「あれ、藤丸さん右手怪我してる」「ああ、朝起きたら痣になってたんだよね。寝てる時にどこかにぶつけたのかな」「さっきので怪我したわけじゃないなら良かった……って藤丸さんアレ視えるの！？」「アレってアレだよね。ああいうのは今日初めて見たかな」「でも、初めてなんだけど初めてな気がしないというか。よく怖いモノに追いかけられて、その度に誰かに助けてもらっていたような」

「ぎゃ〜っ！何あれうねうねしてる！こっち来てる！」「走れ！捕まったら絶対ヤバい！」とかなんとか下校途中に会った四月一日と藤丸が怪異に出くわして、命からがら一緒に店に逃げ込むのが藤丸が来店した翌日のこと。縁はしっかり出来てるし、どこかで虫の舌打ちが聞こえるようだ。

「あれ、侑子さんがお酒以外を飲んでるなんて珍しいですね」「コレはねぇ〜意中のヒトと一緒に飲めばたちまち仲が深まる楽園のお茶よ」「んな眉唾な……」「フフ、今回は正真正銘本物よ。この間楽園に住む夢魔からお土産にもらったモノだから」「本物！？も、もしひまわりちゃんと飲めたら……」「まあ使用期限は今日までなんだけどね」

ある夢の片隅で次元の魔女と花の魔術師が邂逅する。
魔女は言う。聖杯が羽を取り込んでしまったと。どんな願いも叶えてしまうくらいの力。死者の蘇生すらも手が届きかねないほどに。世界の理が壊れる前に夢の中に閉じ込めましょう。
魔術師は言う。その夢は特異点になるだろうと。聖杯を回収しなければ夢は永遠に残り続ける。特異点の解決にはカルデアの力が必要だ。なればカルデアのマスターと夢の縁を繋げよう。

藤丸さんが帰った後、侑子さんはなんだか難しい顔をしている。「彼、キズだらけね」「キズ？特に怪我してるようには……」「目に視えるモノではないわ。現世の軀、星世の運、天世の魂にキズがある。願いを叶えるために。たとえ数多の命を奪ったとしても」「でも、それは」「ええ。ヒトを殺せば殺した分だけの重さを背負うことになる。大抵の願いがその重さのワリに合うことなんてない」「でも、ワリに合う。彼の願いは、彼の成そうとしているコトはそういうモノ」

「えーと、本当は入るつもりなかったんですけど、何でか足が勝手に」「ここは願いを叶える店。ココに入れたということは願いがあるのね、アナタ」「願い……あ、明日は体育だから晴れてほしいとか、今月のお小遣いピンチだよな〜とか」「いいえ、アナタの本当の願いは別にあるわ。でも覚えていないのね。アナタがこの店に来たことには意味がある。思い出しなさい。アナタの願いを叶えるために」

その日の客はクラスメイトの藤丸さんだった。友だちが多くて、周りにいつも人がいる印象。おれはあんまり話したことがないけれど、良い人だと思う。その藤丸さんは例によって自分の願いは特に思いつかないらしい。まあ突然アナタの願いを叶えます、なんて言われても戸惑うよな。わかるわかる。

この特異点に介入するのはとても難しい。マスターの夢を介してギリギリ干渉できるかどうかだ。聖杯とは別に何らかの強大な魔力リソースの存在が確認されているが、その影響からマスターの精神を護るのに巌窟王やアビーは動けない。マーリンは対価がどうのこうのといって今回は関わるつもりがないらしい。だから君だけがマスターを連れ戻せる。頼んだよ、オベロン。

四月一日という日。嘘をついても良い日。両親と彼が生まれた日。もう一度会えるようにとの願いが込められた日。「……ハァ〜〜有難い名前だこと。もう会えないと分かっていて、嘘になると分かっていてそんな名前を付けるだなんて随分な皮肉じゃないか」「それでも、結果的に嘘になったとしても、そこに込められた願いは本当だから」