トミー
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トミー
@sunnywider.bsky.social
小学校の先生、公認心理師です。『改訂版 読書家の時間』・『社会科ワークショップ』(共に新評論)を出版しました。(一社)マナティー研究所の理事もやっています。 http://manateelab.jp 大人のブッククラブも運営しています。
第2部 システム思考 「学習する組織」の要 〜システム思考共通言語化には内外コミュニティが必要〜

『学習する組織』を読んでいます。完全に自分のために書いています。 「書かなければ、残らない」という考えのもと、頭に浮かんだことや残したいものを焼き付けています。これを書くことによって、再読にもなっています。『読書家の時間』の「意味を作り出す」の作業をしているわけです。作家ノートを書くプロセスでもあります。 第2部 システム思考 「学習する組織」の要 第2部の僕の考えです。…
第2部 システム思考 「学習する組織」の要 〜システム思考共通言語化には内外コミュニティが必要〜
『学習する組織』を読んでいます。完全に自分のために書いています。 「書かなければ、残らない」という考えのもと、頭に浮かんだことや残したいものを焼き付けています。これを書くことによって、再読にもなっています。『読書家の時間』の「意味を作り出す」の作業をしているわけです。作家ノートを書くプロセスでもあります。 第2部 システム思考 「学習する組織」の要 第2部の僕の考えです。 システム思考を使って問題状況を俯瞰し、似たような原型モデルを当てはめながら、自分の置かれている状況のレバレッジ・ポイントを見つけるという思考になります。レバレッジは、本当に見えにくいことがよくわかりました。安易な解決策が、本質的であるとこれは、一人では難しいなあ。職場の仲間たちと問題状況の明確化や焦点化でさえ、なかなかに難しいのに、それに対するレバレッジについても深掘りしていくことが、まだ自分に関して言えば、絵に描いた餅です。 ただ、学校間で問題状況は似ていると思うので、システム思考を活用しながら横のつながりを使って、みんなで問題状況を改善していくことが良いように思います。学校の内側と外側でコミュニティを強化していくのが実は着実な問題解決であるように思います。 一人でシステム思考の言語を使っても仕方がないので、多くの人にシステム思考を理解して貰えば、この言語を使っての問題解決も進むかもしれません。みなさん、ぜひ読んで。 第4章 システム思考の法則 この章は、システム思考を表す金言を取り上げて解説しながら、システム思考の全体像を外観できるようにしている章のようです。 今日の問題は昨日の「解決策」から生まれる 絨毯の膨らみを踏みつけても、他が膨らむだけ。踏み続けていると、ボロボロになる。 強く押せば押すほど、システムが強く押し返してくる 相殺フィードバック(第5章・第6章のバランス型フィードバック)について。ボクサーという馬が一生懸命に働けば働くほど、やるべき仕事が増えていき、農場を支配している豚が利益を得ていく寓話。 豚の話はともかく、バランス型フィードバックは学校界隈にはありそうな話ですね。やればやるほど、ある面での成果が減っていく。 挙動は、悪くなる前に良くなる だから、「遅れ」があるので、バランス型フィードバックは見えにくい。 安易な出口はたいてい元の場所への入り口に通ずる 「学力が下がったから、授業時間を増やす」的な思考 治療が病気よりも手に負えないことがある 急がば回れ 物事には最適な成長率がある。学校はおそらく、極めてゆっくり成長することが最適なのかもしれません。 原因と結果は、時間的にも空間的にも近くにあるわけではない ビール・ゲーム(第1部のメインテーマ)の困難の根源は、私たち自身である。 私たちの学校には、確実にこれが当てはまる。「子どもが」「家庭が」と良く言うが、それに合わせて何をするかが私たちの仕事です。嫌いな言葉は「私たちのやってきたことは間違っていなかった」ですね。先生個人の能力を高めるのはゆっくりじっくりで、学習の枠組みを変えていくのは、組織の力が必要に思います。そう思うとやはり、私たちにできることは大きい。自分たちの裁量にしっかり誇りを持たなければならないと思います。それがまさに、エイジェンシーかと。 小さな変化が大きな結果を生み出す可能性がある が、もっともレバレッジの高いところは往々にして最もわかりにくい システム思考では、小さなマトを絞った行動を正しい場所で行えば、持続的で大きな改善を生み出すこともあり得る。