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肩古狸 鯨(アトリエ・タニュ)のアカウントです。元R&Dディレクター。
以前はフランスと日本を行ったり来たり。
やれやれ、面倒な世の中になった。
(Floral) Friday Fragments #257
 久しぶり(と言うほど久しぶりでもないが)に関東平野のど真ん中を車で走っていたら、夕陽が地平線に沈んでいった。幹線道路を走っているとビルも多くてなかなか気がつかないが、関東平野の平坦ぶりは、田畑の広がる田舎道を走っていると否が応でも感じられるようになる。何もないなんて感じにはならない。遠く集落も見えるし、電線が連なっているのも見える。それでも、山も高いビルもほとんど見えないから、平らであることはよく分かる。 何しろ車で走っているので写真は撮りようがないのだが、途中で休んだ場所から撮った夕日の写真は、どこかサバンナの夕暮れみたいになった。本当は広がる平野の写真を載せたいところだが、残念ながら写真を撮るために停車できる場所はほとんどなかった。コンビニの駐車場に停めれば周囲には建物があるし、路側帯に停めるのは危険で身勝手な行為である。想像してもらう以外にない。(写真の下に続く)  そういえば、移動中にひと休みしていたら、ショートメッセージにauからの「メッセージインフォ」なるものが届いた。iPhoneユーザなので使っているのはiMessageなのだが、そう言えばrcsをサポートすると言うメールが来ていたなと思い出した。メッセージが暗号化されない上に、WhatsAppやLINEが普及した今使う理由もなさそうなのだが、auは企業に売り込みたいのだろうなとぼんやり思った。 少々理解できないのは、読む気が起きないようなメールで勝手に追加する企業姿勢の方である。セキュリティの問題が残っているのだから、もっとしっかり説明しても良さそうなものだが、案外いい加減だ。WhatsAppを使っているからrcsを使う理由もないのだが、様子を見ながらどうするか決めるしかない。 そのWhatsAppだって、WhastAppなる怪しいところが勝手にメッセージを送りつけてくる。やれやれ、面倒な世の中になった。
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January 22, 2026 at 10:10 PM
Wordless Wednesday

A Part of Wordless Wednesday
Wordless Wednesday
A Part of Wordless Wednesday
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January 20, 2026 at 10:09 PM
The road continues, as far as the eye can see.
The street continues, as far as the feet can move.
道は続く、それが見える限り。
途は続く、その足が動く限り。
Mostly Monochrome Monday #437
The road continues, as far as the eye can see.The street continues, as far as the feet can move. 道は続く、それが見える限り。途は続く、その足が動く限り。 A Part of Mostly Monochrome Monday
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January 18, 2026 at 10:01 PM
最近、気が短いらしい。色々な人が言い方変えて指摘する。
やれ、文句が多い、やれ、ケンカっ早い、やれ、少しは我慢しろ。いやはや、そんなに言われるなんて申し訳ない。きっと相当迷惑をかけているのだ。
(Floral) Friday Fragments #256
 最近、気が短いらしい。色々な人が言い方変えて指摘する。 やれ、文句が多い、やれ、ケンカっ早い、やれ、少しは我慢しろ。いやはや、そんなに言われるなんて申し訳ない。きっと相当迷惑をかけているのだ。  若い頃は確かにそうだった。やれると分かっている事をいつまでもやらないのが大嫌いなのだ。問題があればとことん解決策を探す。だからやらない奴がいるとすぐにケンカした。 ひとりなら自分の責任だから自分で自分を怒っていればよかったのだが、仕事となると結局はチームプレイ。やるべき事をやらずに悩んでいるの輩がいるのが気に入らなかったのだ。  人間は誰だって間違う。仕事の早い遅いもある。苦手な事だってある。やってみたら大失敗したなんて当たり前だ。だが、やらないというのは許せない性分だった。苦手なのにやってみたら失敗したというなら喜んで助けるが、何もしないから失敗もしないという感覚は、どうにも許せなかった。  これが年齢を重ねるとそんなふうに思わなくなる。というか、他人は他人、それぞれの感覚があると理解できるようになるのだろう。仕方がないなと割り切れるとようになる。  ところが、最近は、再び「やらない」ことにイライラするようになったらしいのだ。原因の半分は分かっている。最近関わるようになった人に、やらずに待つタイプが多くなったのだ。その上、代わりに仕事をすると、「早すぎる」と叱られる。 でも、それはイライラするきっかけでしかないと自分では分かっている。きっと別な理由があるのだ。年齢かもしれないし、寒さなのかもしれない。ともかく自分が再び短気になったらしいと理解することが第一歩。  人それぞれ多様だから世界は面白い。違うからこそイライラするのだが、違うからこそ面白いのだ。誰にだって長所も短所もあって、その判断基準もそれぞれ。それで良いのだ。 なんて、思えるようになったのはひとつの進歩でもある。  でもなあ、 いやいや、冷静になれ。自分。 自分の思ったようにどんどん進めて、世界を変えようとしているヤツみたいになって良いのか? いや、自分が何したって世界は変わらん。  そんなくだらない事を考える新年なのだった。 写真はもちろん、反省の白である。
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January 15, 2026 at 9:41 PM
Wordless Wednesday

A Part of Wordless Wednesday
Wordless Wednesday
A Part of Wordless Wednesday
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January 13, 2026 at 9:40 PM
It feels as though leaves keep on falling from the city sky, which has lost its blue color, eventually pooling up like water and being replaced by the colors of spring.
