小特集中の高野説の表1を改めて見て多幡説と比較すると、前者の視点反転、表象反転、光学反転はそれぞれ後者の正規固有座標系の使用、擬似固有座標系の使用、場合Sにほぼ対応しており、鏡の問題を高野説は認知過程の側面から解き、多幡説は認知過程が採用する座標系の性質という物理的側面からほぼ同様に解いていることがよくわかります。ただ、多幡説は各認知過程あるいは各座標系の如何に拘らず、それらに通底して、鏡映によって生じる対掌体が実物とは左右逆と判断される原因が左右軸の従属性にあることを見抜き、その意味で、左右逆転がまとめて説明できることを表面に出して述べたという点で相違があるだけで、統一可能性大です。
小特集中の高野説の表1を改めて見て多幡説と比較すると、前者の視点反転、表象反転、光学反転はそれぞれ後者の正規固有座標系の使用、擬似固有座標系の使用、場合Sにほぼ対応しており、鏡の問題を高野説は認知過程の側面から解き、多幡説は認知過程が採用する座標系の性質という物理的側面からほぼ同様に解いていることがよくわかります。ただ、多幡説は各認知過程あるいは各座標系の如何に拘らず、それらに通底して、鏡映によって生じる対掌体が実物とは左右逆と判断される原因が左右軸の従属性にあることを見抜き、その意味で、左右逆転がまとめて説明できることを表面に出して述べたという点で相違があるだけで、統一可能性大です。