朝は好かなかった。
淡い光が里を覆っていく様は、眠れないわたしを嘲笑っているよう。そのうち眠ることを諦めたが、やはり朝は嫌いだったのだ。
だが、過ぎた話だ。
朝になれば、威勢の良い声と、何かを仕掛けているであろう物音が聴こえる。せめて静かに企てれば良いものを。遅れて、制止するようなおどおどとした声。尤も、効果はないが。半刻も経てば、朝餉の支度をする音や薬を調合する音が響き出す。なんとまあ、騒がしい朝だろうか。
朝は好かなかった。
淡い光が里を覆っていく様は、眠れないわたしを嘲笑っているよう。そのうち眠ることを諦めたが、やはり朝は嫌いだったのだ。
だが、過ぎた話だ。
朝になれば、威勢の良い声と、何かを仕掛けているであろう物音が聴こえる。せめて静かに企てれば良いものを。遅れて、制止するようなおどおどとした声。尤も、効果はないが。半刻も経てば、朝餉の支度をする音や薬を調合する音が響き出す。なんとまあ、騒がしい朝だろうか。
「玉置さん、こんにちは」
聞き馴染みのあるその声に、俺は顔を上げる。
快活な笑みを向けるのは、三枝の――確か妹のほうだった。面影こそあれど、あどけなさが抜け大人びた彼女の姿は、街ですれ違っても気が付かないという妙な確信がある。
そして、彼女の足元に、――彼女と、彼女の姉と。瓜二つの少女が顔を覗かせていた。
「玉置さん、こんにちは」
聞き馴染みのあるその声に、俺は顔を上げる。
快活な笑みを向けるのは、三枝の――確か妹のほうだった。面影こそあれど、あどけなさが抜け大人びた彼女の姿は、街ですれ違っても気が付かないという妙な確信がある。
そして、彼女の足元に、――彼女と、彼女の姉と。瓜二つの少女が顔を覗かせていた。
温暖というには寒さが堪えるこの街の、晩秋の訪れを告げたのはひとひらの紅葉だった。すっかり色付いたそれは、所在なさげにあちらこちらに舞っていく。暦の上では既に冬だったかもしれないが、この地域の紅葉は今が見頃なのだから秋と呼ぶほかあるまい。
幼い頃は、枯れ葉を集めて飛び込む遊びが好きだった。今にして思えば無謀であるが、子供など良くも悪くも無鉄砲なものである。
温暖というには寒さが堪えるこの街の、晩秋の訪れを告げたのはひとひらの紅葉だった。すっかり色付いたそれは、所在なさげにあちらこちらに舞っていく。暦の上では既に冬だったかもしれないが、この地域の紅葉は今が見頃なのだから秋と呼ぶほかあるまい。
幼い頃は、枯れ葉を集めて飛び込む遊びが好きだった。今にして思えば無謀であるが、子供など良くも悪くも無鉄砲なものである。
夢を見た。あの日の噴火でみんなを、私を、全てを失う悪夢。
悪夢を見た日のルーティンは決まっていた。気怠い体を起こし、握り拳を作ってみる。問題ない。首筋から脈を取る。少し速いものの、確かな拍動を感じる。大丈夫、生きている。私は深く息を吸い込み、汗を拭った。
大人になった今ですら時々夢に見るということは、無自覚ながらトラウマになっていたらしい。
勿論、あのときにあの船に乗れていなければとたまに不安になるときはある。
夢を見た。あの日の噴火でみんなを、私を、全てを失う悪夢。
悪夢を見た日のルーティンは決まっていた。気怠い体を起こし、握り拳を作ってみる。問題ない。首筋から脈を取る。少し速いものの、確かな拍動を感じる。大丈夫、生きている。私は深く息を吸い込み、汗を拭った。
大人になった今ですら時々夢に見るということは、無自覚ながらトラウマになっていたらしい。
勿論、あのときにあの船に乗れていなければとたまに不安になるときはある。
一つ二つと彼岸花が咲く度に、内なる自分が問いかける。
誰が為の正義か。誰が為の忠義か。何を為すべきか。何を為すために私は剣を振るうのか。これは私自身のエゴではないか。私が守りたかったのは何だ。平和なこの国ではなかったのか。
果てない自問に、答えは出ない。出すことができない。
――私はこの国の剣となるだけだ。
雑念を振り払い、私はまた一つ彼岸花を咲かせる。
一つ二つと彼岸花が咲く度に、内なる自分が問いかける。
誰が為の正義か。誰が為の忠義か。何を為すべきか。何を為すために私は剣を振るうのか。これは私自身のエゴではないか。私が守りたかったのは何だ。平和なこの国ではなかったのか。
果てない自問に、答えは出ない。出すことができない。
――私はこの国の剣となるだけだ。
雑念を振り払い、私はまた一つ彼岸花を咲かせる。
秋の旅行は最高だ。行楽日和と名が示す通り、天気も気温も心地がいい。秋の味覚はもとより、月と紅葉を肴に呑む風呂上がりの一杯は何よりも格別だ。
オンシーズンのため仕事は忙しくなるが、自分の場合は趣味も兼ねているため問題はない。
というのに。あたしの気分は晴れずにいた。
「なんでアンタがここにいるのさ」
不満を隠す気もなく、そこにいた相手に尋ねる。この顔を見てはせっかくの月見酒が不味くなる
秋の旅行は最高だ。行楽日和と名が示す通り、天気も気温も心地がいい。秋の味覚はもとより、月と紅葉を肴に呑む風呂上がりの一杯は何よりも格別だ。
オンシーズンのため仕事は忙しくなるが、自分の場合は趣味も兼ねているため問題はない。
というのに。あたしの気分は晴れずにいた。
「なんでアンタがここにいるのさ」
不満を隠す気もなく、そこにいた相手に尋ねる。この顔を見てはせっかくの月見酒が不味くなる
今日の落武者は手強かったらしい。
らしいというのは、対峙したのは間違いなく自分であるが、どうにも他人事のように捉えてしまう癖があるためだ。即ち、現実感がない。
何年ぶりかに訪れる救護室は、特有の消毒液の香りがした。押し当てられるガーゼがふわふわとした思考を現実に連れ戻していく。額にできた傷は、安静にしていればひと月もあれば綺麗に治るという。
「シャツ、新調しなくちゃね」
気に入っていたシャツは、二の腕の辺りに大きな傷がある。そういえば、確かにその辺りがじくじくとした痛みがあった。
今日の落武者は手強かったらしい。
らしいというのは、対峙したのは間違いなく自分であるが、どうにも他人事のように捉えてしまう癖があるためだ。即ち、現実感がない。
何年ぶりかに訪れる救護室は、特有の消毒液の香りがした。押し当てられるガーゼがふわふわとした思考を現実に連れ戻していく。額にできた傷は、安静にしていればひと月もあれば綺麗に治るという。
「シャツ、新調しなくちゃね」
気に入っていたシャツは、二の腕の辺りに大きな傷がある。そういえば、確かにその辺りがじくじくとした痛みがあった。