とかげ🦎
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（4/4）
サンプル終わり！
新郎新婦が魔法士であるならなおさらね。ウツボ役の妨害が激しければ激しいほど、愛の証明に相応しいですから。招待客もみんな喜びます」 「それなら、ナイトレイブンカレッジＯＢは誰にでも適性がありそうだが……」 　まだ、自分を選出した動機としては納得いくものではない。 「それに、トレイさんはすでにエタニティ・フロートの詳細をご存知でしょう」 「確かに、俺はリドルから聞いた」 　八年も前のことだ。まだナイトレイブンカレッジの三年生だった頃、リドルが突然の外泊を陽光の国から訴えてきて、心底驚いたものだ。ジェイドの口車に乗せられて群青の街での滞在を余儀なくされたとぼやいていたが、その言葉とは裏腹に、帰ってきたリドルの表情は実に晴れやかで、彼にとって特別な経験になったのだろうとトレイは嬉しくも思った。 　しかし、それならばなおのこと、ウツボ役は自分よりもリドルの方が適任に思える。 「答えになっていないな。リドルに任せなかった理由はなんだ？」 　ジェイドが自身のスマートフォンをすっとテーブルに差し出した。傷ひとつない画面が光って表示されたのは、マジカメのフィードだった。よく見慣れた、モストロ・グループのアカウント。長い指先がその液晶画面をトントンと叩く。少しラグがあって、一人の女性のアイコンがぱっと映し出された。一目で分かる、絶世の美人だ。フォロワーが一三〇万人もいる。 「明日、僕が式を挙げる相手です」 　ドクリと心臓が大きく唸って、眩暈がした。 　トレイはこの人を知っている。招待状に記載された名前で検索をかけたとき、いちばん最初にヒットしたファッションモデルだ。あまりに世間離れしすぎていて、ジェイドの婚約者候補としてまったく想定していなかった。 「彼女は熱狂的なファンを多く抱えているので、式について事前に部外者に察知されたり、セレモニーの前に無用な野次馬を集めたりしたくなかったんです」 　ジェイドが彼女の最新の写真をぱらぱらとスワイプで示しながら語った。有名な雑誌の表紙の撮影、企業のＰＲ、有名アーティストとの誕生日会のプライベートな写真、ランニングする姿。 　規格が違いすぎる。何ひとつ敵うものを自分は持ち合わせていない。そんな思考が頭の隅をよぎって、トレイは自分に苦笑した。これまで散々ジェイドから遠ざかっておいて、今さら何を勝手に張り合っているというんだ。 「……有名人だな」 「おや、ご存知でしたか？」 「いいや。フォロワー数が多いから。正直、ジェイドの相手がこんな有名人だなんて思ってなかったよ。すごいな」 「ふふっ。恥ずかしながら、彼女の元に通い詰めて必死に口説きましたよ。イエスをいただくのに一年もかかってしまいました」 　絶世の美人。有名なモデル。インフルエンサー。……ジェイドが長い時間をかけて求婚した相手。明日、ジェイドはこの美しい女性と結婚式を挙げる。終わっている。そうだ、とっくの昔に終わっているはずの恋だ。始まってすらいないのだから。 「……ジェイドからアプローチしたのか」 　こういうとき、傷付くとわかっているのに詳細を掘り下げてしまうのは、体に馴染んだ癖のようなものだ。 　ジェイドはふい、と港に視線を投げると、遠い記憶を思い出すかのように、目を細めた。 「そうですね。出会ったのはヴィルさんのパーティーで、その日は連絡先を交換して終わったんですが、時間が経つほど、彼女のイメージが鮮明になっていって。……彼女以外には、考えられなくなっていたんです」 　その横顔にゆるやかな笑みが灯るのを見て、トレイは確信する。 　ああ、本当に恋をしているんだ、こいつは。 　テラス席に響く港の喧騒が、急に遠ざかって聞こえた。耳鳴りがする。自分だけが深い孤独の海に落とされたかのように体が冷え、うまく笑顔を取り繕うことができなかった。 　沈黙が流れたのでふと顔を上げると、それまでこちらを揶揄うような笑みを浮かべていたジェイドの瞳が、すっと温度を下げていた。 「……本音を言うと、口の固さを信用して、あなたをご招待しました」 「俺の？」 「トレイさんは、僕の秘密を誰にも明かさなかったようなので」 　ジェイドが視線を外したが、トレイは彼の横顔のラインから目を離さなかった。 　自分が抱えているジェイドの秘密なんて、ひとつしか思い当たらない。彼のユニーク魔法についてのことだ。 「それは……」 「おや、トレイさん。ボートの準備ができたようですよ」 　あからさまに会話を遮って、ジェイドがパッと顔を上げ、桟橋の方を指差した。船乗りが木製の手漕ぎボートを係留している。太陽が傾いて、パラソルより低い位置から熱くて赤い光が差し込んできていた。 「この季節は夕陽が眩しいですね。さ、行きましょう」 　ジェイドが立ち上がったので、トレイも誘われるままに席を立ち、彼の隣に並んだ。 本文終わり
