一年はあっという間に過ぎてしまう。その割には夏と冬はやたら長く、中々去っていかない。暖房をつけないこいことには何も出来ない寒さだ。早く春が来てほしいが、春と秋はどうせすぐ去ってしまう。桜はすぐに散るし、きっも午年もぼーっとしてるとすぐに過ぎてしまうだろう。そういえば馬肉のことを桜肉とも言うらしい。
一年はあっという間に過ぎてしまう。その割には夏と冬はやたら長く、中々去っていかない。暖房をつけないこいことには何も出来ない寒さだ。早く春が来てほしいが、春と秋はどうせすぐ去ってしまう。桜はすぐに散るし、きっも午年もぼーっとしてるとすぐに過ぎてしまうだろう。そういえば馬肉のことを桜肉とも言うらしい。
Spotifyが私のために作ったプレイリストを流し、ぼーっと聴きながら過ごしていた。KIRINJI、笹川真生、ミツメ……。
母親に対して『海辺のカフカ』を朗読するのがここのところの習慣だ。欠ける日もそれなりにあったが、一日一章を読むペースだから、次で最後。
友人らとPodcastの収録をした。テーマのある会話をする機会はたまにしかないから、これはこれで楽しい。普段する、テーマのない雑談も勿論楽しい。
明日から師走、十二月で、明日は妹の誕生日だ。
Spotifyが私のために作ったプレイリストを流し、ぼーっと聴きながら過ごしていた。KIRINJI、笹川真生、ミツメ……。
母親に対して『海辺のカフカ』を朗読するのがここのところの習慣だ。欠ける日もそれなりにあったが、一日一章を読むペースだから、次で最後。
友人らとPodcastの収録をした。テーマのある会話をする機会はたまにしかないから、これはこれで楽しい。普段する、テーマのない雑談も勿論楽しい。
明日から師走、十二月で、明日は妹の誕生日だ。
複雑なことを語ろうとすると「だが」や「気がする」が増える。単純なことを「だが」や「気がする」で複雑に考えているだけ、なのかもしれない。
部屋の窓から、初冬の割には陽光が入ってきて温かい。少し眩しすぎるくらいだ。特段外に出たい
複雑なことを語ろうとすると「だが」や「気がする」が増える。単純なことを「だが」や「気がする」で複雑に考えているだけ、なのかもしれない。
部屋の窓から、初冬の割には陽光が入ってきて温かい。少し眩しすぎるくらいだ。特段外に出たい
有限の世界からどれだけ飛躍して見せるかというのに関心がある。天井のある部屋を宇宙に見せる、みたいな。今の自分に限界を感じるからこそ、そういう夢想を抱くのかもしれない。夢想でも現実観でもいいが、そういうの。
反復の持つ催眠あるいは暗示効果に惑わされていく。言っている内に私の中では本当になる。それが良いのか悪いのかは分からない。成長でも退化でもない、ただの変化という気がする……。
有限の世界からどれだけ飛躍して見せるかというのに関心がある。天井のある部屋を宇宙に見せる、みたいな。今の自分に限界を感じるからこそ、そういう夢想を抱くのかもしれない。夢想でも現実観でもいいが、そういうの。
反復の持つ催眠あるいは暗示効果に惑わされていく。言っている内に私の中では本当になる。それが良いのか悪いのかは分からない。成長でも退化でもない、ただの変化という気がする……。
以前、村上春樹の小説か何かで「一般論ではどこへも行けない」だか「一般論だけではどこにも行けない」というような文を見て、引っかかりを覚えるか感心するかして、兎に角覚えているのだが、最近になってそれが身に染みて響いてくる。何でも切れる刀であらゆる物を切ってもそれぞれに対して適切な切り方を出来ているとは言い難いように、一般論と一般化は時に議論を後退させる。
しかしながら、同時