この原則を「レバレッジ」という。 ケーキを持っていることもできるし、食べることもできる が、今すぐではない 真のレバレッジは、二者択一ではない。長期にわたって、いかに両方を改善できるかをみることにある。 一頭のゾウを半分に分けても、二頭の小さなゾウにはならない システム全体を見よう。 私たちが学校と捉えている範囲は、ゾウの比喩で考えるのならば、頭しか見ていないのかもしれません。 誰も悪くはない 全てのものは切り離された他者ではなく、一つのシステムの一部である。 第5章 意識の変容 綿密な戦略計画も、予測ツールも経営分析も、多くの変数があるタイプの「種類による複雑性」を扱うように設計されているが、「ダイナミックな複雑性」を理解する必要があるとのこと。前者は因果関係が線形の形で表されるが、後者は相互関係であり、フィードバック・ループで示し、円環で表現される。 僕はこれを読んで、種類による複雑性は、指導案などで表されるタイムライン的な表現方法が思い浮かびました。ダイナミックな複雑性とは、子どもたちひとりひとりの相互作用を含む様々な要素が関係し、場を俯瞰して捉えなければならないと言うことだと思います。僕も学生の時に、グループダイナミクスなる概念と出会いました。また、フローラ(植物相)という概念も、このイメージを支えています。 フィードバックとは、相互に与え合う影響の流れを意味する。俯瞰した時に、どちらの方向に流れているか、右の流れもあるし左の流れもあるけれど、全体をみると大きなうねりになっているとか、そういう漠然としたイメージを持っています。 「自己強化型フィードバック」と「バランス型フィードバック」と「遅れ」 自己強化型フィードバックは加速度的に成長するか、または減退するかという挙動になる。軍拡競争における武器備蓄総量や、マナティー研究所で言えば、カメルーンの湖で外来種の水草が大量発生するプロセスのことです。 一方で、バランス型フィードバックは、目標や目的など、何かの水準を維持しようとバランスを取ろうとするものです。体温を維持しようとすること、僕の場合であれば、どんなに残業を減らそうと思っても45時間を下回らないみたいな、仕事のバランス感覚でしょう。いろいろなものが、バランス型フィードバックによって、保たれていますが、見えにくいもので気づかれることはあまりありません。 「遅れ」は、アクションを起こした後、結果が出るまでに、タイムラグがあると言うこと。ハンドルの「遊び」ともいうんだろう。 この3要素が、システム思考の基本要素。 第6章 「自然」の型 出来事を制御する型を特定する 第5章の3つの要素を組み合わせることによって、システムの原型ができる。全部で12個。第6章では、そのうち2つを取り上げて解説しています。 原型① 成長の限界 鰻登りに成長していたものが、成長が鈍化してある水準で停滞する型。自己強化型プロセス(なぜフィードバックではなくなった?)とバランス型プロセスの組み合わせで説明される。ハイテク産業は新製品を導入し急速に発展するが、それに伴って人員が増強されると、やや遅れてマネジメントが負担になり、製品開発に時間を要するようになると、新製品の開発に時間がかかるようになり、成長は鈍化する。 自己強化型プロセスがアクセルの代わりになり、バランス型プロセスがブレーキの役割を果たしている。2つの円環が並列になり、成長のスピードを緩めていく。 レバレッジは、バランス型ループの中にある。例えば、新製品を開発するために資金力を高めても、一時的に改善はするものの、成果は限定的である。マネジメントの改善を行うことで再び成長は加速する。 原型② 問題のすり替わり 問題を改善するために、対処療法的な解決策を用い、幾分かは症状が改善するが、結局それは根本的な解決策ではない。善意に満ちた少しの改善が長期的には状況をさらに悪化させてしまう。例えば、広告という解決策を使って収益が多少改善したとしても、それにより根本的な新製品の開発に対して問題解決する機会を失うことになり、広告費を増やす(自己強化型プロセスとして広告費は増大する)という対処療法的な解決策に依存していくことになる。新製品の開発には遅れを伴うが、そこに着手することがレバレッジのポイントになる。 企業の成長が広告費によってなんとか維持され(バランス型)る一方で、新製品の開発は同じように同じ水準に留まる(バランス型)。広告費を支出しないと企業の成長が維持できないという構造が生まれ、広告費はどんどん増加していく(自己強化型)。