November 16, 2025 at 10:06 AM
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（3/4）
「そうでしょう？　よく映画の撮影も行われるんですよ」 　二人並んで港町に踏み入るのと同時に、彼はすぐ近くのカフェテリアを指差した。 「お疲れでしょう。お茶でもしませんか？」 「え、ジェイド、明日結婚式だろ。その……新婦さんと一緒にいなくていいのか？」 「彼女は明日の早朝に到着予定です。多忙な人ですから」 「そ、うか」 　トレイは突然の誘いに面食らったが、ジェイドは瞳を伏せてふっと笑っただけだった。 　ジェイドの口から婚約者についての情報が漏れて、ちくりと胸が痛む。しかし自分はジェイドにアプローチも仕掛けなかったし、連絡すら取ってこなかった。今さら傷付くだけの資格なんて、これっぽっちもない。 「ボートの練習っていうのは？」 　トレイが招待状に返事をしてすぐに、スマホにジェイドから連絡があった。式の前日、ボートの練習と打ち合わせのために落ち合いたいという誘いだった。なるべく最低限のやり取りで本番を迎えようとしていたトレイだったが、断るのもおかしな話であるし、何よりエタニティ・フロートのウツボという大役を担う一生に一度の機会でもあるので、了承した。たっぷり半日、既読無視をしてから返事をしたためた。意味のない行動だ。 「ボートの貸し出しの時間までは、まだもう少しありますから。そこの店に入りましょう」 　トレイの返事を聞かず、ジェイドがさっさと歩き出す。慌ててその背中を追いかけた。 　危惧していたことだったが、すでに相手のペースに乗せられている。しかし、困ったことに、トレイの体はジェイドに振り回されるこの状況を懐かしく感じはじめていた。 　入り江を臨むカフェのテラス席に二人で腰掛けて、ジェイドのおすすめだというジェラートを注文した。腰掛けたガラステーブルに降りそそぐ容赦のない日射を、カラフルなパラソルが遮ってくれる。見合わせた互いの顔には影が落ちていた。開けた海岸の風景は、圧巻と称するに相応しい。 「ン、このマスカットのやつ、美味いな」 「でしょう？　こちらのチョコレートとマスカルポーネの組み合わせもおすすめですよ。トレイさんもどうぞ」 　ごく自然にスプーンを差し出されて、トレイは一瞬躊躇し、顎を引いた。しかし相手がクスリと笑って「溶けちゃいますよ」なんて促してくるので、思い切って首を伸ばし、プラスチックの小さなスプーンにかぶりつく。ビターなチョコのジェラートが口の中で解けて、チーズの風味が鼻に抜けた。職業病というやつで、カカオとチーズの産地がいくつか頭の中を駆け巡る。陽光の国のものじゃないな、とあたりをつけていたところへ、ジェイドが先に言葉を発した。 「これは夕焼けの草原のカカオですね。マスカルポーネは輝石の国の北方のものが有名ですが、このフレッシュさからして英雄の国のものでしょう。配分が絶妙です」 　トレイは驚いて顔を上げた。ジェイドが薄く笑みながら、言葉を促すように首を傾げる。 「何かおかしなことを言いましたか？」 「いや……俺も、同じことを考えていた」 「んふふっ、さすがはトレイさん。僕たち、相変わらずよく似ているようですね」 　カレッジ時代、副寮長という肩書きのために一緒に作業することが何かと多かったが、口にせずとも相手の思考の一部を理解できるようなコミュニケーションが、二人の間にはたびたびあった。 「それで、トレイさんのパティスリーは順調ですか？」 　頬杖をついて、パラソルの下で囁くようにこちらに身を寄せながら、ジェイドが瞳を細める。彼の長い指先が黒のメッシュを耳にかき上げる動きを、トレイはじっと見つめた。ジェラートで冷えたはずの胃がずくずくと熱を持ち始める。そんな思いを知ってか知らずか、ジェイドは魅惑的な笑みを浮かべる。 「教えてください、あなたの近況を」 　誘われるままに、トレイは口を開いた。 「……ああ。モストロ・ラウンジほどじゃないんだが、うちも今、ブランディングを意識していて──」 　三年ぶりの再会だったが、ジェイドの口調はカレッジ時代とまるで変わらず、会うこと自体に緊張していたのが嘘のように、会話は弾んだ。