Mostly Monochrome Monday #436
It feels as though leaves keep on falling from the city sky, which has lost its blue color, eventually pooling up like water and being replaced by the colors of spring. 青さが失われた都会の空から葉が落ち続け、やがて水のように溜まり、春の色と入れ替わるような気がしている。 A Part of Mostly Monochrome Monday
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January 11, 2026 at 9:34 PM
もし暇があって、フランスに少し興味があって、著者をサポートしても良いかなと思う気持ちがあったら、無理は言わないからアクセスしてみて
フランスの田舎
 お試しで運用しているNoteにアップした記事を再掲載しようかと思ったが、それでは面白くないので別記事である。もし暇があって、フランスに少し興味があって、著者をサポートしても良いかなと思う気持ちがあったら、無理は言わないからアクセスしてみていただきたい。  そこで何を書いたかと言えば、ku:nel (クウネル)が、「なにしろ「フランスびいき♡」なもので」なんて特集を組んでいるというので、もっと田舎にも目を向けてよと愚痴っている。だから、読んでも得られるものはあまりない。申し訳ない。しかも、使っている写真はこの記事と全く同じである。やれやれ。  フランスには住んでいたこともあるし、長年毎年のように仕事とプライベートで通っていたので思い入れはある。だからと言って、極端なフランス贔屓ではない。日本に住んでいたらぜひ見習いたいと思うこともたくさんあれば、あんな風になったらダメだと思うことも少なからずある。  そんな話とは別にして、どうしてこうも日本では、フランス=パリなんだろうと思うのだ。見方を変えれば、日本=東京とか、日本=京都とか言っているのとか同じで、パリでフランスを代表して欲しくない。フランス中でパリ・ミュゼットは流れていないし(アコーディオンの音がもの悲しいアレね)、皆がエッフェル塔に行くわけじゃない(あの前でポーズつけて写真撮って叱られた人もいたけれど)。  パリにどれだけ魅力を感じるかは人それぞれだし、決して魅力のない街じゃない。犯罪も多いし、薄汚れた汚さはあるけれど、それはパリが都会だからであって、パリだから汚いわけじゃない。でも、フランスだったらもっと素敵な場所があるじゃない。そう思うのだ。  例えばこの記事のトップにある写真。西の果ての田舎道でとった何でもない風景。地平線まで広がる畑と大きな雲。美しいじゃありませんか。日本だったら北海道に似た風景があるのだろうけれど、スケール感はずっと大きい。えっ?牛が欲しい?いやいや牛なら掃いて捨てるほどいる(もちろんそれに見合った匂いもするけれど)。 歴史的建造物だって、有名じゃないだけで、たくさんある。まあ、大抵は観光案内所すらない廃墟なのだけれど。(下の写真の建造物は、ちゃんと案内所があります。たしか。夏の間だったら…)
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January 10, 2026 at 10:26 PM
小さなてんとう虫が独り占めにするほど小さな花が、冷たい風にカサカサと揺れる。冬はこれからが本番だということをすっかり忘れていた1月の初め、それでも横浜には春の気配がする。
(Floral) Friday Fragments #255
 小さなてんとう虫が独り占めにするほど小さな花が、冷たい風にカサカサと揺れる。冬はこれからが本番だということをすっかり忘れていた1月の初め、それでも横浜には春の気配がする。 ため息をつくことにすっかり慣れてしまったのは、歳をとったせい。年初から夢を描かなくなったのは、物事を知り過ぎてしまったせい。何もしない毎日にてんとう虫を見つけて嬉しくなるのは、年月を重ねたせい。  まだまだ序の口。これからが楽しい。たぶん。
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January 8, 2026 at 9:13 PM
Wordless Wednesday

A Part of Wordless Wednesday
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January 6, 2026 at 9:11 PM
Peace is probably when families are able to enjoy wondering who will be king.
