みおり
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@mi0ri.bsky.social
わすれたくないこと
ないしょのはなしはあのねのね

暴走と制御のせめぎあいでの発散が定期的に必要。
言葉遠くて読み書きがままならない日々をしばらく過ごしていたけど、なんの前触れもなく手の中に戻ってきた感覚あって書き散らした。
広い意味での今年の抱負です。
長期戦はもう覚悟しておりますゆえ🐢💨

note.com/aoi_misanga/...
縺れる|桃瀬
やさしいものばかりが多すぎて、まどろみから生まれなおすための痛みばかりを正しいと思い込みたかった。 地元は見渡す限り畑や果樹園、視界が行き止まるのは小高い山で、日暮れは早く、思い出すたび雪を被った。白く染められて、無垢の色と名指せばいつでも世界はあたらしくうつくしい。わたしだけが生き残ることとわたしだけが消えることは寄り添って、その虚しさに安堵してしまえば身体は軽く、やがて霧散する。留めておくの...
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January 10, 2026 at 4:51 PM
年末で辞めちゃったバイトさん、時々シフト被ってたからさみしいなーと思っていたら今日あいさつに来てて会えて嬉しかった。ロッカーにクッキー置いてくれてた。帰ってから開けたらちいさい手紙も入ってて「駅まで一緒に帰ったときお話してくれて嬉しかったです」って。こちらこそ。
通りすがるような関わりのこと、それでもなんとなくいつか思い出すような人たちのこと。なにを話したかは忘れてしまっても歩幅が揃っていたことは憶えていられる。
January 8, 2026 at 1:33 PM
見送りがてら外に出たら月が大きくて色が濃くて綺麗だった。
直前にケバブの話をしていたせいで、ケバブでしかないとゲラゲラ笑いながら、立ち並ぶ家の屋根に見え隠れする月を横目に歩いた。ケバブムーン🥙
January 7, 2026 at 6:19 PM
良くも悪くも出来事そのものにはさして興味がないから、出来事ベースの自己開示には衒いがないのかもしれない。
心のことをずっと考えている。
楽園と呼んだり花園と呼んだり、それをうつくしいと思っていて、聖域のように扱っている。自分のも、他者のも。

