平和
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平和
@pinfu.bsky.social
ただのメモ帳です
いつでも文章が見返せるように作りました
なぜ一体感を得ることができるのでしょうか。これはおそらく強制的な定型的行動からなるものでしょう。強制的に定型的行動を取ると、わずかながらの「能動感情」が引き出されます。

このように、決まりきった行動を繰り返すこと「リチュラル(儀式)」とよびます。

すなわち、これは互いに言えば「付き合い」を「儀式化する」ということは「受動感情」しか持てない80%の人たちをまとめる上で、とても有効な方法?であったというわけです。
February 11, 2024 at 12:45 AM
でも、「受動」だけで付き合いが成り立つ場合もあります。

それは「共通行動」を繰り返すことで限定的な擬似「能動」を呼び起こすからだと思われます。共通行動をするには、リアルで近い場所に身を置いておき、同じ行動を取る回数が多ければ多いほどいいのです。

現実で同一の行動を共にしておけば、行動を共にしている間だけは、互いの「能動」が合致します。お互いに深く干渉して理解しなくてもよく、最悪思考停止状態でも行動を共にしていればよいのです。

デート、旅行、性交渉といった定型化された行動を互いに「行なって」いれば、それだけである程度の一体感を得ることができます。
February 11, 2024 at 12:42 AM
能動感情の1番のポイントは「能動」であり得るかどうかです。

能動的ではない「〜だったらいいよね」「〜になってみれたらなあ」と言ったタラレバ(受動的)とかでは生み出せない感情です

そして、自身がいくら相手に貢献したとしても、相手が受動感情しか呼び起こさない場合、「優しく話を聞いてくれる人」「なんでも受け入れてくれる人」が相手の「受動感情」を刺激しているだけになっているのです。

または、献身を理解し、「能動感情」を呼び起こすほどの能力が相手にないからです。

仮に私がありとあらゆる手法で相手に干渉しようと、相手が「能動」と「受動」の違いを理解していないと全て無駄であるということです
February 11, 2024 at 12:35 AM
言語哲学面白いですよね
読んだのはだいぶ前になりますが、グライス協調の原理とか結構好きです
February 9, 2024 at 11:56 AM
とうとう湧いたね…
February 9, 2024 at 10:37 AM
SNSの発達、男女同権、多様性、etc…そういった思想の発達で、「性被害はよくない」という正義を掲げる理想主義の力は歴史上最高に強力になっており、こういった理想主義に対して現実主義というのは実に無力で、それに対抗する術はもう存在しないと言っていいでしょう。

一時代を作ったであろう大スターでさえも、理想主義に対してはまさに風前の灯となることが今回の騒動で明らかになって人間が高度な思想によって自滅する様(理想主義の暴走)が進行中である事を醸し出していますよね
February 9, 2024 at 1:03 AM
「能動感情」を持っている人でない限り「能動感情」による行動の変化は起こりません

そこが、人々が「受動感情」を持つものに対して貢献したところで、報われない1番の原因ではないかと思われます。

つまるところ、頑張って尽くして、ついに幼馴染の女の子に告白したとします。このとき、「私は〜くんを昔から友達だと思ってるから」と言われた場合は、上記のことが絡んでいると考えられます
February 8, 2024 at 12:54 PM
これは、「自分にとって都合のいい面」をくれる人には最大限の賛美や、秘密話の話をしてくれたりしますが、能動的な信頼には繋がらないということです
February 8, 2024 at 12:43 PM
意図→計算
February 8, 2024 at 11:46 AM
一つ特筆すべき点をあげるなら、「受動感情」により行動をする人間は私なりに感じる「芯を得る感覚」がないということです。

芯を得る感覚というのは、上手く表現できませんが、強いていうのであれば、「相手とフェアな関係でいられるかどうか」と言ったところでしょうか。「受動感情」の人はどこかしら結局のところ、相手に「自身にとって都合が良い面」だけを感じている節があると思われます。

そして「自身にとって都合がよくて、かつ、受動的に話を聞いてくれる」から話しているだけであり、おそらくそこにある意図は「この人に話しても私は傷つく必要がない」と言ったものでしょう
February 8, 2024 at 11:42 AM
相手の感じているものが「受動感情」であったら、それはいっときのものであるので、どれだけ感謝されたり、幼馴染であったとしても、彼氏すら知らない話を話してくれたとしても、相手の人生が私に関わるといった能動的な行動や決断を迫られるとしたら、「それは話が別である」という結論になります。

何故話が別になるのでしょうか。それは、信頼に見えているであろうソレが「受動感情」から成る「親しみ」でしかないからです。

相手の受動感情が求めている親しみは「受動的に話を聞いてくれる私」であり、「能動的に付き合える私」ではない、いうまでもなく、お門違いでしかないのです。
February 8, 2024 at 11:12 AM
80%の人は物事に触れた際、受動感情しか呼び起こさないので、受動感情しか生み出していないので、行動を変えることができない

しかし、残り20%の人は物事に触れて能動感情を呼び起こすことができて、その際に理解した考え方や思想を自身の行動基準に根ざしやすくして、行動を変えやすくなります。

能動感情を呼び起こすには、対話などをする際、「この相手の価値観はどんなものだろうか」という問いを自身に投げかける必要があります

「どうして、こういう話をこの人はするのか」という問いかけに対する答えを探さないと、能動感情は呼び出されません

ゆえに、私は能動感情を呼び起こすのが賢さにつながるとおもっています
February 8, 2024 at 8:26 AM