Hope is probably when anyone is able to accept such like messages.
Mostly Monochrome Monday #435
Peace is probably when families are able to enjoy wondering who will be king.Hope is probably when anyone is able to accept such like messages. 家族で誰が王様になるのかを楽しめるのが平和ということなのだろう。誰に向けてもこうやって投稿できるのが希望ということなのだろう。 A Part of Mostly Monochrome Monday
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January 4, 2026 at 11:02 PM
おめでたい色といえば紅白。そんな写真が見当たらなかったので、こちらで代用です。
(Floral) Friday Fragments #254
 おめでたい色といえば紅白。そんな写真が見当たらなかったので、こちらで代用です。 門松の写真くらいすぐ撮れるだろうなんてお叱りを受けそうですが、今年はあまり予定もなく、案外出かけるのが億劫なのです。そんなわけで、  新年おめでとうございます。  どうして新年がおめでたいのだろう、なんて、またロクでもないことを考えています。「そういえば子供の頃に「年神様」が来ると聞いたような気がする」なんて思い出すのですが、どうも記憶が怪しい。でも、お正月には神様が来るから正月飾りをして、お餅を用意し、御神酒を備えるのという記憶だけはあります。 正直にいえば、子供の頃に田舎でそういった事を言われはしましたが、今もその伝統を守っているわけでもありません。多少は鏡餅を用意したりはするものの、子供の頃の記憶はもっと色々作法があったのです。  伝統が失われることには多少の喪失感というか、後ろめたさというか、ちょっと残念な感覚があります。でも、あけましておめでとうございますなんて挨拶をしても、何がめでたいのかよく分かっていないのですから、今更感がないともいえません。  ひとつ不思議な符合に触れさせてください。ひとつ前のポストの写真はフランスのお正月の写真でした。ここにも再録しておきます。  クリスマスのお祝いは12/25の前夜から始まって1/6の公現祭まで続きます。一時期住んでいたブルターニュはカソリックの強い地域で、この12日間はクリスマスツリーも片付けません。つまり、その期間に年末年始の現代的なお祝いも入っています。花火が打ち上げられ、誰もが深夜まで新年を祝うのです。除夜の鐘を聞いて初詣に行くような物です。 そして、フランスで少しばかり伝統的な風習のひとつが、大晦日に写真のような正月飾りをして、新年を迎えるという物でです。その正月飾りはヤドリギ。このヤドリギの下では、誰にでもキスをして良いことになっています。 年末には、その正月飾りが街のあちこちで売られています。どの家でもやっているというわけではありませんが、正月飾りはちゃんとあって、なんだか日本と似ているではありませんか。しかも赤い実までついている。  やれやれ、気がつけば、1/2だっていうのにまたもウダウダ書いています。このブログも変わらないということです。 皆様、今年もよろしくお願いいたします。
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January 1, 2026 at 10:21 PM
Wordless Wednesday

A Part of Wordless Wednesday
Wordless Wednesday
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December 31, 2025 at 3:01 AM
(Floral) Friday Fragments #253

ふたたび、回転木馬のような目まぐるしい一年が終わろうとしています。きっとこの目まぐるしさはずっと続くのでしょう。それでも、新しい一年は必ず始まります。そう思うと、どこか安心します。やってくる新しい一年が皆様にとって素晴らしい一年となりますよう、お祈り申し上げます。
(Floral) Friday Fragments #253
ふたたび、回転木馬のような目まぐるしい一年が終わろうとしています。きっとこの目まぐるしさはずっと続くのでしょう。それでも、新しい一年は必ず始まります。そう思うと、どこか安心します。やってくる新しい一年が皆様にとって素晴らしい一年となりますよう、お祈り申し上げます。
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December 25, 2025 at 10:15 PM
Silent day
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December 25, 2025 at 12:54 AM
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A Part of Wordless Wednesday
Wordless Wednesday
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December 23, 2025 at 10:06 PM
Amid the damp winter skies and the faded Christmas bustle, people turn up their coat collars.