水底にも花野はあってあなたにも言葉があって踏み荒らせない

もう一年以上前になるな、過去に詠んだ歌。
January 7, 2026 at 6:10 PM
僕にしては本当に珍しいことなのだけど、しっかり喧嘩をしたことのある友人が、大学で出会って一番時間を共有している友人なのだけど、今日は七草粥もとい七草リゾットを作りすぎたから、とお裾分けがてら家にやってきて一緒に食べた。おいしかった。感謝。
満腹でダラダラとしていたらウトウトしてきて、他人にここまで心をゆるせていることそのものが穏やかだった。
January 7, 2026 at 6:05 PM
違国日記のアニメ、原作が本当に好きだから楽しみにしてたんだけど、1話で既に大変良かった。泣いた。
槙生さんみたいな人に出逢えていたらこんなに遠回りしてなかったかも、と思う。だからと言ってそうでなかったことを悔やんだり恨んだりしているわけでは決してないのだけど。
いまは、槙生さんみたいな存在になりたいと思う。
人に会いたくなるし、人を書きたくなる。
年末年始の鬱が結構ひどかったけど、ようやくすこしずつ元気になってきた。
January 7, 2026 at 6:02 PM
綺麗なものとか美しいものをここには残していこうかな。
ポジネガに関わらず。
January 7, 2026 at 5:58 PM
1年前と向き合っていることが変わっていなくてがんばれーーーーーの気持ち。
むずかしいよね、そうやってでしか生き延びてこられなかったのだから。
限界というのがよくわからないままに、他者を諦めることを嫌悪して、でも最近は自分を歪めたくなくもなって、その狭間で途方に暮れている。
きっと、役割は代替可能だから。
でもこのエゴは僕にとって代替不可だから。自らが体現するしかないもの、そうでないもの、という物差しで眼差せば、手を離すのが妥当。
与える側に回らせてもらえたことはきっときちんと幸せだった。安全地帯は相互的なものだった。
対等であろうとしてくれるのなら最後まで添い遂げる覚悟はある。そうでないのなら不甲斐ないけれどバトンタッチさせてもらう。
僕は僕への自愛をもう手放せない。
January 5, 2026 at 1:42 PM
ここには1年単位で出没していて笑ってしまった。
結局ついったくんとの使い分けがわからないままですね。
January 5, 2026 at 1:37 PM
祈りだけは最後まで残るからね。
January 8, 2025 at 3:21 PM
きっと、役割は代替可能だから。
でもこのエゴは僕にとって代替不可だから。自らが体現するしかないもの、そうでないもの、という物差しで眼差せば、手を離すのが妥当。
与える側に回らせてもらえたことはきっときちんと幸せだった。安全地帯は相互的なものだった。
対等であろうとしてくれるのなら最後まで添い遂げる覚悟はある。そうでないのなら不甲斐ないけれどバトンタッチさせてもらう。
僕は僕への自愛をもう手放せない。
January 8, 2025 at 3:21 PM
なんとなくここ最近の自分の気づきとリンクしてて、うんうん言いながら一連の投稿読ませていただいた。
優しくありたいことと、欲/エゴが矛盾していて苦しい。
積み重ねてきたものたちは決して見返りありきのものではなかったけれど、それだけは胸を張って言いきれるけど、それでももう苦しくなってしまった。
愛も恋もある。共存させるのは容易ではないけれど、ひとまず受け容れる。
January 8, 2025 at 3:15 PM
基本的に自己開示にそこまで躊躇いがないせいでベラベラ話すから、誰にどこまで話しているのか全然把握してない()
星で繋がった皆様とお話するのとても久々だな、今年終わるの早すぎる。
December 18, 2024 at 10:51 AM
澪織の恋バナ〜発狂スペシャル〜
December 18, 2024 at 10:47 AM
5年、現時点で人生の約4分の1を占めている。これからどんどん小さくなる。薄まる。零れる。
生きる。
March 31, 2024 at 1:28 PM
おしまい、と閉じられることで綴じられることですべてはきちんと美しくなる。昇華。失って気づくことを人はやんわりと非難するけれど、それでもやっぱりそれからでないとまっさらな心で愛おしいとは思えない。自分から切り離されて過去になって初めて真に愛することができる。愚かだろうか。
もう戻れない日々よ、さようなら。
今、あの日々が心から恋しい。ようやく。
後悔はない。正しく歩んでいる。
March 31, 2024 at 1:25 PM
やさしさの源流には想像力が。
思考停止にならないように、適当に放った言葉に、気を抜いた指先に、後悔しないように。神経を隅々まで。
自己正当化のために他者を謗る人間にはそっと鏡を差し出してその笑みに滲む厭らしさを教えてあげたいね。
わたしたちはそれぞれまったく別の人生にいて、それぞれに地獄があるのだから、見えるものだけがすべてなわけがないのだから、精一杯やさしくあろうとするのだ。その美しい営みが虐げられていいはずがない。絶対に。
March 19, 2024 at 4:23 PM
サイコーの夜でした。。🌃
March 18, 2024 at 8:37 PM
さみしさはなくならない。穴は未だ埋まらない。穴を見せ合って、絶望は甘やかで、傷は場所もかたちも近ければ近いほど互いに美しく映る。誰かとひとつになりたかった。だから傷は膿んだままだった。
それでもいつかはその傷に正しい治療を施して、穴を抱えたままに、生きていかなければならない。わたしたちには輪郭がある。互いに抱き合うために。
どうか、素直でありたい。素直でいて。幸せが恐ろしくとも。
March 6, 2024 at 6:51 PM
救いがないと嘆きながら差し出された手を拒む人。それはかつてのわたしで、わたしたちだ。
恐ろしいよね、信じることは容易くない。
優しさで身を滅ぼすくらいならエゴとエゴを刺し違えて破滅し合う方がよっぽど好ましい。最近は少しだけ強くなったと思う。傷つけたくないのは傷つきたくないから。わたしはきちんとあなたと対等でありたい。
March 6, 2024 at 6:44 PM
我々はいつまで無力さを嘆けばいいんでしょうね。モラトリアムを引き延ばしている己の責任だとしてもね。
March 6, 2024 at 12:51 PM
心は理論で操れないことに心底絶望しながら長く息を吐くように安堵する。
March 6, 2024 at 8:10 AM
わたしが悲しいようにあなたも悲しいのだろうと思う。なんでもいいよ、と投げやりにも、それでもいいよ、とおおらかにもなりきれない人だと思うから。不安だと言われた。わたしの中では既にはっきりとした輪郭をもってしまっている。覆ることもないと思う。
流動するわたし自身とあなた自身で、規則正しくあれない軌道で、揺れる距離にそれぞれ名前を与え直さなければならないとして、もう頭も手も心も動かし方がわからなくなってしまったら、それでも、途方に暮れた、と言う権利は残されているのでしょうか。
March 5, 2024 at 12:47 PM
時が流れてることが本当にずっと恐ろしい。
ある地点まで同じ道を歩いていたが途中から分岐してある地点で合流したときの、時間が一気に押し寄せてきて濁流に飲まれて息ができない感覚、ずっと慣れない。
February 15, 2024 at 1:59 PM
この世界が主観でのみ成り立っている的な話の前に立つといつも何故か「世界五分前仮説」が頭を過ぎるんだけど、これはある種の不確かさとそれに付随する虚しさが共鳴してるんだな、と納得。
February 15, 2024 at 8:40 AM