問題のすり替わり構造は、2つのバランス型プロセスと1つの自己強型プロセスによって表現される。 レバレッジは当然、問題の本質の方を改善することと、対処療法の改善策を弱めること。本質的な問題には遅れが生じるので、長期的な方向性と共有ビジョンが必要になる。 自分に身の回りにある問題をシステムの原型に当てはめて考える 結局、ここが一番大切。システム思考を学んだ学校関係者同士が意見を重ねて、何かの問題に対してシステム思考の図を作ってみるのは面白そうです。レバレッジがどこにあるのか、問題状況とシステム思考の原型図を共有することで、改善策をシェアできそうです。 第7章 自己限定的な成長か、自律的な成長か ワンダーテック社の問題解決を例に、自己強化型プロセスとバランス型プロセスを使って、ワンダーテック社の問題の全体像を示している章です。確かに、一部の問題ばかりに注意力を取られていると、この問題に気づくことができません。「木も見て森も見る」と表現されていますが、その通りです。 ワンダーテック社は、受注量と生産能力をコントロールすることで売り上げを伸ばしてきました(自己強化型プロセス)けれど、受注量が頭打ちになるとセールや販売促進、プロモーションなどを行い、売り上げを回復させてきたが、実のところは納期の遅れで顧客満足度が低下することにレバレッジがあり、そこを改善しようとするスタッフはいたものの、納期の遅れを改善するためには時間の遅れが生じたり、セールや販売促進が功を奏していたことで、その意見は経営幹部に重要視されない状況になってしまう。
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December 30, 2024 at 11:11 PM
学習する組織 第1部 ビールは不安とも置き換えられるか?

『学習する組織』を読み始めます。書くことで、理解を進められるようにしたいと思います。 最初に本のカバーを取ると、原書のタイトルが書かれています。 『The Fifth Discipline / The Art and Practice of the Learning Organization』 邦題と全然違いますね。Disciplineは規律というよりも、「理論と手法の体系」と筆者は言っています。それでも『学習する組織』よりも厳格な内容に聞こえますね。 旧版である『最強組織の法則:…
学習する組織 第1部 ビールは不安とも置き換えられるか?
『学習する組織』を読み始めます。書くことで、理解を進められるようにしたいと思います。 最初に本のカバーを取ると、原書のタイトルが書かれています。 『The Fifth Discipline / The Art and Practice of the Learning Organization』 邦題と全然違いますね。Disciplineは規律というよりも、「理論と手法の体系」と筆者は言っています。それでも『学習する組織』よりも厳格な内容に聞こえますね。 旧版である『最強組織の法則: 新時代のチームワークとは何か』(1995年に出版)を大きく書き換える形で本書が完成しているそうで、筆者はかなり前から「学習する組織」というイメージを持っていたことが伺えます。 学習する組織 第1部 いかに私たち自身の行動が私たちの現実を生み出すか……そして私たちはいかにそれを変えられるか 第1章 「われに支点を与えよ。さらば片手で世界を動かさん」 最初から、学習する組織のための5つのDisciplineが登場します。 システム思考 自己マスタリー メンタル・モデル 共有ビジョン チーム学習 システム思考とは、ざっと言うと、自分達の意識が行き届きにくい事象の全体を捉えることで、相互に関連する影響を丸ごと含めて思考すること。後のビール・ゲームがわかりやすい。 自分の仕事の領分を再定義する たとえば、私たち教師の仕事は「学校で子どもの力を伸ばす」と捉えると、子どもの家庭での過ごし方については、自分達の仕事ではないと捉えたり、そもそも把握できないから自分達の仕事の領分ではないと認識したりする。しかし、家庭での過ごし方は、子どもの学校での過ごし方に直結するし、情緒面で大きな影響を及ぼすので、本当はそれを見過ごすことはできないが、自分達の仕事の領分を規定してしまっているので、そこに影響を及ぼそうとする思考が生まれない。自分の仕事が及ぼす範囲を、もう一度再定義して、新しく捉え直す考え方が、システム思考であると、トミーは解釈しています。 