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Wakako Ishikura 詩と日常のこと
新幹線。隣の若い女性二人がおそらく推しのぬいさんとお弁当を撮影してから食べている。荷物にうちわのようなものも見える。よく見たら周囲に似たような雰囲気の女性二人組が多い。みんなライブへ行くのね 楽しそう
December 31, 2025 at 1:22 AM
詩集のこと。「小さな私達が神と交わらんとする心が切ないまでに言葉にされている」と書いてくださった方がいて、何かを掬ってもらえた気がした。それはわたしの言葉というよりエミリの言葉のことだけれど、それが嬉しいのだ
December 27, 2025 at 12:29 PM
馴染みのある方々を少しずつフォローさせていただいています。
December 19, 2025 at 1:32 PM
今年は訳詩集と展示のためにずっと動いていたので、無事に終えられて、今は放心状態でぼんやりしている。なんだかお腹も空いて、毎日たくさん食べてお酒も気ままに飲んで。エネルギーを使っていたのだろう。今年を振り返ったり来年を考えることもできない。ただただ、受けた光の中に立ちすくんでいるような。
December 19, 2025 at 12:35 PM
2年くらいここを放置してしまった。けれどまた実験的に使っていこうかなと。こちらでは日常的なことをもう少し呟いてみようかと思う。また使わなくなるかもしれないし、他SNSとの住み分けができてくるかもしれないし、わからないけれど。
December 19, 2025 at 12:14 PM
三連休明け、急な変更で今日も休日となったので、美味しいパンと珈琲を飲んだあと、隅田川沿いを歩いた。秋空が視界に広がり、ランニングや犬の散歩をする人が数人だけいて、あとは橋と川の流れのみ。なんとも静かで、どこか外国に旅にきたかのようだった。若い頃に見たテムズ川を思い出す。拙い英語で、たまたま居合わせた老人と話した。わたしではなく、川の記憶が甦ったのかもしれない
October 10, 2023 at 5:21 AM
原稿がほぼ終わって、詩集という形になるはずだけれど、なんだか現実味がなくて不思議な感覚。直しをしていて、読み易さを考えて変えた箇所をやはり元に戻した。塩梅が難しいけれど、そこは元のままの方が言葉にエネルギーがあるように思えた。
September 24, 2023 at 12:42 AM
書いていてどうしても着地しない詩がある。着地というと語弊があるかもしれない、どうしても手離れしない、とでもいおうか。放たれて飛んでいってくれない。まだわたしの執着のようなものが重石になっているのかもしれない。何度も直しているけれど手を入れ過ぎるのも良くなくて、また元に戻す。言葉と自分との間合いをはかる
September 16, 2023 at 9:14 AM
雨。予定を変更し静かに過ごす一日にした。しばらく置いていた原稿を持って、近くの喫茶店へ。場所が変われば、わたしも文字も変わる。詩は音も大切だけれど「字面」が美を司ると思っている。画として美しいか。好きな詩人たちの詩はみな眺めるだけで美しい。「語意」ではない意味の世界はそこに立ち上がっている。
September 8, 2023 at 8:06 AM
日記に8月、と書いた後にすでに9月だったことに気付く。わたしの8月は過ぎていった。夏は得意とは言い難いがやはり好きなのだろう。夏の雲は存在の姿そのものなのではないかと思う。エミリ・ディキンスンの詩「夏の空を仰ぐこと それは詩だ」という作品が体験として入ってきた夏だった。ところで、夏の空を"see"、は「見る」「眺める」など様々に訳が考えられるけれど、この詩では仰ぐと訳したくなる。どこか尊ぶようなー しかしただ真直ぐ「見る」とするのもまた、主客の素朴かつ直接的な結びつきがあるようで良い。訳詩は、詩を詩にするところがどこまでも難しく、また知性と美的直観との究極の営みのようにも思える
September 5, 2023 at 2:56 AM