仕事の話、趣味のこと、互いのカレッジ時代の友人関係。三年も交流を絶えさせていたというのに、話題の移り変わりも、相槌のタイミングも、何もかもが心地よかった。 「それで、ジェイドの担当している新店舗は──」 　すっかり空になったジェラートのカップを無意味につつきながら質問を投げたそのとき、テーブルに伏せられていたジェイドのスマホが振動した。 「失礼」 　なんでもないことのように言って、ジェイドは席を立つ。テーブルを離れ、少し遠くで二、三分ほどの電話を終えると、先ほどと変わらない様子で戻ってきた。 「お待たせしました。申し訳ありません、彼女からの電話で」 　彼女。 　その言葉でトレイは現実に引き戻された。ジェイドはこちらに見向きもせず、上機嫌でメッセージを打っている。 「……なぁ、どうして俺を招待したんだ？」 　一息ついて、核心部分に触れる。本当は尋ねないままでもいいと思っていたが、どうにかして、相手の意識を婚約者から引き剥がしたかった。目論見通り、ジェイドがつい、と視線をこちらに戻す。トレイは畳み掛けた。 「エタニティ・フロートって、人魚と陸の人間の結婚で行われる重要なセレモニーだろ。俺はこの国の伝統をよく知らないし、もっと親しい友人でやるものなんじゃないのか」 「おや、トレイさんと僕は親しい友人ではなかったのでしょうか？」 「揶揄うなよ」 　ジェイドがわざとらしく眉をハの字にして困ったように笑ったので、トレイは釘を刺した。 「単純明快なことですよ。トレイさんは、僕たちの求めるエタニティ・フロートの進行役の条件に合致しているんです」 「条件？」 　ジェイドがアイアンの椅子を引いて身を寄せる。トレイも自然とテーブルに身を乗り出した。 「まず、このセレモニーでは体力と共に、魔法士として一定以上の実力が望まれます。
November 16, 2025 at 10:04 AM
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（2/4）
「技は見て盗め、というのが僕の信条でして」 　物騒な信条を悪びれもなく述べながら、ジェイドは緩やかにまつ毛を伏せて微笑んでいた。 「ジェイドも副寮長退任、お疲れさま。これからはインターンで忙しくなるな」 「ええ。アズールやフロイドともしばしのお別れです」 　ヴィル・シェーンハイトが「イヤリングのようだ」と形容するほど、アズールを中心にいつも一緒に並び立っていた双子だが、彼らは三人ともインターン先を別々に選んだようだった。正直言って、オクタヴィネルという枠から外れて行動するジェイドを、トレイはうまく思い描くことができないでいた。 「君はどこへ行ってもやっていけると思うが、自分の限界には早めに気がついた方がいいぞ」 「…………」 　こちらを見下ろしていたジェイドが、ぱちりと目を瞬かせた。 「あ、悪い。余計なお世話だったか」 　他寮の後輩にアドバイスなんて、らしくもない。口にしたのは、内省に他ならなかった。限界を見極められずに苦労してきたのはトレイ自身だ。 「ジェイドなら心配ないよな」 「いえ……心に留めておきます」 　やけにすんなりと受け入れられて、トレイは瞠目した。ジェイド・リーチは大人しい後輩でも、苦労性な後輩でもない。この数年で嫌というほど知った。それなのに、時折見せる彼の素直な返答に、まだ淡い期待を抱いてしまうのだ。そんな自分の感情がいつだって恐ろしかった。 　トレイが視線を逸らすと、それを許さないとでも言うかのように、ジェイドの靴が一歩、近寄ってきた。 「僕を気にかけてくださるのですね」 「そりゃあ……後輩のことはみんな気にかけてるよ、当たり前だろ」 「ふふふっ、本当に？」 　思わず顔を上げると、彼のゴールドの瞳に絡め取られた。式典服の袖から露出したトレイの手に、冷たくて大きなジェイドの手がそっと触れる。 「僕の左目を見て。そう、怖がらないで……」 　暗闇でも光るその瞳は強く美しい。 「トレイさん、あなたはどうして──」 　ガタン、と大きな揺れで座席から頭が滑って、トレイは目を開けた。窓の外から熱い陽が差し込んできていて、海に反射した光で視界が白く覆われる。昔の夢を見ていた脳が徐々に覚醒して、現実に舞い戻るとともに、聴覚がはっきりとしてきた。船の中だ。周囲の人々は狭い座席にひしめき、荷物をまとめ始めている。 　トレイは眉間を指先で揉み込んで、思考を整理した。 　ジェイド・リーチが結婚する。 　直々に送られてきた招待状には「くれぐれも内密に、どなたにも漏らさないようお願いします」という、なんともおかしな注意書きが添えられていた。