冬の湿った空と色褪せたクリスマスの喧騒の間で人々はコートの襟を立てる。
Mostly Monochrome Monday #433
Amid the damp winter skies and the faded Christmas bustle, people turn up their coat collars. 冬の湿った空と色褪せたクリスマスの喧騒の間で人々はコートの襟を立てる。 A Part of Mostly Monochrome Monday
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December 21, 2025 at 10:03 PM
あずき色の宇宙から湿った明日の予定が流れ落ち続け
首筋のすぐ後ろにある真っ黒な夜が
赤と緑のカラカラした音を立てて
今日の灰色のざわめきを追いやっていた。 ...
あずき色の宇宙
あずき色の宇宙から湿った明日の予定が流れ落ち続け首筋のすぐ後ろにある真っ黒な夜が赤と緑のカラカラした音を立てて今日の灰色のざわめきを追いやっていた。消防車の通り抜けた交差点は遠い電磁波のように溶け落ち額の上にのしかかった鋭利な夜が定規で引いた硬い線を引き裂き今日の冷たい机の汚れを消し去ろうとしていた。目に見えないほど小さな星に向かう宇宙船が焔を放ち続けこめかみを揺らす青白いエンジンがありもしないぶつぶつとした音を呻めいて冷蔵庫に残された食べかけのパンを思い出させた。すれ違う隣の住人のミニヴァンはまもなく記憶から抜け落ち踵に張り付いた小さなマメの鈍い痛みが受け取ってもいない手紙の予定を消し去り忘れかけた日常の中の特別でもない明日を呼び出した。またやって来る今日と同じ明日をまた温める昨日と同じシチューをまた繰り返す明日と同じ今日の夢をいつのまにか思い出す帰路。背中のリュックから取り出す冷たい鍵の朧げな回転とポケットから取り出す生暖かいスマートフォンの凍った光と暗闇で見えなくなった郵便受けから探し出す空っぽの空気といつの間にか点いた玄関の灯り。 「また独りよがりな詩をアップしてるの?」と呆れられそうだが、ビョーキみたいなものなのだ。病気ではなくビョーキ。この違いを強調しているあたりを斟酌してくださると嬉しい。  たまには作者の解説。  仕事の帰り途に思うことはふたつあって、なんとなくモヤモヤした仕事の引っかかりのような気分がそのひとつである。あれって、こうしたほうが良かったかな?なんて反省するならまだ良い方で、しなきゃ良かったかな?と後悔するようになると気分が落ち込んでくる。もう帰るだけだというのに、「引きずっている」状況なわけだ。良いことだって沢山あったのに、案外思い出すことはない。  もうひとつのことは帰った後のことで、何ひとつ心配することもないのに、もう明日のことを考えている。温かな食事とか、リラックスして家族と過ごす時間とか、楽しみが沢山あるだろうに、不思議とその先まで考える。どうしてだろうと考えると、きっと繰り返される日常に何か重さのようなものを感じているのかななんて思い当たるが、定かではない。  ただ明確なのは、特に秋から冬にかけて、暗いうちに仕事に向かい暗くなって家に帰る毎日が、まるで宇宙船に乗って漂う無限の旅のように感じることがあると言うことだ。  
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December 20, 2025 at 5:01 AM
ハナアブの仲間でしょうか。青みを帯びたピンクの透明な花弁よりも、熱心に花粉を集めているのか蜜を吸っているのか、この虫の様子が気になって撮ったものです。
(Floral) Friday Fragments #252
 ハナアブの仲間でしょうか。青みを帯びたピンクの透明な花弁よりも、熱心に花粉を集めているのか蜜を吸っているのか、この虫の様子が気になって撮ったものです。もしハナアブなら、刺すことも噛むこともなく、ただひたすら花を求めます。詳しくないので、もし違う種類だったらごめんなさい。 ハナアブは蜂に擬態しているハエの仲間ですが、蜂に擬態している蛾もいます。蜂に擬態する種が多いのは、それだけ蜂が恐れられていると言うことなのでしょう。それが優位だからきっと擬態しているのであって、決してかっこいいからなわけはありません。自然界がカッコいいなんて理由で擬態していたら面白いのですが。  今回は、原点復帰で、文章のスタイルを変えてみました。慣れないので、筆(キータイピング)が進みません。でも、自分で書いて自分で新鮮味を感じるなんて、なかなか贅沢でもあります。さて、今後はどうしようかなあ。  あっ、この虫の名前をご存知でしたら教えてください。よろしくお願いします。
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December 18, 2025 at 9:13 PM
Even if the rain is cold, as long as it rains, the dirt will wash away, the plants will grow, and tomorrow will come.
