夏樹
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夏樹
@ntk-14.bsky.social
字を書くオタク。成人済。
今は流三ばかり
このスーパーの顧客は流姉のような🇯🇵の駐在妻が多く、だいたい見知った顔が多い。しかし青年は初めて見る顔だった。背が高く、すらりと伸びた手足には服の上からでもわかるほどしっかりと筋肉がついている。きっとアスリートだろうな、と思ったけれど、それにしては顔が整いすぎている。美形の弟で慣れている流姉でも「うわ、かっこいいな」と思うほどの男前だった。もしかしたらアクション俳優さんとかかもしれない、と思いつつ、鶏もも肉をカゴに入れる。今夜は子供達のリクエストで唐揚げの予定だった。
June 1, 2025 at 1:51 PM
この異国の地で、苗字も変わった今、流の姉だと気づかれることはない。流の所属するチームの本拠地は流姉の住んでいる地域からは少し離れているが、地元チームとの対戦のため近くに来ているらしい。
見に行こうかしら、と思い立ったが、すでにチケットは完売していて手に入れられなかった。本当に人気スポーツなんだなぁ、と思いつつ、近所の日系スーパーで買い物をしていると、精肉コーナーで同年代くらいの見かけない青年が何やら困り顔で立ち尽くしていた。
June 1, 2025 at 1:47 PM
🇺🇸に引っ越して1ヶ月後、テレビでNB🅰️の話題を目にすることが多くなった。🇺🇸は流姉が想像していた以上に🏀が人気で、野球やサッカーより人気なんだとか。
ある日、テレビから弟の名前が聞こえたような気がした。弟が🇺🇸でプロ選手になっていたことにもビックリしたが、どうやら大事な試合で大変な活躍をしたらしい。まだリスニングも未熟な姉には詳しくは分からなかったけど、「amazing!」は褒め言葉だろう。画面の向こうの弟は10年前より少し大きくなったようか気もするけれど、屈強な選手たちに囲まれると華奢な方だった。それでもスピードを活かして次々と点を取っていく。遠くからのシュートも、虹のように綺麗だった。
June 1, 2025 at 1:42 PM
それから十年。子供も生まれて幸せに暮らしていた流姉。夫が転職し、🇺🇸に駐在することになった。ついてきてほしいけれど子供のこともあるし単身赴任でもいいよと夫は言う。🇺🇸、と聞いて弟のことがふと頭に過ぎったが、広い🇺🇸で会うこともないだろうと夫に着いていくことにした。英語に不安はあったが、初めての海外生活はワクワクの方が優っていたし、慌ただしく準備することになってから流のことはすぐに頭から追い出されてしまった。
May 24, 2025 at 2:15 PM
ハワイで新婚旅行を兼ねた2人きりの式を挙げて、籍を入れた。
「写真くらいは」と夫が言うので、結婚式の写真1枚と、「結婚しました。今までありがとうございました。」とだけ書いた便箋を封筒に入れて実家に送った。
それ以来、流姉は実家に連絡を取らなくなった。引っ越したから親からは連絡できなくなる。つまり絶縁したわけだが、ひどくすっきりとした気持ちだった。
May 24, 2025 at 2:04 PM
流の🇺🇸留学が決まったのだと母親は大興奮で話していた。有名な大学からスカウトされたらしい。流姉はそれを冷めた気持ちで聞いていた。英語は赤点だった気がするけど、高校で得意になったのかしら、と思った。
母の一方的な話を聞いて電話を切った。結婚の話はしなかった。できなかった。
恋人からは「両家の顔合わせはいつにしようか」と言われたけれど、頼み込んで無しにしてもらった。恋人は心配そうな表情は浮かべたけれど、深く追求してくることはなかった。そういう優しい人だった。
May 24, 2025 at 1:59 PM
「お姉ちゃん!?すごく良いタイミングでかけてきてくれたね!実はね、すごいことになってね…!」
May 24, 2025 at 1:52 PM