不審に思いながらもパティスリー・クローバーのアカウントで──トレイの持つアクティブなアカウントはこれだけだ──ジェイドやアズール、フロイドのマジカメの投稿を覗いてみたりしたが、今回の結婚式に関する有益な情報は一切拾えなかった。それどころか、ジェイドに恋人がいるような気配すらない。 彼の直近の投稿は相変わらず山やテラリウムに関するものばかりだった。 　次にトレイは、多少の罪悪感と闘いながらも、招待状に書かれた女性の名前を検索してみた。嫌な予感はしていたが、超絶美人のファッションモデルを筆頭に、同姓同名が複数ヒットする結果となった。モストロ・ラウンジや陽光の国の街の名前がプロフィールに記載されている人を中心に探ったが、モストロ・ラウンジ四号店でアルバイトしているという女性がかろうじて候補に上がっただけで、あとは既婚だとか学生、詳細のよく分からない人ばかりだった。そもそも、トレイはこういう探偵ごっこができるほどＳＮＳに精通していないし、このときまでジェイドの仕事のアカウントと繋がってすらいなかった。 　結局、リドルとケイトに電話して「最近アズールたちとは連絡を取っているのか？」なんて遠回しの割に妙に意味深な質問を投げるしかなかったのだが、二人とも訝しんだだけで、有益な情報は得られなかった。 　ここまでの道のりを思い返して、我ながら馬鹿だなぁと苦笑する。手に入りはしないと分かっていたはずなのに、いざ結末が確定すると、未練がましく細い糸を手繰り寄せようとするなんて。「内密に」などという注意書きがなかったとしても、結局は同じように不甲斐ない行動をとっていたことだろう。リドルやケイトが招待されていないと分かって、出席の返事を送ったことを後悔したほどだった。学生時代の自分たちを知る第三者の目がないところで彼の結婚式に出て、平静でいられる自信がなかった。そして絶対に、そんな己の内面をジェイドにだけは悟られるわけにはいかなかった。 　だぷだぷと細かく揺れる波の周期を船底から感じて、トレイは窓の外に首を向けた。客船が群青の街に着桟するところで、港の向こうに、白く美しい街並みが広がっている。 　写真よりもずっと色鮮やかな景色に目を奪われながら港に降り立ったトレイの元へ、下船する乗客たちの流れに対抗するようにして、こちらへ向かってくる人物があった。 「トレイさん」 　さっと振り上げた長い手を誘うようにひらひらと左右に揺らし、その人はトレイの名を呼んだ。最後に会ったときから少し上背が伸び、顔つきの精悍になったジェイド・リーチが、少し傾いた太陽を正面から浴びて立っている。学生時代と違って前髪は真ん中で分けられ、形のいい額が覗いている。左耳には相変わらず、青いピアスが揺れていた。パリッとしたシャツにパンツスタイルの爽やかな出立ちで、ジャケットも羽織らず、珍しく腕を少し捲っている。リゾート地にふさわしい格好でも人ごみの中で輝いて見えるのは、たぶん錯覚ではないはずだ。周囲の人間も少なからずジェイドを振り返っていた。 「迎えに来てもらって悪いな」 「いいえ、来てくださって嬉しいです」 　ジェイドがにっこりと笑いながら近付いてきて、ごく自然にトレイのボストンバッグを引き取ろうとしたので、挨拶を交わしながら「重くないよ」とやんわり拒否をした。ジェイドは肩をすくめ、苦笑する。 「群青の街には初めて来たよ。リドルやルークからは聞いていたけど、実際に見てみると本当に綺麗な海岸線だな」
November 16, 2025 at 10:02 AM
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サンプル（1/4）
力レッジ時代に何もなかった二人の成人IF。
🐬くんのエタフロをウツボ役の♣️さんがめちゃくちゃにするお話です。ハピエンです！
タイトル「ビフォア・エタニティ・フロート」 　群青の街での再会を楽しみにしております。 　封蝋でしっかりと留められた分厚い手紙の最後の一文は、そう締めくくられていた。 　趣味のいい深緑のインクのサインをそっと撫でたが、差出人の温もりは当然、もう失われている。筆致は昔と少しも変わりない。変わったのは自分の方だった。 　トレイ・クローバーはもう一度手紙を頭から読み始めるべく、一八〇度に熱されたオーブンの前の椅子に腰を下ろした。 　ケーキ職人として本格始動してから、寝起きが悪いという欠点は過去のものになった。時刻は朝の五時半で、ジャムとレモンカードは昨晩のうちに、タルト生地は先ほど作って冷蔵庫で寝かせてある。