以前、村上春樹の小説か何かで「一般論ではどこへも行けない」だか「一般論だけではどこにも行けない」というような文を見て、引っかかりを覚えるか感心するかして、兎に角覚えているのだが、最近になってそれが身に染みて響いてくる。何でも切れる刀であらゆる物を切ってもそれぞれに対して適切な切り方を出来ているとは言い難いように、一般論と一般化は時に議論を後退させる。
しかしながら、同時
アトウッドの『侍女の物語』は、社会体制が(悪い方向へ)進むところまで進んでしまった世界の話で、主人公は抗うことをしない。どんな種類の抗いも「危険すぎる」と考えざるを得なくなってしまっている。どうしようもなさの中を彷徨う読書を終え、どっと疲れる。存在を忘れていた、本来私が持つべき重い物を急に持たされたかのような、読後感だ。
果てのない迷路のような社会体制の中で、地図を読むことも、探すことも許されない。
言葉も声も封じられる。聖書内の文言を極め
アトウッドの『侍女の物語』は、社会体制が(悪い方向へ)進むところまで進んでしまった世界の話で、主人公は抗うことをしない。どんな種類の抗いも「危険すぎる」と考えざるを得なくなってしまっている。どうしようもなさの中を彷徨う読書を終え、どっと疲れる。存在を忘れていた、本来私が持つべき重い物を急に持たされたかのような、読後感だ。
果てのない迷路のような社会体制の中で、地図を読むことも、探すことも許されない。
言葉も声も封じられる。聖書内の文言を極め
彼女の文章に初めて触れた『イリノイ遠景近景』を読んでからというもの、私は度々友人らにこの著述家の魅力を伝えようとしてきた。近年になって活発に復刊や文庫化が
彼女の文章に初めて触れた『イリノイ遠景近景』を読んでからというもの、私は度々友人らにこの著述家の魅力を伝えようとしてきた。近年になって活発に復刊や文庫化が
最近はまともにコンテンツの話をせずに生活の話ばかりしていて自分でもつまらない。鬱がどうの、愛がどうの。これもまたnoteに纏めるけれど、何の意味もないのは明白だ。消極的に生きたり書いたりしている。
魂の根底の部分がずっと疲れていて元気がなく冷えている。魂の根底の部分をどうこうするのは大変なのでいつも見過ごし、絡め取られる。
最近はまともにコンテンツの話をせずに生活の話ばかりしていて自分でもつまらない。鬱がどうの、愛がどうの。これもまたnoteに纏めるけれど、何の意味もないのは明白だ。消極的に生きたり書いたりしている。
魂の根底の部分がずっと疲れていて元気がなく冷えている。魂の根底の部分をどうこうするのは大変なのでいつも見過ごし、絡め取られる。
これは色んな色がある地獄がいいか、一切色がない天国がいいかみたいな問いにもすり替えられそうだし、或いは都会の鼠か田舎の鼠か、ということになるのかもしれない。当然私は都会の鼠がいい。要は個々の考え方次第なんだが、それでも一考の余地があるのに、してない人が多過ぎないか?とは思う。言葉の誤用なんかよりもよっぽど気に障る。
これは色んな色がある地獄がいいか、一切色がない天国がいいかみたいな問いにもすり替えられそうだし、或いは都会の鼠か田舎の鼠か、ということになるのかもしれない。当然私は都会の鼠がいい。要は個々の考え方次第なんだが、それでも一考の余地があるのに、してない人が多過ぎないか?とは思う。言葉の誤用なんかよりもよっぽど気に障る。
起きてから1/4になったチーズパンとジャガイモパンを食べた。ベーグルをコーヒーで流し込み、食べた。仮眠を取り、昼食を摂った。書店に行き、『中国行きのスロウ・ボート』を買ってからサブウェイでパーティトレイのAを頼んだ。「中国行きのスロウ・ボート」を読み終えると、丁度出来上がったのでそれを持ち帰った。小雨が降っていた。ずっと降っているようだった。
早く小説を書かねばならない。