流姉は進学せず、就職することを決めた。就職先で7つ年上の男性と知り合い、付き合って2年目にプロポーズされた。20才での結婚は早いような気もしたけれど、結婚するならこの人がいい!と決断して、家を出て初めて自分から実家に電話をかけた。
May 24, 2025 at 1:49 PM
次の日は見に行かなかった。勝とうが負けようがどっちでも良かったし、自分がいても居なくても同じだと思ったから。
母からの電話によると、三回戦敗退だったらしい。運動部に縁のない流姉はそれがどの程度の成績なのかわからなかった。けれど、試合の後で有名な大学のコーチから名刺をもらったようなので、きっと大学でも🏀を続けるのだろう。
May 24, 2025 at 1:45 PM
流は一年生ながら大活躍していて、チームの誰よりも大きな声援を受けていた。流姉の大嫌いな、黄色い声。ちょっとどうかと思うような露出の激しい格好の応援団もいたし、相変わらずですこと、と心の中で毒づく。
やはり離れて正解だったと思いながら寮に帰り、ベッドに倒れ込んだ。
半年ぶりに見た流は随分とがっしりしていて、楽しそうにプレーしていた。表情は変わらないけど、それはわかった。嫌だけれど、姉だから。赤ちゃんの頃から見ているから、弟がどれほど今のチームでの🏀を楽しんでいるかよくわかった。
May 24, 2025 at 12:36 PM
流姉はこっそり🏀の会場を調べ、観に行くことにした。行かないと言った手前、母に見つかるわけにはいかない。目立たないようキャップを目深にかぶって、会場の体育館に着くとちょうど弟の高校は試合の真っ最中だった。相手は大阪の高校で、素人目から見ても荒っぽいプレーをしていた。相手の腕がぶつかって流が倒れた時はさすがにドキッとしたが、少ししてコートに戻ってきたので大した怪我ではなかったらしい。試合が終われば観客も移動するだろうと、終了数分前に会場を後にした。
May 24, 2025 at 12:32 PM
たまたま学校でインターハイの話題になった時、「後輩と一緒に観に行くんだ〜!受験勉強の息抜き笑」と話す友人がいた。体操部で、後一歩のところで県優勝を逃したらしい。ぽろりと「弟がインターハイ出るらしい」と溢すと、それがいかに大変ですごいことかと熱弁を振るわれた。一年生で、スタメンで、激戦の神奈川で勝ち抜いたということは母から聞いていたけれど、そんなに凄いことなのかと思った。流姉の知ってる弟はぼんやりしていて、よくリビングのソファで寝ていて、🏀ばかりで赤点を取っては母を嘆かせていた印象しかないのだが、世間一般の女子高生からするとスーパーエリート部活生らしい。
May 24, 2025 at 12:26 PM
その日は用事があるから、と断った。ついでと言われたのも気に食わないし、弟の応援に来させて仲直りさせたいのを察したからだった。
別に弟とは喧嘩しているわけではない。流が悪いわけではないが、流のせいで迷惑を被っているのも事実だから、ただただ関わりたくなかった。
May 24, 2025 at 12:17 PM
流姉は長期休みもできる限り寮に残ったが年末年始はそうもいかず、渋々神奈川に帰った。年始は流の誕生日。流も家族に祝ってもらいたい年でもなく、昔のような誕生日パーティはない。部屋に引き篭もったまま数日を耐え、寮が再開しだい戻るような2年間だった。高3の夏、流石にそろそろ進路について話し合わなければならないな…と考えていると、折よく母から連絡があった。流がインターハイに出場することになり、その会場が流姉の高校がある県と同じで、応援に行く"ついで"に会いたいということだった。
May 24, 2025 at 12:13 PM
高校生活は快適そのものだった。流のことを知る人は誰もおらず、中等部からの女子校だからか恋愛の話題もそう多くない。数少ない出会いは塾や習い事でのことで、どちらも行っていない流姉は心穏やかに過ごすことができた。
母親からは最初は頻繁に電話がかかってきたが、つれない対応を続けたら半年後には月に一度かかってくるか来ないか、くらいまで頻度が落ちた。流が🏀のエースになり、遠征やら練習試合の応援やらで忙しいらしい。ちくりと心は痛んだが、気付かないふりをした。