その雨が冷たかったとしても、降りさえすれば、汚れが落ちて植物は育ち、明日もやってくる。
Mostly Monochrome Monday #432
Even if the rain is cold, as long as it rains, the dirt will wash away, the plants will grow, and tomorrow will come. その雨が冷たかったとしても、降りさえすれば、汚れが落ちて植物は育ち、明日もやってくる。 A Part of Mostly Monochrome Monday
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December 14, 2025 at 10:57 PM
病院で超音波診断を受けたり心電図をとったりするのが気恥ずかしい感じがするのは何故なのか?いや、そんな奴はあまりいないのかも知れないが、少なくとも自分はそうだ。
病院と温泉
このテキストは、ドイツの療養スパの話を書こうとしてボツにしたネタから日本の部分を取り出して再編したものです。少々個人的な話でもあるのでゴミ箱に捨てようとしていましたが、なんとなく勿体無いので公開(いや後悔)することにしました。  温泉では人前でも裸になるのに、病院で超音波診断を受けたり心電図をとったりするのが気恥ずかしい感じがするのは何故なのか?いや、そんな奴はあまりいないのかも知れないが、少なくとも自分はそうだ。 自分なりに理由を探せば、きっとインタラクションがあるからなのだ。痛くないかとか、苦しくないかと聞かれると、そこに会話が生じるからだ。会話が生じると、途端にその空間はプライベートなものではなく、パブリックな空間に感じられる。周囲が単なる環境ではなくなってしまうのだ。医師や看護師がサッカーのレフリーのように石と同じに見えれば何でもない。でも、石ころなんかではありえない。カーテンが閉まっていようが、病気といった極めて個人的なものであろうが、会話があった瞬間に、交差点のど真ん中とさして違わなくなる。 そんな事を考えていたら、温泉だって会話があると気がついた。「今日は寒かったねえ。スキーに来たんでしょ。若くていいなあ。」なんて話をするのは悪くないし、会話がない温泉も妙だ。つまりはパブリックな場所ではないか。そんな場所で裸になるのは恥ずかしくないのはおかしい。しかも、温泉は本当に裸だが、病院ならちょっと服をはだけるだけではないか(はだけるは、開けると書く)。温泉と病院の違いは何なのか? 病院が気恥ずかしいと感じる人はあまり多くはないらしい。白衣恐怖症(医師を見ると血圧が上がったりする症状)なんて言われたことと関係があるのかもしれない。  調べてみると、心理学的には、恥ずかしさとは、「自己評価が低く感じる時の反応」なのだそうだ。複数のサイトにそう書いてあるから、きっとそうなのだろう。ホントかどうかは調べていない。 勝手に想像するなら、人前で間違えたから「自己評価が低く」なって恥ずかしい。場違いな薄汚れた服を着ておしゃれな場所にいるから「自己評価が低く」なって恥ずかしい。身体が弱っているかもしれないから「自己評価が低く」なって恥ずかしい。もしそうなら、超音波で内臓が弱っているのが見えるから「自己評価が低く」なって恥ずかしい。心電図で変な波形がわかるから「自己評価が低く」なって恥ずかしい。そんな風に具体的に言えるのかもしれない。 でも、どこか違う。きっと、感じている恥ずかしさの意味が違うのだ。結局よくわからない。  さて、湯あたりするのであまり温泉には行かないのだが、若い頃はスキーに行くと温泉に浸かることも時々あった。ホントに苦手で、もったいない事に長時間は楽しめない。少し暑い湯に足をつけてもみほぐすだけでも、スキーの疲れが和らぐというのに、いつも烏の行水だ。 ある時、温泉の脱衣場で服を脱いでいると小学生くらいの男の子が一人で入ってきた。温泉で子供がひとりというのも気になるので、声をかける。「ひとりなの?お父さんは?」「部屋でビール飲んでる。ひとりで行けって言われた。」慣れたもので、ひとりでも着替えやタオルなどをバッグに入れて持っているし、棚の使い方もわかっているようだった。きっといつもこんな感じなんだろう。物怖じせず、大人のように何でも自分でやれるようだった。そんな様子を見て、まあ大丈夫だろうとは思ったのだが、流石にひとりは心配なので気にしながら温泉に入ることにした。 その少年はテキパキと服を脱いできれいに畳み、持ってきたバッグに入れて棚に置くと、別なところから白いタオルを取り出した。