開店準備を早めに済ませて、ベリーのトライフルでも試作しようかとスポンジを焼いているさなか、この町でパン屋とケーキ屋の次に早起きな新聞配達が、ポストにコトンと朝刊を落としていった。回収した新聞とともに、その手紙は発見された。不思議と朝靄の湿気を受けることなく乾いていて、しかしポストの中で一晩を待ったであろう冷たさが、封筒の表面には残っていた。 　はるばる便りをくれたのはカレッジ時代の後輩であるジェイド・リーチだ。カレッジを卒業してからは疎遠で、熱砂の国の大商人が主催したパーティーで最後に会話を交わして以来、かれこれもう三年は顔を合わせていない。それなのに、防水とお守り程度の幸福の魔法を施された便箋には、二ヶ月後の夏の盛りに、ぜひ陽光の国へ来てほしいとの誘い文句が長々と綴られていた。 　トレイは店の奥の、小さな出窓の外をちらりと見た。雨模様のせいで空は分厚い雲に覆われ、太陽を覗かせてはいない。出窓のすぐ外の花壇にはミニチュアローズが植えられていて、開花を待ち侘びている。二ヶ月後、八月の半ばには少し茶色く、開ききった花になっているだろう。盛りを終えてもなお、白い薔薇はきっと美しい。 　染みひとつない封筒の中には四枚にも及ぶ当たり障りのない近況報告の便箋と、群青の街の美しい写真が数枚、そして二つ折りのカードが入っていた。 　トレイはふう、とため息をつく。分厚い封筒の差出人を確認した瞬間から、自分にとって良くない知らせであることは予感していた。悪い想像はたいてい現実のものになる。カレッジの副寮長だったころは、無意識に悪い方向に想像力を働かせていた気がする。最悪の事態を想定しておけば、たいていの些細なトラブルには対処できるからだ。たぶん、魔法士として足枷になっているのが、こういう悪癖だと知りながら。 　同封されていたカードをめくる。パールのように光る飾りで縁取られたそれは、何度見ても結婚式の招待状に違いなかった。 　ジェイド・リーチの結婚式。そのためのエタニティ・フロートに、友人代表として参加してほしいという誘い。 　トレイは理解していた。 　これはジェイドなりの、告白の返事なのだ。トレイの心を完璧に砕くための返事。卒業前に「好きだ」と告げて、ついぞ応えを聞かぬまま、興味が去ったふりを続けて、問いただす勇気もなく、まだ胸に燻っているこの哀れな感情への返事。 　さらりとした文体の便箋からは、人魚の誘惑の歌声でも封じ込められているかのような、不思議な吸引力が滲み出ている。美しくそして残酷な、魔法のようなもの。誰にでも扱えるものではない。どうしたってジェイド・リーチは特別なのだ。 　トレイは便箋をしたためる代わりに、招待状の「参加」にマルをして、少し迷ってから一言「おめでとう」とだけ添え、丁寧に封筒に戻した。時刻は五時四十五分。椅子から腰を上げ、伸びをする。厨房の磨りガラスに朝日が入る。 　オーブンからは、よく焼けたスポンジの甘い香りが漂ってきた。 ◇◇◇◇ 　告げてしまったのはアクシデントみたいなものだった。卒業式典の夜、暗いホールでフードを目深に被った生徒たちが手に手を取り合って踊る中、ジェイド・リーチはその長身や佇まいから、遠目でも異彩を放っていた。トレイは無意識のうちに彼を目で追っていた。そのうちに、相手もこちらに気が付いた。 　そうして、まっすぐにトレイの元に近付いてきたジェイドがフードの下でそっと口角を上げたので、トレイは馬鹿正直に喉を上下させてしまった。七年も前のことだ。まだ若く、駆け引きなんてできるほど器用ではなかった。 「トレイさん、ご卒業おめでとうございます」 「ああ……ジェイド、ありがとう」 「同じ副寮長として、大変お世話になりました。ご指導ありがとうございました」 「君に指導した覚えはないけどな」
November 16, 2025 at 10:00 AM
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ふくろうさん♡♡ありがとうございます！がんばります✊❣️❣️
September 25, 2025 at 10:01 PM
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尻尾も生やしたヨ✌️
July 10, 2025 at 2:08 AM
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まだ直ってないですね……こういうときに頼りになるブルスカくん！
May 24, 2025 at 2:20 PM