May 24, 2025 at 12:07 PM
寮があって遠くて、🏀部がなく、そこまで偏差値が高くない、頑張れば入れる高校だった。姉はその学校を見つけた日から猛勉強し、無事に合格して家を出た。引越しのその日さえ、流に声をかけることはなかった。弟は何か言いたげな目をしていたけれど、結局言葉ひとつ交わさず姉は家を出た。二度とは戻らないつもりだった。
May 24, 2025 at 12:02 PM
その年の秋、進学先について相談がある、と流姉は両親にとある学校のパンフレットを見せた。中国地方の寮のある女子校で、両親は唖然としていた。流姉は生まれて初めて土下座をした。「ここに行きたいです。お願いします。」理由を問われたが、それには答えず「お願いします」と頭を下げ続けた。根負けした両親が「わかったから」というまで、顔を上げることはなかった。
May 24, 2025 at 11:57 AM
一過性のものかと思ったのに、流が🏀部に入って活躍しはじめると、煩わしさはさらに加速した。ファンレターを押し付けられたり、仲介を頼まれたり。流姉のフラストレーションは溜まり続け、弟への苛立ちは募り続ける。弟を無視して半年経った頃、流姉は夜遅くにリビングで両親(揃っているのは久しぶりだった)に説教された。
その日、何かがぷつんと切れた感覚があった。
May 24, 2025 at 11:53 AM
数ヶ月後、流は中学に進学した。当然、姉と同じ中学。流は新入生の中でも飛び抜けて美しく、学校中の話題になった。珍しい名字ということもあって、姉弟ということはすぐにバレてしまった。
話したこともないクラスメイトから「今度家に遊びに行って良い?」などと言われた時にはあからさま過ぎてドン引きした。流姉が親友と思っていた友人さえ、「弟くん、かっこいいね。家に遊びに行ったら会える?」と見たことのない顔で言ってくるようになった。
May 24, 2025 at 11:44 AM
その日の夕食は最悪な雰囲気だった。流は不機嫌丸出しで、流姉は一切視線を合わさず黙々と食事を口に運ぶだけ。母はそんな2人を見てため息を吐いていた。
夕食後、自室に閉じこもっているとノックされ、返事をする前に母が入ってきた。話は要約すれば、弟への態度はどうかと思う、お姉ちゃんなんだからもっと優しくしてあげて、というものだった。
母親は弟だけが可愛いのだ、と流姉は思った。いつでも「お姉ちゃんなんだから」という言葉で我慢させられてばかりだ!と思った。
その日から、流姉は流を完全に無視するようになった。弟から話しかけられることは今までも滅多になかったけれど、おはようの挨拶すら無視した。
May 24, 2025 at 11:39 AM
弟は悪くない。頭ではわかっていたけれど、腹が熱くなるほど苛立っていた流姉は持っていた通学カバンを寝ぼけている流の顔面に落とした。
「?!」「お姉ちゃん?!」「外の、うるさいからなんとかして。アンタの客でしょ」「は?」「お姉ちゃん、そんな言い方しないの」「うっざ」
そう言い捨てて、二階の自室に向かう。後ろで何か言われたけれどすべて無視した。
May 24, 2025 at 11:34 AM
そして流姉が中2の冬、帰宅すると家の前に3.4人の女の子がいた。どうやら弟にバレンタインチョコを渡しに来たらしい。モテるんだなぁ、と思って軽く会釈して家に入ろうとすると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえた。
「ね、今の流カワくんのお姉さん?」「似てないね」「めちゃくちゃフツーじゃん」「流カワくんの方が可愛くない?」
その言葉がぐさりと背中に刺さった。悔しくて、けれど年下の女の子たちに言い返すのもみっともないような気がして、黙って玄関の戸を強く閉めた。
母はリビングにいて、ソファで寝こけている弟に「クラスメイトの○○さんが会いに来てるよ」と声をかけているようだった。
May 24, 2025 at 11:29 AM