第2章 あなたの組織は学習障害を抱えていないか? 組織の学習障害の定型を7つ紹介しています。 「私の仕事は〇〇だから」と職務ばかりを語り、その目的については語り合わない。 「悪いのはあちら」と自分の職務だけに焦点を当て、自分以外の誰かのせいにする。 「先制攻撃」は、積極的に見えて実は受け身で、自分が自分の問題をどうやって引き起こしているかを考えようとしない。 「出来事への執着」はその背後にある長期的な変化のパターンに目を背け、そのパターンの原因を理解することを妨げる。 「ゆでガエルの寓話」のように、徐々に進行するプロセスに組織が気付きにくい。 「経験から学ぶ」とは言うが、最も重要な意思決定は直接経験することができないことばかり。経験が邪魔をすることも多々ある。 「経営陣」は、イメージを保つために意見の不一致を揉み消そうとする。骨抜きにされた妥協案か、一人の意見がグループに押し付けられた案に過ぎない。 学校にもある組織の学習障害 学校にも当てはまるものが多く、ドキリとします。「私は地域部だから」とか、「管理職が悪い」とか、学校の目的を考えようとしない傾向はあります。「経営陣」も、意見の調整に時間をかけてしまう組織構造があります。最近ではそれも見直されてきて、しっかり「不一致」を共有しようという動きもあり、自分も頑張りたいところです。 第3章 システムの呪縛か、私たち自身の考え方の呪縛か? この章で大きく取り上げられているのが、ビール・ゲームというものです。ビールは泡の出る大好きなあれです。小売業者と卸売業者、そして、ビール工場の役割に分かれて、それぞれの立場で生産・流通を円滑にして会社を運営しようと努めるゲームのようなものです。「貿易ゲーム」などのイメージに近い、研修などで取り扱われそうなゲームだと想像しています。 最初は順調にビールは3社を流れて流通していきます。ところが、ある週から、突然、ある銘柄のビールの受注が通常の2倍に増えていきます。在庫では対応できなくなった小売業者はこれからもどんどん受注が伸びると判断し、卸売業者に発注を次々とかけます。しかし、その小売業者のみの現象ではないため、卸売業者の在庫も尽きます。卸売業者は在庫を確保するために、ビール工場に大型の発注をかけます。ビール工場は生産ラインを増築して対応して、卸売業者の受注に応じようとします。 そんなにすぐには生産が追いつかず、注文をしても全く来ないビールのケースに急かされて、小売業者も卸売業者も、通常の3倍、4倍とどんどん発注してしまします。これが大混乱の前兆となります。 生産ラインが増築されて、3倍、4倍のビールが一度に手元に届くようになると、在庫が余ってしまいます。突然在庫を抱えてしまった小売業者は、発注は緊急にストップ。その構造と同じように、卸売業者も工場への大量の注文をストップ。しかし、一度工場の生産ラインを増やしてしまったからには、そんなにすぐには止まりません。小売業者も、卸売業者も、ビール工場も、在庫を大きく抱えることになり、大惨事になってしまいます。 そして、3社ともこういうそうです。「私たちは悪くない」 実はこのゲームの裏は至ってシンプルで、最初の週の消費者需要だけが通常の1店舗につき4ケースで、次の週から8ケースになるだけで、ずっと消費者受注は8ケースのまま変わらないのですが、プレイヤーたちの憶測が憶測を呼び、ビールの生産流通は大混乱に陥ります。 ビール・ゲームの教訓 構造が挙動に影響を与える 人間のシステムにおける構造はとらえにくい レバレッジは往々にして新しい考え方によってもたらされる 1、ビール・ゲームのビールの流通構造自体が、問題を孕んでいるのに、3社がお互いに誰かや何かのせいにして、構造自体に目を向けることをしない。同じシステムの中に置かれると、どれほど異なっている人たちでも、同じような結果を生み出す傾向がある。 2、構造を外的な制約と考えがちだが、三者間の相互関係が複雑に影響しあってできている。 3、3社とも外部の不安定性(顧客のビールの注文増加を含む、自社以外の注文など)を自らの力で安定させる力を持ちながらも、自分達の意思決定ばかり着目し、その決定が他の人にどのような影響を及ぼすかまで考えることができない。 ビールゲームで失敗しないようにするためには、システム思考が必要ということです。つまり、本来自分達の影響下にあると思われている範囲を広げて、システム全体に目を向ける必要があります。