「鍵付きじゃなくて大丈夫?こっちのロッカーなら鍵かけられるよ。」そう声をかけてみたが、余計な気遣いだったようだ。少年はハキハキと答えた。「大丈夫です。貴重品は持っていません。」しっかりしたものである。 自分も脱いだ服をしまってロッカーに鍵をかけると、少年が何か言いたげにこちらを向いていることに気がついた。一緒に風呂場に行きたいのかもしれない。「じゃ、一緒に行こうか。ここ、ちょっと寒いよね。」そう誘うと、もじもじしながら少し間をおいてこう言った。「あの、僕も大人になったらそんな風になりますか?」一瞬意味がわからなかったが、下腹部を向いた視線でようやく飲み込めた。「体重は何キロ?」「38キロです。」多少背丈はあったが、ひょろっと痩せて見えた。「じゃあ、僕の半分より少し重いくらいかな。これから大人になっていくと背も伸びるし体重も倍になるでしょ。そしたら大人と同じ形になるよ。」少年はじっと見つめたままだった。「何か心配?大丈夫だよ。お父さんにも聞いてみたら?」「なんか恥ずかしいし。」少年はそのままタオルを持って風呂場のドアを開けて入って行った。小学校の3年生くらいかなと思って話をしていたが、受け応えがしっかりしていたから案外高学年だったのかもしれない。十歳から十二歳くらいの頃は微妙な年齢だ。 自分もそうだった。まだ大人には遠いのに、どこかで大人の感覚も持ち始めている。泊まりがけの学習や修学旅行で友達と一緒にお風呂に入れば、友達の体格を見て色々学ぶし、心配にもなる。 少年にとっては裸を見られることよりも、父親に聞くことの方が恥ずかしいことだったのだろう。まだ性的な恥ずかしさをあまり強く感じてはいないが、気になりだす年齢だ。親に聞くことのためらいや自尊心はあっただろうと想像できる。 しばらくして湯船に浸かりながら当たり障りのない話をし、やがて会話もなくなって、湯気が煙ってよく見えない窓の向こうの雪を見ていた。すると、少年は軽く会釈をして出て行った。  少年に真剣に聞かれた自分もどこか恥ずかしさはあったが、そうは言っても温泉に浸かること自体にはさして恥ずかしさは感じるものでもない。それが、病院であるとどうにも落ち着かない。その差はやっぱり分からない。 ひとつ明確に言えるのは、白衣恐怖は治るとかいった類のものでもないという事だ。やれやれ、この先病気をしたらやっていけるのか。 読み返して気になったので、少し補足します。少年との話はもちろん実話ですが、温泉での出来事は今よりずっと若かった昔のことですし、会話も正確には覚えていません。Blogに書くにあたって、記憶にある内容をある程度差し障りのない表現にして記載しています。
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December 12, 2025 at 10:37 PM
これを花と言うのか?とお叱りを受けそうなのだが、そこはふたつの意味で開き直るのである。
(Floral) Friday Fragments #251
 これを花と言うのか?とお叱りを受けそうなのだが、そこはふたつの意味で開き直るのである。 ひとつは、紫陽花の花の終わりの美しさはこうした茶色になったところにあると思っていると言う点である。枯れた花じゃないかと言われるかもしれないが、翌年の美しい花のために切られてしまう紫陽花の花が、実は枯れて朽ちる頃に妙な美しさを示すのだと本当に思っている。この微かに残った赤と乾燥した空気がマッチするのだ。だからつい探してしまう。 もうひとつは、あまり書きたくないのだが、ずっとFloralと書いてきたこのシリーズも、もはや花だけではなくなっていて、冬はFloralではないテキストを書いていたという事実である。Floralは「花の」と言う意味であると同時に、「花柄の」とか「花のような」といった意味もある。 えっ?やっぱり言い訳?はい、言い訳です。
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December 11, 2025 at 9:58 PM
Wordless Wednesday

A Part of Wordless Wednesday
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A Part of Wordless Wednesday
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December 9, 2025 at 10:05 PM