起きてから1/4になったチーズパンとジャガイモパンを食べた。ベーグルをコーヒーで流し込み、食べた。仮眠を取り、昼食を摂った。書店に行き、『中国行きのスロウ・ボート』を買ってからサブウェイでパーティトレイのAを頼んだ。「中国行きのスロウ・ボート」を読み終えると、丁度出来上がったのでそれを持ち帰った。小雨が降っていた。ずっと降っているようだった。
早く小説を書かねばならない。
熊木杏里「End of the World」
少しずつ波紋は離れていった
いつしか ひとつも重ならなくなった
それでもいい きみと居たら
こんな気持ち いつから抱(いだ)いた
ただひとりの少年の恋物語だ
永遠にきみを守ってみせる
この胸に 刻み込む
いつから ふたりきりになったんだっけ
もういいか そんなこと
笑ってよ 終わるその日には
いつか水滴がいくつも落ちてた
波紋が何重も重なり合ってた
暖かさを 今 覚える
こんな穏やかに過ごせたなら
でも そんな時間は一瞬だってわかってる
熊木杏里「End of the World」
少しずつ波紋は離れていった
いつしか ひとつも重ならなくなった
それでもいい きみと居たら
こんな気持ち いつから抱(いだ)いた
ただひとりの少年の恋物語だ
永遠にきみを守ってみせる
この胸に 刻み込む
いつから ふたりきりになったんだっけ
もういいか そんなこと
笑ってよ 終わるその日には
いつか水滴がいくつも落ちてた
波紋が何重も重なり合ってた
暖かさを 今 覚える
こんな穏やかに過ごせたなら
でも そんな時間は一瞬だってわかってる
いつも使っている水筒を洗っていると内部に錆っぽい汚れが付いていた。よく磨いたが上手く落とせない。取り急ぎペットボトルに麦茶を入れて持って行く。
普段履いてる靴は履きやすいが水が染み通ってくるので、水が入ってきにくい方の靴を出す。靴紐を結び直して履く。
外は涼しい。ノートと文庫本をジップロックの袋に入れて来たが、思った程は降っていない。折り畳みでもいい気はしたが、取り敢えず長傘を持って行く。雨はいつ強まるか分からない。
慣れない靴なので疲れるし単調な道のりだが歩くのは楽しい。ミスドへ行く。
いつも使っている水筒を洗っていると内部に錆っぽい汚れが付いていた。よく磨いたが上手く落とせない。取り急ぎペットボトルに麦茶を入れて持って行く。
普段履いてる靴は履きやすいが水が染み通ってくるので、水が入ってきにくい方の靴を出す。靴紐を結び直して履く。
外は涼しい。ノートと文庫本をジップロックの袋に入れて来たが、思った程は降っていない。折り畳みでもいい気はしたが、取り敢えず長傘を持って行く。雨はいつ強まるか分からない。
慣れない靴なので疲れるし単調な道のりだが歩くのは楽しい。ミスドへ行く。
雨で狂う程度の習慣なのだから、今行ったところでいつかはどうせ崩れたはずだ。面倒でも行くべきではあるが、面倒なら行かなくてもいい気もする。いや、面倒な記憶が習慣に付着してでも、それを跳ね返すくらいの力がないなら、習慣にもならないし、小説も書けないのかもしれない。
でも、行かない。面倒だし、疲れてる。
家で出来ることをやろう。パソコンにノートの文字を起こす。静かに読者に集中する。ノートだって、家でも書ける。でも、すぐに力が萎んでしまう。行くのに徒歩で三十
雨で狂う程度の習慣なのだから、今行ったところでいつかはどうせ崩れたはずだ。面倒でも行くべきではあるが、面倒なら行かなくてもいい気もする。いや、面倒な記憶が習慣に付着してでも、それを跳ね返すくらいの力がないなら、習慣にもならないし、小説も書けないのかもしれない。
でも、行かない。面倒だし、疲れてる。
家で出来ることをやろう。パソコンにノートの文字を起こす。静かに読者に集中する。ノートだって、家でも書ける。でも、すぐに力が萎んでしまう。行くのに徒歩で三十