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「週明けの上映に駆け込んでも特典って貰えるんですか……?!」と大焦りでチケットを購入したのだけれども 杞憂でした ほくほく
December 22, 2025 at 4:21 AM
💣編見納めだ〜〜
December 22, 2025 at 4:21 AM
9月19日!!
さっさと体調治して通いつめるぞ~~~
March 23, 2025 at 8:09 AM
初日の出を見て雑煮を食べたっきり、今の今まで布団の上でぐだり散らかしていた そろぼちTL構築してアカウントを動かさねば
January 1, 2025 at 1:06 PM
🎍HAPPY NEW YEAR🎍
ゆるりと活動していきますので、本年も何卒よろしくお願いいたします(🐍)
January 1, 2025 at 1:00 PM
年明け一番の本編更新、楽しみだ~~
December 31, 2024 at 2:55 PM
再掲
December 31, 2024 at 6:55 AM
再掲(💣)
December 31, 2024 at 6:53 AM
December 30, 2024 at 6:35 PM
結果としてめちゃくちゃ片寄った文章を連ねることとなってしまったけれど、私自身はfjnもkymtもどちらも好きですよー!!という事だけは弁明しておきたい
December 30, 2024 at 5:21 PM
その身に負った癒えない傷・十字架の類から目を逸らしたり逃げたりしようとするな、誠実に生きよ、逆境にあっても悩み足掻いて活路を開け
そういうマッチョな主張/美学みたいなものは少なからず🪚(第1部・第2部問わず)にも通じているんじゃないかな〜と思う
つっても「楽になりたい、救われたい」という考え方自体が既に他力本願かつ独善的、もっと言えばエゴイスティックなものなので 救世主なんざ何処にも存在しねえんだから、己の美醜をしかと認識した上で&頭陀袋を携えたまま我がの手足でどうにか前へ進んでいくしかないんだよなーーー
December 30, 2024 at 5:15 PM
『ノレックバック』という作品に対して私が抱く羨望と羞恥、一抹の共感etc.を煮詰めていくと (あのミーム的表現を進んで使いたいとは思わないのだが)最終的に「先生、俺死にたいんすよ」みたいな感情だけが鍋底に残る説 ありそう
December 30, 2024 at 5:11 PM
何もかもが中途半端な身として「絵も作文も音楽も、思い切って全捨てした方が楽になれるんだろうな〜〜」と常々思っちゃいるが、それでも何かしらの表現活動に縋ることを辞められない そういう亡霊ライクな素人なりに思うところは幾らもあるんよな
December 30, 2024 at 5:03 PM
作品終盤でレゼ編の「一緒に逃げない?」あたりがセルフオマージュされているけれど、何をどうやったってfjn&kymtが創作活動から逃げることは叶わなかっただろうな~~と思う
これは私の持論に過ぎないけれど、芸事の類というのは一度「それ」に憑かれてしまったら/魅せられてしまったら終わりなので……
December 30, 2024 at 4:41 PM
kymtの進学を止めにかかるシーンでの物言いしかり物語終盤での「kymtを部屋から出さなければ……」発言しかり、なんだかんだ言ってfjnの根っこの部分は作品全編通して何も変わっていないんだよな
月日が経ってもクソデカ自尊感情は健在だし、エゴイスティックかつ傲慢な言動は尚も鮮やかに残り続けている
同じベッドで仮眠を取ったり一緒にオヤツを食べたりしてはいるが、fjnはデスクで・kymtはローテーブルで作業を進める/fjnがkymtを先導している図式は作中ずっと一貫しているし そもそも学級新聞の四コマを見たfjnがkymtに向けた感情は、羨望ではなくむしろ嫉妬や怒りに似たものだった

上記表現に加えてkymtの脱方言演出が取り入れられているあたり、ノレックバックに登場する方言話者たちには世間知らずな田舎者――より正確に言えば、fjnが無意識のうちに下視していた存在としてのイメージが付与されていたのでは?と思う
December 30, 2024 at 4:31 PM
往年のfjnが天狗になっていた・我が強かったという点に関して言えば、作品冒頭〜幼少期fjnの机に置かれていた鏡なんかも当時の彼女が(基本的に)自分のことしか見ていない/鏡面に写る自分の姿越しに背後を見ていたことを示すモチーフだったんだろうな 

まあ鏡については手etc.のセルフ作画資料を得るために設置されたいちツールに過ぎなかったのかもしれないけれど 現在軸のfjnがkymtの死をもって、というか取り返しのつかない事が起こって初めて(あるいは漸く)他者や故人を自身と対等or上位の存在として認められるようになった感は否めないような気がする
December 30, 2024 at 4:24 PM
方言に関しては(改めて断りを入れるまでもなく)原作者の出身etc.が絡んでいる&長らく自宅に籠っていたkymtの個性を表現するために採用された演出だったんだろうけど 自室の外に広がる世界を知り、主体性や自立心が芽生え育っていくにつれ彼女の訛りが抜けていくところにどうしてもモヤモヤしてしまう
fjnと結託した語り手によりkymtが徹底的に背景化されていること、そしてそのkymtはfjnと対照的に方言話者として描かれていること 旧友没後、遺った/遺された者としてのfjnの姿etc.
個人的には創作活動の在り方云々より、虚構や生き方をめぐる問いについて頭を回してしまうんだよな
December 30, 2024 at 4:04 PM
fjnと結託した語り手によりkymtが徹底的に背景化されていること、そしてそのkymtはfjnと対照的に方言話者として描かれていること 旧友没後、遺った/遺された者としてのfjnの姿etc.
個人的には創作活動の在り方云々より、虚構や生き方をめぐる問いについて頭を回してしまうんだよな
December 30, 2024 at 2:39 PM
少なくとも私自身は、ノレックバック=生者が抱えるエゴや衝動を「青春」の名のもと見目よく包装した作品だと思っている
同作のストーリーが好きである・原作並びに映画の内容に胸を打たれた事実に変わりはないが、それにしたって良くも悪くも考えさせられる話だな~という認識
December 30, 2024 at 2:32 PM
母親の上京ついでにノレックバック鑑賞会を決行する宵 なかなかオモロな一時間でした
December 30, 2024 at 1:48 PM
「🦋の整地&画像投稿は諸々落ち着いてから手付けたんで良いか〜〜」とか言ってるうちにもう年末なんだが……?
December 30, 2024 at 6:28 AM
Xfolioのトプ画にしている姫
December 30, 2024 at 6:20 AM
December 30, 2024 at 6:17 AM
December 30, 2024 at 6:00 AM
アニメにはアニメの/映画には映画の良さがあることは知っているけれど、それはそれとして「原作寄りの作画&バチバチのお芝居を取り入れたバージョンでもう一度サ厶ソ編の映像(≒アナザーエディション)を作ってくれんかな……」みたいな気持ちが少しだけある
December 22, 2024 at 8:16 AM