「でも、腹が減っては戦はできぬとも言うでしょ」
みたいな会話を小説で読んだことがある気がするけど、この2つって対立するものなのだろうか?
「でも、腹が減っては戦はできぬとも言うでしょ」
みたいな会話を小説で読んだことがある気がするけど、この2つって対立するものなのだろうか?
ジュディとニックがバディとして葛藤を抱えて乗り越えていくというお話としては大満足でした。お互い気持ちを素直に叫び合うシーンとか本当に良かった。カーチェイス等のアクションや、色んな動物がコミカルに描かれる部分は前作から引き続き見られて、楽しい映画だったなと思います。
一方で、土地を追われた者と追い払った権利者の物語としては、今の世界で起こってる問題を思うと、ちょっと呑気な結末だなぁと鼻白んでしまった部分もありました。
展開が速く、一回の鑑賞だと理解しきれていないところがあるはずなので、もう一回見てみたい。
ジュディとニックがバディとして葛藤を抱えて乗り越えていくというお話としては大満足でした。お互い気持ちを素直に叫び合うシーンとか本当に良かった。カーチェイス等のアクションや、色んな動物がコミカルに描かれる部分は前作から引き続き見られて、楽しい映画だったなと思います。
一方で、土地を追われた者と追い払った権利者の物語としては、今の世界で起こってる問題を思うと、ちょっと呑気な結末だなぁと鼻白んでしまった部分もありました。
展開が速く、一回の鑑賞だと理解しきれていないところがあるはずなので、もう一回見てみたい。
最早私の手を離れて広がっていくコンテンツではありますが、色んな人が何かを知るキッカケになって貰えたらこれ程嬉しいことはないです。
最早私の手を離れて広がっていくコンテンツではありますが、色んな人が何かを知るキッカケになって貰えたらこれ程嬉しいことはないです。
当時の流行や時代の雰囲気に自分の楽しかった思い出を被せるのってとても気持ちいいんだろうな。(実際、子供の頃見てたアニメとか今見るとなんだか温かい気持ちになるし)
でも、思い出の中の「あの頃」にアイデンティティの重点を置きすぎるのは、ちょっと怖いなと思ってしまう。多分、人によってその時代の過ごし方は違うはずなのに、同じ時代を過ごした者として扱われる感じが居心地悪いのかもしれない。ナショナリズムの時代バージョンみたいな感覚がある。
当時の流行や時代の雰囲気に自分の楽しかった思い出を被せるのってとても気持ちいいんだろうな。(実際、子供の頃見てたアニメとか今見るとなんだか温かい気持ちになるし)
でも、思い出の中の「あの頃」にアイデンティティの重点を置きすぎるのは、ちょっと怖いなと思ってしまう。多分、人によってその時代の過ごし方は違うはずなのに、同じ時代を過ごした者として扱われる感じが居心地悪いのかもしれない。ナショナリズムの時代バージョンみたいな感覚がある。