤子のそれのようだ。 「……実家に帰らせていただきます、みたいな」 「……なんて？」 「愛想尽かされたかなと思ったんだよ！　あの朝も俺は当然コーヒー淹れてもらう気でいて……！　スミスは牛乳半分入れて角砂糖二個入れた甘いやつが好きって知ってたのに！　俺は……俺ってやつは……あいつがカッコつけてブラック飲んでるの可愛いなと思ってついそのままに………」 　がばりと身を起こし、今日にも小声で叫んで見せたイサミは、語気を弱めるにつれて徐々にテーブルに沈み、ついには突っ伏してしまった。 「い、イサミ……」　 　口に出してみてから、自分の声が引き攣っていることに気がついた。イサミってこんなに頭悪かったっけ、というのがヒビキの率直な感想だ。まさしく恋は盲目というやつなのかもしれない。 「しっ！　ヒビキさん。もう少し話してもらってみましょう、もっといろいろ聞きた……原因がわかるかもしれません！」 　ビデオ通話越しにも興奮を隠せない様子のミユに止められ、ヒビキは大人しく
November 14, 2025 at 12:32 PM
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ちょっとだけ続きました、文体のせいでそんなふうに見えないかもですが全然シリアスな話ではないです
なあヒビキ」 　ショッピングに一区切りつけた昼下がり。アイスコーヒーをストローで啜る可愛い弟分からそう声をかけられた瞬間、その声色を聞いてヒビキは確信した。これは面倒ごとが起きたに違いないと。 「ちょっと待って。どうせスミスの話でしょ？　ミユ呼ぶから」 「えっ、な……まあ、いいけど……」 　イサミの目の前にずいと手のひらを構え、いまにも続きを吐き出しそうだった男を制止する。貴重な休日を買い物に付き合わせたのは悪かったかもしれないが、それではとてもじゃないが割に合わない。これはヒビキの経験則だ。宇宙規模バカップルの惚気に付き合うには並の精神力では足りない。 　ミユはワンコールで出てくれた。ヒビキが事情を説明すれば絶対に自分も同席すると鼻息を荒くしたが、イサミたちのいるモールまでは少しかかるらしい。結局ミユは通話で参加ということになって、ヒビキはイサミとイヤホンを分け合った。 「いや、そこまでしなくても……ミユも忙しいんだろ？　悪いな」 いえいえ！　お二人の話を聞かせていただくためならたとえ火の中水の中です！　ヒビキさん本当に声かけてくれてありがとうございます！」 　ビデオ通話の向こうで、ミユは頭を机に擦り付けんばかりだった。 「勝手に断んなって。あんたが良くても私が良くないんだから。……ってわけで頼むわミユ。私はひとりじゃ手に負えないよ」 「任されました！」 　イサミはまだ難しそうな顔をしていたが、ヒビキが水を向けてやれば、躊躇いがちに唇を開いた。 「……ブレイバーンの実家って、やっぱり宇宙だと思うか？」 　ヒビキは一瞬通信不良を疑ったが、ビデオ通話が無音になったのも、ミユとヒビキがぴくりとも動けなかったのも、残念ながら通信のせいではなかった。破壊され尽くした通信網は、人類の涙ぐましい努力によりほとんど回復している。そもそもイサミは通話越しではなくヒビキの隣にいるのだった。 「……ブレイバーンさんの中のクーヌスの部分の実家は確かに宇宙かもしれませんね……？　でもスミスさんの実家は普通にアメリカなんじゃないですか？　 はっ、でもライジング・オルトスの部分の実家は横田かも……？！　そもそもオルトスって結局どこで開発されてたんでしょうか？　日米共同開発の機体ということですけど最終的に横田にあったということはやっぱり開発の拠点は日本だったんですかね？！」 「ミユさ～ん落ち着いて……。イサミも絶対大事なところ端折ったでしょ！　最初から順序立てて話してよね」 　スマートフォンの画面いっぱいにミユが映し出されるころになって、ヒビキはようやく口を挟んだ。画面越しにミユを宥め、それから言葉足らずな弟分を睨め付ける。 　イサミはふっと目を伏せ、ほとんど空のカップから伸びるストローに口をつけた。 「その……」 　ストローを咥えたまま、イサミは曖昧な声を出す。 「スミス、ＮＡＳＡに行っちまった」 「な、ＮＡＳＡってあのＮＡＳＡですか？！」 　ミユの声が跳ね上がる。ヒビキはこっそりスマートフォンの音量を下げた。イサミもびっくりしたようで、イヤホンのハマった左耳を気にしている。 「た、たぶんそのＮＡＳＡ……？　昨日起きたら書き置きがあって、ちょっとＮＡＳＡ行ってくるって」 「そんなコンビニみたいな……」 「理由とかは書いてなかったんですか？」 「なんも」 　イサミは首を振り、ため息をついた。さもありなんだとヒビキは思う。書き置き一つでＮＡＳＡに行くのも、理由すら書いておいてくれないのも、孤高ぶった態度をとりながらその実弟気質で寂しがりなところのあるイサミには大変だろう。ヒビキは割合恋人のことは自由にさせておきたいし自分も自由でいたいタイプだが、いくらなんでもこれはと思わされる。 「ううん。元ＡＴＦのつながりでなにかありましたっけ？　ＮＡＳＡと共同するプロジェクトとか～」 　苦し紛れにそう言ったミユに、ヒビキは首を振った。
November 14, 2025 at 12:28 PM
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だからなんか、うちの複座のすみさは、本当はいつだって逃げたいと思っているけどスが諦めずに戦ってるから俺もなんとか立っているんだと思い込んでいるだけで実際には全然世界のために戦っているイくんと、イくんを鼓舞するためにも「世界を救おう！」とか言ってるしそれも本心ではあるけどイが思うほどには立派でも高潔でもないしイが望むなら二人で逃げる覚悟のあるスくん　みたいな形になりがち　

しかし、イはスの姿を見てもう少しだけ、あと少しだけなら頑張れると毎日思っているため、結局逃避行は発生しないんだな〜🥲
November 13, 2025 at 4:42 PM
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逆にすみくんのほうが、どうしようもないとなれば（内心はともかく）諦めもつけられるし、優先順位もはっきりしているので、もう絶対に勝てないとわかったらイと二人のためだけに生きることもできるんじゃないのかなと思ってるんだよな　ベストじゃない選択肢でもそれしかなければ選べる人間というか
November 13, 2025 at 4:38 PM