小売業者は、自分達の決定がどのように卸売業者や工場に影響を与えるかをイメージしなければならないし、卸売業者や工場も自分達の決定がどのように他者に影響を与えるかを考えなければなりません。注文を2倍、3倍にする前に「アスピリンを2錠飲んで待つ」という言葉でまとめられています。 ビールは不安とも置き換えられるか このビール・ゲームのビールの受注数。これを、子どもや保護者のニーズ、もしくは、不安と考えると、システム思考がまだ何もわかっていないですが、僕は色々なことを想像してしまいます。不安は低い方へ低い方へと流れていきます。そのシステム全体を見渡して、自分達の意思決定をしていかないと、自分達の不安を解消するだけの対処療法を行うだけで、まったく改善しません。学校も、先生も、子供も、保護者も、みんなが不安を取り除き、ビールゲームでいう「成功」や「改善」をしないと、良い未来は見えないのだと思います。 さて、第二部へ。第二部では、システム思考がさらに深掘りされていくようです。
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December 6, 2024 at 9:03 AM
『デジタル脳クライシス』から教育現場のAI活用を考える

AIが教育にどのような影響をあたえるのか、考えています。 最近のニュースでは、デジタル機器の弊害から初等教育の段階ではタブレットなども使わないようにするスウェーデンの政策なども取り上げられています。 反対に我が校を含めて、デジタル機器を使おうとする動きが私たちの学校にはあります。今や、毎日の体調の管理や心の状態まで、タブレットで報告するようになってしまいました。世紀末っぽくて危険な匂いがしています。 『デジタル脳クライシス』から デジタル脳クライシス――AI時代をどう生きるか (朝日新書) ネガティブ・ケイパビリティって大切…
『デジタル脳クライシス』から教育現場のAI活用を考える
AIが教育にどのような影響をあたえるのか、考えています。 最近のニュースでは、デジタル機器の弊害から初等教育の段階ではタブレットなども使わないようにするスウェーデンの政策なども取り上げられています。 反対に我が校を含めて、デジタル機器を使おうとする動きが私たちの学校にはあります。今や、毎日の体調の管理や心の状態まで、タブレットで報告するようになってしまいました。世紀末っぽくて危険な匂いがしています。 『デジタル脳クライシス』から デジタル脳クライシス――AI時代をどう生きるか (朝日新書) ネガティブ・ケイパビリティって大切 もやもや感です。これを抱き続けるって辛いのですが、でも、ポジティブに考えると、問題意識を持ち続けられるということでもあります。AIに簡単に解答らしきものをもらってしまうと、もやもや感が納得感に変わってしまうこともあるでしょう。長い間問題意識を一旦棚上げしておいて(無意識下に置く)、「醸す」ことができたら、その人の思考や生活に根差した深い探究になるように思います。 検索依存は思考力を低下させるのか? すぐに検索する。これについては、単純に間違っているとも言えないかなと思います。言葉の意味や単純に知識であれば、すぐに検索して次の思考に重心を置くことは、僕は賛成です。ただ、子どもたちの調べ学習を見ていると、検索で終わっていることもあり、活動の中心が検索になってしまっていることも多くあります。 僕の『社会科ワークショップ』では、「ドキリポイント」(心が動いた事実)よりも、「ズバリポイント」(相手に伝えたい主張)を作ることを中心に置いていました。「ドキリポイント」は資料から調べる活動が多くなりますが、「ズバリポイント」は思考する活動になるので、子どもたちが検索だけで知的な充足感を得てしまうことを防ぐねらいがありました。 AI依存 検索依存は、これからはAI依存になるという筆者の主張は、僕も同じです。ウェアラブルデバイス(車載カメラの人間版みたいなもの)に外部記憶を委ねて、それをAIに解析させるような未来がだんだん近づいていますが、そんな状況で思考力、判断力、表現力をつけるというのは、まず無理です。AIの奴隷になりそう。 『スマホ脳』の批判 アンデシュ・ハンセン著の『スマホ脳』は僕も読みました。視界にスマホが入っているだけで、注意持続力が低下するなどの内容は、僕も注意しようと思うことがあります。 そこで、『スマホ脳』では、人間はマルチタスクが得意ではないので、シングルタスクで活動することを薦めているのですが、『デジタル脳クライシス』では、料理や掃除、車の運転など、シングルタスクの状況など一部で日常にはマルチタスクが溢れているからこそ、単線思考的なデジタルデバイスを離れて、マルチタスクな日常から思考を高めていくべきだという主張が展開されています。 チョムスキー チョムスキーさんは、生成AIについてはとても懐疑的な立場をとっているようです。大規模言語モデルは統計的に次に来るとマッチする単語を次々に並べていくようなものですが、言葉の形容の仕方など、それほど単純ではないので、AIは言語を理解していないというような主張です。チョムスキーさんについては少し調べましたが、すごく奥深そうなので、この辺で終わりにします。 手書きかキーボードか 例えば、授業の内容をノートにとる場合と、デバイスのキーボードでとる場合がありますが、どちらがより活用できる状態で頭に残るのでしょうか? 筆者の言うように、キーボードで授業記録を取ると、網羅的、逐語的になってしまいます。やっぱり入力が早いので、言葉が多くなりすぎてしまう。すると、手書きメモの時にはできていた、要約的な思考や、クリティカルな思考が、キーボード入力では落ちてしまうそうです。表面的な言葉に頼りすぎてしまい、思考が深まらないということなのでしょう。その分、手書きは一度にたくさんのことは書けない分、大切な言葉を選り抜いてメモし、その要約的な作業が、思考(解釈、構造化、創造など)を深めることにつながるそうです。 また、キーボードタイピングは、運動系の脳機能を使うことが多く、思考系の脳機能にリソースを振り向けることができるそうです。 ただ、運動系を使うことを否定するわけではなくて、手続的記憶(体が覚えている系記憶)もあるので、やはりペンは有効と言う結論になっています。 さらに、紙のどの部分に書いたなどの「位置」の情報や字形などの情報も、記憶を定着させる周辺の情報としてとても大切だそうです。ディスプレイの場合、位置は画面によって安定しませんし、字形は全て同じで、アナログな字の汚さとか興奮して書いた字のような、「雑味」が取り除かれてしまいます。これだと、記憶には残りづらくなることはなるほどです。 自分自身に振り返ると、僕は、キーボードと出会って、文章が書けるようになった側の人間なので、キーボードには感謝をしています。けれど、たしかに、キーボードで会議録を作っていると、会議の内容がまったく頭に入ってこないという現象は経験しています。思考するために書く場合、手書きの方が確かに思考が進みますね。これは、自分だけではないのだと思います。 紙かディスプレイかも同じ 読むことについても、ペンとキーボードと同じ構造です。筆者は、紙の方がよいと結論づけています。 うちの娘は、進研ゼミのタブレット学習は、最初は取り憑かれたようにやっていましたが、結局長続きせず、やめてしまいました。紙であれば、「読み飛ばす」も「全体像を把握する」も「重要度を判断する」もしやすいですが、タブレットだとそれが捉えにくく、モチベーションの減退につながるように思います。進研ゼミで勉強するなら、僕は紙を方をやはりお薦めします(うちの子はどちらもやめてしまいましたが) AIドリル導入に向けて AIドリル。いいですよね。まる付け作業が少なくなると思うと、僕もいいと思います。親にとっても、整理整頓の必要がなくなるし、ドリルがぐちゃぐちゃにならずいつも綺麗で、精神衛生上もよさそうです。けれど、おそらく、子どもにとってあまり良くないように思います。 AIドリルの作り方に詳しいわけではありませんが、算数問題を選択式で答えて、もし間違っていたとしたら、子どもは「なぜ間違えたのか?」と思考するでしょうか? 僕は、そこで間違った理由を思考できるネガティブ・ケイパビリティを備えた子どもをAIドリルで身につけられる子どもは、少ないと思っています。クイズを解くように、楽しんでリズム良く正解・不正解を刻んでいくだけで、それが思考になるとは思えません。問題1問に載せられた価値観や人の思いは、ますます軽んじられていくでしょう。おそらくそれでは、子どもの思考力は育っていきません。 AIドリルは、教える側の都合と、経済的に利益のある業者と、保護者の負担の軽減にとっては大いに効果がありますが、子どもの思考は成長しないでしょう。僕はそう思います。(かと言って、人材不足や先生の過剰労働の問題もあるので、全く選択肢に入れないということも、できないように思います。)
tommyidearoom.com
November 9, 2024 at 3:44 AM
3連休のあと、平日が4日間だから、それがいいよね。
October 17, 2024 at 12:37 PM